佐藤の決断
三人で水族館に行くことになったが、俺は乗り気ではない。俺の役目はさなえに恋愛感情を学ばせること。すなわち、隼人とさなえの恋を応援する事だ。『俺が恋愛感情を抱いたさなえの恋を』だ。そんな辛いことを最小限に留めておきたかったのだが、隼人さんからの挑発に乗ってしまい、水族館に同行することになった。今は頭が冷えているため、自分が何をすべきか分かっているつもりだ。分かっているつもりなのだが…。
「まだ、君は大学生だろ?将来のために今の勉学に集中した方がいいんじゃないか?」
「お言葉ですが、勉学にも勤しんでいますし、もう内定も取ってあります」
「そうか…」
つい、隼人さんの粗を探してしまう。
「見てください!大きな魚が泳いでます!」
さなえは俺たちのギスギスした空気なんか知らない様子で、水族館を楽しんでいた。
「今日は暑いな。さなえ、ちゃんと水分補給をしているか?」
「あ…お茶を持ってくるのを忘れてしまいました」
「分かった。買ってくるから待ってろ。ついでに隼人さんも飲み物はどうする?」
「じゃあ、僕もお茶で」
「ああ」
さっき、さなえとの婚約発言をされた時、タメ口を利いたせいで敬語を使いにくくなってしまった。これではいい関係を築いているとは言えないな。まあ、内心ではこんな奴、呼び捨てでいいと思っているが…。俺はお茶を買い、さなえと隼人さんが居たところに戻る。すると、隼人さんの嬉しそうな顔が見えた。さなえと隼人さんがどんな会話をしているか分からないが、隼人さんの顔から上手くいっている雰囲気を感じた。隼人さんは俺に挑発をしてくる程、さなえを手に入れたいと思っているのだろう。結婚を口に出すほど本気なんだろう。俺はそれを邪魔していいのだろうか?
「あ、佐藤さん!」
さなえが嬉しそうな顔をしながら、こちらに駆け寄ってきた。
「隼人さんがまた、レストランの予約をして下さったんです。二人の予約だったんですが、三人で取り直せました!一緒に行きましょう。時間もそろそろ水族館を出ないと間に合わない時間なので、すぐ行きましょう」
そういうと、さなえは俺の腕を引っ張る。おそらく、さなえは俺に断る暇を与えないように急かしているのだろう。その時だった、子供の泣き声が聞こえたのは。
「うえーん!お母さん!」
おそらく迷子だろう。俺が駆け寄ろうとしたとき、隼人さんが子供に声を掛けた。
「どうしたの?迷子?」
優しい声で隼人さんは子供に近寄った。
「一緒にママを探してあげる」
隼人さんは子供の頭をクシャクシャと撫でながら、子供をあやす。
「じゃあ、肩車してママを探そうか」
隼人さんが肩車しても、子供はママを見つけられない。
「近くには居ないみたいですね…」
「もう少し探してみよう。時間は掛かるけれど、これが一番確実だ。館内放送だと、知らない人が保護者に成り代わって子供を連れ去る事件もあるぐらいだからね」
「そんな事件があるのか、怖い世の中だな」
この会話だけで隼人さんは頭が良いのも覗える。俺たちはクマノミコーナー、熱帯魚コーナーなど隅々まで見た。すると、子供は1人の女性を指さし
「ママ!」
と歓喜の声を上げた。隼人さんは子供を降ろすと
「行きましょうか」
と振り返った。
「すみません。予約の時間を過ぎちゃいましたね」
「いえ、仕方ないですよ」
「どこか違う所に行くか。さなえ、二人で行ってきなさい」
俺は低い声で告げた。
「え?佐藤さんは?」
さなえの問いに小声で答える。
「俺は会社に戻る。二人で食事して、仲を深めて来るんだ」
さなえは少し頬を膨らませた。抗議の意を表しているのだろう。
「いいか?俺と居て安心なのは分かる。保護者の役回りをしていたからな。だが、さなえは独り立ちしないといけない。分かるだろ?」
さなえは目を伏せた。心が痛んだが、俺は強引に話を終えた。
「じゃあ、隼人さん。さなえをお願いします」
「分かりました。…でも、素直に喜べないですね」
隼人は今にも泣きだしそうなさなえを見た。そんなに独り立ちするのは悲しいか。それでも、悲しいのは一時だけ。隼人さんは子供にも手を差し伸べられる優しい人だ。きっといつかさなえも心を開いて、隼人さんの事を好きになって、幸せに暮らすのだろう。そう思うと俺も目頭が熱くなる。子離れの瞬間だからだろうと自分に言い聞かせる。俺は二人に手を振ると、さなえの幸せを祈りながらその場を後にした。




