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本当は怖い童話たち

シンデレラの復讐

作者: usa

お食事中の方、閲覧注意です。





 小さい頃、病弱だった母が死んだ。それから数年たち、父は新しい母を迎えた。新しい母には、新しい姉が二人ついてきた。新しい母は、見かけは私に好意的に接した。新しい姉たちも、表立って私になにかをすることはなかった。


 父が幸せならば、私はそれでよかった。飾らない本心。たとえ新しい母と姉が、見掛け倒しで中身空っぽの、ただの金目当ての人たちでも。新しい家族を得て、父は心から嬉しそうだった。母のことを愛していることに変わりはないけど、寂しかったのだろう。ようやく笑顔になった父を見て、私もこれでいいのだと思った。


 だがその父も、私が十三になる頃に死んだ。継母が父のあとを継ぎ、伯爵家を乗っ取った。

 以来、継母とその娘たちは、手のひらを返したかのように私に冷たくなった。今までも言葉の端々に嫌味や皮肉が混じっていたが、直接なにもされなかったのはひとえに父のおかげだったんだろう。父という後ろ盾をなくした私は、伯爵家の荷物だとはっきりいわれた。


 それから三年、私は十六歳になった。まだ伯爵家の屋敷にいる。屋根裏部屋でクモの巣にまみれ、義姉たちが着古した服を着、焦げついたパンや傷んだ野菜のスープを与えられた。

 寒い日には、暖炉の前に縮こまるようにして寝た。もう火は消えていても、ほのかに温かい気がしたから。そんな私を継母と義姉たちは、「灰かぶり」と呼んだ。


 でも残念ね、お義母さま、お義姉さま。

 私、いわれっぱなしで済ませるような、おとなしい性格じゃないのよ?


 継母と義姉は、私を召使いのように扱った。いや、奴隷といった方が正しい。朝は四時に起きることを義務付けられ、井戸水を汲み朝食をつくり、八時きっかりに三人を起こさねばならない。一分でも遅れようものなら、ねちねちと嫌味を言われ続ける。今日の予定が狂ってしまっただの、どんくさい娘だのって。


 朝食をつくり終えたら、着道楽な三人の大量の洗濯物に取りかかる。父の遺産と領民の税をたんまり使い、三人はこれでもかというぐらい豪華なドレスを身につけていた。それを洗うのはかなり重労働だし、コツもいる。だが三年もたてばお手のものだった。


 洗濯が終わるか否かのところで、今度は義姉たちから支度の手伝いを頼まれる。今日のドレスはあれがいい、これがいいと二人で散々わめいて、私にコルセットが苦しいだのパニエをもっと膨らませろだの、文句ばかりをつけてくる。

 義姉たちは不美人ではないが、外見ばかりを華美にしすぎて、内面がまったく伴っていない。そのくせ自分たちはだれより美しいと信じ込んでいるから、けばけばしく着飾った姿にうっとりしているの。それを見て私は、いつも笑いをこらえるのに必死だけれど。


 洗濯物を干しおえても、私に休憩は与えられない。今度は繕い物、掃除、買いだしと、次々に仕事をいいつけられる。

 え? 本物の使用人はいないのか? もちろんいるわ。でもね、継母が私に命令した仕事は手伝うなって、全員におふれを出してるみたいなの。小さい頃から一緒に過ごしてきた私に辛い仕事をさせるのは、彼らも苦しそうだった。でも今の当主はあの継母。だれも逆らえないのよね。


 夕食をつくり、三人のためにお風呂を磨いてお湯を沸かす。義姉たちの肌をピカピカになるまで磨き上げ、長い手入れを施したこげ茶の髪を、乾かしながら梳く。継母には毎夜、寝る前にマッサージもしなければならない。揉むところを一センチでも間違えれば、明日の食事はなにもない。


