第3話:鍵の在処は給湯室の隣ってマジですか?
「……じゃあ、つまり鍵の場所って、お前も知らねぇってことか」
「“使ったことはない”って言っただろ。聞いた事あるのと、触れたことがあるかは別だ」
俺は牢の中で膝を抱えたまま、思いきり天井を仰いだ。
ここにきてのまさかの「聞いたことはある」止まり。
「いや、そりゃまあ、希望が見えただけでもデカいけどさ……」
グルが腕を組み、ふてぶてしく壁にもたれかかる。
彼は今、まるで終業後のサラリーマンのような表情をしていた。
「……確か、給湯室の隣の倉庫になんかあるって聞いた。
鍵束を管理してる“保管棚”ってやつがあるらしい。上級の看守だけが開けられる」
「給湯室の隣……つまり、職員エリアか」
「そうだな。お前の立場じゃ、行くこともできねぇ場所だ」
「いや、お前の立場でも無理だろ?」
「おう。だから、夜勤中にこっそり探しに行く」
「え、行くのかよ!?」
「バカ、行かねぇとパン焼けねぇだろ!」
……お前、パン焼きたいのかよ。
思わず笑いかけたが、グルの目は本気だった。なんだこいつ、可愛いな。
*
翌晩、作戦は実行に移された。
名付けて――“俺たちの鍵を求めて ~ゴブリン潜入編~”。
なお、命名はグルである。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ。見回りルートにしれっと組み込むから、30分ぐらい待っとけ」
「無理すんなよ。捕まったらパンどころか命ないぞ」
「へっ、社畜ナメんな。サービス残業歴12年だぞ。時間配分だけはプロだ」
ドヤ顔で去っていくグル。
あいつ、ほんとにどの世界でも社畜力高ぇな……。
しばらくして、俺は牢の奥でじっと息を殺して待っていた。
時折聞こえるゴトンという金属音、遠くから響く看守の足音。
そのすべてが、普段より少しだけ鋭く聞こえる。
──その20分後。
「……戻ったぞ」
「!.....無事か!?」
鉄格子の向こうに現れたグルは、汗をぬぐいながら口元をゆるめた。
「やべぇもん見つけたぞ」
「鍵あったのか!?」
「いや、違う。給湯室の横に、こんな張り紙があった」
そう言って差し出された紙切れには、手書きでこう書かれていた:
⸻
『鍵は現在、監獄副長の私室にて保管中。勝手に触ったら即処刑だからな』
⸻
「……詰んだ?」
「まだだ。俺はこの状況を“チャンス”だと捉えてる」
「なんでそうなる....」
グルはニヤリと笑った。
「副長が“個人的に”保管してるってことは、逆に言えば――副長が持ってる時以外、
どこかに“置いてある”ってことだ。タイミングを狙えば、盗める」
「はぁ……どこまでバクチだよ」
「バクチで人生変えられないなら、パンなんか焼けねぇ!」
グルの言葉は、やたらと力強かった。
そのくせ、パンが命みたいなテンションなのが逆に笑える。
だが、今はもう笑っていられない。
確かに、鍵は存在する。そして、具体的な所在もわかってきた。
あとは、“取りに行くだけ”――それがどれだけヤバいことか、まだ知らないくせに。
鉄格子の外、遠くでまたフクロウが鳴いた。
その声が、牢の中の俺たちに合図を送るように響いていた。
――脱出の第一歩は、鍵を手に入れること。
そして今、パンの香りはまだ遥か遠くだが、
その“生地”だけは、静かに、確かに練られ始めていた。




