第14話:生きる術、思い出す日々
「ツバサ。魔法ばかりに頼るなよ」
カナムが鍋を洗いながら、俺に言った。
琥珀の瞳は焚き火の光に揺れている。
「生き残るには、火や水だけじゃ足りん。
刃物も、道具も、食材も、全部自分で工夫して掴まなきゃな」
「……魔法があれば、何とかなるんじゃ……」
「馬鹿言え。お前、昨日の炎を何秒保てた?」
「……三秒」
「そんなもんに命預けてたら死ぬぞ」
あっけらかんとした調子。
でも、その言葉は真実だと分かってしまう。
「今日からは生活スキルだ。川の水を煮沸する、簡単な魚の取り方を覚える、木の枝で道具を作る。……やれ」
「え、いきなり!?」
「実戦だ。社畜だったなら応用きくだろ?」
「社畜とサバイバルは違うでしょ……!」
反論しつつも、俺の脳裏に過去の光景がよみがえる。
◆
会社の給湯室。
ポットは壊れて湯が出ない。
夜中、徹夜明けの社員全員がカップ麺を手にして困り果てていた。
「おいツバサ、お前なんかやれ!」
上司の一言で、俺は必死に考えた。
古いコーヒーメーカーを分解し、どうにかして熱湯を作り出した。
湯気が上がった瞬間、周囲から「おおっ!」と歓声が上がった。
でも、その後に返ってきたのは――
「ほらやればできるじゃねぇか、ツバサ君。じゃあこれからも頼むな」
……追加の雑務の山。
「……なんで俺だけ。」と心で叫びながら、諦め顔でカップ麺に湯を注いだっけ。
◆
「……あっ」
思い出した瞬間、体が勝手に動いた。
川辺に落ちていた石を集め、鍋を載せる台座を組む。
空気が通るように隙間を作り、枝を三角に組んで火床を作る。
「……ねえ、カナムさん。これで合ってます?」
「へぇ、筋は悪くないな。どうした急に?」
「……会社で、似たようなことやったんですよ」
「会社で?」
「壊れたポットでお湯沸かせって言われて……。必死に工夫したら、できたんです。
あの時は“雑務”の一言で片付けられたけど……今なら……」
言葉にしながら気づいた。
あの時の俺は無駄じゃなかった。
ここにきて、やっと意味が出てきたんだ。
火がつき、鍋がぐつぐつと煮立つ。
濁った川の水から、透明な湯気が立ち上がった。
「できた……!」
「ほう、やるじゃねぇか」
カナムの声には皮肉が混じっていなかった。
本当に感心しているように聞こえた。
胸の奥がじんわり熱くなる。
報われなかった過去の努力が、この世界で“生きる術”に変わったんだ。
◆
夕方。
次は魚取りに挑戦した。
棒の先を削り、即席の槍を作る。
川に立ち、息を殺して魚影を狙う。
だが――
「くっ……!」
突いた瞬間、魚は逃げる。
何度も、何度も。
「くそっ、難しい……!」
背後からカナムの声が飛ぶ。
「集中しろ、ツバサ。昨日、火を灯した時を思い出せ」
言われ、呼吸を整える。
焦らず。
社畜時代、上司のために数字を合わせた時と同じだ。
細かい作業を何時間もやり続けた、あの集中力。
槍を構え、視線を魚に合わせ――突く。
「……取れた!」
小さな魚だが、確かに手の中で跳ねていた。
「やるじゃねぇか。晩飯追加だな」
カナムの笑みが、太陽みたいに眩しく見えた。
◆
夜。
焚き火の横で、炙った魚を食べながら、俺は呟いた。
「……なんか、俺……やっと報われた気がします」
「報われる?」
「前の世界では、どんなに工夫しても“当然”で済まされて……。
でもここじゃ、ちゃんと“意味”になるんだなって」
カナムは少し黙り、やがて小さく笑った。
「それでいいんだよ。お前のやったことに意味をつけるのは、お前自身だ」
その言葉が、胸に深く響いた。
今日、俺は生きる術を覚えた。
前世での無駄だと思っていた努力が、未来を支える力に変わった。
そして確信した。
――この調子なら、どんな魔法だって
どんな修行でも何かを必ずものにできる。
その夜の星空は、牢屋の鉄格子から見たものよりも、
ずっと自由に輝いていた。