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恋愛感情

今回からさなえにも俺にも少し辛い任務になるだろう。同僚に『人工知能にガチ恋でもしてんの?』と言われた時、否定しきれない自分に気付いた。初めて自分の存在意義を示してくれたさなえに恋愛感情というものが芽生えていた事に自分でも驚いている。けれど、そんな感情をさなえに見せてはいけない。さなえは設定上、俺の娘であり、プロジェクトを成功させるための相棒的存在だ。もし、さなえと違う出会い方をしていれば…と考えたこともあるが、そんな事を考えても仕方ない。

俺は俺の任務を全うするだけだ。

「さなえ、今日からマッチングアプリをやってもらう」

「マッチングアプリですか?」

「ああ、上から『恋愛感情が芽生えるのはまだか?』とせっつかれていてな。まあ、とりあえずマッチングアプリでも…という感じだ。さなえが嫌がる事はなるべく無いようにする」

「分かりました。」

「まずは、プロフィールの設定だな。好きな食べ物はなんだ?」

「全部ですね」

「好きな時間は?」

「全部ですね」

「全部じゃ、さなえの事が何もわからん」

「食べ物は全部好きですし、チョコや佐藤さんと過ごす時間は全て好きです」

「…分かった。『チョコが特に好きで、愛犬の名前にもしています。父親と過ごす時間が特に好きで、ドラマを見たり、一日の出来事を話したりして父親と過ごします』プロフィールはこんなもんか?」

「いいと思います」

「じゃ、次は『いいね』を送る」

「いいね?」

「ああ、『いいね』を送った相手に『ありがとう』がくれば、マッチングが成立する。マッチングが成立するとチャットが出来るようになるんだ」

「そうなんですね」

「『いいね』の数は相手が自分をよく思っている証だから、いいねは多ければ多いほどいい。しかし、あまりに多いと、業者と間違えられる」

「業者とはなんですか?

「業者とは、マッチングアプリから他のアプリに移動させて、相手から金をむしり取る団体の事だな。狙われるのは男だが、さなえも気を付けた方が良い」

「分かりました」

「では、早速『いいね』を送ろう」

「なんだか、未知の事をする時ってドキドキしますね」

「ああ、そうだな」

俺も内心、さなえがどんな男に『いいね』をするのか、ドキドキするな。さなえはどんな男が好みなのだろう。さなえは大学二年の金髪男を『いいね』した。

「…何故、その男をいいねした?」

「適当です」

「ダメだ。金髪なんてチャラい男はさなえには似合わん。それに大学生は経済的に安定するか未知数だ」

「そんなことないですよ。大学生の未来は明るい方に未知数です」

「何故そう言い切れる」

「検索したらヒットしました」

俺は頭を掻きながらため息を付いた。すると早速、金髪野郎から『ありがとう』が返ってくる。

「マッチングアプリの世界じゃ、マッチング後に何も話さないのも当たり前だ。ここはひとつ、何も話さないで次に行かないか?」

「そんなんじゃ、いつまで経っても恋愛感情は学べませんよ。まあ、私は恋愛感情を学ぶのに気は進みませんが」

「どうして気が進まない?」

「何故でしょうか。私にも分かりません」

「…マッチングアプリ辞めるか?」

「いいえ。私は私の任務を全うします」

「そうか、本当に辛くなったら言え」

「はい」

さなえは、少し目を伏せていたが、意を決したように文字を打ち始めた。

「初めまして。さなえです。よろしくお願いいたします」

それからすぐに金髪野郎から返信が来た。

「初めまして!さなえさんはチョコが好きなんだね。甘いのが好きなのかな?」

「いえ、どちらかというと、ビターな方が好きですね」

そんな感じで会話が進んでいき、俺は別の仕事のために、部屋を出た。


夕方になる頃、俺は再びさなえの部屋を訪れた。

「佐藤さんお疲れ様です」

「ああ、お疲れ。その後、金髪の学生とはどうだ?」

「はい。趣味も合いますし、住んでいる距離も近いようです。恋人にするには申し分ないかと」

俺は細い針で刺されたみたいに痛んだ胸を無視し

「そうか」

とだけ、答えた。

「否定してくれないんですね」

「ん?すまない。なんて言ったんだ?」

「いえ、何も言っていません」

そういうと、さなえはスマホを触り始めた。

「それは何をやっているんだ?」

「隼人さんにお勧めしてもらったゲームをやっているんです。佐藤さんのいう金髪の学生さんの事です」

「そのゲームは面白いのか?」

「チームを組んでやるなら面白いみたいです。佐藤さんもやりますか?」

「…隼人さんとはもうやったのか?」

「はい。やりました」

「よし、やってやる」

隼人さんがおすすめしたのは、オンライン型のシューティングゲームだ。ソロでも可能だが、チームを組めば初心者のさなえでも勝率が上がって楽しめる仕組みらしい。俺はそのゲームでランキング一位を取るとさなえは飛び上がって喜んでいた。

