第2章 留年と、終わっていく日々
死神と出会ったあの日から時は少し遡り、三月の終わり、俺は留年した。
大学の学生ポータルにログインし、成績確認のページを開く。
赤い文字がひとつ、目に飛び込んできた。
【F】必修科目:システム設計論Ⅱ
クリックひとつで未来が崩れる。
そんなのは比喩だと思っていた。違った。
俺は、四年生で必修を落とした。いや落としてしまった。
スマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。
頭のどこかで何かが折れる、乾いた音がした気がした。
父に報告したのは、その日の夜だった。
通話は五分もなかった。
『必修を落とした?』
「うん……」
『四年生で落とす意味が分からない。遊んでいたのか。』
「違う。研究とか、制作とか……色々やってて」
『お前の“色々”は言い訳だ。結果がすべてだ。』
返す言葉はなかった。
父は最後に短く言った。
『支援はもう打ち切る。家も出ろ。以上だ。』
電子音とともに通話は切れた。
唐突な終わりだった。だが、俺の背中もすぐに押された。
実家を追い出され、急いでアパートを探した。
冷蔵庫は小さく、床はよく冷え、壁は薄かった。
六畳一間。
新しい生活。
終わっていく未来。
四月、五月。俺はほぼ壊れていた。
夕方に起き、コンビニやスーパーで適当に食料を買い、暗くなった頃に部屋へ戻る。
夜は眠れず、明け方にようやく意識が落ちる。
内定先からの連絡は既読すらつけられなくなった。
【提出書類に不備があります】
【研修資料をお送りします】
【最終進路確認の回答をお願いします】
どれも、開けなかった。
テレビの音は半分しか入ってこない。
SNSの文字は意味を持たなかった。
唯一、電源を入れられたものがある。
古いゲーム機だ。
起動するだけ。プレイはしない。
タイトル画面の揺れる光を眺めるだけ。
子どもの頃は、ゲームが自分の世界だったのにな。
六月。
俺は外を歩くようになった。
歩くのは夜だった。
誰とも話さなくていい時間帯。
終電前の駅に立つ日が増えた。
線路の匂いを知った。鉄と油の混ざった、冷たい匂い。
(飛び込むなら、今日か。)
そう思うのに、できなかった。
帰り道、心の中で言い訳が浮かぶ。
「今日は他にも人がいたから」
「明日はもっとちゃんとできる」
「まだ整理できてない」
なんて自分への言い訳を並べながらどっちつかずな行動が増えてきた。
整理できる人生なんて、最初からなかったのに。
そして六月が終わる頃、俺は気づいた。
死ぬ覚悟は持っていないくせに、
生きる覚悟はとうに失くしていたことを。
七月。俺は地下鉄ホームに立っていた。
そして、黒いフードの死神と出会った。
死ぬはずだったはずの夏は、そこで延長された。




