キューピッドはウサギ《俺様?生徒会長×平凡飼育委員 》
私は飼育委員。今時高校に飼育小屋があるのも珍しいと思うが、毎日校庭の隅のウサギ小屋のウサギに餌をやるのが私の日課。本当は曜日で割り振りなんだけど、他の やる気のない委員たちが餌やりを忘れたり、ずさんな管理でウサギを何羽か逃がしてしまったのを見て、私がやらなければという使命感にかられ、一手に引き受けてしまった。
顧問も何も言わないところを見ると、信頼されているのかも知れない。もしくは、わざわざ指導するのが面倒くさいのか。
…楽しくやっているから、まあどっちでもいいかな。
そんなこんなで、今日も楽しくウサギのお世話をしていた時。小屋に敷くわらを両手に持ちながら、よっこいしょ、と小屋の扉を開けて、持っていたわらを敷き詰めていた時。
一羽のウサギが、半開きの扉から逃げてしまった。
「あぁっ、ちょっと待ってウサ男!」
逃げたのは、私が一番可愛がっているウサ男。活発な性格だからか、すぐに逃げ出そうとする悪いコなんだよね。
ちゃんと閉めなかったからだ…バカだな、私。と自分を叱責しながら、ウサ男を追って小屋を飛び出す。慌てていても、きちんと扉を閉めて鍵をかけるのは忘れないようにしながら。
一目散に逃げるウサ男を追いかけていくと、ウサ男の先に背の高い一人の男子生徒を見つけた。
「そこの人ー!後ろのウサギ捕まえてくださーい!」
私の大声に気づいた彼は、振り替えってすぐに、後ろを走っていたウサ男を その長い腕で見事に捕まえてくれた。
ホッと一安心して、私もウサ男に駆け寄り男子生徒に頭を下げた。
「ありがとうございますっ!捕まえてくれて、助かりました…!」
頭をあげて、私は ぴきっ、と固まった。
うわ。この人、生徒会長だ。嫌な人に会ってしまったな、と思った。なんせ、生徒会長は爽やかなイケメンに見えて、めちゃくちゃ遊んでる人らしい。告白は日常茶飯事で、美人しか相手にしなくて。それ以外の子には「よくそんな顔で告白できるな」なんて暴言浴びせて手酷くふるのは有名。平凡で間違いなく暴言浴びせられるだろう私だけど、別に興味ないし人間 顔だけじゃなくて中身だと思ってるから、近づかなければ害はないだろうなって思ってたのに。あちゃー。
「このウサギ、君の?」
関わりたくないなあ、なんて気持ちとは裏腹に、ぎこちない笑顔を浮かべる私。日本人だから例え嫌いな人でも、いきなり嫌な顔したりできないんだよね…
「え、いえ、私のというか、学校で飼育してるウサギです」
妙に どもってしまった私なんて眼中にないのか、彼は 手に抱えたままのウサギを見ながら、ふん、と鼻を鳴らした。
「そういえば、あったな。ウサギ小屋が。毎年予算の無駄だと思っていたんだ」
忌々しそうにウサギを見る目に、イラッときたが、顔には出さないようにした。
「無駄だなんて…可愛いじゃないですか、ウサギ。生き物を慈しむ心を養うのも、素敵なことじゃないですか?」
こんなに もふもふで可愛いんだから、無駄とか言ったらバチが当たるよ。
「動物を可愛いと思ったことはない。慈しむ心とやらは結構だが、こいつらウサギが授業の題材で使われたことがあったか?小学校じゃないんだ、動物とのふれあいなんて時間の無駄だ。ただの愛玩用でしかないのに、予算を使われるのが不愉快だ。」
…そこまで、言うか。この人性格悪いなー、と思っていたら、顔に出てしまったらしい。生徒会長がムッ、と険しい顔をした。
「何だその目は…まさか、俺にわざとウサギをけしかけて、捕まえさせたんじゃないだろうな。予算増やせとか そんな理由か?」
「いえいえ、今のままで十分です。ウサギも私も十分満足してます」
顔の前で手を振り、そんなつもりはないとアピールする。
「じゃあなんだ?…そうか、分かったぞ。ウサギをだしにして、俺に近づこうって考えか」
はあ?何だこの人、頭大丈夫かな?トンデモ理論が飛び出してきちゃった。
「困るんだよな、身の程をわきまえないで付き合って欲しいとか、好きだとか。冗談じゃない。鏡を見てから出直せ。この汚いウサギも早く小屋にぶち込んでおけ」
「ウサ男っ!」
信じられない、この男!私に暴言吐くだけならまだしも、ウサ男の耳を掴んで私に差し出してきた!ウサギの耳はデリケートで、そんな扱いをしたらすごく痛がるし怪我をするかもしれないのに。
私は慌ててウサ男を抱き止めて、怪我をしていないか確認した。…大丈夫みたい、よかった。
そんな私たちに興味も無さそうに、生徒会長は背を向けた。
「ちょっと!そこのバ会長!!」
「……あぁ?」
歩き出そうとする会長に怒声を浴びせた。会長は不機嫌そうに私を睨みながら、振り返った。