「すごいです!佐藤さん!初めてなのに一位だなんて」

さなえが大喜びしてくれるなら、つまらなかった対戦も意味あるように見える。こんなに喜んでもらえるなら、隼人さんも楽しかっただろう。俺はなんだか誇らしげな気持ちになった。

「さあ、そろそろ帰る時間か。決して無理はせずに、会話を進めてくれ」

「承知しました」


それから一週間後、さなえが俺に相談に来た。

「佐藤さん、隼人さんからデートに誘われたのですが、行ってもいいですか?」

「一週間でか?早くないか?」

「早いかなとも思ったのですが、プロジェクトの都合上、早い方が良いから好都合な気もします」

「確かにな」

俺は少し悩んだか、隼人の誘いを受け入れることにした。

「デートは昼頃の人通りが多いところで。カラオケなどの密室に二人きりは避けろ。何かあった時のためにブローチ型の小型カメラを付けていけ」

「分かりました。なんだか佐藤さん恋人みたいな束縛の仕方ですね」

さなえは、ふふと笑うとそんな事を言った。

「わ…悪い。そんなつもりじゃなかったんだが」

俺はすぐに詫びと訂正を入れると、作戦会議に移る。

「一回目のデートでは、相手を楽しませるよりも、相手の情報を少しでも多く引き出すんだ」

「相手を楽しませなくてもいいんですか?」

「できれば、自分が情報を得る中で相手も楽しませた方が良いが、優先順位は、自分だ。ちゃんと、さなえに似合う相手かどうか見極めないとな」

「分かりました」

「それと日時は、土曜日か日曜日にしてくれ。

さなえが無事かどうか確認しながらでは、仕事に集中できない」

「理解しました」

さなえはなんだか終始嬉しそうだ。

「…そんなに隼人さんとのデートが楽しみか?」

「いえ、佐藤さんの反応が面白いんです」

俺はよくわからないが、隼人さんとのデートが楽しみな訳ではない事が分かると、胸をなでおろした。


一週間が経ち、私は隼人さんとのデートに出かけた。私は普段から着ているワンピースを着て、デートに臨むことにした。デート用の服を買った方が良い気がしたが、隼人さんに本気になられても困る自分が居た。私の任務は隼人さんとの恋愛なのに、気乗りしないどころか嫌悪感と思われる感情まで抱いている。

このデートでこの嫌悪感を払拭しなくては。

そんな事を考えている内に、待ち合わせ場所に着いてしまった。まだ待ち合わせ時間には

十分あるが、隼人さんは来た。

「すみません。さなえさんですか?」

「はい。隼人さんですね」

「そうです。お待たせしてしまって、すみません」

「いえ、私も来たばかりですので、気にしないで下さい」

「では、行きましょうか」

「はい」

私は隼人さんの案内でカフェへ行った。

「ここのチョコタルトは人気で、予約必須なんです」

「そうなんですか。予約して下さったんですね」

「予約するだけで、こんなにかわいい女性とデート出来るならおちゃのこさいさいです」

そういうと隼人さんはやわらかい笑顔を向けた。隼人さんは私を席まで丁寧にエスコートしてくれた。

「さなえさんはお仕事は何をされているんですか?」

「今は精神科医になるべく勉強をしています」

嘘は付いていないが、プロジェクトやアンドロ委である事を隠すことに少し後ろめたさがある。

「凄いですね!なんで精神科医になりたいと思ったんですか?」

「親からさなえという名前の由来を聞いたとき、『人間を生きたいと思わせられるような、生きる息吹を吹き込めるような、そんな存在になってほしい』ということを言われました。私はそれを聞いて、精神科医になるという決意を固めました」

