子分とガキ大将 後編《年上強引幼馴染み×年下子分女の子》
いっぱい走って、知らない曲がり角を何回も曲がって、完全に迷子になった。ふと足を止めると、公園があった。
運動が苦手な癖に思いっきり走ったから、とにかく座りたかった。目についた適当なベンチに座って、ため息をつく。
思い出すのは、さっきの二人のこと。
―――お兄ちゃんは、自分で掃除してたんじゃなくて、あの人にしてもらってたんだ。…そっか。掃除してくれるなら、私じゃなくても よかったんじゃん。私が前みたいに毎週お掃除に行けなくなったから、代わりの人を見つけたのかな。
それとも。
私が、代わり?
あの人、お兄ちゃんと何年も付き合いがあるみたいだった…ん、付き合い…?
はっ、とした。もしかして、あの人はお兄ちゃんの彼女…?
思い至って、またどうしようもなく心臓が痛くなった。
私はばかだ。ちょっとお兄ちゃんの家に お掃除しに行ったからって、ちょっと お泊まりしたからって、思い上がってた。
涙が止まらなくなって、ほろほろ泣いていると。
ぴろりーん♪
写メを撮られた。
「…………」
見てみれば、今風な若者が一人。私にスマホを向けて何やら画面を高速指使いで いじくっていた。
…変態かな。
びっくりしてフリーズしていると、若者がこっちに近づいてきた。
「未希ちゃん、久しぶりー☆」
なんで私の名前を知ってるんだろう。と思っていたら、お兄さんのスマホから着信音が響いた。ちょっと前に流行った○ースベイダーのテーマ。
「あれ、もしかして覚えてない?ホラ、ユキジだよー」
お兄さんは 着信も気にせず、私に話しかけてくる。
「忘れちゃったの?小さい時遊んだじゃん。そんで俺が一番最初の友達だって言ってくれたでしょ。」
ユキジ?一番最初の友達…と言われて、ピンと来た人物が一人居た。
「ユキお兄ちゃん?!」
言われてみれば、そんな人が居た。お兄ちゃんに連れ回されて、最初の頃にお兄ちゃんの友達の家に行って、そこで私とも友達になってくれたのがユキお兄ちゃんだった。
「ゆっ、ユキお兄ちゃーん!」
懐かしい人に会った喜びと、胸の痛みとがごちゃ混ぜになって、私は変なテンションに急浮上してしまって、ユキお兄ちゃんに抱き着いた。
「未希ちゃん?!それはまずいって!洒落になんないから…っ殺される!」
「うわああぁん、ユキお兄ちゃーん」
私を引き剥がそうとするユキお兄ちゃん。だけど私は何でもいいからすがりたかった。ユキお兄ちゃんじゃなくてもいいから、藁でもすがりたい心境だった。
とにかく、癒されたかった私は、ユキお兄ちゃんに抱き着こうと再度手を伸ばした。ユキお兄ちゃんの着メロが切れては鳴り、鬼のように鳴り響いているのも全く気にしていなかった。
でも、
「未希――――――っ!」
お兄ちゃんの声がした時は、フリーズした。ユキお兄ちゃんも一緒に。
声のした方を見れば、汗だくの お兄ちゃんがスマホを操作してポケットにしまっていた。途端に静まるユキお兄ちゃんの着メロ。そうか、○ースベイダーはお兄ちゃんだったのか。
「おいユキジ…てめえ俺のもんに手ぇ出すとはいい度胸してるじゃねえか」
背中に炎を背負ったような威圧感のまま、お兄ちゃんはユキお兄ちゃんを睨み付けた。
ユキお兄ちゃんは可哀想なくらいにガタガタ震えはじめた。魂が飛んでいきそうなくらい。
それより今、変なことを聞いた気がする。え?私が何て?
