お嬢様を助けて盗賊にさらわれたエルフ奴隷ですが狩人の少年と一緒に暮らすことになりました件
「ねえ! あなた森には詳しいんでしょう? 一緒に行きましょうよ!」
金髪ドリルお嬢様の天真爛漫な笑顔を曇らせないため、屋敷を一緒に出て森へと出かけた私たちは。
「げっへっへ。お嬢ちゃんたち、お金持ってそうだねえ」
盗賊に襲われました。
賊は二人の男ですが、二対二とはいえこちらは非力な女ですので、逃げられるとは思えません。とても困りました。よくあるエッチなお話のような目に遭うのがエルフの運命なのでしょうか。
「ん~特にキミはお金持ってそうだね。こりゃ身代金に期待できそうだな!」
「そうですね、親分!」
親分と呼ばれた男がお嬢様の腕を掴もうと手を伸ばします。
――いけない。
賊とお嬢様の間に我が身を滑り込ませます。
「お嬢様に手出しはさせません」
「アナスタシア!?」
お嬢様は私の大切なお方です。大人の男たちが勝手に仕掛けた人間との争いのせいで、敗北した側である私の暮らしていた里のエルフは奴隷となりました。
本来ひどい扱いを受ける身分であった私を、お嬢様は虐げることなく、他の使用人と同じように扱ってくださいました。
私のお仕えするお嬢様、マーガレット=ポコティヌス様は尊いお方なのです。
それに、ここで見捨てて帰ったらたぶん私殺されますし。お嬢様のお父様はとても厳格なお方ですからね。
「お嬢様に手を出したらポコティヌス家が全霊を持って貴様らを見つけ出して潰しますよ」
「でも手ぶらで帰るわけにゃいかねえよ」
「では代わりに私を連れておいきなさい」
盗賊の前に一歩踏み出す。
「どうするよ」
「こっちのエルフの子の方が美人ですよ? 連れて行くなら一人ですもんね?」
「俺ら二人だけなのに二人さらうのは大変だしなあ」
「運ぶの大変ですし、牢はうちにないですし、ずっとどちらかが見張ってなきゃいけませんものね」
「それだと一人で精一杯だよな」
「はい」
「すいみん不足はお肌にわるいし」
「まったくです」
「おい、それに貴族のお嬢様に手出ししたらこれからの仕事がしづらくなっちまうかもしれねえじゃねえか」
「じゃあエルフのほうでいいですよね」
「むしろエルフのほうがいいじゃねえか。すっげえ美人だし。メイドだし」
どうやら彼らの意見は一致したようです。
「エルフ最高!」
「エルフ最高!」
腕を組んでスキップなど始めてしまいました。仲の良い盗賊のようです。
「『ひぎい』とか言わせたいね!」
「俺は『んほお』がいいです!」
話は決着したようで、盗賊二人は私に向けて縄をしならせます。私に縛られる趣味はないんですけどね。
しかし、納得のいっていないお方がこちらに一人いました。お嬢様が割って入り、なにやら憤慨しています。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。いや、それでいいっちゃいいんだけど、私はそれで助かるんだけど、でもね? え、私これでも結構見た目には自信あるんだけど? 話しあいましょう。少し話しあいましょう」
「お嬢様、自信を持ってください。お嬢様も美人です」
お嬢様が地団駄を踏みます。レディがそのようなはしたない振る舞いをしてはなりませんよ。
「アンタに慰められたくないのよ! なんか上からに感じるのよ! お嬢様『も』ってところが鼻につくのよ! でもありがとう!」
「どういたしまして」
お嬢様は素直でよいお方です。きっとお母様のように素敵な淑女になられることでしょう。
そして、いつかあの素晴らしいぬか漬けを受け継ぐ存在になるのでしょう。
そういう事情で私は簀巻きになりました。盗賊の子分のほうに肩に担がれて、少々おなかが苦しいこのごろです。
むきむき言っていたお嬢様は気絶させられ放置されました。運が悪ければモンスターのごはんになっているでしょうが、あの方はしぶとそうなので私は無事を信じています。
