一条さんと栄倉くん《スーパーマン委員長×ぼんやり図書委員》
私は、同じクラスの栄倉くんが大好き。
栄倉くんは、眼鏡が似合う秀才くん。クールで穏やかで、同い年とは思えないくらい落ち着いた男の子。
でも行動力があって、皆の信頼もあつくて、多数決で満場一致でクラス委員に決まった。リーダーシップのある彼は騒がしい私たちのクラスも、うまくまとめてくれる。委員決めで、人気が無くて最後まで残った図書委員に、何をやろうか迷って残りものになっていた私が図書委員を引き受けたのとは、訳が違う。
なんでもできて、頭もよくて、クールで面倒見もよくて、さらに格好いい。モテてモテてしょうがないのに、本人はそれをひけらかさない。栄倉くんは、スーパーマンみたいっていつも思ってた。皆のスーパーマンの栄倉くん。
でも、私だけのスーパーマンに なってくれたらなって、何度も思った。そんなの、夢の中でしかあり得ないお話だけど。
でも、人が いっぱい いるクラスの中で、栄倉くんだけが色がついて見えて。栄倉くんだけが とびきり輝いて見える。叶うわけないってわかってるけど、思ってるだけなら、いいよね?見てるだけなら、誰にも迷惑かけないから、大丈夫だよね。私はそう思って、栄倉くんへの思いを胸に秘めてきた。
「これ、よろしく」
放課後、図書委員の私は顧問に任された新刊の紹介ポップを書いていた。
聞き慣れた低い声がして、胸が大きく鼓動をうった。そろりと目の前の制服の胸元に視線を向けると、目の前に一冊の本が差し出された。顔を上げなくてもわかる。栄倉くんだ。
「…貸し出し、だよね?」
「うん」
ゆっくりと目だけで見上げれば、栄倉くんと視線がかちあって、私はそっと目をそらす。声をかけられただけで ドキドキしてるのに、目を見ながら会話なんてできっこない。思いっきり目をそらしちゃったけど、不自然じゃなかったかな。栄倉くん、変に思ったかな…
不安になって、目線だけで そうっと栄倉くんをうかがってみると、ばちっと目が合った。
どうしよう。またいきなりそらしたら、今度こそ変だよね。でも、見つめ合ったままなんて、心臓がもたないよ。
「あ、のさ…一条さん、俺…」
栄倉くんが何かを言いかけた時、図書室の外、廊下を走る足音が聞こえた。何人かの足音が静かな図書室に響いて、私は びくりと肩をすくめる。
すぐに騒がしい足音は去っていった。でも、残された私たちは何にも話さなくて。何かを言いかけていた栄倉くんも、口をつぐんでしまった。
放課後の図書室には、いつもなら勉強をする生徒や静かに本を読む人がいるのに、今日は私と栄倉くんの 二人きり。足音が聞こえた時に廊下を見て、それからずっとさ迷わせたままの視線。どこを見たらいいのかわからなくて。
不自然に宙をさ迷う私の視線は、栄倉くんが私に差し出したままの本で止まった。
いけない、ちゃんと係りの仕事をしなくちゃ。栄倉くんは本を借りたくて私に話しかけてきたのに。私、勝手に意識して しどろもどろになって、なにやってんだろ。
「ご、ごめんね、貸し出しだったよね。すぐに貸し出し処理するね」
慌てて栄倉くんが手にしている本を受け取って、貸し出しカードに名前を書いて…
っていう風に 係りの仕事をこなしたかったんだけど、栄倉くんが本を握ったまま、離してくれない。
「栄倉くん?本…」
離して?って伝えたくて、ずっと本に向けていた視線を栄倉くんに向けると。
―――また、目が合った。
だめだ、私。目が合ったくらいで、またそわそわして、頭が真っ白になっちゃう。どうしたらいいのか わからなくなっちゃう。
何にも言えずに、見つめあって。でも やっぱり心臓が苦しくて。どうにかしたいのに突破口が見つからない。
「これ、見て」
すっ、と先に目をそらした栄倉くんが、持っていた本を開いて中から図書カードを抜き取り、私の前に差し出した。
思わず受け取って、カードを見てみるけれど。
「………?」
なんにも変わったところはない普通のカード。裏返してみても、なんにもない。
栄倉くんの意図がわからなくて、首をかしげる。
「名前のところ、見て」
名前?言われるままにカードに並んだ名前を見てみる。この本を借りた人の学年、クラス、名前が書いてある。それは他の本のカードと同じはずだけど。
「あっ」
あることに気づいて、声をあげてしまった。
栄倉くんの名前が、カードに何回も書いてある。彼がこの本を何回も借りているっていうことだ。
そんなに、何回も借りちゃうほどに好きなのかな、この本が。私は これ、読んだことないんだけど。
彼が言いたいのは、このことなのかな?と思って、恐る恐る、カードから目線をあげる。また目が合って頭が真っ白になったら困るから、栄倉くんの口元を見ることにした。かたちの良い唇がなにかを言おうとして、開いたり閉じたりしてる。いつも堂々としていて、皆を引っ張る存在の栄倉くんが こんなに言いにくそうにしているの、初めて見たかも。いつも自信に溢れた栄倉くんの意外な姿を見て、また心臓が騒がしくなる。
痛いくらいの沈黙が続いた後、栄倉くんの唇が、言葉を発した。
「俺さ、ずっと、決めてたんだ」
「………?」
彼の言いたいことがわからなくて、また首をかしげてしまう。栄倉くんの唇は、一言、そう言うと、また黙ってしまった。
その意味を聞いて良いのかな?
