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con-tract //out  作者: 桐識 陽
1/4

report1:0→1 (前)

 この物語はフィクションです。作中に登場する団体名・作品名・登場人物は別の世界のものであり、一切現実と関係ありません。

 人によっては残酷描写等々と感じる場面もありますので苦手な方やそれらに嫌悪感がある方は注意してください。

 後、作者は中2病にかかってるくさいので、それらに抵抗のある方はお気を付けてください。

 では、ここから呼んでいただける方と前書きを見ていただけた方に感謝を。


 report1:0→1(ゼロワン) (前)



 プゥルッルルル!

 部屋に鳴り響く電子音が鳴り響く。

 ルルルルッルルルルル!

 されど虚しいかな。今この部屋には誰もいない。

 プルルルルルルルルルルッ!

 嘆かわしいことに、徐々に音が大きくなるように設定されていたのにもかかわらず、それを機械に強制した人類がいない。

 プルルルルル!!!

 そんな主達に怒りをあらわにするかの如く、それはさらに音を怒鳴り上げようとした。

 あぁ、なんと自分勝手な人間たち。愚かで愚直な奴らめ。だが、しかし己もまた、一つのことしかおこなえぬ愚直な物なり。

 プルルルルルル! プルルルル! プルルルル!!

 あぁ、誰か。誰でもいい。どうか、私をこの単純なループから解き放っておくれ。

 そんな時、救世主が現れる。

 コツコツコツと硬い革製の靴が音をたたせながらやってきたその男は私の一部を、受話器というなの聖剣を抜きとって、私を救った――――

 「って感じかぁ? オレャ、警官から詩人に転職した方がいいか? ……いや、こんなんじゃ無理か……んでもって、こちら明智だ。ぁ? こっちの話だよ。仮眠室で寝てたのに、叩き起こされた中年オヤジ“明智(あけち) 草十朗(そうじゅうろう)”の愚痴だよ」

 外国人のような鷲鼻と鋭く光る細目と白髪まじりのオールバックが特徴的な渋い刑事(ダンディ)な男、それが俺だ。

 


 クソッタレ、と悪態をついて受話器を“やさしく”叩き戻すと、現在進行中の事件(ヤマ)で使わせてもらってる会議室の入口からダルそうな(ツラ)した若い刑事が片手に弁当ぶら下げてご帰還なされた。

 「あれ、先輩? なんでもう起きてるんですか?」

 「そりゃ、ご丁寧に隣の部屋まで轟音みたいな呼び鈴が鳴りゃ、起きるだろうよ。それよりも金田一。てめぇ、何やってんだ」

 俺が金田一と呼んだ若者はこちらに近づいてきた足を止め、目を右や左にせわしなく動かし、異常な発汗を始めた。

 中肉中背の平均的な日本人体型に、三十路まじかだという事実が信じられぬほどの童顔。真面目な生徒代表の如き調った髪形。このご時世に角刈りはどうかと思う。

 この若者を俺はこう思っている。

 この金田一(きんだいち) 次郎(ジロウ)という若者は実に不運な若者である、と。

 父親が警察官僚の一人であり、こいつは親の後を追うように警察への道を進んだ。頭もそこそこあったらしく、キャリアの道へ何の障害もなく昇っていた。

 だが、こいつは出世欲がなかった。

 それゆえに、競争相手とも言える自身の兄によって容易く出世コースを弾き飛ばされて、こんな捜査一課なんて貧乏くじを引くハメになったのだ。捜査一課は選ばれた奴らなんていう奴もいるが、コイツの場合はそもそも刑事自体に向いていないから貧乏くじに等しい。

 刑事なんてヤクザな仕事をやっているとは思えないお人よしな性格で、犯人の取り調べ中に相手の不幸話(ウソデタメ作り話)に憐れんで号泣するほどだ。

 つまり刑事には向いていない。派出所でコツコツやっていくほうがあっているはず。本人も自覚している事実だ。

 だが、この若者は“目”が良く、しかも現警視官様の息子だ。親としての対面もあったんだろう。

 「……いえ、お疲れの先輩方のためにお夜食でもと……」

 「ほ~、献身的じゃねぇか。弁当が一つとペットボトルのお茶付きとはよ。一人分か?」

 「皆で分け合えば、いいかと」

 おれたちゃ、高校生かよ。

 「お前……夜勤で何人出てきてると思ってるんだ」

 「え? あ、いや。そ、それにもうほとんどの人は帰っちゃてるじゃないすか」

 「馬鹿野郎。世辞でもいいから外回り行ってるとか言え」

 現時刻は、深夜零時ジャスト。このだだっ広い部屋には誰もいないが、今も別の部屋で働いている奴らがいる。所見で今のあり様をみて、ここが本庁と所轄の合同捜査にまで発展した事件の捜査本部とは誰も思うまい。

 頑張ってくれている所轄の者達も今は小休止しているだろう。本庁からきた責任者様は自宅でグーすか寝ているか、不倫相手とウハウハしてるだろうがな。

 つまり、俺達二人はその中の例外であるってことだ。所轄上がりの俺はその頃のクセが抜けてないからここにいるが、金田一は、阿呆みたいに残って仕事をしている。ただでさえハードワークな仕事なのだ、うまく力を抜かなければ、やってられないというのに……まぁ、真面目なことはいいことだが。

 「それに弁当買いに行くとは誰かに留守番頼め。もしくは俺を起こすとかな。もちろん後者の場合は俺の愚痴を聞いてもらうはめになるがな……」

 「だから嫌なんすよ……それで、先輩。電話の内容はどういったもんだったんですか?」

 「あぁ、それな」

 そうだった。もううんざりしたい内容だったので忘れていた。

 そんな俺の憂鬱を代弁するような館内アナウンスが始まる。

 『本庁より入電。新新宿****丁目で傷害事件発生。至急付近の捜査官および……』

 あんぐりと口を開ける金田一は、ゆっくりと俺に目を向ける。その目はもはや人間をみる目ではない。

 「どうした金田一? 愚痴でも聞いてくれるのか?」

 「……先輩、電話の内容ってコレですか」

 「コレ、だ。行くぞ、若者。また当分、肉が見られなくなるがな」

 俺専用としていたパイプイスにひっかけておいたジャンパーを無造作に掴み、出口へと向う。

 寝ていた捜査員も叩き起こされたようだ。一様に駆けまわる奴らの顔色は悪い。疲労がたまっているのだろう。なにせ……

 「……これで、4件目か。愚痴が貯まる一方だよ」

 それにこれぐらいで根を上げるな。まったく、戦後をしらねぇ奴らは平和だな。


 2



 来て早々に悪いが、帰りたくなった。

 「……先輩」

 「なんだ、若人(わこうど)

