砂の星
1
遠くに長い尾を引くハーレー彗星が見える。
体がだいぶ軽い。巡航速度に入ったようだ。いま飛びたったばかりの地球はもうすでに見えない。かわりに、広い船窓いっぱいに銀河が深々とたたえている。
地球――俺は、心の中でつぶやく。そう、地球――俺の故郷の星。俺にとっては、特別な感情のある場所だ。でも、俺はこの星を捨てた。俺の過去とともに。もう二度と、戻ることはないだろう。そして、それで、いいんだよな―――。
俺は、星の海のなかで、ひときわ明るく輝いている太陽に視線を移した。あの星の向こう側を今、一つの惑星が回っている。惑星ヘスティア――砂の星。それは、地球と同軌道上を回る星だった。でも、永遠に、地球と巡り合うこともない星だった……。
太陽を挟んだ地球の対照軌道上に、新しい惑星が発見されたのは、二十世紀の終わり頃だったという。この、後にヘスティアと名付けられた太陽系第一〇番惑星は、いろいろな意味で地球と酷似した星だった。
まず、この星には、大気があった。それも地球のそれとかなり類似した組成のである。いくらか気圧が低いものの、人間が宇宙服なしでも何とか暮らせる程度の環境だった。さらに驚くべきことには、地球の植物や下等な動物にあたる生物も存在していた。重力や気候、地質なども、地球と大差なかった。
ただ、一つだけ、この星が地球と違っていることがあった。それは、この星の表面が、一部のオアシスを除いて、ほとんど何もない砂漠に覆い尽くされている事だった。めぼしい資源もなく、農業にも適さないのでは、あまり開発するメリットはなかった。この星が発見されてから今まで、五十年以上にわたって入植が見送られてきたのも、ひとえにこの砂漠のせいだったのだ。
ヘスティアの発見された当時、人類はまだ、月に宇宙基地を作ってすらいなかったという。それから五十年の間に、人類は、月、火星、金星軌道、小惑星帯へと順次進出していった。そして今、ついに、ヘスティアへの第一次入植が行われようとしている――。
俺の家族はみな、この前の大戦で死んだ。そして、俺の愛する人――涼子も。俺だって日本に残っていたらおそらく助からなかっただろう。
俺が、今回の第一次入植に参加しようと決めた最大の理由は、家族と涼子の死だった。もともと俺は、公害と戦争と人類のエゴに満ちあふれたこの地球という星が好きではなかったし、だれも身寄りがなくなってしまった以上、もう、一人でどこへ行こうが自由なのだった。
俺がヘスティアに行こうと決心した理由はほかにも二つある。
一つは、昔から宇宙に憧れていたから。そして、もう一つは、自分の手で何かを成し遂げてみたかったから。
地球にいれば、俺は、戦争年金で働かなくとも食べて行くことが出来る。でも、すべてを失ったうえに、このまま地球で朽ち果てて行くのはいやなのだ。だから、俺は、あえてヘスティアを選んだ。前人未到の世界に踏みだして行くのであるから、きっといろいろな経験があるだろう。もちろん、苦しいこともたくさんあるだろうし、命を落とすことになるかもしれない。でも、それでいいのだと思う。その方が、忌ま忌ましい過去を思い出さないですむし――それに、死んで涼子のところへ行くのも、悪くはないだろう……。だから――。後悔はしない、絶対に。
ふと、船窓を見上げると、月の街並みが既に視界に入っている。それらは、ここからでは、まるで月の表面に生えた苔のように見えた。
苔――そう。人類なんて、この宇宙から見れば、所詮はちっぽけな苔みたいなものなんだ。そう考えると、ちょっと悲しいが、すごく気楽にもなる。まあ、苔は苔なりに、頑張ってみようじゃないか。だから。
後悔はしない。絶対に―――。
2
「まもなく、月のニューホープ・シティに到着します」
アナウンスが告げる。今では月なんて目と鼻の先だ。
船内の大スクリーンに、ニューホープ・シティが写しだされる。その銀白色のドームは次第に大きくなって行き、やがて一角にスペースポートがみえてくる。軽い衝撃とともに着港する。
俺は連絡シャトルから降りた。スペースポートを出ると、そこはちょうどニューホープ・シティの中心街だった。
林立するデパートや官庁のビル群。その間を縦横に走るムービングロード。まるで、俺の故郷のトウキョウ・シティと変わらない景色。ただ、重力のせいで体が軽いのと、空が半透明のドームに覆われていることだけが違っている。
俺は西の方へ向かう高速ムービングロードに乗る。ヘスティアへ向かう船は、明日、この街の外れの大型船ポートから出航する予定になっている。今日中に行って、搭乗手続きを済ましておく必要があった。
道の両側の街路樹が、きもちいい位のスピードで過ぎ去ってゆく――。
と。その時だった。
ドーンと大きな音がして、五つくらい先のビルの窓から煙がふきだす。ガラスの破片がきらきらと舞い散る。
次の瞬間、ムービングロードが急停止する。
そんなことは全く予想していなかった俺は、派手にすっころぶ。そして、そのまま前に放り出される。
「きゃっ」
がっしゃーん。そんな派手な音をたてて、俺は、前方にいた人と衝突。ころがる。
「すいません。大丈夫ですか」
女性だった。俺と同年代くらいの。いや、俺よりちょっと若い。二十歳位だろうか。
「え、ええ。――でも、荷物が」
見ると、俺と彼女のもっていたトランクが両方とも開いてしまって、中身が道にまき散らされていた。――さっきの派手な音はこれだったのか……。
「はやく拾わなくちゃ。急がないと、また道が動きだしちゃうわ」
「ええ」
俺と彼女は、いそいで道に散らばった物をトランクに詰め込む。適当にやったので、二人の荷物が混じりあっているかもしれなかった。
ようやく荷物をひろい終わったとき、前方のビルで再度の爆発が起こる。
「あれは、軍の情報局のビルだわ。――テロかしら」
そのとき、ビルから三人組の男が飛び出してくる。みなサングラスをしている。手に持っているのは――レイガン!
