表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

なんてことはない日常(風邪と黒板消しと子猫ちゃん)

短編から移しました。

「あれ、矢坂?」


ある日のある朝、教室で。黒板の隅に書かれた日直の名前の欄には、水瀬と矢坂の文字。私今日、日直だ。でも…日直当番、私は昨日までは、宮口君と一緒の予定じゃなかったっけ。


…まあいいか、日直くらいちょっと我慢したら終わるし。しかしあの矢坂と一緒に当番なんて、朝から心が萎えるなあ。



クラスメイトに適当に おはようと挨拶しまくった後、自分の机に鞄を置いて、椅子に座る。

教科書を机に入れてごそごそしていた時。どん、と椅子に慣れた衝撃が。またか、と溜め息をつきながら振り返ると、そこにはやっぱり無駄に背の高い矢坂 英二が私を見下ろしていた。



「よう、チビ。お前と一緒に当番なんて、残念極まりないな」


うわ、出たな矢坂。毎日毎日、よく飽きもせずに人をいじめてくれる。そのニヤついた嫌味な顔、もう見飽きたよ。


「それは申し訳ございませんでした。ならば私は当番を変わってもらいます。湯島くーん!」


教室の窓際で友達と談笑していた爽やかボーイ、湯島君に声をかける。


「ばっ、馬鹿じゃねえの。そんな簡単に当番変わってんじゃねえよ!」


「それは宮口君に言ってくださーい」


なにー?と爽やかな笑顔付きで返事をしてくれる湯島君に、「何でもねえから あっち行け」と怖い顔でしっしっ、と手を払う矢坂。私は湯島君に、ごめんねと謝りながら、むすっとした矢坂は無視して鞄から教科書を机に移す作業を再開した。


「なんでそこで湯島なんか呼ぶんだよ。…お、お前、あいつのこと好きなのか」


なにそのトンでも理論。わかった。頭の中、そういう事しか考えられないくらい春なのね。でも、頭は春なのに醸し出す雰囲気は真冬って、どういうこと。ひっくい声と冷たい眼差しはノーセンキューだから。私たちの近くにいたクラスメイトが、ささーっと避難していっちゃったよ。



「だって、湯島君は出席番号 宮口君と矢坂の次じゃん。私と変わっても そんなに支障ないでしょ」



何でもないように言うと、矢坂は ぐっとつぶれたヒキガエルみたいな顔をして黙りこんだ。

日直は基本的には出席番号の前後2人で組む。本来なら、水瀬の私の後ろに宮口君が入る。その次にや行の矢坂。そんでその次に「ゆ」で始まる湯島君。私が湯島君と変わっても、いつもの当番の組が、順番が逆に なったくらい。けっこうゆるい担任は、この程度の変更は気にもしない。やることやってればいいんだって。



「俺は、別に…お前と一緒でも 嫌じゃねえよ!」



私の机に ばんっ、と手をついて力説する矢坂。

あれ、さっき嫌だってニュアンスのこと言ってたじゃん。ころころと意見の変わるやつ。これだから最近の若いやつは。


「じゃあ、一緒にしようよ。私、宮口君より矢坂と当番一緒の方が嬉しいな」


宮口君、字が汚いから日直日誌を私が全部書かなきゃいけないんだもん。前に一緒に当番をした時、担任に「宮口が書いたらしきところ、古代文字みたいで解読が面倒。今度は水瀬が日誌書いてくれ」って懇願されちゃったし…

