別れ
不吉なタイトル……
ただいまの時間午前4時。私の今日の朝はいつもより早めだ。両親はここ3日間帰ってこない。そう、私の死に目には会えない。私が無理を言って頼んだことだ。私は弱い部分を他人には見せられない弱い人間なのだ。自分の死に目は誰にも見せたくない。一人を除いては。
「んー……ふぅ……まだ暗いなぁ。」
午前4時なのだからまだ暗いだろう。五月を少し過ぎた今の季節は漸く昼が長くなり始めたばかりだ。
「お早うポチ…」
『主……お早うございます。』
早いためポチ以外の眷属は夜無以外寝ているだろう。そうそう、ポチ達は城の中に居たんだって。色んなところをウロウロしているところに母さん達に遭遇してあの謁見の間にも居たんだよ。姿を見せなかったのはあの場に居た人間達を驚かせないためだったんだって。ずっと影に隠れていたらしい。それに、何故かみんな兎天の様に影に潜む事が出来るようになっていた。どうも私の妖力が上がったとか何とか…その影響で新しい能力に目覚めたらしい。
そして薬入れに入っていた奏は多少怪我をしていたけれど、今はピンピンしている。嫁さんを守ろうとして返り討ちにあったことを悔しがっていた。奏よ、お前は攻撃向きじゃ無いんだから仕方ないよ。そう落ち込むな。
兎天は自分特有の影に潜む能力を仲間が身に付けた事で喜んでいた。どうもその力を使う妖怪が周りに居なくて寂しかったようだ。普通なら自分の能力とダブって嫉妬しないかな? 兎天は出来た子だよ。
夜無は両親と初対面の時敵と勘違いされて攻撃こそされなかったが、少々落ち込んでいた。理由を聞いてみると、落ち込んでいた理由が「私を助けられない」とのことだった。たったの数時間しか仕えていない主に……おっと嬉しくてつい涙が……
『……皆、貴方の代わりに命を差し出しても良いと……言っております。勿論私も。』
「これは私が決めたことだよ。」
ポチはいつまでも納得いかないようで何度も自分を代わりに…何て言ってくる。一番長い付き合いのコイツは私と似て頑固だ。
けれど、自分の意見を私に無理に押し付けてこない。だから進言してるに止めている。皆には悪いことした。
嫁さんの好物を作るため今日は早起きした。たったの一日家を空けただけで何日も空けた気がする。
「さてと…準備しますかね♪」
これが最後になる。することは山ほどある。遺して逝くのだから準備をしないと。
手始めに始めた事は色んな事をメモに書くこと。そして要所要所に貼っておく。そうすると「アレは何処にしまってた?」「アレってどうやって作るの?」とか知ることが出来るでしょ? 実は前々からそんなメモは書いていた。薄々こうなるんじゃないかと思っていたから。今書く事はそんなに多くない。後は貼るだけ。
次に、と言うかと同時進行ですることは台所用や家の重要な場所の整理整頓。綺麗にしておけば母さんや父さんは綺麗に使うだろう。案外きれい好きだから。ちょっと失礼だったかな?
次は温室にいる妖怪達や警備の妖怪達に挨拶すること。特に人間嫌いの奴らに。嫁さんになんかしたら化けて出てやるぞ位は言っておく。私の執念は根深いよ?
さて。ここまで掛かった時間は約二時間。ただいまの時刻六時間。色々と手間取ったけど、何とか間に合いそう。朝御飯は何にしようかな……
――現在 7:00 藍苺・寝室――
「おーきーろ! 耳元で叫んでも起きません。すると旦那さんはカーテンを開けることにしました。」
何をしているかって?嫁さんを起こしに来たのよ。全く、何時までたってもお寝坊さんなんだから~~。
カーテンを開けて朝日を部屋に取り込む事にする。ヒトってのな目を閉じていても目蓋越しに光が当たると自然と目が覚めるもんだ。人に揺すられて起こされるより自然に起きる方が目覚めもスッキリだとか。それでもたまに寝過ごすのが嫁さんクオリティ……何て寝汚い……睡眠に貪欲だ。
シャーっと音を立ててカーテンを開けると清々しい朝日と家の裏手にある森の木々、空を飛ぶ小鳥の囀ずり……いい朝だ。が!