続けてばらばらと制服を着た軍人たちが現れる。一人の叫ぶのが聞こえる。「撃て」
「危ない!」
俺は反射的に彼女を抱きかかえると、路側帯のくぼみの中に飛び込んだ。俺の肩を、レイガンの光線がかすめる。ジャケットの焦げる臭い。
目の前の道路標識が一つ、粉々に砕け散る。あちこちで着弾音。
三人組は、軍人たちと激しい撃ちあいをしながら、まだ動いているムービングロードに乗って逃げていった。
ようやく撃ちあいがおさまったのを確認してから、俺は、おそるおそる路側帯をはいだす。
「なんてひどい連中だ。殺す気か」
口の中がからからに乾いている。
「……」
彼女はしばし呆然としていたが、やがて口を開く。
「――ありがとう。おかげで助かりました」
にっこりと微笑む。――美しい人だ。そして、ちょっと心配そうに、
「あの。肩の傷だいじょうぶですか」
見るとジャケットの肩に穴が開いている。でも、体の方はなんともなかった。それにしても、逃げるのがちょっと遅れていたら、と思うとぞっとする。
「これは平気です。それより洋服を汚してしまって……」
彼女の着ていた水色のワンピースは、泥や塵がついて随分汚れてしまっていた。
「いえ、いいんです、そんなこと。あなたは命の恩人です。本当にありがとう」
その時、警告音がなって、再びムービングロードが動きはじめる。
情報局前を通過するときはちょっと恐かったが、別に何も起こらなかった。軍人に文句を言ってやりたかったが、テロだったら関わらないほうがいいと考えて、我慢した。
彼女とは、二つ先の交差点で別れた。お互い、名前すら聞かずに。
おそらく、再び会うことはないだろう。でも、この時のことは、二人とも生涯忘れられないに違いなかった。
3
次の日、俺は、ヘスティアへと旅立った。
ヘスティアへの移民船は、予想に反して最新鋭の大型客船だった。きっと「ぼろ船」に違いないと思っていた俺にとっては、ちょっとうれしい誤算だった。船内にはレストランやラウンジ、娯楽施設などもあった。しかも自転式重力発生装置や加速度緩衝装置を搭載しているので、全然宇宙にいる感じがしない。こんな大型船に乗ったのは初めてだったので、これは驚きだった。
まわりがざわざわと騒がしい。
俺のいる船室は、二十メートル四方くらいの吹き抜けになっている。壁の一面がロッカーになっていて、人々は思い思いの場所に陣取っていた。百人程度の人々にとっては、十分すぎる広さだった。
入植者には、いろいろな人がいた。ヘスティアで一旗揚げてやろうという感じの輩――彼らはたいがい一人だった――もいたが、家族連れの入植者も結構多かった。妙齢の夫婦がいるかと思えば、なんだか思いつめた顔をして、駈け落ちをしてきたんじゃないかと思われる若いカップルもいる。
本当に、ありとあらゆる種類の人々が、雑然と同居している。
こんな状況を見ているうちに、俺は何だか寂しくなる。自分が独りなんだということを妙に強く感じてしまう。俺は、こんな思いを打ち消すように席を立つと、ちょっと早いが夕食を食べにゆくことにした。
時間が早いので、レストランはまだ空いていた。いちばん安いセットが十二ドル。結構高い。
夕食をすませると、俺はあてもなく船内をぶらついてみる。
ニュースボードがあったので、昨日の事件を検索してみる。軍情報局で爆弾テロ。三人組の犯人逃走――やはりテロだったのだ。月にも、地球上の国家間の対立を反映して、自由主義国家連合と、民主共和国連邦の二つの勢力があった。ニューホープ・シティは、自由主義国家連合最大の都市だった。記事によると、犯人は、民主共和国連邦のスパイの可能性が極めてたかい、とのことだった。地球上の争いごとを、宇宙に持ち込んでほしくはなかった。
俺は、昨日のニュースをプリントアウトして、ニュースボードを離れる。と、
「あれ。あなたは」
昨日ニューホープで逢った彼女にばったり出くわす。かなりの驚きだった。
「あなたもヘスティアに行かれるのですか」
「ええ」
考えてみれば、ヘスティア行きの船なのだから、当たり前のことだ。
「昨日はありがとうございました。まさか、こんなところで会えるなんて。――でも、会えてよかったわ。あの、岩崎和広さん、ですよね」
「そうですけど――どうして俺の名前を?」
一瞬、緊張する。
「実は、昨日ぶつかったときに、あなたの荷物がトランクの中に紛れこんでしまったらしくて。それに名前が書いてあったんです。大事な物だと思うんだけど――気が付きませんでした?」
そういって、くすっと笑う。
「いいえ」
「今ちょっと部屋まで取りにいってきますわ。よかったら、そこのラウンジあたりで待っていて下さらない?」
彼女はそう言うと、小走りに駆けてゆく。
俺がラウンジで待っていると、彼女はまもなく現れた。俺と向い合わせに座る。
「これなんだけど」
といって差し出したのは、小さなセカンドバッグだった。俺は思わずぎょっとする。あれはたしか貴重品を入れておいた筈の……。
バッグをあけてみると、案の定、俺の預金通帳が出てきた。地球にあった全財産を金にかえて預けてきたのである。四百万ドル以上は預けてあった。通帳の間には、一枚の写真がはさまっている。それは、たった一枚だけ俺が持ってきた写真だった。涼子と野辺山へ行ったときの思い出の写真。忘れたいけれど、忘れたくない思い出の……。
それにしても、よりによって一番大事なものだけなくしていたなんて――。
「やっぱりそうだったんですね。かなりの大金が入っていたみたいだし、会えてよかったわ。それに、すごおく大事な写真も入ってたみたいだし」
茶目っ気たっぷりに。
「本当に大切な写真なんですよ。何てお礼を言ったらいいか」
「恋人なんですか」
「ええ。――でも、去年の戦争で死にました。東京で、ミサイル攻撃に巻き込まれて」
「――ごめんなさい」
「いいんですよ。もう、昔のことです」
そう言いつつも、涼子の面影が心をよぎる。いっそあの時一緒に死んでいれば――詮ないことだとは知りつつも、つい考えてしまう。
「俺の家族はみんな去年の戦争で死んだんです。その写真に写っている涼子も。それで、俺はヘスティアに行くことにしたんです」
「それじゃあ、一人で――」
「ええ」
彼女は何とも言えない表情をする。そして、
「戦争はよくないわ。戦争でいい思いをする人なんて誰ひとりいないのに……」
伏し目がちにする彼女の、睫毛の美しさにはっとする。
よくよく見れば、彼女は上品でとても綺麗な人だった。肩までのまっすぐの黒髪に、美しい黒い目は、彼女が最近少なくなった日本人の純系であることを物語っていた。穏やかな水色のワンピースも、彼女の雰囲気にぴったりと合っていた。
いずれにせよ、彼女はおよそ「移民船」などというものには相応しくない人に感じられた。
「あなたって、不思議な人ですね」
「えっ?」
「あなたがいると、この船がヘスティア行きの移民船だということを忘れてしまう。とても、そんなところへ行く人には見えない」
「……」
「あなたも、ひとりで行かれるのですか。あ――変な意味じゃないですけど」
彼女、くすっと笑って、
「わたしは、親戚の家族と一緒なんです。でも、ひとりみたいなものなんです。ちょっといろいろ事情があって」
いろいろ事情があって、か。
「あ、わたし、清川直美っていいます。よく考えたら、まだ自己紹介もしないで。ごめんなさい」
「岩崎和広です、って言わなくても知ってるんですよね。なんか変な感じだなあ」
「ごめんなさい、わたしがうっかりしなければ」
「いいんですよ。おかげであなたと――清川さんとも再会できたんだし」
言ってから、ちょっと気障だったかなあなどと思う。
「ありがとう。昨日の事といい、本当にありがとうございます」
そういって頭を下げる。
「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
彼女とは、これからしばらくして別れた。彼女の部屋は特等の 個室らしかった。俺も金さえ払えばコンパートメントに泊まれたのだが、これから砂漠の星へゆくのにわざわざ個室に泊まることもないと思って二等の雑居部屋にしたのだった。
