第22話:副長室、低い灯り
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再び連れ出された。
縄で縛られ、兵に挟まれ、湿った廊下を歩く。
何度目の連行か。もう数える気も失せていた。
兵A「歩け。足を止めるな」
グル「おいおい、急かすな。今日は日曜出勤か? 残業続きで体がもたねぇんだよ」
兵B「囚人のくせに休日を口にするな」
グル「お前らだって、休みが欲しいんだろ?」
兵A「黙れ」
角を曲がり、階段を上る。
見えてきたのは、またあの扉。
鉄と油の匂い。吐き気のする“秩序”の匂い。
兵が扉を開ける。
中は暗かった。
蝋燭の火は低く、部屋全体を煤けさせている。
しかし暗がりの中で、炭火の赤が揺れていた。
鉄棒が二本、炭に差し込まれ、じりじりと音を立てている。
その前に立つ影――副長、ヴァルド=クレイノア。
黒髪に差す銀。灰蒼の肌。
角が炭火の赤を反射し、獣のような影を壁に投げている。
彼の切れ長の三白眼は、揺れる火に負けず冷たく光っていた。
牙を隠そうともしない口元。
ヴァルド「今日は趣向を変える」
グル「パーティーメニューか? 俺、焼き肉なら好物だぜ」
ヴァルド「焼きは焼きでも……肉はお前のものだ」
グル「……そりゃ、冗談にしても笑えねぇな」
兵が俺を押さえつける。
背を露わにされ、炭火の熱気が肌に近づく。
兵A「答えろ。人間はどこだ」
グル「知らねぇと言ったら、どうするんだ?」
兵B「鉄で刻んでやる」
グル「なら……百回まで数えてくれよ。労働記録は大事だからな」
兵B「クソが!」
赤く染まった鉄棒が背に押し当てられる。
じゅっ、と音がした。
肉が焼ける音。
次いで鼻を衝く、自分の焦げる匂い。
視界が白く弾け、息が勝手に喉を突き破った。
だが叫びは声にならなかった。
代わりに、歯を食いしばる音だけが響いた。
兵A「吐け! 言えば止めてやる!」
グル「うるせぇ……熱いのは、お前らの頭だ……」
二度目。三度目。
焦げる匂いが広がる。背が焼けるたび、意識が揺らぐ。
ヴァルドは動かない。
ただ机の横に立ち、帳面をめくりながら冷静に言葉を落とす。
ヴァルド「人間は……畑を耕し、パンを焼くと言っていたな」
グル「……ああ」
ヴァルド「くだらん夢だ」
グル「くだらねぇ夢を笑えねぇ奴が、一番くだらねぇんだよ」
牙を見せ、ヴァルドがわずかに笑った。
それは愉快ではなく、観察対象を眺める笑み。
ヴァルド「愚かだな……しかし、愚かさも記録に値する」
兵A「副長、まだやりますか?」
ヴァルド「続けろ。だが、死なせるな」
兵B「了解」
再び鉄棒が炭火に戻される。
赤が深くなり、熱気が強まる。
俺は目を閉じる。
痛みに意識を削られながら、頭の片隅に浮かぶのは……ツバサの顔だった。
牢で笑いながら「パンを焼きたい」と語っていた人間。
あの馬鹿正直な笑顔。
グル(……飛べよ、ツバサ。俺の分まで飛べ……)
焼け付く背の痛みの中で、俺は心の中でだけ叫んだ。