 一日の激務を終え、いつもと同じく暖炉の前に腰を下ろした。継母は私がここで眠っていることを知ると、ほかの使用人たちに暖炉の火を前より三時間前に消すことを命じた。だからもうここには、ほとんどぬくもりはない。

 でも屋根裏部屋よりましだと思い、私は変わらずここで寝る。あの部屋の寒さといったらないもの。


 翌朝目が覚めるころには、私は灰にまみれた姿になっているのだろう。父と母が褒め称えてくれた、白い肌も金の髪も、すべて煤けてしまう。そしてまた、継母と義姉にこき使われる。

 ああ、だけど、それも終わりにしたい。そろそろ私もはじめましょうか。







「シンディ! シンディはどこ?」


 朝起きて早々、上の義姉の声がした。あの金切り声から察するに、なにか怒っているのだろう。


「なんでしょう、ドルセア義姉さま」


 姿を見せた私に、上の義姉ドルセアはさっそく罵声を浴びせた。


「どこいってたのよ、このグズっ! あたしの香水はどこ?」

「どの香水のことでしょうか」

「とぼけないでよっ。あたしが一番気に入っている、とっても高いバラの香水よ」

「アニータ義姉さまが持っているのでは?」


 ドルセア義姉さまは、それを聞くなりギッと自分の実妹をにらみつけた。


「そうなの、アニータ!? あんたがあたしの香水を盗んだのね」


 そういわれて黙っているほど、アニータ義姉さまもかわいい性格ではない。


「はあ? なにいってんのよ。あたしがあんな趣味の悪い香水、盗むわけないじゃない」

「なんですって!?」

「わめかないでよ、姉さん。もう若くないんだから。あたしと違って」


 ふふんと笑った妹に、ドルセア義姉さまはブチギレた。


 義理の姉二人が、醜い姿を存分に引き出して取っ組み合っているのを尻目に、私は二人の部屋を出た。もう何ヶ月も着ているボロボロのワンピースから、なにかがコロンと落ちた。ポケットに穴が開いたのだろう。

 滑り落ちた小瓶からは、きついバラの香りがした。本当に悪趣味。こんなものをつけて寄ってくるのは、蛾とハエぐらいのものね。これももういーらない。






 朝食の支度ができると同時に、私は継母を起こした。八時を三分まわってしまった。

 起床してすぐに時計を見た継母は、老いても美しい顔を険しくさせた。


「あら、もう八時をすぎてるじゃないの」

「申し訳ございません。少々遅くなりました」

「まったく、のろまな子ねぇ。今日はこの後、大事なお客さまがいらっしゃる予定だっていうのに。もしそのお約束に響いたら、どうしてくれるのよ」


 再び謝罪を口にしながらも、私は冷めた思いを抱いた。大事な客が聞いてあきれる。来るのは大抵、継母と義姉たち御用達の仕立て屋と宝石商。どうせまたなにか、派手な飾り物を買おうというのだろう。


「お義母さま、朝食のご用意はすんでいます」

「ふん、それぐらい当たり前でしょう。グズでのろまで、食事も作れてないんじゃ、あなたをこの家に置いておけないわ」

「今朝はお義母さまの好きなメニューにしてみました。お支度を」


 継母の嫌味を聞き流し、私はさっさと食堂へいく。あれを毎朝聞いてあげる必要なんてない。どうせあの人は、私がなにをしても文句をいわずにはいられないのだから。


 継母と義姉たちは、十五分後に来た。ドルセア義姉さまは、いくらか張りのなくなった肌を怒りで紅潮させたまま。アニータ義姉さまは髪が乱れていた。ケンカの発端になった香水は、結局どこにいったかわからずじまい。ご愁傷さま。

 三人がテーブルに着くと、私はほかの使用人と一緒に給仕をはじめた。でも作ったのは私一人。いつもそう。


 あたたかいポタージュに、野菜の色どりが美しいサラダ。ロールパンに燻製させたベーコンをこんがり焼いた。継母はそれを見ると、いくらか機嫌をよくした。継母はポタージュが好きだから。