俺は、自分の部屋に戻ってからも何となく浮かれた気分だった。ひとりのはずが、予想外の仲間ができたことが嬉しかった。恋、というのとはちょっと違った。俺も、涼子のことがなければ彼女のことを好きになっていたかもしれない。だが、死んだ恋人を忘れるには、一年の歳月はあまりに短すぎた。ただ、彼女はきれいな人だなあと率直に思っただけだった。
4
二日後、船は火星に到着した。
火星は今、地球にだいぶ近いところに位置していた。(公転の関係上、遠いときにはヘスティアよりも向こうへ行ってしまうのである。)
船はここで最終寄港したあと、一路ヘスティアへと向かう予定だった。何でも、ここで開拓の為に必要な建築資材などを積み込むらしかった。
船窓からは、火星第二の都市アルノラグーンを見下ろすことができる。そのまわりには鉄錆色をした薄暗い火星の平原が、遥か地平線まで広がっている。処々に採鉱場と思われる小さな明かりが点在している。
火星には、自由主義国家連合の都市が十二ある。いずれも火星の豊富な金属資源を生かした鉱工業の町だった。他方、民主共和国連邦はこの星の開発については遅れており、小さな都市一つといくつかの鉱山を有しているにすぎなかった。
船の停泊時間は六時間。アルノラグーンへは連絡シャトルに乗ってゆかなければならない。正直言ってちょっと面倒臭かったが、折角生まれて初めて火星にきたのだし一応町を見物しておこうかと思い、出かける事にした。
軽い衝撃とともにシャトルは船を離れる。足下に見えるアルノラグーンの町は、ドーム全体が白く発光している。火星では地球より日射量が少ないので、ドームの壁全体が人工太陽になっているのである。その白い光の真ん中へと、シャトルは降りていった。
町ではいろいろな買物をした。考えてみれば、これから砂漠の星へ行く以上、これが地球文明と触れられる最後のチャンスなのだ。そう思うといろいろ買っておきたいものなどもあった。携帯用テレビを買い、バッテリーパックを買いだめた。少し贅沢をして、見晴らしのいい宙港タワーレストランで夕食をすました頃には、もう帰りのシャトルが出る時間だった。
船に戻ってから、何となく手持ち無沙汰だった俺は、ラウンジへ行くことにした。消灯間際でせわしなく行き交う人々を見ながら、何となくぼおっとしていると、清川さんに声をかけられた。
「こんばんわ、岩崎さん」
「こんばんわ――二日ぶりですね」
今日はポニーテールにして、カジュアルなワンピースをきている。
「まだお休みにならないんですか」
「ええ。何だか今日は眠りたい気分じゃなくって」
俺がそういうと、彼女は急に嬉しそうな顔をして、
「実はわたしもなんです。よかったら、そこのバーにでも行きません?」
彼女から誘われたのは、ちょっと意外だったが嬉しかった。
薄暗いバーの店内には、カウンター席が二十位あった。安くはないのでそれほど混んではいなかった。天井はガラス張りになっており、満天の星空が見渡せた。船の自転にあわせて、ゆっくりと星が流れて行く。
「何にいたしましょうか」
と、バーテンダー。
「じゃあ、水割りください」
「あ、わたしは、マルガリータを」
へえ、彼女も結構強い酒を飲むんだなあなどと思う。
俺が、今日アルノラグーンに行ったんですよなどと他愛もない事を話しているうちに、酒が出来てきた。小さな声で、乾杯をする。
「今日、地球でまた紛争が起こったの知ってる?」
彼女が口を開く。
「いいえ」
「さっき、ニュースで聞いたんだけれど、民主共和国連邦側にミサイルを打ち込んだんですって。この前のテロ――ほら、私達があったやつ――あれの報復で」
「そんな……」
「いよいよ戦争になるわ。それも、いままでになく大きな――」
そう言った時の彼女の目は、すごく真剣だった。
「いままでになく大きな?」
俺は、家族と涼子を失った、昨年の戦争のことを思い出していた。俺の故郷の日本は、自由主義国家連合の一員だった。アジアには民主共和国連邦側の国が多く、日本は最前線になり、東京は焦土と化した。あの戦争ですら何千万人が死んだか分からない。それ以上に大きな戦いがこれから起ころうというのか? まさか。
「地球での局地紛争なんて今までだっていくらでもあったじゃないですか。別に戦争に発展するとは限らない」
「そうであってくれればいいのだけど……。でも、地球の政治家たちは、今が民主共和国連邦を解体するチャンスだと思っているの。自由主義国家連合は、火星や小惑星帯の金属資源開発では圧倒的に先行しているでしょう。宇宙船技術についてもこの船を作れるぐらいの水準を持っている。あと十年すれば民主共和国連邦も宇宙開発で我々に追い付いてしまう。そうなれば、宇宙での全面戦争になるかもしれない。だから、今のうちに、地球上の相手方の主要国をたたいて民主共和国連邦を潰してしまおうと狙っているのよ」
「清川さん、あなたは、一体……」
「あ。今のは、全部、チャールズおじさんから聞いた話」
「チャールズおじさん?」
「そう。チャールズおじさんは、……政治家なの。地球の政治家たちのやり方に反対しているのよ」
チャールズおじさん――それが誰を意味するのか、この時の俺には解らなかった。しかし、彼女は一体何者なのだ?
「それじゃあ、これからまた去年のような戦争が起こるかもしれないのか――」
「そうでなければいいんだけど」
ここまで言って、彼女ははっとする。
「ごめんなさい。あなたに戦争の話をするなんて。わたしって最低。――ごめんなさい」
涙ぐんでしまう。
「いいんですよ。本当に、全然、気にしてないですから」
彼女に泣かれて、俺の方が困ってしまう。
「ごめんなさい。――でも、これだけは解ってほしいの。わたし、あなたのこといい人だと思ってるし、信頼してるし――好きだから。だからこそ、知っていてほしい。これから起るだろう大いなる災いについて。そして、わたしの心の重荷の一部でも、共有してほしい」
「………」
心の重荷の一部でも、共有して欲しい――その台詞の重さには、返す言葉がなかった。
しかし、正直にいって、彼女が心の重荷を背負っているというのは意外だった。たしかに、彼女はヘスティアへ行く人には見えなかったが、明るくて、綺麗な、普通の女の子だった。一体何が彼女を苦しめているのか。そもそも、なぜ彼女がヘスティアへ行くのか。俺にはそれすら解らなかった。
「もし、聞いてよければ――清川さん、あなたは、なぜ、ヘスティアに行くのですか」
「それは、今この場所では言えない。適当な作り話ならできるけど、あなたに嘘はつきたくないから」
そして、
「ごめんなさい、取り乱しちゃって。ね、楽しい話しましょうよ」
いつの間にか、もとの明るい彼女に戻っていた。実は、彼女はとても強い人なのではないかなあ、などと思うのだった。
清川さんと一緒にバーを出たのは、とっくに船内消灯時刻を過ぎてからだった。廊下には、非常燈の薄明りが点いているだけで、妙に静かだった。
俺は、彼女の事が心配だったので、彼女の部屋の傍まで送ることにした。
ラウンジの前をぬけ、特等船室の方へ向かう廊下は、けっこう長くて、両側が広い窓になっていた。薄明りのなかでは、無数の銀河の星々のなかを、二人で漂っているような錯覚におちいる。
「綺麗ね」
彼女が口を開く。
「あれが天の川かしら。あっちに見えるのが、ハーレー彗星ね。七十六年に一度来るという」
「ハーレー彗星には、昔からよくない言い伝えがいろいろあるらしいね。あの彗星が地球に近づくと、地震が起こるとか、飢饉になるとか、戦争が起こるとか」
「嫌なこと言わないで」
「ごめん。もちろん、俺もそんな迷信、信じてないさ」
そうは言いつつも、何となく嫌な気分がしたのは確かだった。
「わたしね」
清川さんは、ここまで言うと、一瞬言いよどんだ。それから、意を決したように、
「わたし、あなたに本当の事言おうと思うの。だけど、これから言うことは他の誰にも言わないで。約束してくれる?」
「約束する」
「それなら」
ここで、彼女は、一度ふうっという感じに息を吐いた。
「わたし、何て言うのかな、あの、清川グループの会長の娘なの」
!