…でも、まだ続きを言いにくそうにしている栄倉くんは、自分の中で言葉を選んでいるような、そんな感じがした。
だから、待ってみようかなって思った。でも、ちゃんと聞いてるよって伝えたくて、少しだけ笑って頷いてみた。大丈夫、待ってるから、話してみて。そんな気持ち、伝わるかな。
私、いつも他の人たちと楽しそうに笑いあう栄倉くんを見てたんだから。今こうして私一人だけを見て、向き合ってくれている栄倉くんのこと、どんなにだって待てる気がするよ。
栄倉くんの前だと緊張しちゃって、うまく話せないし恥ずかしくて目を見つめることはできないけど、“栄倉くん”を見つめることはすごく好きで、得意なの。
だから、なんでも話して。
「…大丈夫。待ってるから」
心の中で呟いたつもりだったのに、口に出ちゃってたみたい。はっ、として口を押さえる。触れた唇が熱くて、私は自分の顔面が茹で上がっているのだと知った。
どうしよう。栄倉くん、変に思ったかな。あんまり話したことないのに、ちょっと親しげにしすぎたかな、とか ぐるぐる思ってると。
図書カードを持っている私の手を、栄倉くんの大きな手が上から握ってきた。そんなこと全然予想してなくて。初めて触れた栄倉くんの手が、すごく熱く感じた。
「俺、決めてたんだ。この本読み終わったら、告白するって」
栄倉くんの その言葉に、煩いほど騒いでいた心臓が、ぎゅう、と苦しくなった。
告白…?栄倉くん、好きな人、いたんだ…?
知らなかった。ずっと栄倉くんを見てたのに。彼が私と同じように、誰かを見ているだなんて気づかなかった。ショックで固まる私に気づかず、栄倉くんは言葉を続ける。
「ずっと、好きで…この本を読み終わって返却する度に、告白しようと思ってた。だけど、情けないけど…できなくて…何回も何回も借りて、読んで、もう中身なんてほとんど覚えてしまってるんだ。ページを追う度に今度こそはって自分を励まして。…でもやっぱり本人を目の前にすると、何にも言えなくて…」
苦しそうに眉を寄せる栄倉くん。その表情が、その人のことが好きで好きで堪らないって、言っている。
言葉にしなくても、栄倉くんがどれだけその人に本気なのが、伝わってくる。
…うらやましい。こんなにも、彼に思われている“誰か”が。
見ているだけなら、思っているだけなら栄倉くんは私の中で、私だけのスーパーマンでいてくれると思ってた。でも、それは違うみたい。
だって、誰かを思う栄倉くんを見ているのって、すごくつらいもの。
堪えきれない涙が溢れて、ぼろぼろと頬を滑って落ちていく。驚いた栄倉くんが、慌てて私の背中を擦ってくれた。やっぱり優しいね、栄倉くん。
でも、女の子の涙には弱いんだね。慌てちゃって、いつものクールさが全くなくなっちゃってるよ?でもね、そんなところも好きだなって思うの。撫でられた背中が暖かくて。私、こんな状況なのに嬉しくなっちゃってる。ばかだなあ、失恋してるのに、新しい一面を見て もっと好きになっちゃうなんて。
…でも、この気持ちは伝えないでおこう。困った顔が見たい訳じゃないから。
すごいな、私。 心が ぐしゃぐしゃになって泣いてるくせに、笑顔をつくってる。こんな器用なことできたんだ、私って。
「…栄倉くんに、思いを寄せられて…それに応えない女の子なんて、いないよ?」
大丈夫。泣きながらにしては、上出来だと思う。
本当は 栄倉くんの恋の応援なんてしたくない。でも、ここで意地悪なことを言って嫌われたら…私は、それが怖い。彼の想い人にはなれなくても、彼にとっていいクラスメイトでいたい。恋愛感情は無理でも、せめて友好な関係でありたい。
そう思うのに。意気地無しな私は、やっぱり無理矢理な笑顔が続かなくて…
もう少しでも、“栄倉くん”を視界に入れてるのが辛くて、私は握ったままだった図書カードに視線を落とす。重ねられたままだった手は、まだ強く握られたままで。
不思議なことに、前は少し手が触れただけでも うるさいくらいに 弾んで高鳴っていた心臓が、今はやけつくように胸がジリジリと痛む。
栄倉くんの名前が何度も刻まれているカード。このカードに書かれた名前の分だけ、彼はその人のことを思ってたんだ。そう思うと悲しくて、悔しくて。
そっと、栄倉君の手から自分の手を引き抜いた。
―――はずだったのに。
がっちりと握りこまれて、手が動かない。
「………栄倉、くん?」
「それって、俺の良いように解釈してもいいの?」
質問の意味がわからなくて、え?って聞き返す私。
「俺の告白に対して、OKって意味で受け取っていいの?」
こ、告白?誰に?