解読出来ないくらい難解な文字を書く宮口君。あなたは日常的にはどうしているんですか。特にテストとか。


今日、宮口君に会ったら聞いてみようかな。あれ、そもそも どうして日直当番が宮口君から矢坂に変わったのかな。

そんなことを考えていると、いつの間にか登校してきていた私の親友。沢ちゃんこと沢田 深雪が、ニヤニヤ笑いながら おはようと私に挨拶をした。


「おはよう沢ちゃん。私 今日日直なんだ。今日一日誠心誠意、クラスに貢献致す所存であります!」


「あら、夕ってば難しい言葉を覚えたのね。それはいいとして、朝から矢坂に(妄想の材料を)貢献し過ぎじゃない?」


あっはっは、と彼女の艶っぽい見た目の割に豪快に笑いながら、おかしそうに身をよじる。


「矢坂に…?そんなこと、してないよ?」


なんで矢坂に貢献しなくちゃならないのだね、沢ちゃん。私には全くもって理解不能だよ。


「おっと、私としたことが、失言だったわ。夕は何も知らなくていいのよ。その方が面白いから」


「うん…?まあいいや、わかったよ沢ちゃん。そう言えばさ、私 今日矢坂と当番一緒なんだ。宮口君どうしたのかな?」


「宮口?…ああ、昨日バズーカみたいなくしゃみ連発してたから、風邪で休みなんじゃない?」


「そっか…風邪流行ってるもんね、気を付けなきゃ」





そんなこんなで、風邪は怖いと話が落ち着いたところで担任が教室に来て、朝のホームルームが始まった。沢ちゃんが来てから矢坂の存在を忘れていたけど、矢坂は何故か カチカチに固まって、石像になっていた。またしても担任に頭を 小突かれて正気に戻される矢坂。…先生、私は何もしていません。石像になった矢坂を見つけるなり、「また お前がやったのか?」っていう目でこっちを見ないでください。

矢坂のやつ、こないだも石像になっていたし…最近矢坂の中で石像ごっこがブームになってるのかな?やっぱり、変なやつだなあ。



あ、やっぱり宮口君は風邪で休みだって。




「届かない…」


黒板の上の方に書かれた文字が消せない。背が高い先生は、これだから困る。背が小さい日直の敵だ。


「矢坂矢坂」


私と反対側の黒板を ぼへっとしながら適当に消していた矢坂に声をかける。けど、矢坂は気付かずにスルー。こんな至近距離で聞こえないはずないし!


「矢坂ってば!」


ちょっと、ムッとしながら矢坂の制服の裾を掴んで、くいっと引っ張る。


「うお」


やっと、こっち見た。ばち、と目と目が合った瞬間。



「あのね、上の方消して欲し…」


「べ、別に一緒に当番できて嬉しいとか、思ってねえからなっ!!」


「へ?」


あまりの剣幕で、思ってもみないことを言われたものだから びっくりして固まってしまった。言った張本人の矢坂も、びっくりした顔をしてる。しまった、って口が動いてる。



休み時間だけど、けっこうクラスメイトは教室にいるし、今のを見ていた生徒も多いみたい。好奇の視線がビシビシ突き刺さる。


矢坂も注目されてる恥ずかしさからか、真っ赤になっちゃってるし。ここは私が何とかするしかない!テンパった頭で、一秒の間に私はそう決心した。




「や、やだなあ、子猫ちゃん。当たり前じゃないか。君に一人で日直させるわけがないじゃないか、ベイビー」


ベイビー、ベイビー、ベイビー…しんと静まり返った教室に、ベイビーがこだました気がした。山じゃないからあり得ないけど。そこはまあなんと言うか、私のやるせなさが聞かせた幻聴とでも言いますか。


…失敗した。それは馬鹿な私でも分かった。でも、仕方ないじゃん!ぱっと思い付いたのが、某国民的アニメのお坊っちゃんだったんだもん!


変な汗が流れる私と、相変わらず真っ赤な矢坂。誰か助けてくださいよ!


そんな どうしようもない静けさをぶち破ったのは、沢ちゃんだった。


「あっはっは、今のシーンを宮口にも見せてあげたかったわ。肝心な時にいないんだから!」


沢ちゃんの笑い声に、空気が一気に和んだ。教室中から「またかよー」とか「痴話喧嘩なの?」って笑い声が聞こえる。


「沢ちゃん、ありがとう…」


あなたは救世主です!思わず涙目になって沢ちゃんに駆け寄る。地味ガールな私には、教室中から注目されるのは拷問にも等しいよ。私の頭をニヤニヤしながら撫でてくれる沢ちゃん。ああ姉御、大好きだよー。