「……未希。…こっち、来い」
威圧感は そのままに、私に手招きをするお兄ちゃん。嫌だ。行きたくない。
「行かない」
お兄ちゃんの方を見ずに、ユキお兄ちゃんに隠れながら言う。
「ぁあ゛?!」
お兄ちゃんの怒りが一段と増したのがビリビリ伝わってくる。なんだか今までで一番くらいに怒ってる。
「お兄ちゃん、彼女がいるなら彼女に掃除してもらえばいいんだよ。私じゃなくても大丈夫でしょ」
「彼女なんて いねえし!今頑張って落としてるところなんだよ!つうかな、お前じゃなくていいわけあるかよ。お前だからわざわざ掃除させに連れ込んでるんだろうが!」
「意味分からないよ。女の人連れ込んでたでしょ?掃除してくれて悪いなって言ってたよ、さっき」
私は、この目で見てこの耳で聞いたもん。
「言ってねえし!あれはそういう意味じゃ…」
言い合いが不意に止まったから、私はユキお兄ちゃんの陰から 顔を出してみた。そうしたら、お兄ちゃんが真っ赤になって、気まずそうに頭をがしがしかいていた。
「あれはだな、その、色々と見てもらってたんだよ…俺は掃除できねえから、できるやつに見てもらおうと思ってだな…」
ぶつぶつ呟くお兄ちゃん。その手は ずっと頭をかきむしっていて。そんなに がしがしやってたら頭ハゲそうだけど、いいのかな。
お兄ちゃんが「あー」とか言って、やっと口を開こうとした時に、
「ちょっと、篤ーユキジー、未希ちゃん、見つかった?」
「あ、お兄ちゃんの彼女」
小走りで公園に入ってきたのは、さっき お兄ちゃんの部屋から出てきた女の人だった。
「だから彼女じゃねえって言ってんだろ!」
怒鳴るお兄ちゃんに、ユキお兄ちゃんは女の人の肩を抱いて、ニヤッと笑った。
「こいつ俺の彼女。オニイチャンとは未希ちゃんが疑うような関係は全くないから、安心してね。ということで俺らは この後デートだから」
「未希ちゃん、久しぶり!覚えてる?私、優花よ。前に 遊んだよね。ちょっと!もうちょっと話してもいいじゃない!ちょっと、ユキジ!」
実は知り合いだったらしい女の人を連れて、ユキお兄ちゃんは去っていった。私と噴火状態のお兄ちゃんを残して。
ぽかんとする私とは逆に、お兄ちゃんはまだ ぷんすかしてる。
「とりあえず、座れ」
そう言って お兄ちゃんが指差したのは、私がさっき座っていたベンチ。
「ユキジは俺の小学校の時からのダチで、優花もその頃からの知り合い。お前は忘れたかも知れねえけど、ガキん時は皆で遊んだんだよ。その後は学校別になっちまったけどな。んで、優花はユキジの彼女」
ベンチに座ったら、早速お兄ちゃんが口を開いた。
「でも、友達の彼女部屋に連れ込んでいいの?」
「優花だけじゃねえよ。ユキジも部屋に居たんだから、悪いことしてねえだろ」
あのとき、ユキお兄ちゃんも部屋に居たんだ。私、二人っきりで部屋にいたのかと思ってた。ほっ、と一安心したけど、まだ聞きたいことがあった。
「でも、あの人…優花さんに掃除してもらってたんでしょ、私が家政婦できなかったから」
お兄ちゃんが、ちゃんと自分で頑張ってくれたのかと思って嬉しかったのに…
「あいつには掃除のやり方を教えてもらってたんだよ。あと、きれいな部屋を保つには どうすりゃいいかとか、ゴミの分別とか…まあ、ともかく。掃除してたのは、ちゃんと俺だからな。そこんところは勘違いすんなよ」
ふん、となぜか偉そうなお兄ちゃん。でも、ほっぺがまだ赤い。
「…私に聞けばいいのに」
私なら、喜んで教えたのに。
「そんなの、恥ずかしいだろ!掃除も片付けもなにもできないやつは今時モテないとか、すぐに愛想つかされるとかユキジが言うから俺も頑張ったんだよ!」
なにそれ。愛想つかされるって、私に?