正直言って驚きだった。彼女が普通の人でないらしい事はおよそ察しが着いていたが、しかし予想をはるかに超えていた。清川グループとは、月の三大メジャーの一つであり、太陽系中にたくさんの企業をもつ巨大なコンツェルンである。三大メジャーの中で唯一日系なのがこの清川グループだった。でも、そんな彼女が、何故?
「それでね、何でヘスティアに行くかって言うと、戦争から疎開するため」
「疎開?」
「そう。チャールズおじさん――チャールズ・ウィルヘルム月大統領は、わたしが小さい頃から可愛がってくれてたんだけど、もうすぐ地球で戦争が起こるから逃げろって言ったの。今度の戦争は、地球の奴らはとことんやる気らしいから、月にいても危険だって。ちょうどヘスティア行きの第一次移民があったんで、一年位この星に避難してるといいって言って」
「……。でも、それだったら、何で一人で」
「うちの父は会社を守らねばならないし、母も父と一緒に残ったの。わたしには兄が一人いるんだけど、兄は月の議員の一人で、チャールズおじさんと一緒に戦争が起こらないように努力しているの。要するに、わたし一人だけ逃げて来ちゃったって訳。親戚の中には家族ぐるみで避難がてら入植しちゃうっていう人もいるけどね」
「………」
「聞きたくないような話でごめんなさいね。でも、これが事実なの。わたしのこと、嫌いになったでしょう?」
「いや、そんなことは」
だけど、すごくショックだった。
「ありがとう。――本当は、わたしも家族と一緒に残りたかったんだけど、父に、万が一の時はお前だけでも生き残ってくれって言われて。それと――言いたくないついでにもう一つ言っちゃうと、この船が、最新鋭の大型船なのは、チャールズおじさんが私達の為に新型の惑星間連絡船を一隻まわしてくれたからなの」
そんなことまで……。
「全部言ったら、何だかすっきりしちゃった」
そう言った清川直美さんの表情は、言葉とは裏腹だった。
「もし、わたしに愛想を尽かしてなかったら、また、一緒にバーにでも行きましょう。それから、今日のことは絶対秘密にしておいてね。お願い。それじゃあ――お休みなさい」
「――おやすみ」
その晩は、何だか寝付かれなかった。あまりにいろいろな事を知ってしまったので、心の整理がつかなかったのだ。でも、彼女は悪い人じゃない――そう信じることにした。そうこうするうちに、いつしか俺は眠りの世界に入っていた。
5
次の日、俺は、いつになくあたりがざわついているので目をさました。
「いやあ、大変な事になりましたよ」
俺の隣に陣取っていた中年の夫婦が声をかけてきた。
「何かあったんですか」
「戦争ですよ。地球でついに戦争が始まったんですよ」
「!」
この一言で、現実に引き戻される。
昨日の清川さんとの会話が頭をよぎる。もうすぐ戦争が起きる、今までになく大きな。だからヘスティアに疎開するの――まるで夢の中の話のようだ。だが、もう夢ではない、現実なのだ。
俺は、アルノラグーンで買った携帯用テレビのスイッチを入れた。
火星第一放送は、ほとんどの番組を中止して、地球の戦争について放送していた。
『民主共和国連邦は、昨日のミサイル攻撃に対する報復として自由主義国家連合の各国に対し、大がかりな爆撃を行った模様。また、中東地区にて、両軍が交戦中との情報が入っておりますが、詳細は不明です』
『月・自由主義国家連合のチャールズ・ウィルヘルム大統領は、本日未明声明を発表。地球の両軍に対し直ちに戦闘をやめるよう呼び掛け、また紛争解決までの間、地球に対して食糧、エネルギーを含めた全ての輸出を停止すると発表しました。また、同大統領は、月の民主共和国連邦代表に対し、月での戦いを行わないことを約束しています』
『民主共和国連邦の金星コロニー代表は、今回の自由主義国家連合によるミサイル攻撃を非難する声明を発表、民主共和国連邦による報復は正当であると言明しました』
『火星政府は、現在の所、地球の紛争に対するコメントは差し控えています。首都ミントス及びアルノラグーンでは、戦争に反対する人々による大規模なデモが起こっています』
この戦争により、太陽系全体が揺れていた。俺はただ、はがゆい思いでテレビのニュースを聞いているよりほかなかった。
「私達は大丈夫なんでしょうかねえ。いきなり民主共和国連邦のミサイル攻撃を受けたりしなければいいんですが」
と、先程の中年夫婦。
「月大統領は、戦いを宇宙にまで広げないと言っています。そう願うしかないでしょう」
本当に、俺達にはそう願うしかないのだった。
俺は、携帯用テレビを持って、清川さんの部屋に向かうことにした。ニュースボードに群がる人をかき分けて、特等船室の方へ。彼女の部屋のドアをノックする。
「岩崎さん?」
「はい」
「いいわ、入って」
綺麗な調度品の入った個室だった。彼女も、部屋にあるテレビでニュースを見ていた。
「いよいよ、始まっちゃったわね」
意外と冷静にこう言う。
「でも、チャールズ・ウィルヘルム大統領、頑張ってるじゃないか」
「ええ。でも、おじさんの力にも限りがあるわ。月で、戦いが始まらなければいいのだけど……」
彼女の悪い予感は、当たってしまった。『月にもミサイル攻撃』、『火星で爆弾テロ』『地球の戦況激化』、『月でも交戦中の模様』――わずか数時間で、戦況は刻々と激化してゆく。唇を噛みながらニュースを聞いている彼女を、慰める言葉もなかった。
そして、あの運命のニュースは、この直後にもたらされたのだった。
『地球、および月は壊滅した模様。現在、地球、月、金星軌道からの外電は全てストップしております。また、火星のブルースター天文台は、地球の方向から多数の核爆発によるものと思われる電磁波を観測しました。繰り返します、地球、および月は壊滅した模様。現在、被害状況については調査中……』
半ば呆然としながらこのニュースを聞いていた俺は、やがて怒りがこみあげてくる。許せない――そう思う。一部の人間のために、どうしてこれ程までの人々が死ななければならないのか? これ程までの人々が苦しまなければならないのか?