「スー……スー……むにゃむにゃ…」
全く起きない。
「おーい。嫁さん?起きないのー?」
「スー……むにゃむにゃ…スー」
気持ちよさげに眠ったままだ。ふぅ…こうなれば奥の手だ。
「嫁さん?…………起きないと~~チューしちゃうゾ♪」
「!!!!(ガバッ!!」
勢いよく起きてくれました。ふぅ一仕事終えたよふぃ~。( ̄ー ̄)
「(バクッバクッバクッ!」(心臓に悪かった様です)
「おっはよ~。あれ?どうした?( ・∇・)」
「…………(・_・)」(思考停止チュー)
あれ?ホントにどうした? 寝惚けてる? も~可愛いなぁ。あ、でもこれ言っちゃダメね。嫁さんに可愛いなとか綺麗とか禁句です。言ったらイジケます。それが可愛い何て言われてた何て嫁さんは思いも知らなかっただろうね。
何かの行進曲の替え歌よろしく朝起きてご飯作って、嫁さん起こし、寝惚けた嫁さんを無事に洗面台まで誘導してキッチンのテーブルに料理を準備する。嫁さん何処かに頭ぶつけないか若干心配だが、そこまでドジじゃないので放おっておく。
今から私離れをしないと。
洗面台からゴキャ…何て音がしたが……何でも無かったようだ。嫁さんは椅子に座り……アレ?
「嫁さん? 何時もと場所が違うよ?」
「……(ボー)」(何処か心が遠くに行っている)
どうやらまだ寝惚けてる様で、私の直ぐ隣に椅子を持ってきて座った。ん……こーれはー?
「近すぎない?」
「いや、別に。」
訂正しよう。嫁さんはもうすっかり目が覚める。確信犯だ、ボーっとしてた理由は知らないが、完全に起きている。隣に椅子を持って来たのも自覚してやっている。どうしたんだ?
「(まぁ良いか)今日の朝食は、ご飯(白米。件の古米)鮭の塩焼き、漬物、卵焼き(リクエストの甘いやつ)ホウレン草と人参の白和え……と、和食中心にしました。」
「今、チュー……いや、何でもない。……この卵焼き…」
からかい甲斐がある。さっきのチューしちゃうゾ♪の一件でチューと言う言葉に過剰反応している所が面白い。
「今晩はシチューにしようと思うんだけど?」
「(また、チュー……わざとか?)後、角煮も食べたい……」
角煮って…豚の角煮かな? 食いしん坊だな……糖尿病以前に肥満にならないか心配だ。私が居なくても大丈夫だろうか……心配だが、死に行く私にはメモを残すことしか出来そうにない。後は嫁さんの一人立ちを草葉の陰から見守るとしよう。
「いただきます」
「いただきます。」
勢いよく食べ始めた嫁さん。けれど食べ散らかす何て事はしない。前世も思ったけど、育ちがいいと言うか、親にキッチリ躾けられたからだと言っていたっけ……。義母さんはのほほん~としているのに何か逆らえないオーラを纏っていたお人だ。躾も厳しかったのかも知れない。けれど、私の子育てにあまり口出ししてこなかった。アドバイスや間違いの指摘はあったけど。嫁姑の仲は結構良好だった。義父さんは頑固一徹の昔のお父さん…と言った感じの人だった……が、本質は心配性の子煩悩だった。一時期、誤解から父子の仲が悪くなったが、義兄と義母さんのお陰で和解した。どちらかと言うと、ジンの性格は義父さん譲りだ。顔は義母さん譲りだけれど。
「ニンジン……ホウレン草…」
約束通り先に野菜を食べている…。頑張れ、ホウレン草と人参の白和えはもう少しで無くなるぞ!
無事に白和えを食べ終えた嫁さんは鮭の塩焼きに取り掛かった。鮭は骨が大きく本数も少な目なので食べやすい。私はおにぎりの具は鮭が一番好きだ。二番目はツナマヨだ。
「なぁ」
「ん?」
嫁さんが鮭の身を解しながら話し掛ける。
「後、3日しか無いのか……ホントに」
「うん。白神がそう言ってた。」
それに何となくではあるが、自分の体が何かに蝕まれている感覚が有るのだ。痛みは無い。けれど、脱力感や何時もより疲れやすくなっている。
「痛みとか無いのか?」
「ちょっと疲れやすくなっているけど、痛みとかは無いよ。何時もがチート過ぎたんだよ。」
8歳が大人も持ち上げるのに苦労する斧を使って薪割りしてたコト事態可笑しいのだから。今、この体は普通に近付いているのかもしれない、普通の8歳児に。
「………旨いよ…この卵焼き」
「ありがと」
気まずい……そんな時は…
「そんなに暗い顔してると……チューするヨ♪」
ガタガダって音をたてて椅子から落ちた。
それでこそ?嫁さんだよ。体を張ってボケに反応してくれるそこにし痺れはしないけど、憧れるかも……少し。
「も~、冗談だよ。それにしても…昨夜一緒に寝ようとか言ってきたのにねぇ~。嫁さんてば積極的ぃ♡ 」
「キショッ!!」
「……ん? 今何て言ったかな?(# ・ω・)」
「…いえ、ナンデモアリマセン(((・・;)」
そんな感じに朝食を終えた。色々な事を話した。前世の時の思いで、現世での出来事、気付いたこと、笑えた出来事。色々あった。たったの8年……されど8年。今思えば思い出が一杯ある。やってみたい事もある。………悔いなんて一杯ある。
ふと、思っていたことを作業を止めて嫁さんに話す。
「ねぇ……この結婚、無効にしても良いよ。藍苺には一人で生きていかなくても……」
「嫌だね!」
私とは違う作業をしていた嫁さんは手を止めてこちらにヅカヅカ近づいてきて私の肩をガシッと掴む。掴んで自分の方に向かせ向かい合わせになる。
「無効に何かするわけないだろ。お前は……」
苦しそうな顔で言葉を絞り出す様に紡ぐ。
「お前は俺を置いて逝くんだ。だから、指図は受けない。未練タラタラで成仏出来ずに俺の周りをウロウロしてればいいんだ!!」
「………」
あぁ…確かに。未練タラタラで成仏出来ずに嫁さんの周りをウロウロしてる私が容易に想像できる。料理に失敗しそうになって手伝おうとして何も出来ないとか、悪い虫に目をつけられた嫁さんを守ろうとして相手を金縛りに遭わせたり……そうしようかな?