 「帰っていいですか?」

 「奇遇だな、俺もそう思った。お前は直進。俺は後退。それでいいな?」

 「馬鹿言ってる暇があったら早く来い、この青リンゴ共!」

 たしかに馬鹿やっていた俺達を、先に中が見えないように覆い隠す青いビニールシートの中からどなり声で呼びつけるのは、所轄でデカやって40年のベテランで未だに頭の上がらぬ人物だった。

 俺の先輩に当たる彼からの要請ならば応えねばならない。近づくごとに鼻につく血臭を無視して、足を進めていく。

 ブルーシートをくぐった所で、腰が曲がり始めた初老の男性が待っていた。

 彼の名は大場(ダイバ) 源氏(ゲンジ)

 「おう、やっと来たか青リンゴ共」

 皺だらけの顔に、開いているのかすら判別できない細目。それでもなお衰えぬ威圧感を秘める刑事の中の刑事は、未だに俺のことを青リンゴ(若造)よばわりだった。

 「ゲンさん。もう俺は青リンゴじゃありませんよ」

 「うっせぇわ! 俺から見りゃ、まだまだ青リンゴじゃ」

 「ゲンさんも、もうジジ言葉が似合うようになっちまったか……」

 「なんか言ったか?」 

 「いえ、別に。……それで、被害者は?」

 「被害者? ぁあ、それじゃよ」

 「? ……で、どれです?」

 「ソレ」

 それ、と言ってゲンさんは指さす。その先にはビニール袋。ご家庭にありそうなMサイズのビニールパックと同じ黒いビニールパック。

 俺達が目を向けた時に、鑑識の奴がピンセットで何かをつまんで持ってくる。その鑑識官がうんざりしたように、ビニールパックをあけて、なかに放り込む。

 その時、見てしまった。パックの中には……

 「ぅ、ご…げぇ」

 それを同じく視てしまった金田一がたまらず吐きかけてしまった。

 「こら! その青いのを外に出せ! 仏さんの前で吐く奴なんぞ、デカしっかくじゃ!」

 「ほら、行くぞ。しっかりしろ、金田一」

 悪い、ゲンさん。俺も吐きかけた。

 ブルーシートの外へ出て、金田一の背中をさする。

 鑑識のようが済むまで、大抵の場合は刑事でもすぐに中に入れないのが常だが、今回はやけに早かったとおもったら、そういうことか。

 もう鑑識の仕事が終わったのではなく。もうみることもないほど死体が小さくなっていたってことか。

 パックの中には肉があった。ブチブチに千切れた視るも無残な姿になった被害者。鑑識官がつまんでもってきたのをようやく頭の中で再生できた。拒否していた、理解することを止めていた視覚情報をようやく自分に理解させることができる。

 つまんできたアレは、目。被害者の目玉だったのだ。

 なんてことだ。肉と一緒に目玉焼きも作れなくなった。

 「ふぅ……まいったね」

 「なにが参ったって?」

 俺が溜息ついた時、ブルーシートからゲンさんがひょいっと現れた。先ほどの鑑識官も一緒にだ。彼とも何度か顔を合わせたことがある。

 さすがに外の空気が吸いたくなったのか、とも思ったが違うだろう。

 なにせ、そとであろうと中であろうと血の臭いがあるのは一緒だ。

 現場に付き物の野次馬共ですら忌避する広範囲に血臭が広がっている。現場は新宿の裏とも言えるビルの路地裏。いつも以上に人気も少ない場所だ。

 「世間から非難の嵐に、ですよ。これで4件目。無能だ、なんだとマスコミまがいのカメラ小僧どもに言われそうでね」

 「ふん、気にするな。所詮、現場をしらん奴らの言葉じゃ。それに今回の一件も人外の仕業じゃよ」

 「ゲンさん……」

 「ジンガイって、なんですか?」

 俺とゲンさんの言葉を聞いていた金田一が、未だに気持ち悪そうな顔しながら聞いてきた。

 「人外じゃよ。人ならざる者じゃ」

 「そんな馬鹿な……」

 俺はげんなりする。

 この人とは俺が新米だった頃からお世話になってきた長い付き合いだ。戦後に起きた隔離区からの犯罪者の大量侵入という苛烈な時代を共に戦いぬいた戦友といっても過言ではないのだ。

 だが、たまにこの人は人外という言葉を使い、周りから嘲笑われたことがあった。

 人から外れた犯罪者、という意味では無く。人ならざるモノの仕業と、彼は真面目に主張したのだ。

 失礼だが、俺もその一人だった。犯罪をおこすのはいつも人の所業だ。災いや飢饉がおこれば神の祟りだと騒いだ時代はとうに過ぎ去ったのだ。

 「ゲンさん、どうせまたソドムから来た異常者でしょうよ」

 「明智! こんなことは人間にはできん!」

 「ゲンさん、いい加減に…」

 「……明智さん。私も今回ばかりは源氏さんに同意します」

 「なんだって?」

 ゲンさんに同意する人間がいるとは。それでも科学的な見地から鑑識する人間の口から出た時にはさすがに驚いた。

 「アンタ……そうか、疲れてるんだよな、みんな……」

 事件のはじまりは、二月半ば。若者がバレンタインに浮かれはじめて間もない頃。

 新東京のど真ん中で、変死体が発見されたことから始った。

 被害者は二十代半ばの女性。けっこうな美人で、ホステスとして働き、なかなかの売上を誇っていたらしい。

 明るい笑顔で売れていた彼女は、死の断末魔をあげたまま硬直した姿で近所でも有名などぶ川で発見された。親族にはいえないが、まるでミイラのような死にざまだった。

 二人目もホステスで、こちらも美人。一件目の一週間後。同じクラブで働いていた同僚で死に方も同じであった。こちらは自宅マンション(金持ちしか入居できないマンション)のプールでみつかった。

 これを期に、連続ホステス殺人事件として本庁と所轄の連携捜査が開始された(二人目のホステスのお得意さまが警視管の中にいたという噂)。

 だが、それを嘲笑うかのように、一ヶ月後に無職の男性が殺害された。

 死体は近所の池で発見され、死因は溺死。残った体半分には生々しい傷が残っていた

 男性は一件目の女の彼子であると後に判明。なにかしかの怨恨かという線で捜査が開始された。

 三件目の大きな違いがある。それは遺体の欠損が酷く、未だに体半分が見つからず、いまだに調査が続いている点だ。

 一連の事件は平穏が戻り始めた日本中を震撼させ、マスコミが頑張って大々的にニュースとなった。

 最後の事件からかれこれ二か月が経ち、春真っ盛りの今日この頃のまたこんな事件だ。未だ犯人は捕まらず、疲れてもしょうがあるまい。

 そんな俺の“気使い”に苦笑しつつ、真顔で鑑識官が否定するように手をふった。

 「別に疲れているわけではありませんよ。私もこの仕事やっててこういう事件は何度か経験したこともありますからね。……でも今回は別です。手口といい、足跡もない。それ以前に、コレです」