「おい、チビ」


撫でられて ほっこりしている私に、ムスッとした いかにも機嫌の悪さ むき出しの矢坂が声をかけてくる。


「チビ、聞いてんのか?」


私が返事をしないからか、矢坂はイライラのボルテージがどんどん上がっていってる。


「夕、あなたの子猫ちゃんが かまって欲しいって」


「なっ、何言ってんだ !誰がそいつの子猫だよ?!」


なにやら慌て出した矢坂だけど、


「…知らない。すぐ怒るし、すぐ大きい声出すし。狂暴な猫は好きじゃないの」


そう言うと、矢坂は しょんぼりして自分の机に戻って、 ガックリとうなだれていた。…子猫ちゃんって言われたのが、かなりショックだったみたい。矢坂、猫よりライオンみたいだもんね。デカイし、狂暴だし。



消し残した黒板は、沢ちゃんが綺麗にしてくれた。感謝しなさいよね、矢坂!




その後。急に日直を張り切り出した矢坂に、黒板消しは任せることにして。私は日誌をまとめた。私が日誌に書き込む横で、矢坂はじっと私を見張っていた。そんなに見なくても、ちゃんと書いてるんだけども。私は、矢坂に余程信頼されてないらしい。


まあ、いいか。珍しく文句を言うわけでもなかったし。大人しい矢坂は気持ち悪かったけど…頑張りました。日直当番。







「ってな訳でさ。今日あの2人で日直だったのよ」


「それはまた、面白そうな話だね。俺も見たかったなー」


「何言ってんの。宮口が休んでくれたおかげで見れたんじゃない。ありがとうね、宮口」


「…うわあ、お礼言われて微妙な気持ちになったの、初めてだわー」


「あっはっは。でも、本当に見物だったわよ。矢坂、日直当番の名前見た瞬間、にやけちゃってるのよ」


「ほうほう、瞬時にその光景が脳内で再生されてしまったよ」


「それで、嬉しくなっちゃったんでしょうね。こらえきれずに夕に絡んで、返り討ちにされてるのよ」


「…うわあ、またしても瞬時に(以下省略)」


「しかも、夕が湯島に声掛けたものだから、矢坂がヤキモチ妬いちゃってね」


「英二は湯島苦手だからなあ。性格が正反対過ぎて、ほとんど絡んでないし」


「湯島は女子に人気だから、夕がとられるって危機感を抱いたんじゃないかしら」


「成る程。でも大丈夫でしょ、水瀬ちゃん湯島を男子として認識してない感じじゃない?」


「甘いわね宮口。それは矢坂にも言えることよ」


「…前から思ってたんだけど。水瀬ちゃんて、もしかして恋愛に興味ないの?」


「…夕が初恋を経験したら、興味もわいてくるんじゃない?」


「まさか、そこまでピュアだったなんて…」


「だからいいんじゃない。ピュアだから、あそこまで露骨な矢坂に気づかないのよ」


「英二、ネバーギブアップ…」


「まあ、矢坂も矢坂でピュアよね。ちょっと助言をしただけで、日直張り切っちゃって。もう、可笑しいったらないわ」


「ええ、何それ そこを詳しく」


「夕は、やるときはやる男が素敵って言ってたわよ…って耳打ちしたの」


「ぷぷっ、そ、それで?」


「矢坂、黒板消しを率先してやるようになってね。それを夕に誉められて、強気になって日誌をまとめる夕の傍から離れないのよ」


「はははっ!それで、2人に進展はあったの?」


「あるわけないわ。矢坂は一緒に帰りたかったみたいだけど、最後まで誘えなくて。あんまり大人しいものだから、夕に変なものでも食べたの?って心配されちゃって、また1人で怒って帰っていったの」


「英二らしいというか、なんというか…」


「あっはっは。面白いわよね、本当に不憫だわー」


「可哀想に…」


「可哀想と言えば…」






そんな感じで、沢田と宮口の電話での「報告会」は深夜まで及んだと言う。









次の日。


「あれ、宮口君、今日も休みなんだね」


「…しまった、宮口が病人だって忘れてたわ」


「…?沢ちゃん、宮口君と何かあったの?」


ううん、なんでもないの。そう言いながら、沢ちゃんはまた あっはっはーと大笑いしていた。


「おい、チビ」


「うわあ、また来た」


「なんだとコラッ」


そんなこんなで騒がしいけど、これが私の日常です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