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第14話:生きる術、思い出す日々

「ツバサ。魔法ばかりに頼るなよ」


カナムが鍋を洗いながら、俺に言った。

琥珀の瞳は焚き火の光に揺れている。


「生き残るには、火や水だけじゃ足りん。

 刃物も、道具も、食材も、全部自分で工夫して掴まなきゃな」


「……魔法があれば、何とかなるんじゃ……」


「馬鹿言え。お前、昨日の炎を何秒保てた?」


「……三秒」


「そんなもんに命預けてたら死ぬぞ」


あっけらかんとした調子。

でも、その言葉は真実だと分かってしまう。


 


「今日からは生活スキルだ。川の水を煮沸する、簡単な魚の取り方を覚える、木の枝で道具を作る。……やれ」


「え、いきなり!?」


「実戦だ。社畜だったなら応用きくだろ?」


「社畜とサバイバルは違うでしょ……!」


反論しつつも、俺の脳裏に過去の光景がよみがえる。


 



 


会社の給湯室。

ポットは壊れて湯が出ない。

夜中、徹夜明けの社員全員がカップ麺を手にして困り果てていた。


「おいツバサ、お前なんかやれ!」


上司の一言で、俺は必死に考えた。

古いコーヒーメーカーを分解し、どうにかして熱湯を作り出した。

湯気が上がった瞬間、周囲から「おおっ!」と歓声が上がった。


でも、その後に返ってきたのは――


「ほらやればできるじゃねぇか、ツバサ君。じゃあこれからも頼むな」


……追加の雑務の山。


「……なんで俺だけ。」と心で叫びながら、諦め顔でカップ麺に湯を注いだっけ。


 



 


「……あっ」


思い出した瞬間、体が勝手に動いた。

川辺に落ちていた石を集め、鍋を載せる台座を組む。

空気が通るように隙間を作り、枝を三角に組んで火床を作る。


「……ねえ、カナムさん。これで合ってます?」


「へぇ、筋は悪くないな。どうした急に?」


「……会社で、似たようなことやったんですよ」


「会社で?」


「壊れたポットでお湯沸かせって言われて……。必死に工夫したら、できたんです。

 あの時は“雑務”の一言で片付けられたけど……今なら……」


言葉にしながら気づいた。

あの時の俺は無駄じゃなかった。

ここにきて、やっと意味が出てきたんだ。


 


火がつき、鍋がぐつぐつと煮立つ。

濁った川の水から、透明な湯気が立ち上がった。


「できた……!」


「ほう、やるじゃねぇか」


カナムの声には皮肉が混じっていなかった。

本当に感心しているように聞こえた。


胸の奥がじんわり熱くなる。

報われなかった過去の努力が、この世界で“生きる術”に変わったんだ。


 



 


夕方。

次は魚取りに挑戦した。

棒の先を削り、即席の槍を作る。

川に立ち、息を殺して魚影を狙う。


だが――


「くっ……!」


突いた瞬間、魚は逃げる。

何度も、何度も。


「くそっ、難しい……!」


背後からカナムの声が飛ぶ。


「集中しろ、ツバサ。昨日、火を灯した時を思い出せ」


言われ、呼吸を整える。

焦らず。

社畜時代、上司のために数字を合わせた時と同じだ。

細かい作業を何時間もやり続けた、あの集中力。


槍を構え、視線を魚に合わせ――突く。


「……取れた!」


小さな魚だが、確かに手の中で跳ねていた。


「やるじゃねぇか。晩飯追加だな」


カナムの笑みが、太陽みたいに眩しく見えた。


 



 


夜。

焚き火の横で、炙った魚を食べながら、俺は呟いた。


「……なんか、俺……やっと報われた気がします」


「報われる?」


「前の世界では、どんなに工夫しても“当然”で済まされて……。

 でもここじゃ、ちゃんと“意味”になるんだなって」


カナムは少し黙り、やがて小さく笑った。


「それでいいんだよ。お前のやったことに意味をつけるのは、お前自身だ」


その言葉が、胸に深く響いた。


 


今日、俺は生きる術を覚えた。

前世での無駄だと思っていた努力が、未来を支える力に変わった。


そして確信した。

――この調子なら、どんな魔法だって

どんな修行でも何かを必ずものにできる。


その夜の星空は、牢屋の鉄格子から見たものよりも、

ずっと自由に輝いていた。

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