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第12話:火を灯す、その小さな一歩

朝、鳥のさえずりで目が覚めた。

牢屋の冷たい石床ではなく、木の葉を敷き詰めた柔らかな寝床。

体はまだ重いが、昨日までの死にかけ状態とは雲泥の差だった。


「……生きてる……」


そう呟いた声が妙に実感を伴って響く。

この命は、間違いなくあの女――カナムに救われた。


 


小屋の隅では、カナムが焚き火に鍋をかけていた。

炎の赤が彼女の横顔を照らし、琥珀色の瞳がわずかに揺れる。

寝起きの俺を一瞥し、口元を緩めた。


「おはよう、ツバサ」


「……おはようございます」


思わず敬語が出る。

その立ち姿と存在感は、会社で出会ったどんな上司よりも強い。

だけど、不思議と嫌悪感はなかった。


 


「よし、食え」


差し出されたのは、木の椀に盛られた穀物粥。

昨日より少し味がしっかりしている。

体に力がみなぎるのを感じながら、俺は無言で食べ進めた。


「……うまい」


「当然だ。飯がうまくなきゃ、生きるのはつまらん」


飄々とした言葉だが、彼女なりの信念が滲んでいた。


 


食後、俺は姿勢を正した。


「カナムさん。俺に……魔法を、教えてください」


それは自分でも驚くほど真剣な声だった。

カナムは目を細め、やがてふっと笑った。


「よし。じゃあ今日から修行開始だ。……ただし覚悟しろよ。

 魔法は“便利な道具”じゃない。生き方そのものだ」


 



 


最初に教えられたのは“呼吸”だった。


「魔力は体の内側を流れる。呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ませろ」


俺は膝を組み、深く息を吸い込む。

だが頭に浮かぶのは、社畜時代の会議室や、電車の混雑や、上司の怒鳴り声ばかり。


「……集中できねぇ……」


「だろうな。お前、根性でなんとかしてきたタイプだろ」


図星を突かれ、返す言葉がない。


「努力を否定はしねぇよ。ただな――休まなきゃ魔力は枯れる。

 残業で心身削ったお前には分かるはずだろ?」


その一言が、胸に突き刺さった。

まるで俺の過去を見透かされているようで。




「落ち着いて、やればできるじゃないか。」





 


次に挑戦したのは“火”。

カナムが小枝を拾い、俺の前に置いた。


「これに意識を向けろ。頭で“燃えろ”と強く思え」


言われた通りに、両手をかざして念じる。


燃えろ。燃えろ。燃えろ燃えろ燃えろ――!


……何も起きない。


「…………」


「……おい、顔真っ赤だぞ」


「うるせぇ……!」


必死で続けたが、結果は同じだった。

肩で息をし、汗が額から落ちる。


「……こんなに頑張ってんのに、何も……!」


思わず声を荒げた瞬間、頭にフラッシュバックが走った。

深夜2時のオフィス。

山積みの書類。

“頑張れば認められる”と信じ続けて、それでも報われなかった日々。


「……ちくしょう……」


拳を握ると、わずかに掌が熱を帯びた。

次の瞬間――枝の先端に小さな火花が、

パチリと弾けた。


 


「……!」


俺は目を見開いた。

たった一瞬、けれど確かに火が灯った。


カナムは腕を組み、口元に薄い笑みを浮かべた。


「ふん。初日にしては悪くない」


「……今の、火だよな?」


「ああ。お前の魔力だ」


心臓が跳ねる。

初めて自分の手で掴んだ“異世界の力”。

まだ微かな火種に過ぎないが、俺には眩しかった。


 


「……これで、パンを焼けるかもしれない」


自然と笑みがこぼれる。

パン。それはただの食い物じゃない。

グルと交わした夢であり、俺の“生きたい理由”だ。


 


カナムはしばらく俺を見つめ、そして呟いた。


「パン、ね。……悪くない」


彼女の声には、どこか遠い響きがあった。

まるで自分もかつて、同じ夢を抱いたことがあるかのように。


 



 


夜。小屋の灯りが静かに揺れている。

俺は疲労で横になりながら、掌を見つめていた。

あの一瞬の火花が、瞼に焼きついて離れない。


「……必ず、もっと強くなる。必ず……」


グルを迎えに行くために。

あの牢屋で交わした約束を果たすために。


そう胸に刻みながら、俺は静かに目を閉じた。


 


――森の中の修行は、まだ始まったばかりだ。


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