ふと見遣れば、清川さんはぐっと唇を噛みしめながら俯いていた。でも、決して泣いてはいなかった。
彼女は、俺と目が合うと、無理ににこっと微笑んだ。
「やっぱり、駄目だったわね。でも、こんな風にはなって欲しくなかった。できることなら……」
涙が、一筋、落ちる。まるで、宇宙に独りでいることの緊張の糸が、急にぷつんと切れたみたいに――。
俺は、すごく切ない気持ちになりながら、彼女の肩をそっと抱きよせる。
「泣きたい時は、泣いた方がいい。そうすれば、自然に、心の整理もつくものだから」
俺は、戦争で家族と涼子を失くした時のことを思い出していた。三日三晩泣き続けた、あの時のことを。
6
「地球及び月は、全滅した模様。後援が期待できなくなったので、ひとまず火星に戻り、待機します」
船内放送がそう告げる。
いままでのところ、火星の十二都市はほとんど無事だった。地球と月が滅んでしまった以上、あと残っているのは、火星を除けば、小惑星帯のいくつかの基地と、金星軌道の農業コロニーぐらいだった。こうなっては、船が火星に戻るのも止むを得なかった。
火星第一放送は、今もなお戦争についてのニュースを流し続けている。ニュースによれば、戦いはどうやら終結した模様だった。時間とともに各星の被害状況がだんだん明らかになってくる。金星軌道の農業コロニーの被害は予想外にひどく、生き残ったコロニーは数えるほどだった。一方小惑星帯については被害は比較的軽微で、セレス、ジュノーをはじめ多くの基地の無事が確認された。
多くの犠牲を払ったが、戦いはおわった――。
俺は、複雑な気持ちではあったが、ややほっとしていた。この時は、まさか、これから火星もやられるなどとは思ってもいなかったから。
再び悲劇が訪れたのは、これから数時間後、船がまもなく火星に到着しようかという頃だった。
テレビの画面にひどいノイズが入る。そしてその数秒後、画面がふっと消えた。
「まさか」
あわててチャンネルを替えてみる。しかしどこを選んでも、もはやホワイトノイズ以外の何も見ることはできなかった。
火星は滅んだのだった。自由主義国家連合と民主共和国連邦、それぞれが滅亡の寸前に放ったミサイルが、約半日の時間をおいて火星を襲ったのだった。
火星がやられた!――この噂はたちまちのうちに船中に広まった。 個室の中にいても、表にいる人々の悲鳴や怒号を聞くことができた。母星を失った人々は、すでにパニック状態に陥っていた。
俺は、清川さんに、鍵を掛けて表に出ないように言うと、彼女の部屋を出た。俺自身、何だか居ても立ってもいられない気分だったのだ。ラウンジまでくると、そこは、どうしていいのか分からない人々で溢れ返っていた。おろおろする人、呆然とする人、何だか意味の分からないことを叫んでいる人。この人々をかき分けて自分の部屋まで戻るのはとても無理だった。
「みなさん、落ち着いてください。それぞれの部屋に戻ってください」
こんな船内放送が流れるが、もちろん何の効果もない。
やがて、何人もの乗務員に守られながら、船長がラウンジにあらわれた。これで、ようやく騒ぎが少し収まった。
「みなさん、静かにしてください」
船長は、マイクを使って話しはじめる。
「我々の得た情報では、地球、月、火星は全て滅んだ。よって我々に帰る星はない」
「地球へ帰ろう」
誰かが叫ぶ。あたりがざわつき始める。
「地球は既にして滅んだ。放射能汚染で数千年は住めんだろう」
船長の言葉には威厳があった。ざわつきはぴたりと止んだ。
「セレスはどうなんだ」
「セレス基地は無事だ。だが、あそこには我々九百人を受け入れるだけの余裕はない。それに、セレスには食糧生産の能力もない。金星軌道の農業コロニーが壊滅した以上、小惑星帯の食糧はあと一年ももたないだろう。彼らもそれまでには基地を放棄せざるを得なくなるはずだ」
船長はここで少し間をおく。
「今、我々には選択は一つしかない。ヘスティアに行くのだ。援助のない状態での開拓は苦しいだろうが、やってできない事はないはずだ。我々で開拓し、やがては小惑星帯の人々をも呼びよせよう。そうすれば人類は復興できる。そして、それ以外に道はないのだ」
船長はあたりを見回す。誰も何も言わない。
「皆さん、ヘスティアに行くことに異議はありませんね」
人々の、声ならぬ拍手がこれに答えた。
「それでは、直ちに、ヘスティアに向けて出航します」
7
十日後、船は、ヘスティアに到着した。
見渡す限りの荒涼とした砂漠だった。オアシスを除けば、草一本生えてはいない。三六〇度、どの方向をみても、ただ、真っ黄色の平原と、地平線が見えるだけ。透き通るような青い空には、太陽がひときわ眩しく輝いて見える。
俺達を乗せたシャトルは、ヘスティアで最も大きなオアシスのそばに降りた。湖のまわりに木々の茂ったそのオアシスは、二キロメートル四方もある大きなものだった。これなら、千人近い入植者にも十分な広さだった。
俺達は毎日必死に働いた。森を切り拓き、給水を確保し、仮設テントを建てた。
ヘスティアに来て一番苦しかったのは、何と言っても気候だった。昼は暑く、夜はぐっと冷え込んだ。この砂漠型気候には、俺を含めみんな、かなり参っていた様子だった。しかし、人間というのは不思議なもので、半月位する内には、この苛酷な気候にもすっかり体が馴染んでしまったようだった。
居住区の設営が一段落すると、俺は今度は生物学調査班に廻された。
地球からの援助がなくなってしまった以上、今やヘスティアにおける食糧の自給は最優先課題である。当初、ヘスティアの農地開拓には三年かかる予定だったが、地球から持ってきた予備の食糧は僅か半年分しかなかった。そこで、早急に開拓するために、土壌・水質調査や病害虫調査をするのが、生物学調査班の役目だった。俺は、大学時代生化学をやっていた事もあって、調査班総責任者のA・ディクソン博士に直々の指名を受けた。
吹き抜ける風が気もちいい。
俺は今日、湖底調査のためにオアシスの湖に漕ぎ出している。ここしばらく俺は、湖の生態系調査のために駆りだされていた。
湖岸の一角には居住区が見える。もう星に来てひと月近いので、随分と整備されてきたようだった。反対側の湖岸には、湖研究所。それ以外の湖畔は、鬱蒼とした緑に蔽われている。
ここは何て美しい所なんだろう――船を漕ぎながら、そう、思う。汚れ無い透明な水の中を小魚が群れをなして泳いでいく。湖岸の木々には小動物が遊び、見慣れない実がなっている。雲一つない空は吸いこまれそうな程に青くて広い。
「岩崎さん。和宏さん」
見ると、居住区の方から、清川さんが別の女の子と二人で、船を漕いでこちらにやって来る。
「はい、お弁当」
そう言ってぽんと放り投げる。見れば、オレンジと、ふかした芋だった。
「お弁当?」
「そう。いつもインスタントのパック食ばかりじゃ、飽きると思って」
「それは有難う。でも、こんなもの、一体どこで」
俺がこう言うと、彼女たちは、「やっぱし」という感じで顔を見合わせる。そして、
「お芋もオレンジもヘスティア産なの。オレンジはオアシスの東の森で見つかって、お芋は、そこらへんに生えてる雑草の根っこ。どっちも美味しいのよ」
