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彼が魔王になった理由  作者: 真
第一話 配られたカード
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06 『逆転のアルゴリズム(1)』

 部屋のドアが開けられ、「おつかれ」とトオルが姿を現す。カナタは「おつかれ」と応える。

 しばらくの宿泊は、カナタとトオルは同じ部屋で、サクラはヒトハの部屋にいさせてもらうことになっている。さすがに同じ部屋はまずいだろうということと、多くの部屋を使わせてもらうことにも三人は気が引けたのだ。ヒトハが快く受け入れてくれたので、問題は特になかった。

 帰って来たトオルが部屋の中心で腰を下ろす。彼の目の前には備え付けの机が置いてある。トオルが座るのに合わせてカナタも座る。空はもう赤く染まっている。鳥が鳴いているのが聞こえる。

 二人が持ち寄った情報には重なる点がいくつもある。しかしこれといって明確に良い情報というものはない。この情報のおかげで再起を図れるというような、そんな一発逆転できる強い情報は一つもない。もちろんそれもそのはずで、そんな情報があればどこかの宿がとうの昔に対策して打って出ているはずだ。

 鉛筆を頭に当てながらトオルは手元のメモを読む。


「昔の行商人と今の行商人の違いとしては、食材を運ぶ行商人が増えて、その一方で鉱石などを運ぶ行商人は減っている。これは?」


「うーん。だから高いところにばかりに人が集まるのかもな。食べ物を運んでるくらいだから舌が肥えてるんだろう」


 そういった状況に合わせて高級食材を扱うというやり方は王道だろう。臨機応変に状況に対応しているとも考えられる。この情報はエステストの行動の正当性を裏付けるものでしかない。

 カナタの頭に些細なことが浮かぶ。食材という単語が妙に引っかかった。


「肉以外に焦点を当てるというのはどうだろう」


「どういうことだ?」


 しばし考え込むカナタ。肉以外の食材。肉にはランクが付けられていて、それによってエステストは人を呼び込むことに成功していると考えられる。であるとすれば、他の高級食材を使えばそれでも宣伝になるのではないのか。そうカナタは考えた。


「例えば野菜の高級品を使うとか」


「野菜にも高級品があるのか」


 驚いたようにトオルは答えた。トオルに食材の知識はない。そしてもちろんカナタにもない。


「それはわからないけれど」


「ま、あとでサクラに確認してみるか」


 仮に存在したとして、その高級品をコノハで使っていけるかどうかはわからない。高いものに手が出せる宿屋でないことはこの数日間で容易に理解しうる。

 トオルはメモに書き加えながら愚痴を言う。


「だいたいだよ。肉売ってる行商人が肉食うなっての。どんだけ肉大好きなんだよ」


「好きだから肉の行商やってるんじゃないのか」


「それもあるかもしれないけどよ、なんでわざわざ肉屋が肉食いに行くんだよ。肉屋は自分の持ってる肉でも食ってればいいのに――」


 一瞬の沈黙が通り過ぎる。何か大事なことにぶつかったような、そんな感覚が二人を襲う。

 カナタとトオルは何かに気づいたように目を合わせる。


「そもそも肉の行商人は、エステストに泊まってないんじゃないか」


「俺も同じことを考えてたところだ。希少とはいえ自分が手に入れることができるのであれば、わざわざ店で食べる理由はないよな」


 一筋の光が謎の一部を結んだ。大きな問題のほんの一部とはいえ、そこに光明が差したことを彼らは喜ぼうとした。そして喜ぼうとして我に返った。

 確かに筋が通ったように思えたが、根本が抜けていたのだ。カナタはそれに気づいて脱力する。


「違うよ、違う。安いんだ。安いから食べに行く。理由はあるよ」


「……確かに。でも、それでも安すぎて怪しいなんてこともあるかもしれない」


「そう思う?」


 トオルはカナタの目を見ながら、その可能性を探っているようだ。


「そうだよな。むしろその価値を知っているからこそ余計に得だと感じるってことは十分にあり得る。というかたぶんそんなところなんだろうな」


 トオルは「やっぱ一筋縄ではいかないな」と嘆いた。

 空の色が黒に変わり果てるまで、手に入れた情報について二人は話し合った。一つでも価値のある情報を見逃さないように。


「そもそもなんで行商人は減ったんだ?」


「そんなことわかるわけないよ。減り始めた時期は聞いたけどね」


「ちなみに?」


「確か――」


 カナタはメモをめくる。その点に関しては大勢の人がほとんど同じことを言っていた。そしてそれがなぜ起こったのかは誰も知らなかった。


「そうそう、アレス王が王になってからしばらくしてだね。三年くらい前になるかな。アレス王を一目見ようとしてた旅行客がいなくなると同時くらいに行商人が減ったって」


「意味がわからないな」


 沈黙で同意するカナタ。平和になったから行商人が減るなんてのはどう考えても矛盾している。王を見るときの旅行客を標準だと錯覚してしまっているのではないかというくらいのおかしさだ。