 コレ、と言って取り出しのは現場に落ちていた物品を保存して保管するビニールパック。その中には一枚の見惚れるほど綺麗な扇状の何かが入っていた。

 「“また”、ですか、……鑑識さん」

 「ええ。主観から言わせてもらいますと、これは(ウロコ)です」

 「見りゃわかるよ」

 そう、それは鱗。掌ほどもある大きな鱗。虹のように様々な色で光を反射させる鱗はこの一連の事件すべてに残された重要証拠であった。

 なにかのメッセージか? と始めは思われたが未だに不明。そして、それ自体が不明の産物だった。

 「やはりこの鱗はどの海洋生物とも合致せず、しかも作られたモノですらない。学会に発表すれば大騒ぎになるような代物なんです」

 「だから、それが人外がやった証拠になる? 馬鹿いっちゃいけねぇよ。それに容疑者は上がってんだからな」

 そう、容疑者の目星はついているのだ。

 容疑がかかっているのは外国人男性だ。

 男の名前は、オリバー・カーンズ。30歳。現場にあった頭髪から身元が割りだされた自分の国で実の母親を殺した容疑で指名手配中の逃亡犯であった。

 そんな奴がこの日本(くに)いると思うだけで、寒気がする。

 いや、“あそこ”がある時点でこの国の人間は恐怖を感じていなければならないのだが、今はかの地のは放置状態で、誰も危険を感じていないようにも思える。

 「本当にそうかのぉ?」

 「ゲンさん、しつこいですよ。オリバーを連行してくれば何もかもわかるはずなんですから」

 「ほぉ、でどうやって“あそこ”に行く気じゃね?」

 「それは……」

 あそこに入ることなら簡単だ。国が完全に隔離政策を進めているが、委任状さえ出せば数時間で許可がおりるはずだ。そう、入ることだけならな。

 「入った後の方が問題、なんだよな~」

 「え、ホシのいる場所に心当たりでも!?」

 「金田一! てめぇは頭がいいのか、馬鹿なのか、はっきりしろっ!!」

 「ひぃい!? す、すんません!!」

 「……ったく、お前は鋭い時と鈍感な時の違いがありすぎるんだよ」

 「ぬっふふふっ。お前さんら息があっとるのぉ。それと、お前さんが行く気があるのなら、知人の情報屋からあそこのガイドを頼める奴を紹介してもいいらしい」

 「ゲンさん、手が早くないですか。それに情報屋って……」

 「信頼はおける人じゃよ。まぁ、人格を除けばじゃがな」

 「大丈夫なんですか?」

 「あの、その先輩方。俺はかな~りおいてけぼりなんですが?」

 「行くだけだよ」

 「行く?」

 「そうだ、あそこに……ソドムに」

 俺は顎をしゃくって、隔離区の方へと目を向ける。

 実を言えば、行きたくない。

 新東京の方は隅まで調べた。それでも見つからなかった。だから犯人がいるとしたらソドムしかない、と誰もが思ってるはずだが誰も言わない進言しない。

 なにせ、行ってしまって自分が行かされるはめになったら困るからだ。

 そんで、その貧乏くじを俺が引くハメになるとはな……


 この世界は、史上三度目の世界大戦を起こした世界。

 第三次世界大戦後、人が住めないほど戦争の傷跡と化学兵器に汚染された東京を、当時の国の代表者たちは完全に隔離した。

 東京二十三区の東側をまるごと日本という国から切り離したことは、今でも歴史上の汚点として非難され、さらなる問題を発生させた。

 隔離していたはずに住み始めた住人が現れたのだ。それはどこの国にも所属しない無法の土地に、各国の犯罪者や戦争で土地を失った難民たちであった。

 そんな彼らは隣接しながらも他国である日本へと侵入し、たびたびこちらにもめごとを起こした。

 それが俺達刑事がよく使う“戦後”という言葉の正体。俺もちょうどあの時代を経験した人間のひとりだから言える。アイツらのおかげで何度も死にかけた。それほど濃い犯罪が横行したのだ。

 今はそれも沈静化しているが、一般人は未だに隔離され壁に覆われた地のことを正確に確認することは出来ない。そのため自然と悪い噂が流れ、気がつけば、勝手にある時から皮肉めいた名前で呼ばれるようになっていた。

 多くの人々が心乱れたため、かつて神により燃やされたと言われた場所、見捨てられた者たちの巣窟の名で、だ。

 人は言う、そこには死体が石ころのように転がっていると。

 人は聞く、そこは一日中、銃声が鳴り響いていると。

 人は語る、あそこは常識が呆れかえり、どこかに去ってしまった場所だと。

 いつしか、人は隔離区を“ソドム”と呼んでいた。

 本当に、ふざけた話だ。


 

 3



 時計の針が17時になろうとしている。

 「……本当に大丈夫なんですかね、先輩」

 「黙って待ってろ、金田一」

 あの事件から日付は変わっていない。あの後、ゲンさんが頼んでいたという情報屋に依頼してもらった。俺達の事情を相手へ説明したところ、この時間帯と場所を指定されたらしい。

 なんでもソドムへ入るルートとその案内役を手配しておいてくれたらしい。親切なことだ、とは思うが信用はできない。なにせ、二人ともソドムの人間だからだ。

 案内役はどんな人間なのか、と想像を働かせる。とりあえず男であると連絡されている。どんなごつい悪顔がくるのだろうか……。

 どうして悪人と決めつけるのか。それは俺は戦後を知り、奴らの凶悪さを身をもって知っているからだ。

 罠がある可能性もあると思い、銃も持ってきた。もちろん、上司には報告済みで青白い顔して、正気を疑われたが犯人逮捕のためだと了承してもらった。

 それにしても……

 「来ないですね」

 「そうだな……」

 待ち合わせの場所はソドムの正門にもほど近い駅前の時計下。この時間帯には帰宅者がちらほら出始め、人も多くなる。

 一応、目印として紅いバラを持ってこい、と言われたらしく一輪スーツの胸ポケットに差してきた。たまにそれを見てクスクス笑われるのが俺みたいなシャイなオヤジには辛い。……もう帰りたくなってきた。ちなみに金田一もスーツ姿だが赤バラはない。

 カチリ、と時計が17時を示した。本来、音がなる仕掛けなのだろうが老朽化の影響で何も奏でなかった。

 「失礼、明智 草十朗さんと、金田一 次郎さんで、よろしいでしょうか?」

 背後から、突然名前を呼ばれ、バッと振り返る。

 そこには一人の青年が立っていた。

 不思議な雰囲気の青年だった。少年といっても差し支えない年齢のように見えるが、佇まいと気配のあり方が大人びていた。黒いスーツと黒いコートを着こなし、多少クセのある黒髪と、外人の血を引いているのだろう、赤……いや、紅い瞳をした彼は、(うやうや)しく一礼して、丁寧な日本語で挨拶をしてきた。

 「本日、お二人を護衛する、(シン)・カーネルという者です。よろしくお願いします」

 


 4



 どうしようもない不安にかられてから、もはや十分が経過した。

 今、俺と金田一を先導する形でさきほどの青年、進・カーネルが前を歩く。俺達は人ごみ溢れる駅前を後にし、人が足を踏み入れるのを躊躇う路地裏へと連れてこられた。

 もう日も落ちかけているとはいえ、夕暮れ時とはおもえないほどの深夜の暗さが辺りを包んでいる。知らぬ間に化物の口に入っていた、と誰かが冗談で言ったとしても真実味をおびてしまうレベルの暗さ。

 その不安な空気が漂う場に溶け込んでいくように、ズンズンと、俺達とも距離を考えて歩く進。

 彼について疑いを持ったのは言うまでもないだろう。なにせ、二十歳も超えていないような子共があの悪高いソドムについて回るというのだ。もしかしたら、騙されているのでは? 

