ポンコツ婚約者に見切りを付けたら、没落寸前の友人が「その人ください」と言い出しました
パーティの音楽や人々の笑いさざめく声を遠くに聞きながら、ランプを明るく灯した廊下の毛足の長い絨毯をそっと踏んで進んでいく少女とメイド姿の女性。
メイドの両手には盆に乗った水差しとグラス、レモンスライス。この先は休憩室。
パーティの間の休憩や化粧直し、商談、男女の密会まで用途は幅広く、たいていの邸にはダンスホールの近くに何部屋か準備されている。
その中の一つのドアの前で少女は足を止め、軽くノックをした。
「メラニー様、お加減はいかがですか?」
返事が無い。少し待ったが返事が無いので「開けますね」と言ってドアを開く。
「えっ」
具合が悪いと真っ青な顔をしていた招待客の男爵令嬢が横たわっていた寝台に男が覆いかぶさっている。まだ少しあどけない男爵令嬢は男の肩に置いた手を突っ張り引きはがそうとしているように見えた。頬には涙の跡。少女の後ろでメイドが息を飲み、その手から盆が床に放り出され大きな音を立てた。
男がゆっくりと振り返った。
「・・・コレット?え?」
「カシウス様・・・いったい何を・・・!」
カシウスと呼ばれたその男は頬を紅潮させ目は虚ろ。甘く漂う最近話題の香に混ざって酒の匂いが強く鼻についた。
男の意識がコレットと呼ばれた少女に向いた隙に、ベッドに縫い付けられていた少女が体を転がすようにして男の下から這い出す。具合が悪いからとコルセットを緩めていたのが仇になったかドレスが大きくずれて肩が顕わになっていた。
「コレット様!わたくし、何が何だか・・・!」
「ええ、メラニー様、これは、何かの手違いで・・・」
混乱の中、盆が落ちた音を不審に思った警護の兵が駆けつけ、目を見開いた。ちょうど隣の休憩室で商談をしていたコレットとカシウスの父親達が顔を出し、二人ともが言葉を失った。
「カシウス・・・お前はここでいったい何をしている!その女性は誰だ!」
一番に我に返ったのはカシウスの父親だった。
カシウスはコレットの婚約者である。
新興の子爵家の一人娘であるコレットに婿入りする予定の伯爵家の四男。
商売人として名を馳せ爵位を得て3代目のザクソン子爵家はどうしても貴族社会での扱いが軽い。より良い家柄との縁としてカシウスを婿に迎えることになった。
一方、家柄くらいしか誇れるものが無い、鳴かず飛ばずの伯爵家は特段の取柄もない四男を部屋住みにするよりは裕福な子爵家に婿入りする方が良いと考え格下のザクソン家に縁談を持ち込んだ。
今日はコレットの家で開いたパーティにカシウスが将来の婿として参加し、招待した貴族の方々に一緒に挨拶に回るという日。先ほどまでコレットもカシウスと共に招待客と談笑していた。
そんな中、コレットの同級生である男爵令嬢のメラニーが途中で気分が悪いと言い出したため休憩室に案内し寝かせた。しばらくたって様子を見に来たらカシウスがメラニーに襲い掛かっていたというわけだ。
さて、この国では貴族女性の貞操は結婚において最も重視されている。たとえ酔っていたとしても、他にどんな事情があろうとも、万が一このような状況に陥ってしまった場合は、婚約も婚姻もすべて解消して責任を取らなければならないというのが貴族社会のルールである。
ということは。
「カシウスお前、自分が何をしたかわかっているのか!婿入りしようというのに、その相手の家でこんな失態・・・!」
「伯爵、こうなってしまってはもう・・・残念ですがカシウス殿にはそちらの令嬢、ブランドン男爵家のメラニー嬢と婚姻するしかありませんな。本日はご挨拶もいただいたのに・・・」
「コレット様!わたくし、ただ横になっていただけでしたの!」
「ええ、ええ、メラニー様、わかっておりますわ。具合の悪い貴女をここで休ませたのはわたくしですもの!使用中の札も下げておいたのに、なぜこんなことに・・・」
「え?え?あれ?そういえばここはコレットの邸・・・あ・・・」
