第23話:崩れる夜と独白
牢の中に戻されるのも束の間、また足音が来た。
今度は二人ではなく三人。嫌な予感しかしない。
兵A「立て。副長がお呼びだ」
グル「またかよ……俺、皆勤賞もらえそうだな」
兵B「口を閉じろ。副長の前で減らず口を叩けば、今度こそ舌を抜かれるぞ」
グル「そりゃ便利だ。黙れ黙れって言われなくて済む」
兵C「……生意気な」
縄を締められ、廊下を歩かされる。
石壁が冷たく、足音が響く。
奥に進むにつれ、空気の質が変わる。
――血の匂いだ。
扉が開く。
蝋燭の明かりが弱く、机の上には鉤爪の器具が並んでいる。
副長ヴァルド=クレイノアが、灰蒼の肌を赤く染める炎の前に立っていた。
ヴァルド「……また会ったな。グル」
グル「俺としては、もう少し会う頻度を減らしたいんだが」
ヴァルド「こちらはお前の言葉を求めている。……だが、相変わらず無駄口ばかりだな」
彼は机の上から鉄製の鉤爪を取り上げ、ゆっくりと手の中で回した。
角が炎の影を揺らし、牙が僅かに覗く。
ヴァルド「爪は、体の中でも特に神経が多い場所だ」
グル「講義料は高そうだな。学生割引はあるのか?」
ヴァルド「お前は学ぶ前に痛みで泣くだろう」
兵に押さえつけられ、左手が台に固定される。
鉤爪が近づく。金属が冷たく光り――次の瞬間。
――ベリッ。
激痛が走った。
視界が一気に黒く染まり、胃の底から吐き気が込み上げる。
兵A「言え! 人間の行方を!」
グル「ぐっ……は、はは……! 俺が知ってるなら、とっくに……!」
兵B「嘘をつくな!」
グル「嘘は……上司のほうが得意だろ……!」
ヴァルドが机を軽く叩いた。
低い音が、部屋の空気を支配する。
ヴァルド「沈黙はお前を救わない」
グル「……救うために黙ってるんじゃねぇ」
ヴァルド「では、何のために?」
グル「“仲間”のためだ」
ヴァルド「仲間? 人間か。囚人か」
グル「ああ。社畜仲間だ」
兵が吐き捨てるように笑う。
ヴァルドは目を細め、牙を覗かせて冷たく言った。
ヴァルド「愚かだな……だが、その愚かさも記録に残す価値はある」
羽ペンが帳面を走る音がする。
痛みに揺れる意識の中で、俺はそれを耳に焼き付けた。
⸻
夜。牢に戻される。
隣の囚人が声をかけてきた。
囚人「おい、グル……なぜ、そこまで黙ってる?」
グル「喋る理由がねぇ」
囚人「生きたいだろ」
グル「今、息してる。それで十分だ」
しばし沈黙。だが別の声がした。
若い看守だ。影からこちらを覗いている。
若い看守「なぁ……どうして言わないんだ。言えば楽になるのに」
グル「……お前も社畜なら分かるだろ。言えないことのひとつやふたつ、あるはずだ」
若い看守「……馬鹿だよ、あんた」
グル「うん。馬鹿だ」
俺は笑って、血に濡れた歯を見せた。
そして心の中で――
(……ツバサ。飛べよ。お前は飛べる)