 それぞれが食事をはじめても、私はすぐうしろに控えたまま。一緒に食事することは許されない。私はあとで、残った野菜をかじり、パンを二口食べれればいい方だろう。まあ、今日は(・・・)それで構わないけど。


 義姉たちはおしゃべりを交えながら食事を勧めた。その様子は淑女としての礼儀を欠いていると思うけど、この娘に甘い継母はなんとも思っていないらしい。むしろ自分までもが会話に嬉々として参加をしている。話のタネは、今夜開かれるという宮殿のパーティーのことだった。

 フォークに野菜を突き刺したまま、ドルセア義姉さまは夢見るような表情でいった。


「素敵よねえ。王子さまの花嫁を決めるための舞踏会だなんて。乙女の夢だわ」

「乙女なんて歳でもないでしょうに」


 アニータ義姉さまは皮肉をいいながらも、自分もスプーンに映る自分の姿を見つめていた。


「でも王子との結婚はできないとしても、今日はチャンスだと思わない? だって、国中の貴族が招かれてるんだもの。イケメンでお金持ちの貴公子が現れるかも」


 舞踏会への意気込みを語る義姉たちに、継母はクスクス笑っていた。


「あらあら、うちのかわいい娘たちは、たいそう積極的ですこと。でもせっかく狙うのであれば、上玉を狙わなくちゃ」

「お母さまったら」


 ドルセア義姉さまは自分も口元をニッとつりあがらせた。


「そんなこと、いわれなくてもわかってるわ。任せてよ。王子の目にとまるよう、今日は完璧なレディーになるんだから」


 するとアニータ義姉さまが笑いだした。


「姉さんには無理よ。王子ってまだ十八歳なんでしょう? 姉さんと結婚したら犯罪じゃないの」

「あんただって王子より年上には変わりないじゃない」

「でもあたしはまだ二十歳だもの。まだまだ若くて美しいのはあたしの方よ」

「あたしにはね、大人の魅力ってもんがあるのよ。この素晴らしいボディラインを見なさいよ」

「いやぁよ。年増の崩れた身体なんて」

「いったわね、この性悪女!」

「なによアバズレ!」


 さっきまでケンカをしていた二人が再び仲違いするには、時間をそう要さなかった。継母が止めようとする間もなく、二人は互いのドレスをつかみあって暴れ出した。


「やめなさい、二人とも。おやめったら!」


 いつもはツンと取り澄ましている継母が、狼狽をあらわにして叫んだ。


「あなたたち、そんなんじゃ王子の心は射とめられないわ。せめてパーティーの間だけでも、淑女らしく、上品に礼儀正しく、慎ましく」


 その場で取り繕ったって、すぐにバレるから意味がないと思うけど。そう内心で思いつつ、私は義姉たちが落とした皿を拾い集めた。食事はすべて終わっていたようでよかった。片付けが面倒になる。


 その後、義姉たちはすぐにパーティーの準備に取りかかった。パーティーは夜六時から宮殿で開催されるけれど、今から仕立て屋にできたばかりのドレスを持ってきてもらうらしい。アクセサリーもそれに合わせ、これから買い足す予定なのだとか。

 今日は忙しくなりそうだ。義姉たちのドレスアップの手伝いを、出発直前までいろいろいいつけられるだろう。どんなに着飾っても、身がこれっぽっちもつまってないのにね。


 ドレスを着るために義姉たちは昼食を抜いた。そんなことしたって無駄なのに。

 仕立て屋の方が来て、義姉たちの新しいドレスをさっそく着付けてくれた。だがどちらのドレスも、相当ウエストあたりを細くしている。アニータ義姉さまはともかく、最近おなかのたるみが目立ちはじめたドルセア義姉さまは、うんうん唸りながらコルセットを締め付けていた。