「へえ。知らなかった」
「岩崎さんは一週間くらい湖研究所に行ってたから知らなくても無理ないかもね」
と、もう一人の女の子。
「居住区の方じゃ、最近このオアシスのことをエデンの園って呼んでるくらいなのよ」
「それじゃあ、わたし研究所の方にもお弁当届けてくるから」
清川さんたちは、研究所の方へと漕いでゆく。その後姿を見て、俺は少し安心する。彼女も、家族を失った悲しみから、すっかり立ち直ったみたいだった。今では健康的な色に日焼けして、溌剌としている――。
俺は、清川さんが持ってきた芋をかじってみる。素朴だがたしかに美味しい。このオアシスは、案外、本当にエデンの園なのかもしれないな、そう思ったりする。
「あ、いけね」
考えてみれば、まだ、湖底の泥の採取が終わっていなかった。早く終わらせて帰らないと、次の仕事が山積しているのである。俺は、芋をかじりながら、採取器を湖に放りこんだ。
8
ヘスティアに来て一ヵ月がたった。
湖と陸上で、二手に分かれて行った生態系調査もようやく終わり、今日はその最終合同ミーティングがある日だった。
俺は、およそ十日ぶりに居住区の方へと戻ってきた。ずっと湖研究所にいたので、その間に居住区は見違えるように整備されていた。居住区脇の実験耕作地では、すでに、はつかだいこんの収穫も始まっている。
合同ミーティングは、居住区の会議場で行われた。
およそ二週間にわたる生態系調査では、多くの新事実が発見された。
陸上調査班では、先日の芋やオレンジの他にも、多くの食用となる植物の存在を確かめた。また、ヘスティアの森には、りすに似た小動物や地球の昆虫に似た生き物のいることも確認された。目立った病害虫もなく、砂漠も当初の予想よりずっと農耕に適しているとの報告もあった。皆、我々にとって嬉しい報告ばかりだった。
一方、湖調査班では、水質や湖の魚などについての報告の他、湖の水源についても調査していた。どうやら、ヘスティアの地下には、巨大な地下水脈があるみたいだった。湖の底にはいくつかの自然泉が確認された。オアシスの森のなかにも自然泉があり、当面水に困る心配はなさそうだった。
湖調査班には、もう一つ大きな発見があった。湖底の泥よりのプルトニウムの検出である。
プルトニウムは、ウラン238に中性子が吸収されてできる人工の元素で、自然界には微量でも存在しないはずのものだった。我々が知っているかぎり、プルトニウムを生産するには原子炉が必要だった。そして、プルトニウムを播き散らすものといえば、核兵器しか思い当らなかった。
プルトニウムには毒性があるため、この発見は、当時結構問題になった。
湖調査班につづいて陸上調査班でも調査が行われ、ヘスティアの土壌にはごく微量だがプルトニウムが含まれていることが確かめられた。
結局、ミーティングでの結論は、かつてヘスティアで地球の国のどこかが核実験をしたのだろう、ということになった。――だが、この結論がおかしいことは皆認めざるを得なかった。
というのも、この星の土壌からは、セシウムやストロンチウムといった、核爆発によって生じる他の元素は何も検出されなかったから。セシウムやストロンチウム同位体の中には半減期数十年のものがあり、ここ百年以内に核実験があったとしたら、残っていないはずがなかった。一方、プルトニウムの半減期は二万数千年。もし核爆発があったとするなら、それは数千年以上前の話でないと辻褄が合わないのだった。
「やあ、岩崎君」
会議のあと、A・ディクソン博士が声を掛けてくる。
「湖からプルトニウムを検出したのは君だそうだね。素晴らしい発見だ」
「いや、博士、あれは湖底の泥を採ったら、たまたまプルトニウムが入っていただけのことです。誰がやっても見つけられたでしょう」
「謙遜することはないよ、岩崎君。古来の有名な発見だって、大方が偶然の産物だったのだからね」
こういってウインクする。
「君はヘスティアの歴史を知るうえで極めて貴重な発見をしたのだよ」
「というと、博士も、核実験説は支持していないということですね」
「勿論さ。あのプルトニウムはもっと重要な、この星の誕生の鍵を握るものに違いない。大体、この星は地球に似すぎているとは思わないかい? いくら同軌道上にあるからといって、空気や水はおろか動植物まで地球にそっくりではないか。違うのは、星全体が砂漠に覆われていることだけだ」
言われてみればそうだった。まるで、神の悪戯のような、双子の星。
「きっと、この星には何かある。わたしはそう睨んでいる。岩崎君、君はどう思う?」
「俺も同感です。ただ、それが何かは分からない」
「それは、私もなのだ」
ディクソン博士はこんな気持ちをこめたのだろう、生物学調査班の最終レポートを、次のように締めくくった。
『……以上のように我々は数々の発見をし、ヘスティアが地球に極めて類似した環境であることを知った。しかしなお、我々には解らないことがある。それは、何故こんな星がここに存在するのか、という事である。これを偶然と考えるのはあまりにも乱暴である。この点については、今後の研究に期待したいと思う』
9
小惑星帯からヘスティアへ最初の移民団が訪れたのは、俺達がヘスティアへ来てから半年後のことだった。
空にいくつもの小さな黒い点が見えてくる。やがて、それらは、シャトルの集団であることが分かる。
多くの人々がオアシスの外に出て、新しい移民の訪れを見守っていた。俺と清川さんも一緒にその中にたたずんでいた。
やがて、砂煙を巻き上げながら、シャトルは次々着地した。沸き上がる歓声。シャトルから降りた人々は、一列になってオアシスの方へと歩いてくる。手を振る彼らに、俺達も手を振り返す。
その時だった。
「お父さん? お父さんだわ」
こう言って、清川さんは走りだした。つられて俺も走りだす。
「直美!」
列の先頭にいた男の人が、こう叫ぶ。そして、走り寄る清川さんをしっかりと抱き締めた。
「お父さん……。嬉しい……。ねえ、お母さんは? 英樹兄さんは?」
「みんな無事だよ。もうすぐやってくるだろう」
「よかった……」
しゃがみ込んでしまう直美さん。
家族は無事だったんだね、よかったね――俺は、心の中で思う。
俺には、家族はいない。だから、いくら待ったって誰も来はしない。孤独――そう、限りなく孤独なのだ。でも、だからこそ、同じ苦しみを人に味わせたくはなかった。特に、清川直美さんには。
「よかったね、直美さん」
俺は、お父さんに肩を抱かれながら戻ってきた直美さんに、声を掛けた。
「ありがとう、和広さん」
彼女も顔をほころばす。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「こちらが父の清川大二です。よろしくお願いします」
「はじめまして。岩崎和広です」
「清川大二です。はじめまして」
清川大二氏は、立派で威厳のある、でもどこかしら優しい感じのする紳士だった。
「お父さん、どうやってここまで来たの? 月は廃墟になったんでしょう?」
「ああ、まったく大変だったよ。ジュノーに逃げ込むまでは、生きた心地がしなかった」
「小惑星帯にいたの? それなら、もっと早く連絡をくれればよかったのに。それに」
