なんてことはない日常(焼きそばパンと一口の歯形)《身長高めで口の悪い男子×チビで鈍感な女子》
短編から移しました。
私には、嫌いなやつがいる。やつも確実に私が嫌い。
まず目が合えばマッハで反らされる。でもなぜか やたらと 突っ掛かってくる。ちゃんと名前を呼ばれた事がない。高校に入ってクラスメイトになって、もう二年目なのに「お前」「チビ」「あんた」しか呼ばれた事がない。
しかも、ちょこちょことした嫌がらせは ほぼ毎日。
やつは、私が嫌いに違いない。
お昼休みを告げるチャイムがなって、仲の良い友達と私と、お弁当を つついていた時。
「わっ」
背中に感じた衝撃に、箸で掴んでいたタコさんウインナーが教室の床に落下した。
「悪いな、どっかのチビがチビ過ぎて視界に入ってなかったわ」
振り返ると、私にぶつかってきたらしい矢坂が、私の後ろの席に座るところだった。焼きそばパンを片手に ほっぺを膨らませながら、対して謝る気も無さげに ニヤニヤしている無駄に背の高いやつ。
「…そうなんだ。どっかの巨神兵は視界が不鮮明で困ってるんだ。老眼鏡でも掛けたらいいんじゃない?」
にっこり笑顔で言い返してやると、矢坂は私を睨み付けてきた。
「止めろよ、英二。ごめんね水瀬ちゃん」
矢坂の隣で仏様の様に優しい笑顔を浮かべるのは、矢坂の友達の宮口君。矢坂とは正反対で、穏やかな お地蔵さまみたいな男の子。野球部だから、丸刈りらしい。でも私、こんなに坊主の似合う人初めて見たよ。
「いいんだよ、宮口君」
「優しいね、水瀬ちゃん」
ねー、と言って笑い合う私たち。本当に宮口君は癒される。気付いたらホンワカされてる。もう一種の才能だね。
「おい、うぜえな お前ら」
なぜかイライラした矢坂が私の椅子を蹴ってくる。地味に痛いからやめて欲しい。
「ていうか、私のタコさんウインナーを どうしてくれるのよ!床で力尽きてるんですけど!!」
びし、と指を指したその先には、矢坂にぶつかられて箸から滑り落ちたタコさんウインナーが一つ。
「知らね。そんな不細工なタコ」
「失礼すぎるし!」
憎い。憎いよ矢坂!女子力を磨こうと、私がいつもより30分早起きして お母さんのコーチングで 足を作ったタコさんを、不細工だなんて!
おのれ矢坂、許さんぞ!!
「隙あり!」
矢坂が自分の飲んでいたお茶に手を伸ばした、その瞬間。私は矢坂が右手に持っていた焼きそばパンを奪い取り、パンを包んでた包みを素早くとって、パンのお尻に噛み付いた。
だって、矢坂が食べてた方を食べたら、間接キスみたいになっちゃうじゃん。
「なっ、え?おい…」
どうだ矢坂、びっくりしたか。でもこれだけじゃあ終わらないんだからね!
床に転がっているタコさんウインナーを箸で掴み取り、びっくりしてぽかんしていた矢坂の口に押し込んだ。
「…んむっ?!」
私の予想外な行動に圧倒された矢坂は、しばらくウインナーを口に含んだまま固まっていた。
そんな間抜けな矢坂を してやったりと眺めながら、私は自分の椅子に座り直した。
「どう、矢坂。美味しい?」
床に落ちたタコさんウインナー。口に出さずに、ニヤリと笑ってやる。ちょっとホコリとかついちゃってたらごめんねー。
矢坂はハッと自分の口に手を当てたかと思うと、急に耳まで真っ赤になって、そのまま教室を走って出ていってしまった。慌てすぎて、片手に持った焼きそばパンを握り潰しながら。
「夕も可哀想なことをするわね」
「何を言うの沢ちゃん!タコさんの恨みだよ。私にしては優しくしてあげましたとも」
ふうん、と興味無さげに返事をする艶やかな女子。私の親友の沢田 深雪。子どもっぽい私と大人っぽい沢ちゃん。合わないようで 実は相性バッチリ。コーヒーとミルクみたいな関係。
「でも沢ちゃん、見た?矢坂のあの顔。すごい間抜け面だったね。真っ赤になって怒っちゃって、ざまあみろだよ」
うひひ、と私が笑うと。
「矢坂が赤くなったのは、そう言う意味じゃないと思うんだけどねえ。…夕、早く食べないと帰ってきた矢坂にまた絡まれるよ」
「それは勘弁していただきたい」
むぐむぐと慌てて残りのご飯とおかずを掻き込む。
「ねえ宮口」
「なんだい沢田ちゃん」
「夕ってば、鈍すぎて笑っちゃうわね」
「それは激しく同感だよ」
「焼きそばパン、間接キスになるから反対側をかじったんでしょうね。でも、矢坂にあーんした時点で間接キスだって、気づいてないのかしら。今も箸洗わずにそのまま食べてるし」