「なんだよ、ブスが調子に…」
「言っとくけどね!」
会長が何か言うのを遮って、大声で言い返す。こんなバカの言うことなんか、聞いてやらない。
「私は生き物を大切にしない外見しか見ない中身空っぽな男に なんか ぜんっぜん興味ないから!勘違いしないでよねっ!私が鏡見なきゃいけないなら、あんたは脳みそを医者に頭開いて見てもらいなさいよ!絶対脳みそ腐って紫色になってるから!」
かなりの大声で叫ぶように言ったから、息が苦しい。
会長は ポカン、として私を見つめている。こんなバカ、相手にするのもバカらしい。
私はいまだに私を見つめる会長を無視して、ウサ男を抱いて小屋に戻った。
ウサ男を戻してから、小屋の中でしゃがみこむ。ウサ男は あんなことは全然なかったみたいに、わらをハグハグ食べている。
「ごめんね、ウサ男。大きい声出したから、ビックリしたでしょ」
謝りながら、ウサ男のふわふわの毛並みを優しく撫でる。ウサギの聴覚は人間より優れているのに、私、あんな大声出して…
はあ。反省しなきゃだ。でも、許せなかったんだよね、あの会長のウサ男の持ち方。あれ、絶対わざとだ。私への 当て付けであんなことしたんだ。…性格悪いな。私の悪口言われたのもイラついたけど、わざと生き物を傷つけるようなことするやつ、だいっ嫌いだ!
―――思い出したら、またイライラしてきた。
「誰が あんな最低なやつに告白するかっての!冗談じゃない!」
しばらくは、あの顔見るだけでムカムカしそう。でも、会長なんて接点ないし。もう会うことはないだろうな。
なんて気楽に考えてた。
次の日、私は また小屋に入ってウサギの世話をしていた。小屋の前面は格子の様な金網で覆ってあるだけだから、中から外が丸見えなんだけど…
小屋から少し離れたところにある木の影に、誰かがいるみたい。
隠れている様なんだけど、たまに顔を出して こちらを伺っているみたい。そんなに目が良くないから顔がハッキリ見えない。授業中しかメガネしないし。
「…ウサギと遊びたいのかな?」
たまにいるんだよね。ウサギが好きで、触らせてくださいって来る人。同じウサギ好きとして、この もふもふをなで回したい気持ちは痛いほど分かるから、そんな時には どうぞどうぞと さわってもらったりする。
あの隠れてる人も、そんな感じかな?でも私から声を掛けて、違ってたら恥ずかしいし…
まあ、さわりたいなら自分から来るよね。ってことで、放置決定。
でも、その人は それから毎日毎日、木の影から見ているだけだった。もう一週間になる。
それと同じくらいに、変な噂を聞いた。最近、あのバ会長が女遊びをしなくなったらしい。美人も平凡な子も関係なく、言葉を選んでやんわりとお断りするようになったとか。そして放課後になると、すぐにどこかへ消えるらしい。
「…あれかな、やっぱり頭開いてみたら脳みそ腐ってたから、取り替えたのかな?」
なんて、私にお尻を向けながら餌をハグハグ食べるウサ男に笑いかけてみる。
脳みそ~のくだりは冗談だけど、会長も心を入れ替えたのかな。良いことだな。
会長は好きじゃないし、むしろ嫌いな部類の人間だけど、一人の歪んだ人間がまともな道を歩むようになったんだから、喜ばしいことだよね。
「よかったね、ウサ男…わ、きゃあっ」
しゃがんで、ウサ男のお尻を撫でようとした時に、脇からウサギが勢いよく走ってきて。その勢いにビックリした私は、しゃがんだままの体勢で後ろに ひっくり返ってしまった。どてっ、とお尻と背中に けっこう大きな衝撃を受ける。
「痛い…ああもう、制服が汚れちゃった…」
とりあえず手をついて上半身を起こすと。
「大丈夫かっ?!」
がしゃんっ、と金網に手を掛けて、焦ったように小屋を覗きこむ会長がいた。
「えっ、か、会長…?」
なんでここに会長が?と不思議に思っていると、会長と目があった。会長は心配そうに私を見たあと、その視線がやや下に下がったかと思うと。
顔を真っ赤にして、くるりと背中を向けた。
「す、スカート!いや、ぱ、パンツか?!見えてる!」
なんとまあ。視線を落とすと、私のスカートはぴろん、とかなり めくれ上がっていた。
「あらら、お目汚しを…」
慌ててスカートを戻して立ち上がり、服に付いた砂を叩き落とす。
「―――大丈夫か?」
会長が恐る恐るという体で言うので、ちらりと目を向けると。彼はまだ私に背を向けて、金網にもたれ掛かっていた。
「ちょっと転んだだけだから、大丈夫ですよ」
転んだ時に いい音はしたけど、怪我もないし。
「その、こないだは…悪かったな!」
ああ、あのウサ男のことか。それと、私への暴言も謝罪に含まれているのかな?