 宝石商の方もいらして、継母と一緒にああでもないこうでもないといいながら、義姉たちを飾りつけはじめた。


 二人とも、とても美しいドレスを着ていた。妖艶な雰囲気をまとうドルセア義姉さまは、ワインレッドの背中が大きく開いたドレス。冷静で知的なアニータ義姉さまはネイビーで、ハイネックにノースリーブのドレスになっていた。

 ドルセア義姉さまには大きなダイヤのネックレスとイヤリング。アニータ義姉さまはエメラルドのブローチと腕輪をつけた。


 こうしていると、二人は本当に見かけだけはいい。一目見ただけでは、王子さまもコロッと騙されてしまうかもしれない。

 義姉たちも本気でそう思っているのか、鏡の前で何度もくるくる回りながら、王子にダンスに誘われたらどうしようかと話していた。


 私は義姉たちにそれぞれメイクを施しながら、話はほとんど聞き流していた。国中の娘が招待されるという今日の舞踏会。王子が自分の婚約者を決めるためのものだというが、私はそれに参加させてもらえない。あの継母が許すはずがない。


 私がアイシャドウをまぶたに塗ってあげていると、アニータ義姉さまはあざけるようにいってきた。


「かわいそうにねえ、シンディ。せっかく国中の女の子が招かれてるっていうのに、連れてってもらえないなんて」

「いえ、私は……」

「ごめんなさいね。あたしたちだけ(・・)プリンセスになるチャンスをもらっちゃって」


 ドルセア義姉さまはダイヤを見つめるのをやめ、妹をたしなめた。


「ちょっと、やめなさいよアニータ。シンディは別にそんなこと望んじゃいないわよ」

「あぁら、それもそうだったわね」

「そうよ。どうせこの子は、そういうものに興味がないんだから」


 勝手に同情して、勝手に決めつけて、勝手に納得する義姉たち。口紅のかわりに血でも塗ってやろうか。そう考えかけたが、どうにか思いとどまった。今義姉たちを怒らせるのは、あまりよくない。二人はパーティーが楽しみで、いつもより上機嫌なのだから。

 メイクの手を再開させながら、私は平静を装って告げた。


「そうですわね。私のことは気にせず、楽しんできてくださいな」

「当たり前じゃない。あたしたちの魅力があれば、王子なんてイチコロだもの」


 その自信はいったいどこから出てくるのやら。


 五時になると、継母は自分も真新しいグリーンのドレスを着て、義姉たちを連れだって出発した。御者は見送りの中にいる私を見て、「シンディお嬢さまはいかれないのですか?」と確認したが、私より先に継母がすばやく返した。


「こんなみすぼらしい格好した子、連れていけるわけないでしょう。さあ、つべこべいわず出してちょうだい」


 ガラガラと音をたて、馬車が発進する。また義姉たちが興奮してきゃあきゃあ叫ぶ声が聞こえてきた。


 屋敷を出て数十メートル。馬車が右に折れ曲がって見えなくなった。それを確認してから、私は踵を返した。

 さて、私も支度しますか。







 宮殿は伯爵家であるうちとは、比べ物にならないぐらい広い。でも、継母の趣味で派手に飾られた屋敷とは違い、ここは適度に調度品があっても、統一性があって整然としている感じがした。

 庭も広く、パーティーである今日はライトアップされて、大広間と庭のどちらでも、ダンスを楽しめるようになっていた。


 大広間に向かう回廊は、すでに若い娘たちでいっぱいだった。一目で高貴な家柄の子女とわかる人もいれば、こういう場には慣れない平民の子もいる。きっとこの中で継母と義姉たちは、自分たちこそが主役といわんばかりの態度をとっているんだろう。