「沢田ちゃん、箸はそうするように自分で仕向けたくせに」
「だって、矢坂が喜ぶかと思ってね。あっはっは」
「多分、英二は昼休み終了ギリギリに戻ってくるんじゃないかな」
「あらら、それはどうして そう思うの?」
「単なる予想だけど。避難先のトイレかどこかで間接キスの衝撃から やっと落ち着いたところで、握り締めた焼きそばパンの存在に気づくでしょ」
「ふんふん」
「それで、その焼きそばパンをどうしてくれようか、悩むわけだよ」
「夕の歯形つきの焼きそばパンをね」
「そうそう。英二はむっつりスケベだから、焼きそばパンを前にして 食べるか妄想するかその他色々で悶えると思うんだ」
「気持ち悪いわねえ」
「それが矢坂 英二なんだよ。好きな子をいじめる事でしかコミュニケーションが取れない、可哀想なやつなんだよ」
「…夕も にぶちんだから、これからも苦労するでしょうねえ」
「それを観察するのも楽しいよね」
「私は引っ掻き回す方が楽しいわね」
「「ねー」」
一生懸命にご飯を食べる私を半笑いで眺めながら、沢ちゃんと宮口君がこそこそ話している事に私は気づかなかった。
お弁当を食べ終わって、のんびりお昼休みを過ごす。なぜか矢坂は昼休み終了ギリギリに教室に戻ってきた。
「おかえり英二、遅かったな」
矢坂が帰ってきたのに気づいた宮口君が、軽く手をあげて矢坂に話しかけた。
「…便所だったんだよ」
ばつがわるそうに、机の中を ごそごそあさる矢坂。
「…ずいぶんと時間をかけて食されたようね、あのパンを」
机に頬杖をつきながら、ジト目で矢坂をからかう沢ちゃん。
「はあ?!あ、あんなパン、捨てたに決まってんだろ!」
からかわれた矢坂は、教室に響くような大声で沢ちゃんに怒った。矢坂、いつもだけど声大きすぎ。クラスメイトの皆が またか、って目でこっちを見てるじゃん。恥ずかしいなあ、もう。
私がかじったから捨てちゃったんだ、焼きそばパン。矢坂も 一口しか食べてなかったみたいだったのに。もったいない。
ごめんね、焼きそばパン。一口しか食べなかったけど、あなたは とっても美味しかったよ。
焼きそばパンに黙祷を捧げながら、私は机から教科書を取り出した。
つん、とそっぽを向いた矢坂をニヤニヤしながら見ていた沢ちゃんが、あっ、と大きな声を出した。
「矢坂、そのパンなんだけど。さっき購買のおばちゃんが来て、今日の焼きそばパンは発注ミスで普通の焼きそばパンよりも10倍辛い激辛焼きそばパンと間違えて売っちゃったみたいなの 」
えっ、いつの間に おばちゃん来たの?て言うか、あの焼きそばパンそんなに辛かったかな?と 若干どきっとした。
「嘘つくなよな。普通の焼きそばパンだったし」
「おばちゃんが言うには、真ん中に隠しダネの激辛紅しょうががあって、それが激辛らしいのよ」
「んなわけあるかよ、全部食ってもいつも通りだったっつーの」
「へえ、全部食べたんだ?」
「……!」
ニヤニヤ笑いが止まらなくなった沢ちゃんと宮口君。私はと言うと、焼きそばパンが無駄になっていなかったことに ほっとしていた。考えたら、お兄ちゃんとも よく回し飲みとか一口もらったりしてたし。そう敏感になることでもないかな。って、軽ーく考えてた。
だから、矢坂が全部食べてても何とも思ってなかったんだけど。
「おいチビ!ちょっと間接、キ、キス…したからって、調子にのってんじゃねえぞ!」
また大声で叫んでる。やめてよ、恥ずかしいから。
「別に調子にのってないし、私は矢坂と間接キスしたって嫌じゃないもん」
ぷい、とそっぽを向いて矢坂を視界から消す。矢坂は私を嫌ってるし、お兄ちゃんと同じく男子だと思ってないから別に気にしないし。
早く授業始まんないかな、と椅子に座りながら足をパタパタさせる。こういうところが子どもっぽいって言われるのかも知れないけど。
「ちょっと、聞きまして宮口君。夕…おそろしい子…!」
「ははは。英二固まって動かなくなっちゃってるじゃん。それに、沢田ちゃんのとっさの嘘も面白かったよ。やるねえ。はははっ」
「騙される方が悪いのよ。激辛焼きそばパンなんて、あるわけないじゃない」
沢ちゃんと宮口君が何やら盛り上っている横で、矢坂が石像のようになっているけど。私は もう かまいませんよ。クラスメイトから また注目されるの嫌だもん。
矢坂はチャイムが鳴っても、固まったままで。授業をしに来た担任に頭を小突かれるまで、ずっと石像だった。