「冗談じゃないぞ。」
「うん。金縛り程度に抑えるよ?」
呪い殺しても良いんだけど、それじゃぁ嫁さんが敬遠されそうで嫌だし。
「……お前の考えはぶっ飛び過ぎて……(-_-;)」
「あれ?違った?( ^∀^)」
「俺が言ってるのは離婚の話だ!!(#`皿´)」
離婚問題は嫁さんに押し切られそのままにすることになった。ま、私も無効にされるのはホントは嫌だしね。8歳で未亡人になるなんて……気ぃ付けてね?悪い虫が変死しないように……ね?
「お前……恐ぇよ。」
その日のお昼はオムライスを食べた。私は半熟の卵が嫌いなので作るのは薄焼き卵を被せたオムライスだ。半熟ふわふわはどうも好きになれない。オムレツなら良いんだけど……何でだろ?
「オムライスとかオムレツって、ケチャップで文字とか文字絵を描くたくならない?」
「俺は絵心無いから別に」
「私だって絵心無いよ。」
他愛ない会話がとても大切なものに感じる。
時間は無情にも刻一刻と過ぎてゆく。
“これが幸せなんだね”
*********
余命3日を宣告されて2日が過ぎた。レンの体調はここ2日でかなりの早さで変わった。
「辛いのか?」
「いや、まぁ…少し怠いかな…」
何時も忙しなく働いているレンが時折ボーっとしていることが増えた。ボーっとしてはハッと気が付くを繰り返している。一体どんな病状何だろう。
あの神が俺に掛けた呪詛は徐々に体を蝕む病のようなモノらしい。どうすることも出来ないのが歯痒い。代わりたい位だ。だが、俺の身代わりになったのだ。………悔しいが何も出来ない。
出来ることは、何時ものように接することだけ。
「~♪~♪~~~♪ と、こんなもんかな?」
「午前中から何作ってんだ?」
「フフ……じゃーん♪ はい、プレゼント。」
レンが差し出したモノは……ミサンガ?
「これって…ミサンガ?」
「そ、ミサンガ。プロミスリングとも言う。前から作ろうと思ってたんだよ……間に合った……」
間に合った……か。その言葉がやけに重たい。
ミサンガを受けとりよく見る。結構複雑な模様だ。ミサンガって斜め模様とかよく見るけど……こんな模様も出来たんだな。
「花模様?」
「斜め模様の応用の菱模様のこれまた応用。紐の色と結び方を変えるだけでこんなのも作れるのだ♪」
高がミサンガ、然れどミサンガ。何事も奥が深いな。
「ホントは紅と蒼でハート模様にしてお揃い……とか考えたんだけど……流石にハートは嫌がるかなぁと、思ってさ。結局この模様になった。色が明るくないから蛇の模様に見えるでしょ? これなら恥ずかしがらないかなぁ……どお?」
「言われないと花模様に見えないな。」
簡単に花模様と言ったが、これは色んな形が組合わさっている。半円、菱型、花模様……よく作ったもんだ。俺には到底出来ないだろう。
「あ、それと。昨日出来た組み紐……これもあげる。使わないし……」
「ありがと(使えない……の間違いだろ……)」
昨日まで話をしながら作っていた組み紐だ。髪を結ぶのに使おう……ちゃんと結べるかな……
貰った組み紐は全部で6本。四色の色が捻れているものが細いのと太いの2本。2色が三つ編みの様に編まれている角八組みと菱模様、鱗模様、花模様が各1本。これは前から作っていた物も合わせてらしい。
色も派手さがない落ち着いた色ばかり。中でも赤と青が多い。気を使ってくれたのか……
とうとう余命宣告日を迎えた。レンの目に覇気が無くなった。元々そんなに覇気は無かったが、目に見えて明らかに元気を無くしている。もう時間後無いのか……
辛いだろうに、俺がリクエストした料理を作り続けている。何でも「もう夜まで持つか分からない」らしい。……ホントに何も出来ないのか……ッ…
「ヨーメさん♪ 棚からお皿取って?」
「ん…どれ?」
「えっとねぇ~…左の一番奥の大きい皿」
「あぁ、これか」
今日の晩飯は唐揚げと空芯菜と鶏肉の炒め物。最後の晩餐にしては質素過ぎやしないか?とレンに言われたが、俺は凝った物や洋食よりも普通のものが好きなんだ。特に、家庭の味ってのが。レンは…ベルは前世、自分は凝った物は作れないと、言っていた。俺はそんなあいつの作る料理が好きなんだ。今も。
「味噌汁…味噌無いしな……」
「無いものは仕方ないだろ?」
「そうだけど。」
そう言いながら料理する姿はホントに何時も通りで、レンが今にも死ぬかも知れないなんて見えない。これは本当に現実なのか?
