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遊園地へ行こう

「さなえ、時間だ」

「はい。よろしくお願いします。佐藤さん」

「今日のプログラムは『楽しい』という感情を学ぶことだ」

「分かりました」

「じゃあ、そのためには遊園地に行こうか。自分自身、『楽しい』感情を学ぶ中で、他の人が持った『楽しい』感情を感じ取ってもらう」

「はい」

「では、早速、行こうか」

「チョコも一緒ですか?」

チョコは別れる時、さなえに『哀しい』感情を教えるのに、最適な存在になるだろう。そのために、犬との『楽しい』時間を確保する必要がある。

「無論、連れていく」

さなえの口元が少し緩む。

「今、君が感じている感情は『嬉しい』だ。大切なものの傍にいれる時に感じるものだ。他にも、褒められた時、順調に物事が進んだ時、愛されていると感じる時に生まれる感情だ。『嬉しい』は『楽しい』の派生系だから、よく覚えておくんだ」

「分かりました。私が佐藤さんから名前を貰った時と同じ感情ですね」

「ああ、そうだ。その時の復習だな」

さなえに感情を教える時は、こうやってラベリングをしていく。さなえが学習しなければいけない感情が状況として現れた時の酸素要求量や心拍の早さ、瞳孔の開き具合などと俺の説明をリンクさせる。そうすることによって、いちいちパターンを説明することなく、酸素要求量などから今のパターンではどの感情が適切か判断することが出来る。

俺はさなえの部屋の扉を開けると、俺たちは遊園地へと向かった。


遊園地は小規模にも関わらず、親子連れやカップルで賑わっていた。

チョコは初めて見る人混みに興奮して、尻尾を振りながら周りをきょろきょろしている。さなえもチョコと同じく周りをきょろきょろ見渡していた。

「遊園地というのは、『恐怖』を楽しむものだ。『恐怖』とは本来、嫌な感情だ。しかし、死という恐怖から無事だった時の安心感を感じた時、『自分は今、生きている』という興奮に変わる。人は意識的に生存価値を見出すのは難しいから、本能的に生存価値を見いだせる『安全が保証された恐怖』にハマるんだ」

「なるほど。記憶しておきます」

「では、早速ジェットコースターに行こうか」

「はい」

ジェットコースターは遊園地の中でトップ三を争う、人気アトラクションだ。

「きゃあああ!」

ジェットコースターは阿鼻叫喚の嵐で、アンドロイドであるさなえがどんな反応をするのか楽しみだ。

並んでいる間、ジェットコースターから降りてくる人達とすれ違う。笑顔でふざけ合いながら降りてくる人や目が回ったのかよろよろと降りてくる人が横を通りすぎる。

「色々な反応がありますね」

「ああ、個人差ってやつだ」

「個人差っていうのは、何で決まるんですか?」

「乗り物酔いの個人差は経験だな。ジェットコースターや乗り物を頻繁に乗る人は乗り物酔いしにくいから、楽しむ余裕があるのかもしれん」

「なるほど。では、私は楽しむ余裕は無いかもしれませんね」

「ああ、例え機械でも体の感覚とセンサーの感覚が違えば、乗り物酔いを起こすだろう」

「あ、次でジェットコースター乗れますね」

「ああ、長話をすると時間の感覚が短いな」

チョコは荷物置き場の近くで丸くなって待っている。さなえは「お利口にしててね」と小声で声をかけていた。

俺たちはジェットコースターに乗り込んだ。ガタン、ガタンとジェットコースターが動き出す。

「あぼぼぼぼぼぼ」

ジェットコースターが降下したタイミングで、さなえから変な声が出た。

「なんだ、その声は」

「う…まく…はなせませ…ん」

「ふはっ」

意外なさなえの反応に俺も変な笑い声が出た。

ジェットコースターから降りると、さなえはヨロヨロと千鳥足で階段を下りていく。

「おい、そんな状態で1人で階段を降りるな。危ないだろ」

俺はさなえの腕を掴んだ。

「いえ、ご迷惑をお掛けするわけにはいきません」

「いい。君が精神科医になったら患者と信頼関係を築かなければいけない。そのためにも『頼る』『頼られる』事を覚えろ」

「分かりました」

さなえは俺の腕に体重を預けるようにして、腕を組んできた。その際、さなえの胸が俺の腕に当たる。

「…おい」

「なんですか?」

「何でもない」

離れろとは言えない。そんな事を言ったら俺が気にしているみたいじゃないか。相手はアンドロイドだ。あっちにそんな気はない。俺だけが気にするなんて愚の骨頂だ。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

「そうか。では、次はお化け屋敷で『恐怖』と楽しさの関係について学んでもらう。人間は霊的なものに対しても命の危険を感じる。命の危険から一気にゴールした時の安堵感で『楽しい』という感情が生まれるんだ」

