第18話:襲撃、規格外の力
森を揺らす地響き。
獣の咆哮と、金属がぶつかる耳障りな音。
「っ……!」
俺は思わず一歩後ずさった。
月明かりに浮かび上がったのは、背丈が二メートルを超えるオークと、背に棘の生えた魔獣。
その後ろには異形の兵士たちがぞろぞろと続いている。
胸には同じ紋章――魔王軍の印。
「やっぱり……!」
息が詰まる。
牢屋の石床、鉄格子、あの暗闇が一気に蘇る。
足が震え、前に出られない。
「……なるほど。囚人逃亡の件、本当だったか」
斥候の先頭に立つオークが低く唸った。
赤い瞳が俺を射抜く。
その眼差しには、獲物を見つけた捕食者の冷たさしかない。
「ツバサ、下がってろ」
カナムの声が飛ぶ。
俺が返事をする前に、彼女は一歩前に出ていた。
◆
「捕まえろ。生きていれば十分だ」
オークが腕を振り下ろすと同時に、魔獣が飛びかかってきた。
牙が月光にぎらりと光る。
「……チッ」
カナムが指先をひらりと動かした。
瞬間、風が弾け、魔獣の体が宙に吹き飛んだ。
骨の砕ける音。
地面に叩きつけられた魔獣は、二度と動かなかった。
「なっ……!」
兵士たちがざわめく間もなく、次々と襲いかかる。
槍の穂先が煌めき、剣が唸りを上げる。
だが――
「遅い」
カナムの声は静かだった。
彼女の周囲に空気が渦を巻き、透明な壁のようになって兵士たちを弾き返す。
槍は砕け、剣は跳ね飛ばされ、兵士は呻き声を上げて転がった。
「……嘘だろ……」
目の前の光景が現実とは思えなかった。
ただ片手を動かすだけで、十人以上の兵が戦意を喪失していく。
まるで子供を相手にしているみたいに。
オークだけは踏みとどまり、怒りに咆哮した。
「調子に乗るなッ!」
大剣を振り下ろす。
地面が割れ、衝撃で木々が揺れる。
「おおおっ……!」
俺は咄嗟に声を上げ、体が動いた。
けれど次の瞬間、目の前に広がったのは――
「うるさい」
カナムが伸ばした掌から放たれた“水の槍”。
それは音もなくオークの胸を貫き、巨体を一撃で沈黙させた。
◆
「……終わりだ」
焚き火の残り火がゆらめき、周囲は静寂を取り戻していた。
辺りには倒れ伏した兵士と、散った魔獣の残骸だけ。
俺はその場にへたり込んだ。
心臓は今も喉元で跳ね続けている。
「……ツバサ」
振り返ったカナムの瞳は琥珀色に光っていた。
戦いの最中とは違い、今は淡々とした静けさを取り戻している。
「分かったか? 今のお前じゃ何もできない」
「……はい……」
言葉が喉で震えた。
俺はただ、見ていることしかできなかった。
守られるだけで、足を引っ張ることしかできなかった。
「……でも」
震える声で、それでも口を開いた。
「次は……絶対に、何かを掴んでみせます」
拳を握り、膝の上で震わせる。
恐怖は消えない。
けれど、その奥にある悔しさはもっと強い。
カナムはわずかに目を細め、口の端を上げた。
「……いい目だ。
なら、次の修行は“制御”だな」
焚き火に薪を投げ入れる。
炎が立ち上り、闇を追い払った。
その光の中で、俺は強く誓った。
必ず――力を手に入れる、と。
◆
夜空には、牢屋の鉄格子越しに見たものとは違う星々が広がっていた。
でも今の俺には、それがあまりに遠く感じた。
“守られるだけ”じゃ、どこにも手は届かない。
俺は必ず、自分の翼で飛べるようになってみせる。