「お前はまだ酔っているのか!!子爵、申し訳ないが一旦こいつに水でもかけて正気に戻すので話し合いは後程・・・おい!カシウスこっちに来い!」
ベッドから強引に引きずりおろされそのままカシウスは伯爵に連れられ出て行った。
少し落ち着いたら婚約解消の話し合いが始まるだろう。子爵は落とした盆とグラスを拾ったまま突っ立っていたメイドに、会場のどこかにいるメラニーの父親を呼びに行かせた。
そこで遠巻きに見ている何人かの貴族に気付いて少し眉を下げ、話し合いの準備をするからとコレットとメラニーを残して部屋を出た。
メラニーは俯いていた顔を上げ、何事もなかったかのようにコレットに微笑む。
「これで良かったかしら?」
メラニーのコルセットを締めなおして着崩れたドレスを整えながらコレットは頷く。
「上出来だわ。でも、本当にあんな男でいいの?」
「少しボンヤリしているくらいどうってことないわ。腐っても伯爵家よ」
「まあメラニーは優秀だからしっかり尻に敷いて手綱を握りそうね。あとはそうね、カシウス様のウッカリが招いた事故ということを広めれば伯爵家も放り出したりはできないわ」
「持参金もいらないしね」
つい先ほどまでの修羅場はどこにいったのか、二人の少女は楽しそうに微笑み合った。
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コレットとカシウスの婚約が調ったのは一年前。
家柄は良いが才があるわけでもないお坊ちゃんにコレットの家業である商会を任せるわけにはいかないが、貴族社会の中で同列の友人が多いカシウスなら広告塔くらいはできるだろうと、取り扱っている服飾品や小物を持たせ幅広く交友関係を結ぶための資金を毎月与えてきた。
しかし、3か月ほど前に支払いが滞っているとドレスメーカーから連絡があった。コレットはドレスなんて贈られていない。
調べたところ、渡した金のほとんどが娼館に消えていたことがわかった。
貴族女性との恋愛、特に婚前の付き合いに厳しい世の中であるがゆえに、未婚の男性が娼館に行くことは一般的なことである。人によっては婚姻後の円滑な夫婦生活のための修行などと言う者もいる。
だから娼館に行くこと自体はコレットは何とも思っていない。娼館ならば望まない妊娠を防ぐ手当てもあるし、病気の予防も徹底している。娼館の疑似恋愛は遊戯であり、娼婦も引き際をわかっている。下手に金を渋って市井の女性に手を出されるよりはよっぽど健全である。
問題は、目的を示して渡した資金の管理である。付き合いもあるだろうから娼館に使っても許されるが、目的を見失い散財した挙句、支払い遅延を起こすなど商売人としては失格。この婿はどうしようもないのでは、と家族会議が開かれた。
「育ちのいい坊ちゃんだから育ちのいい遊びをするだろうとか思っていた父さんが悪かった」
「我が家はお金にはシビアですものね、カシウス様のような世間知らずな貴族の放蕩は良くわからないでしょう。それにしても困りましたね。格上の伯爵家にこちらから解消を申し入れるわけにもいかないでしょうし。コレット、貴女はどうしたい?」
「そうねえ、恋愛感情があるわけではないから多少好きにしてもらってもいいかなとは思っていたけれども、これは無いわね。お父さまが実権を握っている間はいいけれども私が継いだ後、口を出しづらい格上のポンコツ婿だなんてゴミ同然よね」
「ポンコツ・・・」
「ゴミ・・・」
「ま、そういうことなので、うまく解消できるよう何か手立てを考えるわ」
「あっさりしているなぁ。でもお前に瑕疵が無いようにだけは気を付けなさい。商売に差し障るからね」
「当たり前よ。そもそも娼館に入れ込んで散財しているあちらが悪いのよ。
なのに娼館通いは未婚男性の嗜みだとか、お金に拘るのは貴族らしくないとか、格下のくせにとか、金しかないくせにとか、あちらを擁護するような声がたくさん上がるのが今から想像できるのが嫌だわ」
「お前・・・なんか学校で嫌なことでもあったのか」