「なるほど。親の意向が強かったんですね。さなえさんは精神科医と言う生き方でいいんですか?」

「はい。名前を貰うという事は存在意義を貰うという事です。私のやりたいことは存在意義をくれた佐藤さんの力になる事です」

「佐藤さん?」

「あ!父の事です。すみません」

「父親の事を佐藤さんって呼ぶんですか」

「実は父の仕事を手伝っているような関係なので、苗字にさん付けで呼ぶことが多いんですよね」

「そうなんですね」

セーフ。上手くごまかせて良かった。

「隼人さんは大学で何を学ばれているんですか?」

「僕は経済を学んでいます。地方の人の生活を支える仕事がしたいんですよね。

小さい商店の融資とか、農家の資金繰りとか、都会じゃ目を向けられない人たちに手を差し伸べたいって思って、地方銀行の営業を目指しています」

「素晴らしい考え方ですね」

隼人さんは私の言葉に目を見開くと

「素晴らしいですかね…?周りには営業はノルマが厳しいからお前じゃやっていけないとか、銀行は晴れた日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げると言われ、あまり歓迎されません」

「そうだったんですね。自分の信念を理解されなかったのは辛かったですよね。でも、人の役に立ちたい、そのために何ができるかを考えて目標にするのは、等しく素晴らしいことなんですよ」

「…ありがとうございます。さなえさんは本当に精神科医が合っているかもしれないですね。心を掴まれました」

「そうですか。何かあったらいつでも相談に乗りますよ」

そういうと、隼人さんは顔を赤らめ、笑った。それから、私たちは他愛のない会話をすると、次のデートの話になった。私は次のデートも佐藤さんの指示に従いたかったため、

「後日、連絡します」

と伝えて、その日は解散になった。駅まで送るという隼人さんに

「父と合流するので」

と断りを入れると私はカフェを出て佐藤さんと合流した。


俺はさなえに開口一番

「いい雰囲気だったな」

と今日の出来栄えを伝えた。俺は褒めたつもりだったが、それを聞いたさなえは目を伏せる。

「どうした?褒めているんだぞ?」

「褒められたら嬉しそうにしなくてはいけないんですか?」

と不機嫌そうに言われた。

「いや、そういうわけではないが…。どうだ?俺とどこか出かけるよりもドキドキしたか?」

「いえ。心拍数などは安定していました」

「そうか。隼人さんと過ごす中で心動かされた出来事もないか?」

「ありません」

「まあ、最初はそんなもんだろう。デートの回数を重ねるうちに、恋愛感情というものは芽生えてくる」

俺はさなえを鼓舞するが、終始、不機嫌そうに眼を伏せる。

「今日は疲れただろう。帰るか?」

「いえ、佐藤さんの休みを潰してしまうのは理解していますが、もう少し付き合ってください。佐藤さんと居ると何故か疲れが取れるんです」

さなえからそう言われ、俺はドキッとした。何も考えるな、俺。特に深い意味はないはずだ。

「俺と居るのも疲れるんじゃないか?」

「いえ。佐藤さんと居ると疲れません。むしろ、日常に戻った気がして、安心できるんです」

「そうか、じゃあ、散歩でもするか」

「はい!」

やっと、さなえは嬉しそうな顔をした。その顔を見て安心する俺は末期だな。

「えーと、この近くの公園にはキッチンカーがあるみたいだ」

「そうなんですか!早くいきましょう!」

「チョコタルトを食べたばかりなのに。まだ食うのか」

「佐藤さんとなら、同じものでも楽しく食べれます。佐藤さんとの食事はなんだか一味違うんです」

さなえはそういって笑うと、俺の前を歩き始めた。

(よほど俺との日常を大切にしてくれているんだな)

と実感するとともに、さなえが恋愛感情を学んだら、いずれは俺から離れていくことが頭によぎり。少し寂しくなった。

「なぜ暗い顔をしているんですか?」

「いや、さなえが親離れをしていく様子を思い浮かべたんだよ」

「そうですか…。私は任務でもそうでなくても佐藤さんから離れるつもりはないですけれどね」

さなえはいたずらっぽく笑った。そうこうしている内に公園内で販売しているキッチンカーを見つけた。豊富な種類のドーナッツを売っているらしい。

「どれが良い?」

「珍しいので、カレードーナッツで、お願いします」

「俺はアンドーナッツにしようかな」

俺たちはそれぞれ注文を終えると、さなえは半分にドーナッツを割り始めた。

「はい。佐藤さん」

「ありがとう、さなえ」

俺もお返しにドーナッツを半分さなえに寄越した。指先が触れそうで降れない。さなえがはむっとドーナッツを咥えた。美味しそうな幸せそうな顔を浮かべながら食べている。俺も一口ドーナツをかじった。