びっくりして、弾かれたように顔を上げると。
真剣な顔をした栄倉くんが、そこにいて。
「告白って?…栄倉くん、好きな人に告白するんでしょ?」
目をぱちっと見開いて、栄倉くんに聞いてみれば。
「………いま、したんだけど」
栄倉くんの顔がみるみるこわばって、愕然とした顔になる。
「もしかして、伝わってない!?」
彼の鬼気迫る表情に、うん、ていうのも怖くなって、曖昧に頷いてみると。彼は頭をかきむしり、
「やっぱり、皆が言ってた通りだった…はっきり言わないと、伝わらないのか…」
何かを ぶつぶつ呟いた後に、栄倉くんは意を決したように私に向き直ると。
「一条さん。あなたが好きです。俺と付き合って下さい」
「…うそ」
信じられないような言葉に、私はつい思い付いた言葉を口にしてしまった。
「うそじゃない!ずっとずっと好きだったんだ!」
「そんなの、信じられないよ…だいたい、私のどこが好きなの?…あんまり、話したことだってないのに…」
そう、私と栄倉くんは ほとんど話したことはない。クラスメイトなのに。話すとすれば、今日みたいに本の貸し出しの時くらい。それなのに、いきなり好きだと言われて信じられるわけないよ。
「…皆に気遣いができて、優しいところ」
「…え?」
ぽつりと呟くように言われたことに、首をかしげる。
「仕草が可愛いところ。人が嫌がることを笑顔で引き受けてくれて、ちゃんと責任もってこなすところ。」
「栄倉くん?ちょっと待って」
私の制止も聞かず、栄倉くんは言葉を続ける。
「本を読むときに、表情がくるくるかわるところ。食事の時に、美味しそうに食べるところ。タンポポみたいな暖かい笑顔がめちゃくちゃ可愛いところ。いつもニコニコ微笑んでて、すごく癒し系なところ!何もないところで転んだりするドジなところも、守ってあげたいって思う!」
だんだんと熱が入って、最後には叫びだした。
…ちょっと待って、もしかして今のは、栄倉くんの私の好きなところ?!
………嬉しいんだけど、恥ずかしくて、胸が苦しい。もう私、体が全部マッチ棒になったみたい。今ならどこからでも火が出ちゃいそうなくらい真っ赤だと思う。
でも、私に負けないくらいに赤く染まった栄倉くんの真剣な その顔が、嘘じゃないって教えてくれてる。
ぽーっと、嬉しさに浸ってしまっていた私に、栄倉くんは
「一条さん!…俺と、付き合って、下さい!…本気、だから」
と、今度は耳まで赤くして、もう一度告白をしてくれた。そんないつもの彼らしくない栄倉くんは、どこからどう見ても、私が大好きなクールで落ち着いたスーパーマンじゃないけれど。
「…私も、栄倉くんのこと、好きなの」
私の返事に、栄倉くんは目を見開いた後、嬉しそうに笑った。その笑顔が、すごく眩しくて。
やっぱり、栄倉くんは輝いてる。クールな栄倉くんも、スーパーマンな栄倉くんも。すぐ真っ赤になっちゃう栄倉くんも、やっぱり大好き。
「じゃあ、これからは一条さんは俺の彼女で、いいんだよな…?本当だよな?これこそ嘘じゃないよな?」
笑いながら、なぜかしつこく聞いてくる栄倉くんがおかしくて。私は声を出して笑ってしまった。
「やっとくっついたか…」
「長かったね。」
「うん、長かった長かった」
「クールぶってるイケメンとほんわかタンポポちゃんのカップリング、たぎるわー」
「ぶってるなんて言わないであげてよ。本人は誰にもバレてないと思ってるんだから」
「皆わかってるんだけどね…分かってないのは、ほんわかタンポポちゃんだけ!」
「恋は盲目と言いますから…多少の綻びも許せちゃうんでしょ。あらら、いつもと違う?でも素敵ー!って。ある意味ハイパースルースキルだね、一条さん…」
「…まあ、スーパーマンがタイプって聞いて、マジに それ目指しちゃうような男が相手だから、お似合いの二人だと思うな」
「でも、好きな子の気を引きたいから委員長になって目立とうって、小学生みたいだよな。皆に推薦してもらうように事前に手を打ってたのはスーパーマンらしくないけどな」
「うまい棒で買収された輩が何を言うか」
「そう言う お前はチロルチョコもらってたじゃん、しかも五個も」
「「………」」
「「ともかく、二人がくっついてよかったよかった!!」」