「・・・まあ色々あるのよ。とにかく、ちょっと考えてみるわね」
そういうわけで、コレットは考えたのだ。カシウスが貴族女性に手を出せばいいのではと。
さて、そう考えたはいいけれども、自分がポンコツだと思っている男を押し付ける相手に心当たりがない。優良物件ならまだしも跡取りでもない、婿としても心許ない男だ。
「というわけで、メラニーに相談に乗って欲しいのよ。どこかに貞操観念が緩くて巻き込んでも良心が痛まない方いらっしゃらないかしら」
「あなた、考えつくことはえげつないのに、最後に良心が残るのね・・・」
「だって、いけ好かない高位貴族の方々は貞操観念がしっかりしていらっしゃるでしょう?だからといって下位貴族だとあの男の散財で身代をつぶしかねないわ」
「それもそうね。婿入りだと特にお家ごと無くなる可能性あるわね」
「誰かいないかしらねえ・・・」
「・・・ねえ、カシウス様、私にいただけない?婚約者が決まらないのよ」
メラニーがコテンと首をかしげながら上目遣いでコレットを見つめる。目の覚めるような美女ではないものの、どことなく色気が漂うぽってりとした唇。黒髪に切れ長の眼。女性として非常に魅力的なメラニーになぜ婚約者がいないのか。それはメラニーの家が没落の危機に瀕しているからだ。
メラニーの父親も兄も善良かつ真面目で堅実な領の運営をしているのだが、数年前の干ばつで備蓄食料をほとんど放出したという。その後すぐに収穫量が戻るわけでもなく未だ立て直しができていない。もしも今また収穫量が下がるような災害があれば今度こそ没落してしまうだろう。
そんな家の娘と縁付いてしまえば、妻の実家に多少なりとも支援しなければ社交界の評判は地に落ちるだろう。いわばブランドン男爵家という大きな負債を抱え込むようなものだ。父親のような年齢の裕福な貴族から後妻の打診はあるそうだが、メラニーを可愛がる家族がまだまだと粘っているらしい。
「えええ・・・いいの?カシウスよ?娼館に狂っていて散財もするわよ?」
「いいわよ。カシウス様の顔、嫌いじゃないし。私は跡継ぎでもないから結婚したら伯爵家に入るでしょう?伯爵家はカシウス様に甘いと聞くし、それなら私が頑張ればなんとかなりそうだもの」
「それならば喜んで押し付けちゃうけれども・・・」
妙に乗り気なメラニーにコレットは戸惑いが隠せない。あんな不良物件を大切な友人にあてがうなんて、良心が痛むどころではない。
“貞操観念が緩くて嵌めても良心が痛まない方”にメラニーは当てはまらない。なにしろ学校でも男子生徒とはほとんど話すことがない、身持ちが固いどころではないしっかりとしたまじめな子なのだ。だから、相談はしたものの、まさかメラニーを巻き込むだなんて思っていなかった。
それでも確かにメラニーならばしっかり手綱を握れるだろう。メラニーは学費で家族に苦労をかけないよう猛勉強をして特待生の座を勝ち取った優秀なご令嬢なのだから。
「とはいえ、娼館で遊んでいるのでしょう?わたくしごときの色仕掛けに乗るほどのおバカさんとも思えないわ。どうやって既成事実を作ればいいのかしら」
確かにそうだ。婿入りのチャンスを棒に振るほど考え無しではあるまい。どうしたものかと考えていたら、ふと脳裏に幼い頃に商売を習うために出入りしていた男の顔が思い浮かんだ。
「そうだ、もともとうちに養子に入る予定だった親類がいるのよ。カシウス様との縁談が持ち上がったので白紙に戻っちゃったのだけれども。彼に聞いてみるわ」
「それ、カシウス様との話が無くなったらその方がお婿さんに来る流れよね。いいの?」
「幼馴染のようなものだし、もともと結婚するんだと思っていた相手だから大丈夫よ」
遠縁の平民の子。優秀だからと養子にもらってコレットの婿になる予定だった。高位貴族からの縁談が舞い込んできたことで白紙に戻った。それでも手塩にかけて育てた婿候補である。コレットが結婚した後もザクソン家で力を振るってもらう予定で今も出入りしている。