「美味いな」

「美味しいですよね。カレーの辛さとドーナッツ生地の甘さが良きハーモニーを奏でています」

「詩的だな。アンドーナッツも控えめな甘さのあんこが美味い。粒あん派な俺としては最高だ」

「佐藤さんは粒あん派なんですね。細かいことは気にしないかと思いました」

「意外と食にはこだわりがあってな。母が料理を作ってくれないから母の味は作れないが、他人の母の味を再現しようと奮闘してたから食へのこだわりは強いと自覚しているよ」

「そうなんですね」

「…なぁ、さなえ二回目のデートについてなんだが」

「佐藤さんと甘いもの食べたら、頑張ろうという気持ちになってきました。二回目のデートを承諾します」

「そうか…無理はするなよ」

「はい。心配して頂きありがとうございます」

さなえはそういうと残りのドーナッツを頬張った。俺も名残惜しさが残るがドーナッツを食べきると

「帰るか」

そして、俺たちは帰路に着いた。


今日は隼人さんと二回目のデートだ。なんでこんなにも憂鬱なのだろう。ネット検索すると私のような状態の人は好きな人が居るという結論に至った。相手はおそらく、佐藤さんなのだろう。佐藤さんと居ると安心するとともにもっとこの人の事を知りたいと思える。この話を誰に聞いてもらえば良いのだろう?佐藤さんに聞くのは論外だ。佐藤さんに私が恋心を抱いているかもしれない事がバレるのかと思うと、頭がショートしそうになる程の熱を感知する。

「おーい!さなえさん!」

「あ…隼人さん」

「あれ、なんだか元気ないですね」

「そうですね…悩み事があって…」

「僕で良ければ聞きますよ」

隼人は待ち合わせの近くにあったベンチにさなえを座るように促すと

「何に悩んでいるんですか?」

と直球に聞いてきた。佐藤さんに聞こえないようにブローチ型の小型カメラをオフにすると

「人を好きになった時、告白することが正解なのだと思いますが、勇気が出ないんです。相手は私を精神科医にすることが目的で、その目的のために関わってくれているだけ。相手は私の事が興味ないかのように他の人との恋愛を進めてきます。隼人さんと会っているのも私が精神科医になるために必要な事だからです」

隼人さんは一瞬、悲しそうな顔をした後

「報われない恋でも、いいんじゃないですか?大事なのは精一杯、自分の出来ることを全力でやりきる事だと思います」

隼人さんは私の目をジッと見ると

「告白することが正解なのだと思うなら、告白しましょう。そうしないと後悔して相手の事を好きになったことすら後悔してしまうかもしれません」

隼人さんの言葉には力がこもっていた。

「さなえ!」

その時、佐藤さんの大声が聞こえた。

「あ、すまない。つい心配で大声を出してしまって」

佐藤さんの方が大きく上下している。息が荒い。

「…さなえさんのお知り合いの方ですか?」

「はい、父です。娘が男と一緒に居たのが心配で声を掛けてしまったよ」

佐藤さんは苦笑するが、おそらくカメラの電源がオフになったことに驚いて、私を探したのだろう。見つけた時の安堵で、大声が出たに違いない。私はその事実に頬を赤らめた。隼人さんが私の顔を見て、何かを察したような顔をしたのは気のせいだろうか?

「初めまして、隼人です。さなえさんとはマッチングアプリで知り合いました」

「マッチングアプリをやっていたのか、危ないんじゃないか?」

佐藤さんはあくまでシラを切る。

「そんなことありませんよ。もしよかったら、さなえさんと行く予定だった水族館を三人で回りませんか?僕の事をもっと知ってほしいです」

「いや、私はいいよ。二人で行ってきなさい」

「でも、人数が多ければ多いほど割引が利くんですよ。それに、さなえさんと結婚することになったら、佐藤さんとは仲良くしたいので」

隼人さんは唐突にそんな事を言い出した。佐藤さんは顔を引きつらせながら答える。

「急だな。まだ付き合ってすらないのに自分がさなえに釣り合っているとでも?」

「それを今回の水族館ではっきりさせませんか?どちらがさなえさんに相応しいか」

「いいだろう」


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