もう我慢できないといった感じで話しだす直美さんを、大二氏は手で制した。
「私は今は行かなくてはならないんだ。今回の移民の責任者だからね」
その日の夕方、俺は、新しく決まった清川さん一家の家を訪ねた。直美さんも、今までの部屋から、こちらへ移ることになっていた。
「岩崎さんには、直美がいろいろとお世話になったそうで、有難うございます」
清川美沙さん――直美さんのお母さん――が、挨拶に出てくる。
「どうぞ、お上がりください。直美も来てますから」
「あ、どうも」
奥には、大二氏、英樹氏、それに直美さんの姿があった。
「こんばんわ」
「こんばんわ」
俺は、大二氏と向かい合わせに座った。
「直美さん、よかったね、家族が無事で」
「ありがとう。でも、チャールズおじさんが……」
「えっ? 大統領が?」
「チャールズ・ウィルヘルム大統領は亡くなられたのです」
大二氏が話しだす。
「大統領は立派な方でした。戦争でいよいよニューホープ・シティが危なくなったとき、我々は宇宙船で月を脱出しました。しかし、チャールズは月の人々を見捨てることはできないといって、最後まで月に残ったのです。そして――人々と運命をともにしました」
大二氏は沈痛な面持ちで目をつむる。目頭には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「私も、大統領とともに月に残ろうとしました。しかし、ウィルヘルム大統領は、お前は若いのだから生き残れ。そして、人類の再建のために働け、そう言ったのです。大統領を置いて月を離れるときは、胸がはり裂けそうでした」
こう言ったのは英樹氏だった。
俺は、テレビでしか見たことのないチャールズ・ウィルヘルム大統領が、とても近しい人のように感じられた。頑固だけれど優しいその性格が、何となく分かる気がした。俺は心の中で、静かに黙祷を捧げた。
「岩崎さん、あなたのご家族も戦争で亡くなられたそうですね」
と、大二氏。
「ええ。一昨年の戦争で、みんな」
「お気の毒に」
俺は涼子のことを思い出した。今、俺のそばには直美さんがいる。彼女はかけがえのない人だ。それでも、まだ、俺は心の中に涼子の影を引きずっていた。
「これからは、戦争のない世界になってほしいですね。それが、ウィルヘルム大統領の遺志でもあるわけですし」
何だか、しんみりした雰囲気になってしまった。
そんな雰囲気を打ち消すように、直美さん、
「ねえ、せっかく久しぶりにみんな集まったんですもの。大した物はないけど、みんなで楽しく夕食食べましょうよ、ねえ」
努めて明るく言う。
俺は、清川家で夕食をご馳走になることにした。この夜は、遅くまで、彼女やその家族と話をしていたのだった。
10
ヘスティアに来て一年がたった。
すでに、この星の人口は一万人を超えていた。小惑星帯からは、膨大な資材が持ち込まれ、居住区や畑は、砂漠の中にまで拡張されていた。いまや、ヘスティアの上空には、小惑星帯とを結ぶためのスペース・ポートまでもが建設されようとしている。
人類の復興も、そう遠い日のことではないな――俺は、砂漠に作られた畑で、麦や稲がふさふさと揺れているのを見るたびに、そう思った。
でも。人類が復興できるのなら、やり直せるのなら。今度こそ、正しい道を行ってほしい――。それを思うと、いつも胸が傷んだ。
そんなある日、俺は、直美さんと二人っきりで、町の外へと散歩に出かけた。
ほとんど三六〇度に広がる砂漠は、荒涼として、何だか異様な景色だった。傾きかけた太陽の光が、それを金とも赤ともつかぬ色に染め上げている。
俺は、何となく彼女を意識してしまって、話しかけられなかった。きっと、彼女も同じだったのだろう。俺達はしばらく、無言のまま歩いた。
――金赤色の砂の海に、二人の長い影。他に何もない。まるで、宇宙を漂っているような気分。
「ねえ、和広さん」
直美さんが、口を開く。
「読んだわよ、ディクソン博士と書いた論文」
「ああ、あれね」
俺は、最近、ヘスティアと地球の類似性について、ディクソン博士と論文を書いたのだった。
「で、感想は?」
「そうね――。ヘスティアのオレンジが、地球のオレンジの原種じゃないかっていう話とか、面白かったけど。でも、何だかすっきりしないというか、話が一本にならないというか……」
本当にそうなのだった。
論文の内容というのは、簡単に言うと、DNA鑑定をしたところ、ヘスティアの植物は地球のそれとそっくりであり、特に地球のオレンジはヘスティア産のものの突然変異種である可能性が高いというものだった。
それ自体、とても面白い話ではあった。しかし、いつ、どの様にしてヘスティアの植物が地球に移ったのか、それは全くの謎だった。それに、例のプルトニウムの件にしても、いまだ何も判ってはいなかった。
「俺も、正直言って悩んでるんだ。おぼろげながら、この星の秘密について解ってきた気がする。ただ、どうしても、このパズルは一ピース足りないんだ。それも、一番肝腎の所が」
「そうね……」
考え込む、直美さん。俺達は、しばし無言で歩いた。
しばらくすると、彼女が話しはじめる。
「これは、昔チャールズおじさんから聞いた話なんだけど、火星を開発したとき、古代都市の遺跡らしいものが発見されたんですって」
初耳だった。
「というと、太陽系には、人類以外にも何者かがいたということか」
「そうかもしれない。ただ、火星は歴史が浅いんで、まだちゃんとした調査は行われてなかったらしいの」
「ふーん」
なんだか、おぼろげながら、話が見えてきた気がする。ただ、その正体ははっきりとはしなかった。
その時だった。
「あれは何かしら」
彼女が指を差す。その方向を見遣れば、砂丘の凹地に、何だろう――まるで、崩れた壁のようなものが見える。
「行ってみよう」
いつの間にか、二人とも駆け出していた。二百メートルほどの下り坂で、大したことはなかったけれど、下に着いた時には、二人ともちょっと息がはずんでいた。
「遺跡だ」
「ええ――」
それは確かに遺跡だった。崩れた壁。石の家だったのだろうか。錆ついた金属の棒も見える。それは、熱にやられたのか、半分溶けたようになっていた。
「きっと、風の悪戯で、ここだけ地上に露出したのね」
よく見れば、この辺一帯には、かなり広範囲に遺跡が残っているようだった。今見ることができるのは数件の家の残骸だけだったが、これは、町の一部に違いなかった。
「一体、誰が住んでたのかしら」
「一体、何が住んでたんだろうな」
「――怖いわ」
彼女は、俺の言葉の含蓄を敏感に感じとる。
一体、この遺跡には、何が住んでいたのだろう。人間ではないはずだ。別の知的種族だろうか。化物だろうか。それとも、地球の人類の祖先――?
「それにしても、この遺跡はひどい。この金属の棒なんて、溶けかかっている」
「気持ち悪いわ。――昔、核戦争でもあったのかしら」
「それだ!」
彼女の一言にはっとする。今、俺の頭の中では、ばらばらだったパズルのピースが、一気に一枚の絵に完成しようとしていた。
遺跡――ヘスティアの古代文明。オアシスの木々――かつての大自然。砂漠――風化。プルトニウム――核戦争!