 だが、俺の相方は微塵もそんなことを考えていないようだ。

 「ねぇ、シン君でいいのかな?」

 「……ええ。あと、別に英語なまりで発音しなくても結構ですよ。一応、日本人の血が混ざってるみたいなんで」

 「へぇ。そうなんだ。生まれも、育ちもソドムかい?」

 「いいえ。俺は海外で生まれです。ソドムに来たのは一年くらい前です」

 「ああ、そうなんだ」

 「金田一さん、でよろしいですか? ソドムには何か御用で?」

 「え? 伝えられてないの? 僕らは――――」

 「守秘義務がある。なにも答えられない」

 金田一の馬鹿が余計なことをしゃべる前に、俺がぴしゃりと拒否の色を出す。

 進は俺の言葉に、なんの反応もせずにただ謝罪した。

 「失礼しました。で、どちらへ向かいますか?」

 「お前を派遣したっていう情報屋のところに」

 「申し訳ないのですが、それは無理です」

 なに? と俺が不機嫌にドスをきかせた声をあげると、当然のように進が事務的に応える。

 「情報屋へ直接会われる際には、紹介者との連絡を経由してではないと会わせることはできません。これは俺の判断ではなく、俺をよこした情報屋のルールです。文句等は紹介者を通じておこなってください」

 「うっ」

 ぐぅの音もでないほど正論の羅列だった。俺は、こんな年はもいかない子供を寄こした奴に文句を言いたっかったのだが、仕方ないか、と渋々引きさがった。だが、なんだか子供に言い負かされたこともあったのだろう、ガキじみた嫌がらせのように、気がついていた違和感を指摘して改善を求める。

 「……わかった。あと、進、と言ったか? お前も使い慣れてない敬語はいらん。普段どうりに戻せ」

 「は? なに言ってんすか先輩?」

 「黙ってろ、金田一。俺は使い慣れてない敬語ってのは大嫌いなんだ。まだ、普段どうりの話し方のほうがいいに決まってる」

 近年の若者の尊敬語ってのは、うまくなってきたなんて言う学者もいるが、俺はどうも気に食わなかった。たまにボロが出る様ないい加減な言葉使いになるのと、あとこうしていればいいだろう、というようなインスタントな敬語などが、だ。

 最低限、人に不快感を与えない程度であるならば、普段どうりの話し方のほうが俺は好きだった。急場しのぎの尊敬語よりも、だ。

 心を込めりゃ、それでいいんだ。難しく言葉をカチコチにして恭しさなんて作られたって不快で、不細工な言葉の塊が出来上がるだけだ。

 「ただし、目上の者に対しての丁寧さと尊敬の念は込めろよ」

 俺の発言に金田一の奴がめんどくさそうな目線を送るのに対し、進は立ち止まって振り返り、目を驚きにパチクリさせた。こんなことをいう客は珍しいのだろう。

 進は不思議そうな笑顔をつくり、さきほどと変わり目の角度が釣り上がった顔になり、使い慣れている言葉使いでもう一度と聞いてくる。俺はその生気に満ちた表情に好感が湧いた。あんな感情を下に押し付けているような低い声と表情よりだいぶいい。

 「そうですか……じゃないな。それじゃあ、明智さん。アンタらはどこに行きたいんだ?」

 俺はその切り返しに速さに笑って応えた。

 「おう。俺達は情報屋に会いたいんだ。お前を紹介した奴がダメなら別の……できるだけ信用ができる奴を紹介してくれないか?」

 「わかった。そりゃじゃ、俺を寄こしたクソ野郎の100倍は信頼でいる情報屋に会わせるよ……まずは、ようこそ、だ」

 進はそういうといつの間にかにたどりついていた路地裏の終着点、つまり行き止まりになっている場所に取りつけられた簡素なドアを開いた。

 「え?」

 「は?」

 俺と金田一がそのあっけのなさに驚くと、進はやっぱり驚くのか、と呟やき、夢から覚ますように丁寧に招きいれた。

 「ようこそ、ソドムへ」

 混沌の地、と呼ばれていた魔窟には門番も、警備や警告も合い言葉すらなく、たったドアノブを捻っただけで入れた。

 


 5



 俺もその一員な訳だが……国はなにやってんだ。

 「まぁ、元気だしてくださいよ先輩」

 「……金田一、テメも公務員だろうが……」

 「そうですけど……ほら、ソドムの正門前はほとんど廃墟で魔窟ーていう感じが出てるって噂でしたし、誰も入れない隔離区の現状なんて誰もわからないでしょう?」

 「それでいいのか、公務員?」

 「良いわけあるか!」

 「ちょっ、今の進君が言ったんでグェっ」

 「そうですけど……、の(くだり)はお前じゃねぇか、金田一!!」

 「それは……そうですけど、今はそんな場合じゃねいでじょう先輩!」

 「あ?」

 自分たちの国がいかに半端な仕事をしてたのか目の当たりにして、打ちひしがれていた内になぜか。

 なぜか、十数人の男たちに囲まれていた。

 「……なんでこんなことになってる、金田一」

 「わ、わかりませんよ」

 男たちは、強面の顔でゲヒゲヒと下卑た笑顔で俺達三人を囲む。腰と膝を若干落とした姿勢で、一見まばらにとりかこんでいるが、仲間たちの間の開け方や手ににぎるナイフなどの獲物の持ち方などから見て軍隊崩れ、もしくはその道のプロであることは明らかだった。

 荒事の場数を踏んでいる俺はともかく、金田一はこういう場面に疎かった。俺の背後に回っているのがその証拠だ。

 進という青年が住んでいられる場所ならば、油断していた。

 ここはソドム。多くの犯罪者が流れこんでは根城を築いている場所なのだ。

 こいつら理由などないのかもしれない、金品目当てで軽々と命を奪う奴らなのか……

 「見つけたぞぉ、進!!」

 ではなく、明らかに進に対し、怨みの視線をぶつけていた。

 どうやら、こいつらの狙いは進らしい。つまり俺達はとばっちりを受けているということか?