そんなことを考えていると、あることに気が付いた。キッチンの至る所にメモが貼ってある。レンしか目が行っていなかったのか今の今まで気が付かなかった。
「……(調味料は上の戸棚の右側」
全て俺達に残すメッセージだった。何処に何があるか。料理の分かりやすいレシピまであった。
置いて逝く側も、置いて逝かれる側も、心配なんだよな。
********
さぁ……やり残した事は…晩ご飯を嫁さんに食べてもらうことだけ。メモも…もう書くことは無い。ポチ達に挨拶も済ませた。ポチ達眷属には嫁さんの事を頼んだ。皆承知してくれた。気を使って嫁さんと二人っきりにしてくれた。ホントに……ありがとう。
「空芯菜ってヨウサイ、空芯菜や通菜って言うんだけど……日本では空芯菜って言うんだって。花が朝顔見たいな花でさ……白に薄い藤色の線が入ってるんだよ。」
「へー。朝顔の仲間なのか?」
「……ん…えっと…朝顔じゃなくて、ヒルガオ科サツマイモ属……だったかな。水が好きで、水田に植えてもいいんだって……。家では夕方に、暑ければ朝と夕方に水をたっぷりあげてる。黒土よりも粘土質の土の方が良いよ。水捌けが良いよりも悪い方があってるみたい。……まぁ、限度が有るけど。」
ヤバイ……息が…喋る程に息が上がる…。
「……ん、旨いよ。茎が竹の子みたいだな。」
「不思議な歯ごたえでしょ? 葉っぱは癖も無いし、食べやすい。それに、ホウレン草に…負けない程鉄分とか栄養素も豊富……嫁さんには強い…味方だね。」
あぁ、ダメだな……情けない。心配させるだけさせて…藍苺を残して逝くんだ。助けたんじゃない、置き去りにするんだ。
「辛いか?」
「疲れた…かな。」
「この3日張り切って料理してたしな」
明るく…振る舞ってくれる嫁さんには感謝してもしきれない。
「唐揚げも旨いよ。」
「塩麹を入れたんだ。柔らかくなるし……後、本の少し蜂蜜も……隠し味に…」
後もう少し……まだ少し……
「味噌汁作れないからかき卵汁にしたよ……これなら出汁と醤油とお酒で作れるし……」
「ん……旨い……」
目が霞んできた。そろそろ本格的にヤバイ……
ガタッと音をたてて嫁さんが直ぐ近くまで椅子をもってきた。そのまま直ぐ近くに座りまた食べ始める。
「スンッ……旨い……」
「うん。」
体の力が抜けてくる………。終に支えられなくなった体を藍苺が腕を伸ばし支える。そのまま藍苺の肩に寄りかかり………動けなくなった。
「また、卵焼き……ッ……作ったんだな…」
「うん、」
「甘いやつ……だな」
「うん」
だって、大好物だし……一番……最初に作った料理だもん……
「今日は……ッ…少し…しょっぱいな」
「うん。塩……入れすぎた……かも」
付き合って初めての頃……熱だしたジンが唯一食べたものが甘い卵焼きだしね……ッ…………よく、具合悪い時に食べれたよね…………………
「旨いよ…………ッ……スンッ…ッ…」
「うん 、…………」
……………・・・・・・ありがとう。
「……ッ…レン?」
そこで私は動かなくなった………・・・ ・ ・―――――――――――――――――――――――――――――――
ついに紅蓮は動けなくなりました。動けなくですよ皆さん。