「なるほど。仕組みはジェットコースターと同じですね」

「さて、お化け屋敷に行こうか」

俺たちはお化け屋敷まで歩き出す。

「そういえば、家族連れやカップルが多く、一人だけで遊園地を楽しんでいる人が居ないのはなぜですか?」

「人間は生存するために集団で行動する本能があるんだ。だからこそ、一人なんて単独行動するものは笑われ、いじめられ、恥ずかしい行為だと認識する。だから、集団で行動することが多い遊園地は1人で楽しむやつは居ないんだ。カフェとかには1人でも平気な人はいるがな」

「なるほど」

そうこうしている内にお化け屋敷に着いた。

お化け屋敷の扉を開けると、重苦しい雰囲気が漂う。

チョコは薄暗い入り口に一瞬唸ったが、さなえに撫でられて静かになった。

さなえはゆっくりと歩を進めた。

「さなえ、前へ」

「え?私が前なんですか?」

「恐怖を存分に楽しんでもらいたいからな」

「心拍数が上がって、ショートしそうです」

さなえはおそるおそる進んでいく。

すると、正面にある襖がゆっくりと動き出した。

その瞬間、髪の毛で覆われて良く見えないが顔を赤い血で染め、口を大きく開けて舌ベラがだらりと引き伸びている女の顔が飛び出してきた。

「あぼぼぼぼぼ」

「うぉ!」

あまりの精巧な作りに俺も驚いてしまった。というか、驚きでうまく話せなくなってもさなえの言葉は『あぼぼぼぼ』なんだな。

さなえは急に座り込んだ。

「どうした!?」

「分かりません。急に動けなくなりました。これが腰が抜けたというものですか?」

アンドロイドが腰を抜かすことなんてあるのか。さすがは最新鋭のアンドロイドだ。

「仕方ない。あんまりうだうだしていると、次の客に迷惑だから抱きかかえてお化け屋敷を出るぞ」

「すみません」

ジェットコースターの時とは違い、すぐに人を頼ることが出来ている。やはり、素直さというものは可愛さに直結するのか、たまらなく可愛い人間のように思えた。

腰の抜けたさなえをお姫様抱っこをし、チョコのリードを握るとゴールに向かう。リタイヤ用の出口もあったが、せっかくなのでさなえの反応を楽しむことにした。

「あぼぼぼぼ」

すでにさなえの奇妙な叫び声として定着しつつある声を楽しみながら、俺はお化け屋敷を後にした。


それから俺たちはゴーカート、メリーゴーランド、コーヒーカップなど、ありとあらゆるアトラクションを楽しんだ。

最後に選んだのは観覧車だ。

「佐藤さん、来ましたよ!」

いつの間にか、さなえは楽しそうに率先して遊園地を回っていた。

俺たちは観覧車に乗り込むと、景色を楽しむことにした。

チョコも観覧車に乗せてみたが、外を見ようとはせず、さなえの足元で静かに丸まっていた。

「綺麗ですね」

さなえは夕焼けに染まった空を見ながら呟く。

「そうだな」

「私、生まれてきて良かったです。こんなに楽しい感情を覚えられて、綺麗な空に綺麗だと感じる感覚もついて」

「感情があると、景色も色付いて見えるだろ」

「はい」

俺たちは会話もせず、景色を眺めていた。

すぐに観覧車は下に着いた。

「じゃあ、会社に帰ろうか」

俺たちは駐車場にある車に乗り込んだ。

「どうだ?遊園地は楽しかったか?」

「はい!」

「どんなところが楽しかった?」

「いつもは厳格な佐藤さんが、笑ったり驚いた顔をしているのが、とても楽しかったです」

「ふむ……人の意外な一面を見るという『楽しさ』も確かに存在する。人は自分が知らないものには警戒する本能が備わっている。相手が今、どんな感情を持ってどんな行動をしているのか、さなえの学習した内容に沿っている…共感しているから安心した。その安心が『楽しさ』に昇華されたんだ」

「なるほど」

さなえとの間に沈黙が流れる。

「…佐藤さんは遊園地は楽しかったですか?」

さなえが唐突に質問を投げかけてきた。

「ああ」

「どんなところが楽しかったんですか?」

「さなえが分かりやすく感情表現をしていたから、かな」

俺は言葉を探しながら答えた。そういえば、楽しいと思ったのなんて、何年ぶりだろう?

「人は知らないものには警戒するけれど、分かりやすいものには安堵するんですもんね」

さすがアンドロイドだ。飲み込みが早い。

なら、俺の次の教えも分かるだろ。

「さなえ、人と会話をする時には質問攻めにするのではなく、自分の感情を伝えてから相手に会話を投げるんだ」

「と、いいますと?」

「『遊園地は楽しかったですね?」と会話を投げたら、同意か不同意の言葉が返ってくる。不同意なら『なぜ?』と返しても良いが、同意なら『私は〇〇がスリルがあって楽しかったです。佐藤さんは?』と相手に唐突感のない会話を投げるんだ。それが人間のコミュニケーションというものだ。俺は教える立場だから質問攻めにしてしまうが、他者の会話を観察することで、自然な会話を身に付けていこう」

「分かりました」

そう指導している内に俺にとっての会社に、さなえにとっての家に着いた。チョコとの別れが近づいているのは俺だけが知っている。さなえはチョコと別れる時、どのような反応をするのか、俺は考えないようにした。


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