 「おい、進? 小声で聞くんだが……」

 「なんだよ、明智さん? つか、なんで小声?」

 進の声にはまったく緊張はみられない。さもこれが普通だとで言うような雰囲気だ。

 「お前はこいつらに何かしたのか?」

 「…………なにも」 

 「嘘をつけいっ!!」

 進のすごい長い言葉の間に、囲む男たちのひとりであるスキンヘッドが怒鳴りをあげた。

 「テメェは俺達の仕事を邪魔してきたんだろうが!!」

 「まぁ、そんなこともあったかな?」

 「何過去のことにしてんじゃいっ!!

 「うるせぇよ、男がネチネチと、数日前のこと気にしてんじゃねぇよ」

 「ほんの3時間前のことだろうが!」

 「え? アレ? そうだったか?」

 つまり同じようなことが前にもあったということだ。とぼけた進についに怒りが頂点に達したのか、ついにタコ頭となったスキンヘッドが叫んだ。

 「そうだよ! うちらの大事な商いの邪魔をしたんだよ」

 「あ? どんな商いだったんだ?」

 「そ、それは……」

 なぜかしどろもどろになるスキンヘッド。その姿に進は思いだしたかのようなニヤリと笑う。俺が見てもこちらの方が悪人と断じてしまいそうな悪い顔。

 「思いだしたぜ……お前らアレだ、7区の青年街で押し売りまがいの違法(ドラッグ)を売りつけてた奴らか。目的は薬漬けにして販売人に仕立てるか、構成員を増やしたい……って所か? 止めとけ、止めとけ。お前ら、ソドムが違法ドラッグの流通と販売の全面禁止を“組合”が主張してるのを知らねぇだろ? ココはお前らみたいな新参者が生き残れる場所じゃないぜ?」

 「舐めてんのか、このガキ!」

 「舐めてんのはオマエらだ。そんな素人まがいの奴らで俺がどうこうすると思ってんのか?」

 その言葉が引き金になったのだろう。自分たちより年下の生意気なガキにお灸をすえる程度の考えは一気に燃え上がり、殺意にかわる。

 囲んでいた全員が迫るように一歩を踏み出した。

 来るっ!? と俺が身構える。

 進は、

 「ふせてくれよ、年長者方?」

 そうのんびりという進が背から何かを引き抜くような動作をした瞬間に、ゾワリとした背筋の寒さを感じてオロオロしていた金田一の頭を掴んで、無理やり伏せさせる。

 進の背には何もない、だが、右手が虚空を掴んだと同時に何かを引きはがされたかのように、ソレが目の前に忽然と現れた。

 ソレを、進は横一線の円を描くように、薙ぎはらう。

 凄まじい空気を叩く音、突風が弾け、立ち上がることができず、立っていた男たちは風をモロに叩きつけられ、吹き飛ばされる。

 瞬時に現れた突風を生みだした元凶というべきソレは、所持者たる進の腕で静かに、重く、視る者に恐怖を与える存在感を放っていた。

 光を反射しない黒色。幅広く、分厚く、所持者の身長にも届きそうな長さと、けっして展示用ではないことを証明する鋭い刃があった。

 それは剣。事件や押収物でみることは……いや、あそこまでバカみたいな大きさの剣は見たことがない。

 両手で握らなければ持てない、いや両手ですか持ち上げられるかどうかも怪しいそれを軽々と片手でかつぐ進。

 バスタードソードとも、クレイモアとも言い難い、巨大な剣(グレートソード)がそこにはあった。

 「け、剣っ!? な、なんな、んあっ!?」

 一番初めにスキンヘッドの男が、進の目下で尻餅つきながら見上げる形で呂律がめちゃくちゃな悲鳴をあげる。

 その姿に苛立ちを覚えたのか、進がスキンヘッドの胸板を踏みつける。今度は悲鳴はなく、ただ肺が強制的に押し付けられた衝撃で、嗚咽を吐きだす。

 進は懐から銀色の何かを取り出し、スキンヘッドの頭へと突き付ける。

 始めは進の手に握られたモノの正体がなにかわからなかった。いや、俺達は一般人に比べれれば見慣れているようなものだが、日本はソレを販売することから持つことまで禁止しているため視覚情報に遅れが生じたのかもしれない。いや、普通に身近にあるものでもないのだが……

 進は、違和感無く握っている銃の引き金を当然のように引いた。

 ドドドドドンッ!! と耳をつんざく轟音が連続で放たれたそれは全弾命中した……地面に。

 「ぎっ…ひいぃ」

 本当に殺されると思ったらしくスキンヘッドは歯を食いしばり、目を剥い涙を垂れ流して硬直していた。

 外した、と思ったらしく俺を含めたこの場の全員がホッと息をついた。ソドムに入って早々人殺しを視るはめになるかと……

 すると誰かが呟いた。

 「……あの黒い剣と、改造されたシルバーモデルのデザートイーグル……こいつ、魔王がいたら――――」

 「あぁ? 誰が魔王だって? それにな。なに、ホッとしてやがる?」

 「?」

 「この場所じゃ、殺しは御法度なんだよ。この程度のじゃれ合いなら許してもらえるけどな」

 「許すわけないだろう? この市場でもめごとおこしてナンバーワンの小僧が何言ってんだい。えぇ、進?」

 進のめんどくさそうな言葉に割ってはいるように現れた声の主は忽然と現れた。

 頭にバンダナを巻き付け、手には(ほうき)を握りしめ、大きな胸とお腹を強調するように胸を張った中年の日本人女性であった。笑顔が似合いそうなお母さんで通りそうな感じもするが、今はあえて眉見にしわをよせた鋭い相貌が俺達を威圧する。とてもじゃないが普通の主婦が出せる威圧感ではない。この女もソドムの住人なのだ。

 「ひでぇな、ミドリさん。俺が率先してもめごと起こしてるわけじゃねぇだろ? 大体、アイツの持ってくる仕事は……」

 「泣きごとはもう少し胸晴れる人間になってからしな。……で、こいつらが“例の奴ら”かい? 縄張り考えずに入ってきたっていうのは?」

 「らしいぜ」

 「らしいって……まぁいい、ホラ!! アンタたち、さっさとお家に帰りな! 今から市が始まるんだよ! 言っておくけど、アンタらにかまってる暇も、買わせるもんもないよ!! ソラソラソラ、ソラ」

 ミドリと呼ばれた女性は、まるでゴミをかたずけようとするように(ほうき)を使って男たちの体を叩く。進の剣や銃に驚き半ば放心状態だった彼らは背中を叩かれるように逃げだす。