「だって普通はそうだろ? 平和になったらもっと流通が増えてもいい。なんで減るんだよ」


「食材の行商人は増えているって話だから、他の行商人の減りが食材の行商人の増加量を上回っているんだろうね」


「それはわかるけどよ。なんで他の行商人が減るんだって話だよ。減らなければ何の問題もないのに」


「そこを嘆いても現状は変わらないよ」


「わーってるよ。でも嘆かずにはいられないってやつだよ。それさえなければ問題ないんだからな」


 行商人が減らなければうまくいっていたのは間違いないだろう。行商人の数が多ければ、否応なく人であふれるはずだ。そうなればどの宿も人でいっぱいになる。問題は何も起こらないはずだ。

 しかし、現実はそんな仮定の話とは違う。だからこそ今の状況でうまくやっていけるような考えが必要になってくる。

 しばらくの沈黙の後、コンコンと扉が叩かれる音がする。


「もうすぐ夕飯だよー」


 サクラの声がする。「開いてるぞ」とトオルが応える。

 開けられた扉には料理用の前掛けを身に付けたサクラの姿がある。「どう?」と言いながら徐々に部屋の中に入ってくる。二人を覗き込むように前傾になると、さらさらとした桃髪が肩から滑り落ちる。


「どうもこうもないぜ。まったく」


 トオルはお手上げといった感じだ。片手を顔の前で振っている。カナタはサクラを見て言う。


「サクには聞きたいことがあったんだ」


「そうだったな」


 トオルはその目に少しだけ期待の色を戻した。カナタは、それが持続可能な案ではなかったとしても、一つの案として聞かずにはいられなかった。


「一つは野菜の高級品についてなんだけど――」


「野菜の高級品? なんのこと?」


 少し期待していただけに、この反応はカナタたちには残念なものとなった。

 カナタはため息をついて言う。


「そういうのがあればいいなと思ったんだけどね」


「ああ、そういうことね。ないこともないけど、格付けみたいな形にはなってないから宣伝にはならないんじゃないかな。産地によって多少味が違ってたりして、その風土に合ったもののほうが値段的には高いかな。価値のある食材っていう意味では、手に入りづらい食材もあったりするから、値段が高い食材がないわけではないけど」


「じゃあその手に入りづらい食材を手に入れればいいんじゃないのか?」


「それが手に入ったらたぶん宣伝にはなるだろうけど……」


「つまりそれを手に入れたら万事解決なわけだな!」


 トオルは解決したかのように興奮しているが、カナタはいたって冷静だ。


「その手に入りづらい食材を僕らがどうやって手に入れるんだい?」


 トオルは無言でカナタを見つめる。そして床に大の字になる。昨日は冷静だったトオルも、どう太刀打ちすれば良いかわからない現状に疲弊している。


「ところで確認なんだけどさ」


 カナタは続けてサクラに問う。もう一点確認しておくことがある。


「やっぱり肉を売ってる人でも高級肉って食べたいもの?」


「うーん。でも、自分が売る値段より安く食べられるんだったら普通は食べてみたいんじゃないかな。さすがに売ってくれる人の気持ちまで正確にはわからないけどね」


 確実なことは何もわからないけれども、肉を売る行商人に焦点を当てて問題を解決する考えは白紙に戻したほうが良さそうだとカナタは思った。

 難しい顔をする二人に、サクラは笑顔を向ける。


「ほらほら、頭使ってばっかりだといいアイディアも生まれないよ。もうすぐご飯だから後は食べてから考えなよ。ちなみに今日はヒーちゃんが作った料理に私がアレンジを加えたものを食べてもらうからね。何種類も作ったからちゃんと味わって食べて、感想よろしくね」


 カナタとトオルは顔を見合わせた。




 夕食の席に着くと、平らな器が用意されていた。スープのようなものが入れられている。

 サクラが言っていたものはリパージュという料理だった。リパの町の郷土料理なのだと言う。サクラはそのまま作り方についても話す。

「お肉の出汁とかなり細かく刻んだ何種類もの野菜を火にかけてとろとろになるまで煮込むだけ。今日はそれを魚の出汁にしたものと、使っている野菜を変えたものが二種類と、あと私の特製リパージュ。食べ比べてみてほしいの」

 半液体と表すべきか、どろどろとした液体状のものが並ぶ。色合いは全体的に白っぽい。それを基調として、それぞれがやや黄色気味だったりやや緑気味だったりしている。全体として薄めの色合いである。一つの赤色のものを除けば。

