ミサキスト・ハタケヤマ
巷にクリスマスの景色が溢れ出した12月。
カンバラミサキ先生の料理教室も、クリスマスディナーを意識したラインナップになっていた。
「今夜は、パーティーに欠かせないスタッフィング・ターキーにチャレンジしましょう!」
講座案内のプロフィールでは40代後半らしいカンバラ先生は、どう見ても20代にしか思えない可愛らしい笑顔で生徒を見渡す。
全体に丸いシルエットのショートカットも、幼い印象を強調しているのかもしれない。
「日本ではチキンを食べるご家庭も多いでしょうけど、本場キリスト教圏ではターキーが一般的なんですよ」
その声を合図に、二人のアシスタント嬢が、それぞれ大きな七面鳥をバットに乗せて運んできた。
「それでは、2班に分かれましょ〜!」
生々しい丸裸の七面鳥に躊躇していた生徒たちは、促されるまま、左右の作業台に集まった。
「……あらっ? カサイさんじゃない?」
声の方を振り向くと、現部署の先輩おば様の1人、ハタケヤマさんが手招いている。
「驚いた! 貴女もミサキストだったのね〜♪」
満面の笑みで私を迎えた彼女は、隣で作業できるようにわざわざスペースを空けてくれた。
【ミサキスト】とは、カンバラ先生に心酔している女性に対する呼称だ。
改めて見ると、ハタケヤマさんは、カンバラ先生プロデュースの花柄フリルエプロンやマイ包丁、鍋つかみに至るまで身に付け、完全装備だった。
「まだ先月から通い始めたばかりなんです。こちらでもご教授宜しくお願いしますね」
もちろん私は【ミサキスト】ではない。
この料理講座を選んだのは、実はトウドウさんだ。
私の職場から通いやすい場所で開設している講座を探して、受講予約までしてくれたのだ。
仲間を見つけた、と言わんばかりのハタケヤマさんには、当然明かすはずもない。
先輩を立てた私に、彼女は気を良くしたらしく、自慢口調で
「私は、もう5クール目なの。何度受講しても、同じメニューにならないから、貴女もはまるわよ〜」
勧誘員よろしく、得意気に目配せした。
5クールというと2年半、週1で通ったとすれば、ざっと130メニューは下らない。
確かハタケヤマさんは独身だったはず。
そんなに覚えてどうするのか……という野暮な質問は、グッと噛み殺した。
30名ほどの受講生の中にも、常連組と新顔組がいて、常連のミサキストともなれば、アシスタント嬢よりも慣れた手つきで調理を進めている。
「スタッフィングは、野菜だけでも美味しいけど、水分が出るから難しいの。慣れないうちは、無難にピラフを詰めた方がいいわ」
ハタケヤマさんも一端の先生気取りで、詰め物にする米と刻んだ野菜に下味を付けて、手早くピラフを作った。
普段のデスクワークのゆったりとした動作からは、想像できない手際の良さだ。
新顔組は大人しく、常連先生の作業を見守っていた。
詰め物で膨らんだターキーは、オリーブオイルと玉ねぎスライスを敷いた天板に乗せる。
「ターキーの周りには、ジャガイモとニンニクを並べてくださいね〜」
肉から出る脂で、程よく旨味が移るらしい。
カンバラ先生の一工夫である。
天板は、200度に予熱しておいた業務用オーブン――通称サラマンダー――に投入する。
ここから約80分、途中で脂をかけ回しながら焼き上げる。
焼き上がるのを待つ段取りになった。
「は〜い、それでは移動してくださいね〜」
アシスタント嬢の号令のもと、受講生たちは作業台を離れ、大きな半円形のテーブルの弧の部分に座った。
講座の時間は、1回2時間。
ここからは、通称【お楽しみタイム】だ。
カンバラ先生お手製の焼き菓子と紅茶をいただきながら、座学を受ける。
内容は、料理や生活にまつわるプラスアルファの雑学で、この料理講座に人気が集中する理由のひとつでもあった。
本日のカンバラ先生は、【パーティーを華やかに演出するテーブルセッティング術】を披露した。
「そういえば、カサイさん、寿退社するんですって?」
手元のメモを覗き込みながら、ハタケヤマさんが小声で訊いてきた。
「えっ、どこでそれを!?」
「ふふふ……噂なんてどこにでも転がっているわよ」
退社に当たって大袈裟にしたくなかったので、私は詳しい事情を伏せていたのだ。
寿退社の事実を現時点で知っている人は限られている。
信頼できる相手だけに明かしていたつもりだったので、少なからずショックだった。
「料理講座の受講も、旦那様のためだったりして?」
詮索の下心を隠さないストレートさは、ある意味潔くさえ感じる。
私は早々に白旗を上げて、正直に婚約者の夢の伴走をする目的で受講したことを告げた。
「……まぁぁ〜素敵な話ねぇ!」
ハタケヤマさんは、好奇心に瞳をキラキラさせて、トウドウさんの容姿や人柄を尋ねてきた。
「今のお店はどこにあるの? その果報者のフィアンセを、一度拝みに行こうかしら?」
職場の面々にバレると、トウドウさんが晒し者になりそうで嫌だった。
だからこそ隠していたのに。
そんな人の気を知ってか知らずか……ハタケヤマさんは、案の定恐れていた質問をぶつけてきた。
「今のお店は、ちょっとレトロで恥ずかしいので……。新装開店してからお越しいただけると嬉しいです」
「ま、勿体ぶるわね?」
気を悪くするでもなく、彼女はカラカラと笑った。
「お楽しみの彼は待つことにして……お店の名前だけでも聞いておこうかしら?」
そこまで言われて断るのも印象が悪いので、私は【STRELITZIA】という名前を告げた。
「あら、極楽鳥花ね」
ハタケヤマさんは迷うことなく、すんなりと店名の意味を口にした。
「すごい! 良くご存知ですね!」
意外な博識ぶりに、素直に驚いた。
「ふふ……私ね、お誕生日のお花を覚えるのが好きなの。うちの会社にも、このお花がお誕生日の人がいるのよ」
「そうだったんですか……。極楽鳥花がお誕生日の人って、どなたなんですか?」
アシスタント嬢が披露しているナプキンの畳み方に視線を向けながら、カンバラ先生プロデュースのローズヒップティーを一口含む。
退社する予定の職員のお誕生日には、今更興味がなかったが、聞いて欲しそうな雰囲気満載のハタケヤマさんを前にして、無視はできなかった。
「貴女も仲良しのヤナイさんよ」
――ガチャン
「あらまぁ、大丈夫?」
指先が、思いの外動揺し、ティーソーサの上に、鮮やかなローズピンクの湖を描いた。
その後のことは、あまり覚えていない。
焼き上がったターキーの味も、ぼんやりとしか思い出せず、なんとか取り繕った笑みを張り付けて、この夜の受講を終えた。