 え? どうして私がそんなことをいえるのかって? そりゃもちろん、私も宮殿にいるからよ。ふふ、私があのまま、おとなしくお留守番をしているはずがないじゃない。


 身につけているのは、母が社交界デビューをしたときに着ていた、薄いブルーのドレス。真珠のネックレス。そして、ガラスの靴。

 ガラスでできた靴なんて珍しいでしょう? これも母からの遺品。母が十三の頃にはいていたものなんだけど、あの生活のおかげであまり成長しなかった私には、今もちょうどいいサイズなの。


 毎日義姉さまたちの髪型やメイクをやっているおかげで、自分の支度も手間取らなかったわ。母譲りの自慢のブロンドはしっかり汚れを洗い流し、一部をねじって頭頂部で留めた。メイクはあまり濃すぎないように、少し頬に赤みをつけ、ピンクのリップを塗った。

 するとあっという間に、見たこともない美少女の完成だった。ついさっきまで「灰かぶり」だった私とはまったくの別人。だけど、この姿をあの三人が見たらどうするのかしら?


 そう。それだけのつもりだったのよ。きれいになった私を見せて、義姉たちがうらやましいと思えるような、素敵な男性と踊ってやろうって。

 だから、たまたま近くを通りかかった男性に、躓いたふりをしてしなだれかかった。紳士なその人は、演技に気づかずさっと抱きとめてくれた。


「あ……っと。大丈夫ですか、レディー」

「ええ、大丈夫です。ありがとうございました……」


 礼を口にしてから、私は驚いた。ちらりと見えた横顔が精悍で、着ている服も高価だったから近づいた。だが、目の前でその顔を見て、私は気づいてしまった。


「王子殿下……」


 呆然とつぶやく私に、王子は少し苦笑をうかべた。


「そうですよ。でもそんなにかしこまらないでください。パーティーは限られた時間だけです。楽しんで」

「え、ええ、そうですわね」


 返事をしながらも、思わぬ展開に緊張が止まらない。ちょっといいところのお坊ちゃまを捕まえるつもりだったのに、まさか王子を引っかけようとしてただなんて。

 でも待って。これは使えるかもしれない。


 私はふぅっと息を吐いて、手で自分を仰いだ。


「でも少し酔ってしまったようです。ここは暑いわ。汗をかいてしまいそう」


 指先でツゥッと鎖骨のあたりをなぞると、王子がその様子をじっと見つめてきた。その顔がわずかに赤くなったのを見て、私は笑いだしそうになった。


「私、こういう場には不慣れなもので。どうしても……あっ」


 手で頭をおさえ、私はそのまま王子に倒れ掛かった。王子は再び抱き留めてくれたが、その腕には先ほどよりも力が込められていた。


「レ、レディー、お具合が悪いのでは?」

「いえ、酔いが醒めないだけですわ。ああ、ごめんなさい。足に力が入らなくて……」


 いいながら王子の腕にしがみつき、胸を押しつけるようにしてみた。

 さすがにわざとらしすぎるだろうか。そう思って王子を上目づかいに見た。ところが王子は、自分の腕にぴったり密着する私の胸に、目をくぎ付けにされている。その顔はもう真っ赤だった。


 なんだ、この王子。すごくちょろい。やっぱり王宮で丁寧に育てられてきたから、女性に免疫ってもんがないのね。


 だがここはパーティーという公衆の面前。おまけに国王陛下の目も光っている。王子は理性を取り戻したらしく、私の胸から目を離した。


「気分が悪いのであれば、夜風にあたってきてはいかがでしょうか?」


 私は考えるように少し黙ってから、首をかしげて答えた。


「王宮の庭園というのも魅力的ですが、やっぱりここにいたいです。素敵な男性と出会えたんですもの」


 甘えるようにいってみると、王子は再び赤くなった。ふっ、ちょろいわ。


「それにせっかくパーティーに来たんですもの。殿下のいうとおり、楽しみたいですわ」

「……では」


 王子は意を決したように、私に手を差し出してきた。


「一曲踊っていただけませんか、レディー?」

「……ええ、喜んで」


 ちょうどいいタイミングで、次の曲がはじまった。王子は私の右手をとると、スムーズに広間の中央までエスコートしてくれた。

 ダンスなんて、もう何年も踊っていない。でも身体は覚えているのか、王子にリードされながらも曲に合わせてステップを刻んだ。


 招待客は、今夜の主役である王子が見知らぬ少女と踊っているのを見て、驚愕していた。皆が私たちを見て、口々になにかをいっている。その中に、私は継母たちを見つけた。継母は一瞬目が合った私を見て、怒りと憎しみに体を震わせていた。

