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第13話:失敗の山、その先に見えるもの


翌朝。

鳥の声が聞こえるより先に、俺の体は自然と目を覚ました。

体は疲れているはずなのに、胸の奥がざわざわして眠っていられない。


――昨日の火花。

あの一瞬を、もう一度……いや、もっと大きく。

ちゃんとした“炎”にできたら。


それだけで、心が逸った。


 


「おい、朝から落ち着きがねぇな」


小屋の入り口で、カナムが腕を組んで立っていた。

昨日と同じ薄いローブ姿。

髪は結わず、肩にかかるまま揺れている。

不思議と寝起きの気配がなく、いつも整って見えるのが腹立たしい。


「……いや、その……早く続きがやりたくて」


「いい心意気だ。だが、焦ると大体失敗するぞ」


彼女は鍋を火にかけながら、軽く指を動かした。

空気が震え、小さな炎が鍋底に灯る。


「昨日は火花が出ただろ? 今日は、それを“持続させる”練習だ」


 



 


午前。

俺は同じ姿勢で両手をかざし続けていた。


「燃えろ……燃えろ……!」


頭の中で念じても、掌は冷たいまま。

ようやく出たと思えば、火花がパチンと弾けて消える。

繰り返し。繰り返し。


「……はぁ……はぁ……!」


「言ったろ、焦るなって」


「でも……!」


「でもじゃない。炎ってのは、命みたいなもんだ。無理やり灯せばすぐ尽きる」


カナムは飄々とした口調のまま、俺の頭を軽く小突いた。


「呼吸だ。吸って、吐いて。心臓の鼓動に合わせろ。

 残業じゃねぇんだ、効率を考えろ」


「……今、残業って言いました?」


「言ったか?」


とぼけるように笑うカナム。

胸の奥がざわつく。

――この人、ナニモノだ。


 



 


昼過ぎ。

火は出ない。息は切れる。汗は滝のように流れる。

胃が空っぽで、体も言うことを聞かない。


「……やっぱ、俺には無理なんじゃ……」


ぽろりと弱音がこぼれた。

社畜時代、よく口にできなかった言葉。

でも今は自然と出ていた。


「……無理かどうかは、やる前に決めることじゃない」


カナムの声が、やけに静かに響いた。


「私は昔、誰より魔力が強いって言われた。

 でも制御できないから“危険だ”って追放された」


その横顔は、いつもの飄々とした仮面ではなく、少しだけ寂しさを帯びていた。


「強すぎても、弱すぎても、人は文句を言う。

 結局は“自分がどうしたいか”だ。ツバサ、お前はどうしたい?」


「……俺は……パンを焼きたい」


言って、自分で可笑しくなった。

大真面目に言う台詞じゃない。

でも、それが俺の本音だった。


 


カナムは吹き出した。


「ははっ……お前、面白いな。魔法を学んで目指すのがパン屋か」


「笑わないでくださいよ……!」


「笑ってねぇよ。……いい夢だ」


琥珀色の瞳が揺れ、真剣さを帯びる。

その瞬間、胸の奥が熱くなった。


 



 


夕方。

呼吸を整え、再び両手をかざす。

昨日より落ち着いて。焦らず。

燃えろ、と心で叫ぶのではなく――灯れ、と囁くように願った。


ぽ、と小さな炎が生まれた。

昨日より確かに大きく、数秒だけだが揺らめき続けた。


「……出た……!」


「おう、やっと形になったな」


嬉しさに震える俺の肩を、カナムが軽く叩く。


「初めてにしちゃ上出来だ。……まあ、普通は子どもがやることだけどな」


「言わなくていいです!」


二人で声を上げて笑った。

炎はすぐに消えたけど、心の中には確かな火が灯っていた。


 



 


夜。

小屋の窓から見える星空を眺めながら、俺は呟いた。


「カナムさん……なんで、そんなに俺にしてくれるんですか?」


「さあな。……昔の自分を見てる気がするからかもしれん」


「昔の……?」


「気にするな。ただの独り言だ」


そう言って彼女は焚き火を見つめる。

その横顔が、どこか人ならざる深さを秘めている気がした。


やっぱり――この人も、俺と同じ……?


答えはまだ分からない。

だが、確かに一つだけ言える。



俺は、一人きりじゃない。


 


そして俺は改めて誓った。

必ず魔法をものにして、力をつける。

グルを迎えに行くために。


そのための火は、もう心に灯っているのだから。


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