変なことを言うなあ、と思って首を傾げていたら、お兄ちゃんのギラギラした目とかちあった。
「俺はな、やっと自分に素直に なろうって思ったんだよ。連れ回すだけじゃなくて、すがって来んのを待ってたのによお」
「…うん?」
「やっと家まで連れ込んだのに、お前は無防備だわ 勘違いして逃げるわ 家政婦だとか言うわ、もう勘弁してくれよな」
はあ、と溜め息をつく お兄ちゃん。なんだか会話がつかめない。私のことを話しているの?
「もう逃げられんのは心臓に悪いから、ハッキリ言っとく」
険しい顔の お兄ちゃんが、私の両肩をつかんだ。
「未希、今すぐ俺のもんになれ」
真っ直ぐな目と言葉に射抜かれて、私は また胃が痛くなった。
「さっき、とっくに自分のものみたいな扱いしてたじゃん。ユキお兄ちゃんに」
「バッ、あれは…いいんだよ!それより返事は どうしたんだよ?!」
また怒鳴るお兄ちゃん。キレやすい若者の最先端を行ってるね。
「お兄ちゃん。私、こんなだけど一応女の子なんだよ」
「そんなん、嫌ってほど知って…」
何を今更。っていうお兄ちゃんの顔を見ないようにしながら、
「だ、だからね、なんとも思ってない男の人の家になんか、泊まらないよ…」
顔を見ながら言うのが恥ずかしくて、わざと視線をそらしてたのに。やっぱり顔が見えないと不安になって、ちら、と目線を上げてみた。
「お兄ちゃん?」
そうしたら、耳まで真っ赤にして前屈みで座るお兄ちゃんが。
あら、これはまたデジャブ…。
「…トイレ行ってもいいよ?」
私なりの気遣い。こんなときにユルくなっちゃうなんて、タイミング悪いなって思ったけど。
「いい。なんか今いくの勿体ない」
お兄ちゃんがそう言うなら、まあいいかなって思った。
お兄ちゃんのアパートに行く帰り道。お兄ちゃんは昔みたいに手首を 引っ張るんじゃなくて、指を絡めてきた。いわゆる恋人つなぎ。
嬉しいなって思っていたら、お兄ちゃんが隣で口笛を吹き出した。珍しく浮かれているらしい。分かりやすくて面白い人だと思う。
空を見上げたら、まるまる太った白い鳩が飛んでいった。それを見ていたら、ふと思い出した。
「お兄ちゃん、ケーキ廊下に落としたままだった」
わりかし力作だったのに。
「あれな…ちゃんと食えるとこ拾って冷蔵庫にしまってある」
「……す、捨ててよかったのに」
「そんなもったいねえことするか。俺につくってきてくれたんだろ?」
「―――うん、あのね…お兄ちゃんのこと考えながらつくったら、今までで一番うまくできたんだ。だから、お兄ちゃんに食べてもらおうと思って持ってきたんだ」
なんて。言っちゃった。ちょっと照れる。落としたからグシャグシャだろうし、正直もう捨てられたと思ってたから、ちゃんと拾ってくれてたのが、本当は すごく嬉しい。
「…お兄ちゃん?」
一歩踏み出したのに、手が後ろに引かれて、お兄ちゃんが立ち止まっていることに気づいた。
「ヤベエヤベエもう限界だ可愛すぎるコイツどうしてくれようかいっそもうやっちまおうか…」
ぼそぼそ呟くお兄ちゃんの言葉が聞き取れなくて。
くい、と繋いだままだった手を引っ張ってみたら、突然勢いよく抱き上げられて。
「未希っ、今すぐ食っちまおう!残さず全部食っちまおう!!」
怒鳴るように宣言すると、私を横抱きにしてアパートへ。
私はその日、ケダモノになったお兄ちゃんにベッドから出してもらえなかった。ぐったりする私とは対照的に、晴れやかでいてスッキリした顔のお兄ちゃんに 腕枕をされながら、「あれ、ケーキ食べるんじゃなかったの…?」と首を傾げた私だった。