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第20話:師の言葉、歩き出す翼

森での生活は、気づけば数ヶ月を数えていた。


朝は川で水を汲み、木々を切って薪を集める。

昼は魔力の制御訓練。

夜は焚き火を囲み、カナムに叩き込まれる魔法理論。


最初は魚一匹満足に獲れなかった俺が、今では数分で焚き火を起こし、水の浄化もできるようになった。

掌に乗る水球は、もう震えもしない。

意志に従い、自在に形を変える。

――少しだけ、自分が変われた気がした。


 


「……俺も、やれるようになったな」


川辺で水を操りながら呟く。

あの牢屋で震えていた自分は、もういない。

守られるだけの無力な自分も。


思い浮かぶのは、鉄格子の奥に残した小さな緑の背中。


「グル……待ってろよ」


拳を握りしめる。

ここで得た力があれば、今度こそ――


 



 


その夜。

焚き火の火がぱちぱちと弾ける中、俺は意を決して口を開いた。


「カナムさん。俺……決めました」


琥珀の瞳がちらりとこちらを向く。


「グルを助けに行きます。牢から、必ず連れ出す」


強い決意を込めて言い切った。

数ヶ月の修行を経た今なら、言葉にする資格があると思った。


だが――


「……バカか」


低い一言が、鋭く突き刺さった。


 


「なっ……!」


「数ヶ月修行したぐらいで、魔王軍の拠点に挑む気か? それを自惚れって言うんだよ」


焚き火の火が揺れるたび、カナムの影が大きく森に踊る。

その存在感に、喉が詰まった。


「でも……!」


言葉を絞り出す。

牢屋の冷気、グルの疲れた笑み。

あの光景が頭から離れない。


「俺は……仲間を置いてきたままなんて、耐えられない!」


「気持ちは理解する」


カナムは静かに息を吐いた。


「だが、現実を見ろ。昨日までの自分を思い出せ。

 森の小さな襲撃ですら、私はお前を守らなきゃならなかった。

 それが数ヶ月経ったぐらいで変わるわけねぇだろう」


「……っ」


言葉を返せなかった。

悔しさが喉の奥に詰まる。


 


「ツバサ。考えろ」


カナムの声は静かだが、確かな力を帯びていた。


「今の自分に、本当にできることは何だ?」


 



 


その夜、眠れなかった。

焚き火の火を見つめながら、何度も考えた。


――今の自分にできること。


水を操れる。

火を起こせる。

魚を獲り、薬草を見分け、飯を作れる。


だが、それで魔王軍と戦えるか?

牢に突入し、グルを連れ出せるか?


「……無理だ」


小さな声が夜に溶けた。

胸が締めつけられる。

でも、それが現実だった。


 



 


翌朝。

ツバサは焚き火の前に膝をつき、カナムに向き合った。


「カナムさん……俺、分かりました。

 今すぐグルを助けに行くのは、俺には無理です」


カナムの瞳が細められる。

だがその中に責める色はなかった。


「だから……まずはこの世界を知ります。

だけど、このままじっともしてられない...。

 その為にも、見聞を広めて、力を蓄えて……それから必ず迎えに行く」


 


言葉にすると、胸が少し軽くなった。

無力を認めるのは苦しい。

けれど、それが次の一歩になると分かった。


「……カナムさん。俺にとって、あなたは“師匠”です。

 本当に感謝してます」


深く頭を下げた。

牢で絶望していた俺を拾い、力を与えてくれた人。

師匠と呼ぶ以外に、言葉がなかった。


 


「……師匠、か」


カナムは少し驚いた顔をし、それから口元を緩めた。


「悪くない響きだな。……なら、もっとマシな弟子になれ」


「はい!」


胸の奥から自然と声が出た。


 



 


数日後。

ツバサは森の出口に立っていた。

背には小さな荷物、腰にはカナムが削ってくれた杖。


「北に三日歩けば街に着く。……死ぬなよ」


カナムが焚き火跡に腰を下ろしたまま、軽く手を振る。

その飄々とした仕草に、胸が熱くなる。


「行ってきます、師匠!」


ツバサは大きく息を吸い込み、森を踏み出した。


 


グルを助ける旅は、まだ遠い。

けれど、まずは世界を知ることから始めるんだ。


――翼が、この世界で羽ばたく音がした。


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