学校から帰ったコレットは、父の執務室で他の秘書たちと机を並べて書類仕事をしている幼馴染を呼び出した。
「仕事中なんだけど・・・なんだか重要な話のようだね」
「ねえ、アレックス、私と結婚できる?」
いきなりの突拍子もない問いに、アレックスと呼ばれた元・婿候補は目を白黒させる。
「なんだよいきなり。カシウス様はどうしたんだ」
「あら、父様から聞いていない?あの人、ちょっと婿として相応しくないのよ。それで、なんとか解消したくて。でも解消したらアレックスがお婿さんになるでしょう?それでアレックスはいいのかなと思って」
一瞬、アレックスの表情が面白いものを見つけたように変わる。かつてコレットの婿として当主代理になるはずだった。それが再び手に入る野心か。それとも少しでも恋心があったのか、コレットにはわからない。
が、こういうアレックスの顔がコレットは好きだった。野心、大いに結構。
獲物を見定めるような獰猛な顔は頼もしい。それを一瞬で人当たりの良い笑顔に戻す冷静さも好ましい。否は無いと判断してコレットはカシウスの所業とメラニーとの密談の内容を伝えた。
「メラニー嬢か。思い切ったことを考えるな。でも、何度か遊びに来た子だろう?確かに普段、百戦錬磨の娼婦に相手をしてもらっているカシウス様が素面で手を出すには色気も経験も足りていないな」
「そうなのよ。私たち、男性を虜にするような術は持っていないわ。だからどうしようかと思って。・・・素面でって言った?ということはお酒に酔っていたらいけるということ?」
「人によるが・・・ちょっと調べてみるから待ってろ。あと、さっきの話だけど、俺はコレットと結婚するのは嫌じゃないよ。もともとそのつもりだったし、コレットさえ良いなら」
「私だってアレックスが養子になるものだと思っていたから、元に戻るだけよ」
「なら良かった。じゃあ、調べてみるよ」
話は決まったと握手をするのが、これから結婚しようという男女として相応しいかどうかは置いておいて、とにかくコレットはメラニー、そしてアレックスという頼もしい味方を確保したのだった。
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そして、話は冒頭に戻る。
メラニーの支度が整い、二人はコレットの私室に移る。これから先は家同士の話だ。特にメラニーは被害者の立場。話し合いの場に同席させるのは酷だろうと外れることになった。
コレットも当事者ではあるものの、婚約者であるカシウスの不貞行為で動揺していて冷静に話ができないから父に任せると弱ったように見せて引っ込んできた。
「コレット、私、未遂だわ。大丈夫かしら」
確かにあられもない姿にはなっていたが、一線を越えてはいない。“既成事実”には一歩及ばないのは確かだ。
「だって、いくらなんでもメラニーの初めてをあんな形で散らされるわけにはいかないわ。
それに大丈夫。未遂だからって許されることではないし、他のお客様も何があったのか察して今頃は噂になっているわ。それはメラニーにとってはつらいことだろうけれども・・・」
「大丈夫よ、何もかもを綺麗なままで手に入れることはできないわ」
「今、予定通り侍女が“メラニー様は体調が悪くて休んでいただけなのに可哀想なお嬢様とメラニー様”って使用人の控室で泣き崩れてくれているから、各家の使用人がしっかり仕えている方に伝えると思うわ。そうしたらメラニーと私は、遠からず完璧な被害者になれるわよ」
「ありがとう。多少の評判は気にしないのだけれども、気が楽になったわ。それにしても、どうやってカシウス様をその気にさせたの?コレットったら、私にも肝心なところは秘密にするんだもの」
「だってメラニーは演技得意じゃないでしょう?おおまかな流れはともかく、詳細は知らない方が自然に驚いた感じになると思って」
そう、メラニーには体調が悪いふりをして休憩室で休んでいたらカシウスが来るから全力で抵抗してね、なんなら眠っててもいいわよとしか言っていなかった。