 そう、その顔。私はそれが見たかったのよ。


 最高の気分だった。王子と一曲踊るだけで、とても爽快だった。

 王子は私の手の甲にキスをして、名残惜しそうに見つめてきた。


「名前を教えてもらえませんか?」

「私の名は……」


「シンディ!」


 鋭い声が、私と王子の話を切り裂いた。この場に私の名を知っているような人は、この人たちしかいない。

 継母が娘たちを連れて、鬼のような形相で向かってきていた。そして、王子から私をべりっと引きはがすと、低い声で告げた。


「おまえは一体なにをしているの!? おまえのようなみすぼらしい小娘が、宮殿にのこのこ来るんじゃないよ、恥さらしが!」

「ご、ごめんなさい」


 私はしおらしいふりをして、縮こまった。


「ただ、あんまりにも義姉さまたちが楽しそうだったから、少しのぞいてみたかっただけなんです」

「はん。あんたがパーティーを楽しむ? 生意気いうんじゃないわよ」


 継母はそういったあと、向きをかえて王子に愛想のいい笑顔を浮かべた。


「どうも申し訳ございません、殿下。この子がなにか粗相をしまして? 殿下にダンスをねだるなんて、とんでもない無礼を」

「無礼だなんて、私は思っていない」


 王子は継母と私を見比べたあと、訝しげにたずねてきた。


「失礼ですが、彼女の母上ですか?」

「私が? んまっ」


 継母は愉快そうに笑った。だけどその目は、ちっとも笑っていない。


「よしてくださいな、殿下。ご冗談がお上手ですこと。このみすぼらしい貧相な子が、私の娘? ああ、おかしい。うちの娘は二人ですわ、殿下。ドルセアとアニータ。二人とも、とても素晴らしい淑女ですのよ」


 義姉たちはとたんに猫をかぶり、王子ににこやかに会釈した。

 王子は二人にもきちんと挨拶したが、まだ釈然としない面持ちだった。


「ではどのようなお知り合いで?」

「この子は……そう、うちの小間使いですの。ですから、本来ならこの場に来れるような子では……」

「いや、私はかまわない。そもそもこのパーティーには、身分関係なく年頃の女性を招待しています。むしろ、彼女が来てくれてよかった」


 王子がキラキラした笑顔をこちらに向けてくるから、義姉たちのメイクをごってり重ねた顔はひどいものだった。そろいもそろって憤怒の表情。背筋がゾクゾクとした。ああ、その顔よ。それを見たかったの。


 恍惚と優越感に浸っていると、再び王子が私の手を取った。そしてそのまま、手の甲に唇を落とされる。ドルセア義姉さまが悲鳴を上げた。


「レディー……。シンディというんですね? どうか、私と……」


「うぶ……っ。げぇ」


 突然、ロマンチックな雰囲気をなにやら下品な声で台無しにされた。と思ったら、継母が金切り声をあげた。


「アニータ!? あなた、どうしたの?」


 見ると、アニータ義姉さまがその場に四つん這いになり……嘔吐していた。私は声を上げ、王子にしがみついた。

 すると今度はドルセア義姉さまが、いきなりおなかを抱えて呻きだした。


「いた……っ! お、おなかが」

「ドルセア、あなたまで」

「ダメ、ダメ、ダメ。あぁ、痛いっ!」


 直後、ドルセア義姉さまはおなかをおさえたまま逃げるように駆け出していった。継母は真っ青な顔で突っ立っていたが、それはけっしてこの理解不能な状況のせいだけじゃないはず。

