表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼が魔王になった理由  作者: 真
第一話 配られたカード
14/27

10 『決戦前夜』

 大広間で食事を取っていた三人が招待状を読むところに、後からヒトハが駆け付けた。

 招待状には、日付や場所、料理、審査員などが書かれていた。悠長に構えていたわけではないが、あまりの唐突さにカナタたちは驚きを隠せない。


「明日の昼ってなんだよ、明日の昼って。どう考えてもふざけてるとしか思えねえよ」


 トオルの怒りは尤もだ。今日話がついたと思えば明日が勝負というのはあまりにも早すぎる。具体的には明日の十四時と記載されているが、相手がこちらに準備させる期間を持たせないように画策したとしか思えない。こちらは急なのに相手はそれを見越して準備ができているはずだ。どこまでいっても卑怯だとカナタは思った。


「場所がエステストってのも怪しいし、料理がリパージュってのも何か裏がありそうな気がする」


 サクラの危惧していることも理解できる。料理がリパージュであることはまだしも、場所がエステストということはあまり良いことではないだろう。何かを仕込まれている可能性もある。そしてこれだけ怪しい状況が揃うと、今度は料理にリパージュが選ばれていることすら怪しく思えてくる。


「一番の問題は審査員だよ。この町の料理屋から五名。誰が審査するのかまでは明らかにされてないし、確実に向こうの根回しがある。これをどうにかしなければ勝つことはまずない」


 カナタは言いきった。不安を通り越して悲しさのようのものすら感じる。

 状況的に何よりまずいのがこの審査員の問題だ。誰が審査するのかが一方的にわからない状況は、間違いなく不利にある。不利というよりは勝つ見込みがないと言ってもいいだろう。


「あ、あの……」


 ヒトハの小さな声に三人が一斉に顔を向ける。それぞれの懸念材料を胸に、その顔をしかめている。


「いや、その、ごめんなさい」


 圧力を感じたのかなぜかヒトハは謝って、そして委縮してしまう。


「ほら、二人が怖い顔してるからだよ。ヒーちゃん、どうしたの?」


「あの……料理って誰が作るの?」


 四人の間に訪れる沈黙。

 そもそもの問題だった。料理を作る人間がいなければ料理の勝負にすらならない。それはおそらく不戦敗。戦わずしての負けだ。まだカナタたちは勝負というステージに立てていないのだ。

 カナタたちは焦った。勝負の時間もお昼時で、フタバさんに頼むというのは手でもあるのだが、コノハの朝食などのことを考えると頼むに頼めない。勝負に負ければコノハのこの先が怪しいのは間違いないのだが、だからといって今いるお客さんをないがしろにするのもまずい。サクラに頼むのは勝手にアレンジされたときの代償が大きすぎるから頼めない上に、味に不安が残る。

 そうなると一人しか残る人はいないのだが、彼女がこの大勝負の表舞台に立ってくれるのかは非常に疑問だ。料理を作ってきた経験からすれば申し分ないのだが。

 そのとき、渾身の力を振り絞るような声が聞こえる。


「わたし作るよ」


 声のするほうを見ると、恥ずかしいのか顔を真っ赤にしているヒトハがいる。


「わたし、今まで結局あんまりうちのこと手伝えなくて、なんか頼りっぱなしで、でもわたしも何かしたいの。みんなに支えられるだけじゃなくて、わたしもこの宿屋の娘として、きちんとこの宿屋を守りたい! もちろんうまくいかないかもしれないけれど、それでも頑張りたい」


 ヒトハの発言は僥倖とも言えた。事実、彼女以外に選択肢はなかったのだから。


「料理はヒトハさんに任せよう。僕らはよくよく考えれば部外者だ。手伝えはしても、僕らが勝負に出るということはあまり意味がない。もちろん上手く作れる自信なんてものは最初からないのだけれど」


