つきのうらがわでつかまえて
俺はつきのうらがわに行くから大丈夫だよ。
この世界からいなくなる前、あなたは私にそう言った。
マグカップ2つを両手にベランダに出る。
見上げると空にはまるい月がぽっかりと浮かんでいて、今夜は中々のお月見日和だと嬉しくなる。
あなたのお気に入りだったしましまのマグカップと私の水玉のマグカップ。
テーブルに置いて手すりに寄りかかる。
冬になるとお月見をしたくなるのはあなたのせいだ。
私と一緒に澄んだ月を見上げるのが幸せなのだとあなたは言った。
雨が降ると子どもの様にいじけて中々機嫌はなおらなくて。
でも、美味しい紅茶を入れてあげると文句を言いながらも嬉しそうに飲む単純さが好きだった。
月を見上げる。
そこに浮かぶ今日のあなたはその時のいじけているあなただ。
見えない場所へ行ってしまったあなた。
一緒にいたい。
その気持ちが日常から夢へと変わった時。
あなたはこれからの場所につきのうらがわを選んだ。
その意味は最後まで教えてくれなかったけれど、私はあなたは月を私の拠り所にして欲しかったんじゃないかと思っている。
悲しいとき。
苦しいとき。
寂しいとき。
私は月を見上げては今の自分に都合の良いあなたを想像する。
笑っているあなた。
怒っているあなた。
ただそこにいるあなた。
記憶のあなたを月に浮かべてみせる。
見えないからこそ当てはめることが出来るものがある。
これから先、何年この世界にいるか分からない。
この月がいつまで私の拠り所になるか分からない。
誰かの隣に立って笑ってもいいんだよとあなたは言った。
でも、そう言いながらも泣きそうな顔をしているから私は笑ってしまった。
くすりと笑ってマグカップの紅茶に月を映す。
そっと両手で包み込み、自分の中に月を飲み込む。
ひとさじの砂糖を入れた紅茶。
昔はたっぷり砂糖を入れた甘い甘い紅茶が好きだったのに。
これは私の願い事だ。
砂糖の数も一緒になるほど影響されたあなたへ。
もし、この世界を去る時、まだ私があなたを大好きでいたなら
まだ拠り所の月を見上げていたなら
その時は
つきのうらがわでつかまえて