自傷と依存の少女事故
自傷と依存の少女事故
長い髪はキレイだって言うから伸ばした。二つ結びが似合うというからいつもそれで、髪留めは彼女が誕生日にくれたものだ。それがあたしだった。
何かする度に小さなことでも感謝して誉めて、そんな彼女があたしは大好き。
手が伸ばされて、頭をなでられると頬が熱くなったけど照れ隠しのようになんで撫でるの、とぶっきらぼうに尋ねる。ちょうどいい位置だったから、と真顔で返して、苦笑気味にごめんと手を引っ込める姿が愛おしくて。
小さな胸がドク、ドク、と主張し始めるのをその背を見ながら隠した。でもたまに、離れていく手に縋りたくなって、「高鳴れ鼓動!」と胸中に叫んだ。
それでも届かない。それとも届いてるのかな。届いて、知らないフリ?でもあたしも知らないフリだ。
苦しそうな瞳に宿る秘密の色は残酷に胸を刻むけれど、真正面で向かい合って剣をつきたてられたわけじゃない。
「……ねえ」
「何」
廊下。放課後。一歩下がって歩く私の前でアコが歩みを止めた。
届かなかった背に、手が届く。後もう少しで……
「あんたはかわいいからさ、――もう、一緒にいたくない」
「――え?」
自然な、いつもの会話のはずなのにノイズが混じる。それは不協和音で、そんなものは二人の間には絶対ないはずのもの。
夕陽に影となり、アコの顔が見えなかった。急激に遠ざかった背に、届くはずの手は空を掻いた。空気を裂くことしかできない。
「カレシ、取られて黙ってるほど笑ってられるほど神経太くないんだよ」
「カレシを取った?ナニソレ」
何の話だかわけがわからなかった。
「とぼけないで。橋村も柳瀬も永川も……次はエイスケまで取るの?」
「アコちゃん、カレシいたの?」
カレシ、かれし、彼氏。列挙した名前がアコの彼氏だというのか。……可笑しい。そんなはずはない。ありえない。
「何言ってるのよ!あんたに紹介した奴ら、全員寝取って!」
「あたしが寝取る?」
本当に、変だ。
今日のアコはちょっと、変だ。体調でも悪いのか。それとも風邪か。いきなり何を言う。
「橋村くんも柳瀬くんも永川くんも、ただのお友だち。カレシじゃないし、親しくもないのに」
全く、見当違いも甚だしい。
クラスメイト?同級生?そんなものがどうしたというのだ。私とアコの間には全く関係のない他人だろう。何故、二人でいる時にこんな話しをしなければならないのか。
「それに、あたし、好きな人いるから」
瞳を合わせて、笑う。
この気持ちがほんの少しでも届けばいいのに。
「寝たんでしょ」
でもアコはツレナイ。
「寝てないよ。触ってあげて触らせただけ」
「……何でそんなことするのよ、あたしに恨みでもあんの!?」
「恨みなんてないよ!」
本当に、何を言っているんだろう。さっさとこんな会話を終わらせて家に帰ろう。そうすればアコは治る。
私がアコを恨むはずがない。
「ただ羨ましかっただけ。だって彼ら、アコちゃんに触ったんでしょう?」
酷く、羨ましかった。妬ましかった。
「あたしの知らないアコちゃんを見た。あたしの触ったことのない場所を触った。だから、あたしも、間接的に触って間接的に見た」
アコは私のすべてだ。
ずっと一緒にいて、ずっと一緒にいるのだ。
「ケイスケくん、いい子だね。私のためにね、カメラ、見せてくれるんだよ。場所や時間も教えてくれて。やっぱり、羨ましいけど彼ならあたしも楽しめるし、いいかなって見逃してあげてたんだ。三人はちょっと懲らしめたらすぐに従順になっちゃってすぐばれたからね」
「あ……」
「アコちゃんの気持ちよさそう顔、思い出したら、体熱くなっちゃった」
「いや――」
「ねぇ……アコちゃん、一緒に、気持ちいいこと、しよ?」
「いや――ああ、あ……いやあああああああああああ!」
ユウカは、昔は普通の女の子だったと思う。それが歪んだのはいつだろう。
妄想壁、空想家。何でもいい。とにかく、そんな風に言われるものを身のうちに抱え込んでいた。それが露見したのか、自ら漏らしたのか。……私が知り合ったときには既に、ユウカは壊れていた。妄想から自傷へと走る。
屋上で飛び降りるのを阻止したのから始まった友情“ごっこ”は、私に依存するユウカの過剰な行動によって終わった。
ナイフを持ち、追いかけてきたユウカを、事故とはいえ、死に至らしめた。それは、私の罰だろうか。清々すると思ってしまう私へ、けれど罪悪感が付きまとう。
ユウカは、最後の最後で願いを成就させた。私に、ユウカは一生付きまとう。死んでも、まとわり着いて、“ずっと一緒だ”。