「そうね。勝っても負けても……もちろん勝つつもりだけど、私たちがすべてしてしまったらこの店のためにならないわよね。情けは人の為ならずって言うしね」


「それは誤用だけどな」


 間髪入れずにトオルが突っ込む。


「な、何が?」


「説明すると長くなるから省略する。今はそれどころじゃないしな」


 サクラは焦りながらも「じゃあ今言わないでよ」などと言っている。こんなときでも二人はいつも通りだ。それが逆に安心できる部分でもあるかもしれない。

 カナタはヒトハに言う。


「いつも通り作ればきっと大丈夫。ヒトハさんの作るリパージュ美味しかったからさ」


「なんか、わたし出しゃばっちゃって……ごめんなさい」


 ヒトハは相変わらず謝ってばかりだ。それが彼女らしいといえばそうなのかもしれない。


「ところで、作り始めるとしたら結構な時間がかかるわよね?」


「だいたい朝から仕込んで夕食のときくらいに出来上がるから……半日くらいはかかるかな」


 ヒトハの答えにカナタたちは時間を気にし始める。

 料理のことに関しては、やはりサクラの気が利いている。サクラが尋ねなければカナタたちはうっかりして時間のことには気づかなかったかもしれない。


「勝負の時間は明日のお昼。移動する時間を考えると、もう作り始めてもいいころかもしれない」


「煮込めば煮込むほど美味しくなるはずだから、時間はまだあるかもだけど始めちゃうね」


 ヒトハは三人と目を合わせると厨房へ向かった。


「私もちょっとしたお手伝いと、フタバさんにうまく伝えておくね。あんまり心配かけないように」


「あんまり余計なことすんなよ」


「私がいつ余計なことをしたのかしら?」


 久々の右ストレートが見れそうだったが、サクラも少し気合が入っているのか緊張しているのか、特に何もなく厨房へ向かって行った。

 二人がいなくなるとトオルは言う。


「さて、問題はまだあるわけだ」


 カナタは静かに同意した。解決したのは作る人の問題と、好意的に見て日付の問題だけだ。そもそも審査員に対する問題はまったく解決していないし、ヒトハの手前では言わなかったものの味に関して勝つ見込みがあるのかもわからない。後者はカナタたちにはどうにもできないことであるからヒトハを信じるしかないとしても、前者の問題はなんとか解決しなければならない。


「トオルは何かある? うまく出し抜くようないい考えは」


「純粋に考えるなら、脅すとか?」


「とても純粋には思えないけれど」


「もちろんそんなことはしねえけど、力づくで味方につけるのは考えられる手段の一つだ。相手はそうしてると考えているわけだろ?」


「おそらくだけどね。暴力ではなくとも、何かしらかの方法で根回ししている可能性はある」


「相手がどういう考えか知ることも大切だと思うぜ。暴力でなければ、金銭的なやり取りがあるとかだな」


 トオルは「よし」と言って続ける。


「試しに、カナタが向こうの人間だったと仮定しよう。自分はこの勝負に絶対に勝たなければならないとすれば、どういう方法で審査員を選ぶ?」


 勝つための審査員選び。それは自分の意見に従うような人間を選ぶということ。それには主従関係にも似た、強い関係があるほうが良い。むしろ、それしかないほうが好都合でもある。味の是非の戦い以前の問題にするのが手っ取り早い。


「例えば、完全に自分の関係者を審査員に置く。これならひっくり返りようがない」


「それもそうだ。ただ、観客の中にはこの町の人間もいるはずだ。見たことのないやつらが審査員だと反論されることもあるかもしれない。それは向こうの望んでいることじゃない」


「だとすれば、やはり力づくで押し込めるような料理屋に、お金を渡して協力を促す。あまり儲かってない店ならばなおのこといい」


「……俺もその辺が妥当だと思うぜ。そいつらに俺たちがあらかじめ話をつけられるかどうかだが」


 夜。朝。勝負の前。どの時間だとしても会うことは容易ではないだろう。そもそも誰が審査員なのかということも確定していなければ、料理屋に対する面識もカナタたちにはほとんどない。


「仮に話に行ったとしても、こちらの意見を汲み取ってくれる可能性はないかもしれない」


「というのは?」


「何かエステストに指示されてそんなことをするわけだからね。僕たちの意見を汲む理由がない」


「……確かにそうだ。詰んだな。やりようがない」


 トオルは大広間に寝転がる。そして天井を見つめている。

 エステストに対抗する手段がそもそもないという結論が想像されてしまった。どんなことをしたところで、エステスト側である審査員を寝返らせる方法をカナタたちは持っていない。それに彼らは気づいてしまったのだ。