「別に、気にしてないですよ。ブスは本当だし」
「あっ、あれは!あれは本気で言った訳じゃない!」
急に振り向いて、また金網に手をかけて焦ったように叫ぶ会長。こんな近い距離にいるんだから、そんなに大きな声出さなくても聞こえてるんだけど…
それに、別に (もう二度と会わないだろう人に)なんと言われようと、どうでもいいですよーって意味で気にしてないって言ったんだけど…そんな必死に否定されると、そんなこと言えなくなるよ…
「そうですか。まあいいです。本当に気にしてないんで。私もバカとか脳みそ紫とか色々言っちゃったんで、おあいこってことにしませんか?会長も忘れていいですよ」
お互い、水に流して なかったことに。そしてまた、お互い無関係で頑張りましょう。
営業スマイルを張り付けて、私はウサギの世話に戻ろうと、ウサ男を目で探す。
すると会長は、
「こないだ、お前に言われて気づいたんだ!外見ばかり着飾っても意味がないって!」
「会長、もう少し声抑えて下さい。ウサギは耳が敏感なんですよ」
ほら、会長の大声にビックリして、皆 隅に逃げちゃったじゃない。
「悪い…さ、最初は、お前に文句を言いに来たんだ」
うわ、やっぱり性格悪いな…
「おい、そんな目で見るな!」
「会長、声」
「わ、悪かった…最初はだな、俺は文句を言いに来たんだ。だが、お前がウサギを一生懸命世話してるのを見てたら、その…」
急に もじもじして、顔を赤くする会長。なんだか気持ち悪いな…ハッキリして欲しい。私の早くしろオーラに気づいたのか、会長は金網を掴む手に力を込めて、私を見つめてきた。
「か、可愛かったんだ!無邪気に走り回るところとか。ふわふわした笑顔とか!暖かい感じがして…今まで、他のやつに こんな気持ちを抱いたことはなかった。だから、ずっと近くで見ていたんだ。…自分の気持ちがよくわからなかったから…」
「あ、木の影から ずっと見てたの、会長だったんですか」
「気づいてたのか?!」
なぜ?!って不思議そうにしながら照れるって、器用だね会長。でもさ、ばっちり見えてたもん。
「…ずっと、心の中でもやもやしてたんだ。だけど今日こうして話してみて、分かったんだ」
金網越しだけど、会長が すごく真剣な顔をしていて、私にまで緊張が伝わってくる。
「……好きなんだ。こないだ あんなこと言っておいて、信じられないかも知れないけど…」
好き、かあ。…実は私も、心の中で コッソリ、会長って、そうなんじゃないかなって思ってた。だって、あからさますぎるもの。会長の噂と、木の影の人が同時なんて。
でも私、正直言うと、すごく嬉しい。嬉しすぎて、つい満面の笑みを浮かべてしまった。
「私も、好きなんです。――ずっと前から…」
私の答えに、会長が目を見開いて、輝く笑顔を見せた。
「…嬉しいよ、ありが…」
「本当に、可愛いですよね!私も大好きなんです!ウサギ!」
「―――――――――え?」
私は興奮するあまりに、会長の笑顔が一瞬で石化したのに気づかなかった。
「無邪気にお尻振ってピョコピョコ跳ね回ったりとか、たまに 目を細めた時に笑った様に見える目もととか。あと、抱っこした時のふわふわ加減と暖かさ!もう、病みつきになっちゃいますよね?こうして私と話してみて、ウサギの可愛さを再認識したということですか?やっぱり、ウサギの可愛さを語り合う仲間は大事ですよね!会長ってば、木の影から見てるだけじゃなくて、さわりに来ればいいのに!ウサギ仲間は大歓迎ですよー!」
「あ、ウサギ…?」
なんだか会長が呆けている様に見えるけど、初めてのウサギ仲間を見つけた私は もう、マシンガントークが止まらない。
「会長、最近優しくなったって噂だったのは、ウサギのアニマルセラピー効果だったんですね?放課後すぐに どこかに消えるのは、愛しのウサギたちを見に来てたからだったんですね…会長のウサギに対する愛、素晴らしいです!」
びしっ、と親指を立てて見せると、会長は頭を抱えて座り込んでしまった。
「あれ、会長?」
頭痛ですか?と心配する私をよそに、会長はよろよろと立ち上がると。
「こんなことじゃ、諦めないからな…覚悟しろよ!」
と言い残して、走り去って行った。
なんのことだかサッパリな私は、
「ウサギへの愛は負けないぞって、宣戦布告だったのかな…?やっぱり、変な人だね」
もぎゅもぎゅと餌を頬張るウサ男を眺めながら、ポツリと呟いたのだった。
これから会長が毎日 この小屋に押し掛けてくるようになるなんて、この時の私はまだ知らなかった。