 そんな彼らの背を見ながら、呆れたように溜息をついた進は、剣を振りあげ、背中に戻す。するとどうだろう、驚くことに剣の姿が再び消えた。

 俺は聞かずにはいられない。というより、懐にもどした銃といい警察署にひきずり込みたい気分である。

 「進くん!」

 金田一もまた同じ意見らしい。面倒みるようになって一年、こいつも刑事らしくなって……

 「デザートイーグルの片手撃ちなんて危ないよ!」

 「そこじゃねぇだろうが!!」

 「っぃて!?」

 金田一の阿呆の頭を殴りつけ、たしかにな、と他人事のように呟く進をキッとにらみつける。

 「進……お前」

 「日本じゃ銃は御法度なことは知ってるよ。でもまぁ、ここはソドムだしな。それに俺の仕事にはどっちも必要なんだよ」

 「進くん、デビルハンターでもしてるのかい?」

 「あんなスタイリッシュな家業やれねぇよ。それに弾は有限かつ弾代金も馬鹿にならない。毎月、金に困る日々だよ……それに、悪魔の相手だけじゃないしな……」

 最後の部分だけ、小さく呟かれたので聞き取れなかった。いや、そんなことよりも……

 「はいはい! 止めな」

 さらに追及しようとする俺を止めるように割って入るミドリ。彼女は値踏みするような眼差しで俺を視た。

 「あんた……あんたらは刑事さんだね? やめときな、こっちと日本に国境引いたのはそっち。こっちの事情に言う権利はないよ」

 俺と金田一が刑事であることを一見で看破したミドリに俺は驚きを隠せなかった。そんな俺と変わらぬ歳であるはずの彼女は年下の子供をみるような柔らかな目付きで諭してくる。

 「あんたの年ならわかるだろう? こっちは銃器を扱う奴らから変態じみた殺人鬼なんてざらにいるんだ。自己防衛の武器ぐらい誰でももってる……まぁ、この子の持ってるへんてこな剣は珍しいけどね」

 「……だが」

 「まっ。むりやり納得することないかね。私らはあんたらが住んでた土地の上に住ませて貰ってる無法者の言葉だ、気にすること無いよ」

 苦虫をかみつぶした顔をしていた俺に、同じような苦笑いをしながら、ミドリはふりかえり、道に並んだ家のシャッターを持ち上げる。

 すると次々に立ち並んでいた家のシャッターが開いて行く。閑散としていた大通りは人が溢れだし、光が溢れる。

 「これは……」

 「これはソドムの名所の一つ。“市”さ」

 ミドリが市というのも頷ける。道に並んだ店や道のど真ん中に開かれた露天などが客を呼び、どれだけ自分の店の商品が上をいくのかを大声で叫び、それを生き生きと眺める多種多様な人種の客たち。どれだけ値切れるかの交渉や、和気藹藹とした雑談などが響く光景はまさに市場という名がふさわしいだろう。

 信じられなかった。ソドムという場所の見方が百八十度変わっていく。

 「勘違いしちゃいけないよ、刑事さん。この市は結構住人がしっかり決まりごとを守っているから平和だけどね、ここから先のソドムにはそれなりに危ない場所がたくさんあるんだ。だから、あんたの見方は変えちゃいけないよ。命が惜しいならね」

 「……ええ。ご忠告に感謝します」

 「でさ、あんたらはどこに行こうとしてるんだい?」

 八百屋なのか、野菜を棚に陳列させながらミドリはこちらを見ずに質問してくる。

 だが、俺達は言うことができない。

 ここに連続殺人犯がいます。などとは口が裂けても言えん。

 「とりあえずはおカミさんのところに行こうと思ってる」

 答えたのは進だ。

 「え、おカミさん? 情報屋ならハジさんじゃの所に行かないのかい?」

 「お断りだ。アイツに頼ったらどんな遠回りをさせられるか。それに今回の仕事はアイツが仲介人だから行けないよ」

 「あんたホントにハジさんが嫌いだね。そうだね、じゃあコイツをオカミさんに届けておいてよ。いつものお礼だって、言ってね」

 「報酬は?」

 「トマト三つ」

 「了解した」

 そういってビニール袋いっぱいに詰め込まれた野菜を受け取ると、同時に渡されたトマトをこちらに放り投げてきた。

 大きく、形のいいトマトである。見た目からうまそうな赤を見ているとビールが欲しくなったが、堪えた。

 じゃあね、と快活に言って店頭で、他の店と同じように元気よく声を張り上げて人を招くミドリ。

 それを一瞥し、進がこちらを振り返って行こうと合図をだす。

 トマトをかじりながら、市の雑踏にまぎれ、堂々と歩いてく。

 ミドリの忠告を守り、注意をはらいながら進んでいく。

 トマトは果実と間違うほどの甘さと旨味があり、噛り付くたびに気を抜いてしまうほどだった。

 ここがソドムであると忘れてしまうほどに。


 

 6



 市がソドムの光の部分だとするならば、ここは闇の領域だろう。

 夜の歌舞伎町を想わせるネオンの光に、ピンク色がやけに多く目だつ歓楽街。

 その光にまぎれて、人を陥れようとする暗闇からひっそりと獲物をとらえようとする人の目がある。

 進はここを第18区。ソドムの中でも指折りの抗争と快楽と陰謀が渦巻く危険地帯だと簡素に説明してくれた。

 ここに情報屋がいるらしい。

 進はネオンが溢れる道から横道に入る。たったそれだけで薄暗い道に変わる。それだけで先ほどの道が恋しくなるほどだ。

 二人が並んで歩くには窮屈な道幅を進を先頭に縦に並んで歩く。歩いていく途中で建物の隙間から何度か目をこちらに向けられたが、その視線が進を捉えた瞬間に道行く全ての人間と引きずり込もうとたくらんでいたであろう人間たちは全力で目を逸らした。……よほど、この先頭を歩く青年が怖いらしい。

 そんな数分の後に一見の店の前に到着した。

 店の外観は、言っては悪いが汚い。紫色のライトで描かれた“オカマバー (ジョウ)”の文字が燦然と来るものを一歩後退させ、木製のドアがあるだけで中が見えないこの魔窟がそこにはあった。

 自然と汗がこみ上げる。金田一に至ってはなにかトラウマでもあるのか、必死に尻をかばっている。

 「こ、ここにいるのか?」

 「ああ」

 「ここに入らなきゃ行けないの? 進くん」

 「まぁ……金田一さん、ケツのことは安心していい。ここはバーだぜ。そういう店じゃねぇ」

 「そ、そうなの?」

 「ああ。……まぁ、店主はそっちもいけるらしいけどな」

 「ひぃぃ!?」

 「もういい。行くぞ、お前ら」

 勇気を出して、ドアを開ける。ちなみに俺もこういう店は初めてだ。

 ちゃりん、ちゃりんと耳障りではないほどの鈴の音が鳴る。

 ドアの向こうは……割と綺麗であった。

 木製を主体に構成される部屋にヒノキの香りが漂い、不快にならない程度の明かりがともっている。

 雰囲気としては好みである。とくに店内に流れる古い年代ジャズがいい。

 店の奥には大人数用のソファー、手前にはカウンター席。そのカウンター席の奥から色気を全開に広げたようなド派手なピンク色の和服を着た熟女――――のような、男性が現れる。