「負けてもコノハはそこそこの営業が続けられるんだろ?」


「チラシを配ることができなくなれば、人は減ると思うし、それ以上のことを向こうはしてくると思うよ」


 ロープの男はそう言っていた。


「あとはせめて延期とかじゃねえかな。今からエステストの周りで何かしらの事故が起きて――」


「それは現実的じゃないし、そもそも延期させても何の問題も解決しない」


 しばらくの間があって、「それもそうだ」とトオルが応える。

 せめて本当に味の勝負になってくれれば、もしかしたらということもある。どうにかして審査員が意図的にひいきするという状況だけは避けたい。

 カナタは立ち上がる。


「もしかしたらの可能性を作る一つの方法を見つけた」


 トオルが起き上がり「どんな?」と問う。


「エステストに負けないような強い店に勝敗を決めてもらうよう頼んでくる」


「そんなところがあるのか」


「ある」


 カナタは大広間を出る。そして旅館を出て、走る。まずは町の中心部まで走り、方向を変え、南西に向かう。できるだけ急いで。

 そこには一軒の料理屋がある。灯りはまだついている。


「すみません。まだやってますか」


 奥から女性が出てくる。


「店はもうしまいだよって、また坊やかい」


 カナタが何度もお世話になったあの大衆食堂だ。


「実はご相談がありまして」


「もう店は閉めちゃったんだよ。簡単なものなら作れるかもしれないけど」


 店員の女性は残念そうに言った。


「違うんです。ちょっと相談したいことがあるんです」


「相談?」


 カナタは答えた。明日の料理対決のことを。そして、その最中に現場に現れ、審査をしてほしいということを。


「私ゃ別に構わないよ。その時間ならゆっくりできる時間だからねえ」


 店員の女性は快く引き受けてくれた。


「ただ、私が行ったところで審査をさせてくれるかはわからないよ」


「できれば僕たちの味方であるのは内緒にしてもらって……」


「うーん、そうだねえ……。私はね、別にそこに行ってもいいんだけどね。行ってもいいんだけど、どちらの味方もしない。それでいい?」


 カナタは少し悲しく思った。


「味方をしてくれないんですか」


「坊やたちはそれで勝って嬉しいかい?」


「嬉しいというよりも勝たなくちゃいけないんです」


「なんか事情があるみたいだけどね、よく考えてみな。ずるをして勝って本当に嬉しいのかを」


 カナタは自分の行き過ぎた考えに気づく。そしてその浅はかさを悔やんだ。

 このまま勝ってしまえば確かにそれは勝ちではある。勝ちではあるにしても、やっていることがエステストと同じだということにカナタは気が付く。


「それに、ずるをして坊やたちを勝たせるってのは私の信条に合わないんだ。どちらの料理が上だったかを決めて、負けたほうはまた精進する。それでいいんじゃないかい?」


 そんな悠長なことを言っていられないのもある。ただ、不正をして勝つというのは相手の舞台に立ってしまうようなものだ。それはある意味では本当の勝ちとは言えない。


「ありがとうございます。確かにそうでした」


 カナタは覚悟をした。負けたら負けたで、また一から出直せるように行動を起こす覚悟を。ロープの男は恐ろしいことを言っていたが、きっと自分にもできることはあるはずだと思い直した。

 そもそもここまで来れたのもそれぞれが努力をしたおかげだ。この勝負でもきっと勝てるはずだと、カナタは信じた。それは半ば自棄になっている部分もあったのかもしれない。これだけ頑張って来たのだからきっと報われなくちゃいけないという部分もある。それでもカナタは自分たちの力が、きっとこの状況を変える一つのきっかけになるだろうと信じた。


「明日は楽しみにしてるよ」


「はい」


 カナタは店を出る。

 明日の勝負では自分ができることはほとんどない。しかし、それでもきっと大丈夫だと信じている。

 カナタの心にもう迷いはない。

 そして、次の日の朝が訪れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