盗賊は大変ゴキゲンで、簀巻きにした私を「ヘイパス!」などと投げ合って遊びながら逃げておりました。
私のような美人エルフを手に入れたのだからはしゃいでしまっても仕方のないことなのかもしれませんが、ムチウチになりそうなのでやめて欲しいところです。
お嬢様と離れてから逃げようと考えていましたが、縛られていては逃げられません。早く逃げないと、それはもうピンクな目に遭わされてしまいます。どうしようかと考えていると。
「メエエギャワワワワー!!」
荒ぶったビッグシープが何故か二足走行でやってきました。
「どわわーっ!!」
ちょうど私を担いでいた盗賊の親分がビッグシープに蹴飛ばされ。
「あら?」
私は宙を舞いました。
妙に時間がゆっくり流れ、地面に落ちるまでの刹那のひと時、盗賊を蹴飛ばしたビッグシープの毛並みが揺れ、盗賊の汚い唾液が飛び、慌てた少年が駆けてくるのが見えました。
「おわっ、と!!」
地面に叩きつけられる、その寸前。少年が滑り込んできてクッションになってくれました。
「大丈夫?」
少年は新緑の香りがする人でした。エルフというのは感覚が鋭敏で、エルフよりも匂いの強い人間に近寄るのが苦手だったりするのですが……。
「……ええ。大丈夫です」
この人は不快感がありませんでした。ナイフで縄を切り、手際よく私を解放すると、既にビッグシープに打ち倒されていた盗賊を縛り上げました。
ビッグシープは彼の飼っているモンスターなのでしょう。なにやら仲良くお話をしているようでした。
「まったく、モコリヌス。タイミングを合わせようって言ったろー? いっつも戦闘となると暴走しちゃうんだから。いったい何がお前をそんなに駆り立てるのさ?」
「メレメン」
「はあ~あ。……よし、縛り終わったから、悪いけどこの人たち担いでくれるか?」
「ムン」
ビッグシープは何故か話ができるようです。
気絶した盗賊をビッグシープに乗せると、彼は振り向きました。
「もうあの人たちは襲ってこないから、大丈夫だよ。……立てる?」
「はい。ありがとうございます」
差し伸べられた手を握ります。やはり私は彼に対してまったく不快感を覚えないようです。むしろヘタレそうに見えてなかなかできる男という雰囲気がばっちり私の好みです。
これで抜けたところがあれば完璧です。お世話しつつ苛めたくなる理想の存在といえるでしょう。
それから少年と一緒に屋敷へ行き、奥様は私が大旦那様に折檻されるのを心配して私を彼に渡すことに決めました。
予想外にもこの美人のエルフメイドな私よりぬか床のほうがいいと断られましたが、なんとかついていくことに成功しました。
彼の小さな家に着いたとき、彼が私の手を引いて招いてくれました。
この瞬間。
なんとなく、なんとなくですが、助けられたのが私ではなくお嬢様であっても。
私は彼の手を掴んだのではないかと思いました。
そして私は毎日のようにぬか床をかきまぜながら。
――狩りに出た彼を、彼の家で待つ日々を始めました。
登場人物
狩人:十代後半の少年。実は異世界へとやってきた元勇者というまったく本編では使われていない設定がある。漬け物が三度の飯とセットで出ていないと耐えられない漬け物好き。首が弱い。
エルフ:名前はアナスタシア。自分が美人だと自覚している。狩人の少年より少し上の年齢。匂いフェチ。
モコリヌス:ビッグシープというモンスター。ようするに大きな羊なのだが、人間のように立つしなんとなく通じる程度の会話もできる。戦闘になるとどうしても荒ぶる。プロレス好き。ガングロ。
お嬢様:マーガレット=ポコリヌス16歳。ちょっと偉そうだけど無意識の態度。根は優しい。貧乳。
奥様:お嬢様の母親。エルフを少年に差し出そうとした。漬け物を作るのが趣味。貴族の中では変わり者。
盗賊(親分):お金が欲しい。もじゃもじゃ。ひぎい派。
盗賊(子分):お金が欲しい。もじゃもじゃ。んほお派。