 「いらっしゃい……あら、ここは初めてね? この場バーの経営者兼一人のオ・ン・ナ、上条(かみじょう) 輝弥よ」

 ド派手なオレンジ色のセミロングヘアー(たぶん、カツラ)をかるく掻き分け、よろしくね、とウインクかまされた。俺に続いて入店した金田一も恐ろしい魔のウインクの餌食となったようだ、涙目になっている。

 「いや、早く進んでくれよ。オカミさん、今日はいいかい?」

 「あらぁ~ん、進クン!! いらっしゃい。大丈夫よぉ、大歓迎! ヒメちゃん~、お冷三つお願いね」

 おカミさんの声に応える声がバックから聞こえ、数秒後に見ただけで冷えているとわかるグラスと冷やされた水が入った容器をのせたお盆を持って、小さな女性が現れる。

 いや、小さく見えたのはその女性が車イスに乗って現れたからだ。

 意外と座り心地のいいカウンター席から覗ける限りでも女性の美しさは見てとれた。

 黒に近い深い緑色のクセひとつない長髪を半ばで髪留めで束ねた色白の美人であった。日本人ではないと初見でわかる引き込まれてしまいそうな翡翠色の瞳を持つ彼女は一見地味なワイシャツにロングスカートという衣装ではあるが、それを無視してしまえる美しさと胸のふくらみを有していた。

 ほのかな優しさを感じさせるタレ目で作る笑顔に、早くも隣に座っている金田一が一目ぼれしているようで、熱いまなざしを向けている。

 「ありがと、ヒメちゃん」

 オカマということを抜きにすれば、誰もが心を許してしまいそうな笑顔でグラスと水を受け取り、おカミが目の前で入れた水をこちらに差し出す。

 「どうぞ。ごゆっくりしていってもらいたいんだけど……急ぎの用みたいね」

 ハッ、となって俺は目の前のオカマの目が先ほどの笑顔とうって変り、真剣なまなざしであることに気がついた。……この女? 俺たちの身分を知って……

 「そんな怖い顔しちゃ、やぁ~よ。別に東京の刑事さんがソドムに来てもなにも問題はないわ。むしろ歓迎よ。大変ね、あなた達も」

 そう言って俺達を見回すおカミは、未だにバックに戻ってしまったヒメと呼ばれていた女性に未練があるのか、覗き込むようにバックの入口を見つめていた金田一に目をやるとおもしろそうに目を弧にした。

 「あら、金田一ちゃんはヒメちゃんにもうゾッコン?」

 「へっ? あ、ち、違いますよ~。なに、なにいってんすかボウ」

 「……話ながら水飲むなよ……。それよりも金田一のことまで」

 「そんなにない話じゃないでしょう? あなた達は有能ですもの。入口付近でソドムの情報屋には完全に知れ渡っていたわよ?」

 クソっ、と心で悪態をつく。あまりに簡単に入れたためにソドムの情報網を舐めていた。

 未だにのぼせ上ってしまっている金田一と警戒を強めた俺を置き去りに、進が手にした袋をおカミへさしだす。アレはたしか市場でミドリに渡された野菜。

 「これ、ミドリさんからのお土産。いつもお世話になっているからっ、てさ」

 「まぁまぁまぁ!! ありがたいわね。ミドリさんも義理がたいんだからぁ」

 本心からあの恰幅のいい女性からのお土産によろこんだおカミは野菜をバックにいるヒメに収納をまかせた。

 カウンターの後はカーテンで閉め切られており、その奥はバックと繋がっているらしくカーテンから向こう側へと野菜の袋を手渡した。そのためヒメが出てくることを期待していた金田一は溜息ついた。

 「金田一ちゃん、始めに言っておくけどヒメちゃんには心にきめたオトコがいるのよ」

 「なっ!!?」

 本当に一目ぼれしていたのか。俺と金田一の隣に座った進は無言で、泣き崩れた金田一の背を叩く。

 そんな金田一を見るおカミの顔はなぜか若干赤い。

 「かわいそうな男子をみるとつい、新たな世界への扉を開いてあげたくなるのよねぇ」

 「俺の部下に新たなスキルを構築しないでくれ。それよりも彼女……女なのか? ここはオカマバーじゃないのか?」

 「ここはオカマがやってるバーっだけ。だから、女が働いちゃいけない道理はないわ。それに私があの娘を気にいったから働いてもらってる、それだけで十分でしょ?」

 最後にウインクかましたおカミに俺はどこか好感を抱いた……そっちの意味じゃないぞ。

 俺はこの女……いや、オカマなら信頼に値するとして、いくつかの資料を取り出しテーブルに広げた。

 その中の一枚の写真をつまみ上げる。写っているのは一人の男。それもシマシマの囚人服を着て、名前と時間がかかれたボードを胸に掲げた姿で写っていた。

 「こいつの名前はオリバー・カーンズ。外国で事件を起こし掴まり、刑務所から脱走した男だ。こいつを俺達は探している」

 その写真を見て、おカミは目を一瞬逸らしてから、こちらに質問に答えた。

 「このイイオトコの居場所を知りたいの?」

 「なにがイイオトコだ。自分の母親を殺した極悪犯じゃねぇか」

 俺はグラスを口につけて傾ける。

 「イイオトコよ。わかるわ。だって彼、ここの従業員だったもの」

 「っ!!!? ゴッ、ホォ!?」

 「あら、芸術家なむせ方ね」

 「ちょっ、まっ。オリバーがこの店に来てたんだですか!?」

 俺と金田一が共に驚くのを楽しげに笑うおカミ。

 「ええ。なにかおかしい?」

 「それを知っててなんで!?」

 「知ってるから? 私は警察じゃないし、日本国籍もないから、協力に尽力しければならないこともにんじゃない?」

 「あんたはっ!! コイツがなにをしたのか、わかってんだろうが!!」

 「あらぁ、明智さんの怒った顔ってキャワイイわね。食べていい?」

 「ダメに決まってんだろ!! 俺は妻子持ちだぞ!!」

 「もう過去形じゃない。ダメよ、勝手に現在進行形で語っちゃ」

 ぐっ、と椅子から立ち上がり、フラついた。事実だ。妻は家庭をないがしろにした俺に愛想を尽かし、俺と同年齢の男と(しかも金持ちで、恐ろしいほどいい奴)再婚した。しかも、大学生となった一人娘は俺の味方にはなってくれず、あまつさえ二人の再婚を応援した(たまに家に顔を見せてはくれるが)。

 残ったのは、ローンを組んでまで建てた誰もいないだだっ広い一軒家だけ。四十過ぎたオヤジとなっていた俺一人には持てあますとして、最近家にいずらいという金田一に部屋を貸している始末だ。

 その事実に目まいを突き付けられ目まいを膝をついた。

 「ぁあ! 先輩しっかりしてください!! ひどいっすよ、先輩だって家族のために頑張ってたのに。甲斐性なしなだけだったのに!」

 金田一、あとで殴る。

 それにこの程度でへこたれるものか! 刑事魂なめんなよ!