「コチョウ、って私のこと呼んでいたわ」
「あら、じゃあうまくいったのね。きっと馴染みの娼婦と思いこんだのよ」
コチョウ、とはカシウスが最近通い詰めている娼婦だ。東方の趣向を凝らした娼館で、名を胡蝶という。見慣れない豪華絢爛な衣装を着た黒目黒髪の妖艶な美女。薄暗い中、黒髪のメラニーを見間違えてもおかしくはない。
そして、休憩室のインテリアにも凝った。蠟燭を薄布で囲って柔らかな光を演出した行灯と呼ばれる照明道具。そして今回の肝である、東方の香の香り。
嗅覚というのは、記憶に直結していると聞く。だから商談の場でも東方のものを求められるような場面では部屋に東方の香を焚いている。香があるだけで、いかにもそれっぽくなるのだ。それを今回利用した。
「アレックスがうまくお酒を飲ませてくれたわ。とびきり飲み口のいい、強いお酒らしいわ。泥酔してうまく歩けないカシウス様に休憩室を勧めれば、一番手前の部屋に入る。空室の札がかかっていれば疑うこともない。そこで嗅ぎなれた香に照明、寝台には黒髪の女性。カシウス様が素直な質で良かったわ」
「なんだか、うまくいきすぎるというか、本当にカシウス様って・・・」
「素直なのはカシウス様の美徳だわ。メラニーも色々やりやすいでしょう、これから」
「そうね、うまく立ち回って家を潰さないようにしなきゃね」
「さあ、メラニーも強い香ですこし気持ち悪いでしょう、爽やかな香りのお茶を用意したわ。ここで父様達の話し合いが終わるのを待ちましょう」
そういって少女たちは優雅に茶を含んだ。
さて、この後の話を少ししよう。
酔いが醒めて正気に戻ったカシウス様は、やらかした事実と棒に振った婿入り、それをコテンパンに叱られて、いい歳をして泣きじゃくっていたらしい。
伯爵家当主は四男を婿には出せなかったものの、メラニーの優秀さを聞いて安心したのか、放逐はせずにメラニーごと領地で働かせることにした。きっとメラニーがうまくやるだろう。
男爵家当主は目に入れても痛くないほど可愛がっていた娘を傷物にされて怒り心頭だったが、年配の男に売り飛ばすように嫁がせなくて済んだこと、伯爵が頭を下げたことで溜飲を下げた。ついでに領地への多少の援助を取り付けたのは、さすがメラニーの父というところであろう。
そしてコレットはというと。
「なあちょっと休憩しようぜ」
「ちょっとアレックス、くっつかないでよ暑苦しい。私まだやることあるのよ」
「いいじゃん、俺やること終わったし後で手伝うからさ、ちょっと癒してくれよ」
執務室から出てきたアレックスが書類を持って歩いていたコレットの腕を取ってバルコニーに引っ張っていく。
「まったく、アレックスって実は甘えん坊だったのね」
「諦めてたものが手に入ったんだから、少しくらいいいだろ」
「もう。結婚したら当主代理としてしっかり働いてもらうんだからね」
バルコニーのベンチに腰掛けて肩に頭をもたれさせるアレックスの前髪を鬱陶しそうに手でよけるコレットにアレックスは満足そうに笑う。
カシウスとの婚約中は近寄れなかったのに、元に戻った途端に無防備になるコレットが可愛くて仕方ない。
「当主代理だけじゃないけどね、手に入ったのは」
ボソッとつぶやいた言葉がコレットの耳に入ったのかどうか。
どちらにせよ、この将来の夫婦の未来は明るい。
「あの子たち、私たちにほとんど頼らなかったわね。頼もしいわ」
「アレックス・・・あんなに粘着質だったのか。まあ商売人として、欲しいものをなんとしてでも手に入れようとする気質は成功する要だな」
幼い頃から目をかけていた親類の子。素質を見抜いて養子にと打診していた息子のような存在が我が娘を手に入れるために必死になっていた。
すべてが元に戻った今、当主としても父としても幸せだ、と思う。たとえアレックスが多少、娘たちよりも先を見て暗躍していたとしても、それは一生男同士の秘密だな、と結婚式のドレスカタログを幸せそうに取り寄せる妻を見て思うのだった。
Fin