そう。ヘスティアは昔、文明をもつ種族の住む星だったのだ。かつては自然もあり、海だってあったかも知れない。まるで、核戦争の前の地球のように。
しかし、その種族は、激しい核戦争により滅んだのだ。核戦争は、自然も文明も全てを破壊し、砂漠に変えた。核戦争後の異常気象も、砂漠化を促進したのだろう。
そして、その核戦争が起こったのは、数千年以上前に違いなかった。
それならば、全て辻褄が合うのだ。プルトニウムがある訳も。こんな遺跡がある訳も。ヘスティアが砂の星である訳も。あんなオアシスが残っている訳も。
俺は、俺の推理を順序だてて直美さんに説明する。最初は不得要領な顔をしていた彼女も、最後には全面的に同意してくれた。
「それなら、ヘスティアのオレンジが地球に行った訳も分かるわね」
と、彼女。
「核兵器を作れるほどの文明ですもの。きっと宇宙にも出たでしょうね。火星にあったという遺跡だって、その種族のものに違いないわ。そして、その人たちは、ヘスティアが滅んだとき、地球に移り住んだのよ。ヘスティアの植物を連れてね」
「成程」
これで、全てつながった。
「ということは、ヘスティアの種族が地球人類の祖先だったってことか」
「そういうことになるわね」
「そして、その人類が、地球が滅んだからまたヘスティアに来たって訳か」
いささか自嘲気味に。
「――情けないわね」
彼女もため息をつく。
「でも、そうだとしても。今度こそ過ちは犯さないで欲しい。今度こそ、人類には立派に正しい道を行ってほしいわ」
「そうだね」
俺は相槌を打つ。でも、実際には、その時俺の心の中には、何か別の感情が湧き上がりつつあった。
人間は、過つからこそ人間。何度でも、やり直すがいい――。
何だろう、この思いは。
――神?
そうなのかもしれない。あるいは、宇宙の意志なのかもしれない。何か、果てしなく優しい、慈愛に満ちた思いが、俺の心に流れこんでくる。
――人間は、過つからこそ人間。全能でもなければ、無能でもない。それが故に悲しくて、でも、それが故にいとおしい。
――過ちを犯したのなら仕方がない。もう一度、やり直すがいい。いや、一度とは言わぬ。二度でも、三度でも。――だが、次の時は、前の時よりは、少しは正しい道を選んでくれよ――。
俺は、不思議なくらい、自分が素直で優しくなってゆくのを感じていた。心が透明になってゆく。そして、全ての葛藤が消えてゆく。俺は、神の思い、あるいは宇宙の意志と共振しているのかもしれない。
今なら、人類の犯した罪すべてを――俺の家族や涼子を殺されたことさえ――許してやっていいと思った。今なら、いままで受けたいやな思いも不当な仕打ちも、すべて快く許してやれると思った。美しい面も持てば、汚い面も持つ、真の意味での「人間」の一部として。
そう。美しい面も持てば、汚い面も持つ、真の意味での「人間」の一部として――。
「どうしたの、和広さん」
直美さんが、心配そうに俺の顔を見ている。
「いや、何でもないんだ」
そうっと、彼女の肩を抱きよせる。そして、囁くように、
「好きだよ、直美――」
彼女は、一瞬体をこわばらせる。伏し目がちにして、それから、俺のことをしっかりと見据える。
「和広さん。わたし――涼子さんの代わりはいやよ」
「代わりなんかじゃない。俺は、きみが――直美が欲しいんだ」
「ありがとう――」
金赤色の砂漠に、二人の長い影。今、一つになる―――。
結局、幸せになれれば、それでいいんだよな――俺は、心の中でつぶやく。
心の中を、今までの思い出が、走馬灯のように走り抜けてゆく。家族を失ったこと、ヘスティアへの旅立ち、直美との出会い、世界の滅亡、ヘスティアでの日々。本当に、いろいろあったものだ。でも、今、俺は満ち足りていた。
「帰ろうか」
「――うん」
直美の肩を抱きながら、居住区の方へと歩きだす。
ヘスティアの夕日が、俺達の後姿を、優しくいとおしむように照らしていた。 ―終―
あとがき ──という名の言い訳
この作品は、私が中学三年生の時、つまり一九八三年に、友人でイラストレーターもしていた「胡麻」氏の寄せ書き的ノートに、一晩で原型を書き付けたのが最初です。最初は、大学ノート8ページの短編で、伏線もあまりない単調なものでした。
新井素子の「星へ行く船」シリーズに触発され(当時第三作の「カレンダーガール」のあと続編が出ずに、ずっと待っていたものです)、自分も宇宙へ旅に出る作品を書きたい! というかむしろ、自分版の「星へ行く船」を書きたい、という感じでした。ムービングロードなど、実際、新井素子作品から拝借したネタも結構あります。
一方、この作品が、「星へ行く船」のようにあっけらかんと明るい話にならなかったのは、当時、世紀末を前に、「ノストラダムス」に代表される世紀末観、世界没落とか滅亡といった話題が巷間に流布しており、多感で当時は勤勉だった(!)自分は、核兵器、公害、資源の枯渇等々の世界の危機について人一倍敏感で知識もあり、実際「米ソの冷戦」(もう古い話ですね)と、目の前に突きつけられる核の脅威に、否応なく世界の終わりを見ていたからであります。実際一九八六年には、チェルノブイリでついに原子炉のメルトダウンが起きてしまい、いよいよ世の終わりか、と感じていました。
その後、この作品を仕上げるのは当時の自分のライフワークでした。長い作品を書く構想力、文章力に欠けていた自分には、かなり荷の重い作業で、しかも大学受験の時期を控えて、時間的にも猶予がありませんでした。
高校三年時の一九八七年、第二稿を書き上げます。この時点で原稿用紙七七枚となり、およそ今の原型が出来上がりました。ただ、文章的にいまいちで、会話や、謎解きなどで未熟さが目立ちました。当時は「原稿用紙」で、推敲もままならなかったんです。
その後、世はバブル、ポストバブルとなり、まさに平成元禄、当時の大学生は、DCブランドの服を着て「真面目なことをいう奴は莫迦だ」と本気で思っていたようです。自分には辛い時代でした。それに比べると今の大学生の方は地に足が着いています、本当に。
医学部六年生──つまり、膨大な科目数の卒業試験と医師国試の直前──の一九九三年八月、まるで「耳をすませば」の雫のように(何という喩えだ…苦笑)一週間徹夜で、ワープロに向かい仕上げたのが、この第三稿です。原稿用紙換算八七枚、内容的に、まだ完全ではないものの、もうこの作品はこれで卒業だ、という感じでした。
その後、SF仲間もいなくなっていた自分は、一度もこの原稿を人に見せることなく二〇〇〇年を迎えます。なーんだ、世の中滅びないや、と虚脱した気分で、その一方この作品は完全に時代遅れになってしまいました。ナウシカにも似た世界終末観と再生の物語で、携帯電話もインターネットもない近未来!──SFの宿命とはいえ、実際未来が来ると、考証的にきついものがあります。
ひょんな事からSさんの目に触れ、まだまだいける、と励まされ、今回恥ずかしながら人前に出してみようと思い立ちました。時代遅れな部分は笑って許してください。もうこの作品に筆は入れたくないんです。面倒臭いのと、思い入れがあるのと両方で……。
「砂の星」に日の目を見させてくれたS嬢に、この作品を捧げたいと思います。
二〇〇一年一月三日