 ふふ、厚かましくて図太い人たちだから、効果がないかと思っていたわ。ジャガイモの芽をたっぷり使ったポタージュに、ネズミの肉を燻製させたベーコン。あなたたち、全部食べたんですものね。そりゃおなかも痛いし、吐き気もするでしょうよ。


 だけど私は、なにも知らない。継母が冷や汗を浮かべてこちらに迫ってきても、なにが起きているのかさっぱりわからない。

 継母は私をギラギラにらみつけた。


「おまえが私の娘になにかをしたのね!? そうなんでしょう!」

「わ、私、なにもしていません……」

「ウソをつけ! この薄汚いドブネズミっ。ぼろをまとった灰かぶりのくせに!」

「きゃあっ!」


 継母が私に掴みかかってきた。食あたりで力なんて出ないと思っていたけれど、火事場のバカ力というやつなのか、思ったよりもギリギリと締め付けるようにして胸元をつかんでくる。

 しかしそれも長くは続かなかった。継母の手からもすぐに力が失われ、やがてアニータ義姉さまと同じようにその場に崩れ、口元をおさえた。


 王子は急なことに呆然となっていたが、すぐに宮殿の医師を手配してくれた。その時、私にさりげなく聞いてきた。


「この人たち、本当にきみの知り合いなの?」

「この人たちが?」


 私は思わず笑ってしまった。継母が睨んできたが、もうこの人は私に手を出せない。


「まさか、そんなはずがありませんわ。こんな汚らしい人たち、私の知り合いにはおりませんもの」







 それからしばらくたち、継母は逮捕され処刑された。私の後見人という立場にありながら、ろくに私の世話もせず、こき使っていたことがバレた。さらに、領民からの税金を自分たちの私利私欲につぎ込んでいたこともとがめられた。

 なにより決め手となったのは、王子の前で私に掴みかかったことだった。王子はその後、正式に私に求婚をしてきた。つまり継母は、王子の婚約者に手をあげたことになる。おまけに私と王子の婚約を阻止しようとした。立派な国家反逆罪だった。


 義姉たちには罪はないということで、一度は屋敷に帰った。でも、宮殿であんな粗相をしでかした後だもの。一週間としないうちに、二人で姿をくらましたわ。


 え? 私? ああ、王子と結婚したのかっていうことね。もちろんしたわ。たっぷり利用させてもらったんだもの。感謝してるし、きっと愛せると思ったわ。

 でも、彼が実は第四王子だったっていうのは驚いたわね。まあ、王妃なんて煩わしいものにならずに済んだけど。今では私は、夫と二人で、伯爵家の屋敷で暮らしている。領民にも慕われ、とても幸せな生活よ。


 あら、悪女? 私が?

 私はなんにも悪いことはしていないわ。そう。母の後釜におさまり父を暗殺し、自分の家と爵位を乗っ取った女と娘に、ささやかな復讐をしただけ。


 ただ、それだけよ。







シンデレラってナチュラルざまぁだと気づいた今朝。

ふと思い立ち、書いてみたくなった昼。

勢いのまま書き綴った今夜。

そして、完成を見てがっかりする現在。


誹謗・中傷は受け付けておりません。

童話のシンデレラが好きな方々、誠に申し訳ございませんでした<(_ _)>



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[良い点] 魔法なんか要らんかったんや!
[一言] 原作よりも優しいですね~、確か原作だと義母と義姉の三人殺していたはずですよ
[良い点] ぶっちゃけ原作シンデレラって微妙なのよね。 因果応報で言うなら、継母と義姉二人が処罰されるだけでいいのに。 買ってない宝くじが当選したみたいな話だもの。 シンデレラってなんか努力した…
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