 「あ、元奥様。新しい旦那様と第一子できたらしいわよ」

 「店長!! 酒持ってこい!! もうなにもかも忘れるぐらいな強いのをな!!」

 「先輩! 今、仕事中でしょ!?」

 再びカウンターに戻った俺たちを冷えたジョッキのビールが出てきた。黄金色のそれを俺は一気に飲み干す。

 「あら、いい飲みっぷりね。もう一杯いかが? それを頼んでくれたらあなた達のほしい情報ではないけれど、彼のこと話してあげるわよ?」

 「よこせ! でっ? どんな話だ?」 

 「ふふふ、乗ってきたわね。金田一ちゃんは?」

 「あ、スイマセン。俺は酒は……」

 「じゃぁ、ミルクでいい? いいのがあるわよ? 進クンは?」

 「同じので」

 「毎度ぉ」

 そう言って背後の冷蔵庫からミルクを冷えたグラスに注ぎこみ、金田一と進の前へ出す。それを呑んだ二人は同時に驚く。あの仏頂面の進まで驚かすとは、相当美味(うま)い牛乳らしい。

 俺はジョッキの中身を半ばまで減らすと、待っていたおカミの話を聞く。

 「いい? 貴方たちの探してるオリバーはここで働いていたわ。朝から別の場所で働いて、それから晩までココで働いていたわ。危ないのもあったけれど、血を流すモノはなかったわね」

 「逃走資金でも集めていたのか?」

 「違うわ。……借金返済かしらね」

 言葉を若干濁すおカミ。何かを隠しているのかとも思ったが、違う。その溜息は呆れの感情が詰まっていた。

 「その話は、まぁ、置いとくわ。それとね。あの人は脱獄して追われているけれどね、それは冤罪なのよ」

 「なに?」

 「濡れ衣よ。濡れ衣を無理やり着せられたのよ。彼は母を殺してはいない。殺したのは彼と母親が住んでいた街の市長とその息子よ」

 俺はおカミから出された真実に言葉を無くした。妄言や彼への良心からの嘘かもしれない、集中して聞こう。

 語るオカマがこちらに了解を取る様にタバコを吸う仕草をした。俺はそれに頷くと、おカミはタバコに火をつけ、一服をとる。話す側も思うところがあるのだろう。演技ではない、怒りの感情を押し殺すような無表情で話を続ける。

 「オリバーのお母様は綺麗な人でね。嫌がらせみたいに市長の息子が言い寄ってたのを近所の住人が目撃していたわ。だけど誰も彼を止められなかった。なにせ市長の息子。もし抗議でもして街を追い出されたら、それこそ死よ。明智さん、あなた世代ならわかるんじゃない?」

 問われた質問の意味は理解できた。オリバーは大戦中に逮捕されたと記録にあった。第三次世界大戦は死者が少ないことで有名だが、それは過保護とすら言えるシェルターの普及などがあったからだ。街が隣り合う日本ならまだしも、オリバーのような外国の片田舎では移動が必要のはずだ。人への被害が少なく大したことはないように思われがちな戦争だが、実際はどれだけ被害をもたらすか徹底的に追及された最新兵器が飛び交い、戦場以外への被害がとても多くあったと聞いたことがある。

 街から追い出されるということが、死と直結する世界。その街のトップということは支配者に等しい権力を有すると同義なのだ。

 俺は戦時中に生まれで、ソドムができた空襲を経験しているからわかる。

 あの戦争は異常だった。誰が敵かもわからなくなり、今思い出しても、敵がいたのかすらわからないのだ。敵が見えず、毎日テレビで報道される情報はどこが破壊されたかで占められ、終わりがないのではと思った夜もあった。

 なにより異常だったのが、日本が戦争終盤まで戦争被害が一切なかったこと。そして、戦車などの装甲兵器が普通に“歩兵”に倒されるという噂があった。

 そんな世界に身ひとつで追い出されると考えた瞬間、背筋が凍った。

 「犯行当日、オリバーは家に帰ると母が犯された後の姿で殺されていたのを発見した。彼は声高に市長の息子が犯人だと叫んだけれど……結果は、彼が犯人にしたてあげられてってことね。裏で息子を庇う市長の姿が眼に映るわ」

 「そんな……」

 金田一がやりきれなさそうな声をあげる。進は、黙って話を聞いている。驚いた様子もないことから、外国ではザラなことなのだろうと推測した。

 「彼の裁判をまともに受けることなく刑務所へ入れられてから、数年後に大規模な脱獄が起きてね。それに便乗する形で逃げて、流浪の旅の末に“日本に”流れいついた」

 「日本? ソドムじゃないのか?」

 「間違ってないわ。彼は始め日本の新東京へ流れ着いたの。ここからが本番よ……彼を日本に招いた仲介者、それが――――」

 「――――お上さん。ここからは私が、話します。いいえ、話させてください」

 本番という言葉に耳をさらに傾けた俺達に、ここからの語り部をすると名乗りをあげたのは……

 「……ヒメ、さん?」

 はい、と車椅子に乗ってやってきたヒメは、顔を伏せ、だけれども目でまっすぐこちらを見つめて左手をあげる。

 その左手の薬指には指輪。銀に輝く飾り気のないリング。ソレが示す事実は……

 「私はヒメ・カーンズ……オリバー・カーンズの、妻です」

 小鳥のような小さな、けれど異様にはっきりと聞こえる幼さを感じるソプラノの声。

 俺は驚愕の事実に驚きに目を剥き、金田一に至っては失恋云々の精神的ショックで椅子から転げ落ちた。

  


                                    (後)へ続く



 この小説から見ていただけた方、本編であるcon-tractを呼んでからここまで来られた方、桐織 陽という者にございます。

 この物語は私の書いているアクションものの小説(ライトノベル傾向)であるcon-tractの短編集でございます。時間軸は大抵説明していこうかと思いますが、この前後編にした短編はある事情から後篇で時間軸を明らかにしますので、ご了承ください。

 短編と書いておいてやっぱり四万字オーバーしたので前、後編で投稿することになりました。基本、こちらは四万字で押さえていこうと思っていたのに……

 あと、このcon-tract //outは基本ギャグにしていこうと考案しています。しょっぱなからシリアス風味でしたが……


 では後編でお会いできることを願って。ここまで読んでいただけた方々に感謝を――――


                       桐織 陽



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