 魚の出汁のものは少し魚っぽさがある。使っている野菜を変えたものは、一方は甘味が強く、もう一方は塩気が強い。この三つについてカナタは「不味くはない」という批評をした。サクラの特製リパージュとして出されたものは「酸っぱくて辛くてちょっとよくわからない」とカナタは答えた。


「やっぱり難しいのよね。その土地で培ってきた作り方の知恵みたいなのがきっとあるはずだから、それを上手く取り入れられないとどうしても味に悪い変化が出ちゃうのよね」


「というよりも、まずは普通にアレンジしないで作ってみたら良かったんじゃないか」


「でもそれだとやっぱり料理人の名が廃っちゃうっていうか、なんか負けた気がしちゃうの」


 彼女が一体何と戦っているのかをカナタは理解できない。


「サクは作ってるときに味見しないの?」


「私の両親は作ってるときに味見しないわよ?」


「そういうものなの?」


「味見してるところは見たことないかな」


 単に味見の瞬間を見逃してるだけだと思うのだが、深くは突っ込まないことにした。

 食事をしながら会話をしていると、最後に元々の郷土料理であるリパージュをヒトハが持ってきた。口にするとサクラのものとの違いが明確になる。落ち着いた味で濃厚でもあり、口にするととても安心できるのだ。アレンジを加える前のほうが比べ物にならないほど良いものに感じる。


「わたしこれは得意なんだ。昔から作ってるから」


 ヒトハはそう言って笑う。そして恐る恐る口を開く。


「こういう郷土料理ってやっぱり宣伝にはならないよね?」


「うーん……」


 カナタは疑心を抱きつつも考える。

 もし仮にこれが宣伝となれば心強い。ヒトハはこれを普段から作れるようであるし、それはつまりカナタたちがいなくなってからも持続的に実践できるということでもある。可能な限りはそんなアイディアが浮かべばいいと思っている。


「でもやっぱりさすがに高級料理と比べちゃうと――」


 当然見劣りするとカナタが思ったその瞬間。カナタは自分が何かとんでもなく大きな勘違いをしていることに気が付く。

 今まではとても高いところにあるものを手にしようと考えていた。手を伸ばしても手を伸ばしても届きそうもないもの。それはあくまで高いところにあるもので、手に入れることは容易ではない。しかし、本当はそれを手に入れる必要もないのだ。それを手にしなくても足元の広大な大地には必要なものがたくさん揃っているし、その一つ一つがかけがえのない宝物でもある。

 カナタは真剣な顔でヒトハを見る。ヒトハはこれを怒られると勘違いして言う。


「ご、ごめんなさい」


「違うよ。そうじゃないんだ。むしろヒトハの言うとおりだよ。やってみる価値はあるかもしれない」


 カナタの言葉にトオルは驚いた表情を見せる。そして考え事をするように眉をひそめ、言う。


「これは確かに美味かった。でもさすがにこれではインパクトがない気がするぞ」


 一番の問題点をズバッと言うトオル。ヒトハも「そ、そうだよね」と同意する。


「考えてもみてほしい。僕たちは今までエステストに勝とう勝とうとして、いつしか向こうと同じ舞台に立って勝つことばかりを考えていた。それは決して悪い考えではないのかもしれない。それでも、やっぱり大人の力に子どもが勝つことは簡単ではないんだ、きっと」


「簡単でなくてもやらなければならないだろ」


「その通り。僕たちは勝ちたいんだ。だからこそ、僕らは追いかけるのを止めるんだ。大人と子どもが足の速さを競って、子どもが勝てるなんてことは相当限られた状況になる。それはなぜか。競走というのが大人の舞台だからだよ」


「つまり?」


「向こうには向こうの舞台があるし、こっちにはこっちの舞台があるんだ。僕らが向こうの舞台で戦っていては、最初から話にならないということだね」


「もう少しわかりやすく言ってよ」


 サクラが不満そうに言った。


「そうだね。例えば、サクと僕がコシソウを探す勝負をするとしよう。ほぼ間違いなく僕はサクに勝つことはできないだろう。だけど、もし良いナイフを作る勝負をするとしたら僕にも勝ち目が出てくるんじゃないかな?」


「要は、郷土料理で勝負すれば勝ち目があるっていうことだな?」


「おそらくは」


 成功するか否か。カナタはそれを頭の中で考える。

 郷土料理。

 高級料理。

 ロープの男。

 二、三年前の改築。

 呼び込み。

 宿の位置。

 行商人の減少。

 そして一つの結論を出す。


「僕の考えではなんとかなるはず。もちろん確実ではないけどね」


「仮にこっちの舞台でなら勝てるとして、どうやってこっちの舞台に相手を引きずり込むんだ?」


「それはたぶん簡単なことなんだ。僕たちは初めから与えられていたんだよ。勝つための布石を、ね」

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