第6話『天王寺の光堕ち』
幽霊騒ぎやら、佳織ちゃんが俺の娘だったかもしれねぇ事件やらを乗り越えて、番組は次なるグループを映し出した。
朝七時と書かれたテロップの下には、やや疲れた表情の天王寺颯真と、水谷心奏が映っていた。
何故疲れ切っているのか。番組のスタッフが聞いている所からスタートである。
『本日は大分お疲れの様ですが』
『大したことじゃないですよ。ちょっと寝不足なだけで』
『あー。天王寺君は昨晩ずっと進む経路を考え直していたので、疲れているんです』
『まぁ完璧に練り直したので、ここから先は巻き返しますよ』
うん。まぁ決意に満ちた顔をしているが、事情は何となく察する。
昨晩、おそらく天王寺は終電近くまで待っていたのだろう。
何なら終電まで待っていたに違いない。
来るはずもない立花光佑と山瀬佳織を。
しかし、二人は予想通りこの駅まで来たが、そこから先の動きが予想に反していた。
いや、誰が予想できるんだという話ではあるが。
【天王寺。哀れな奴】
【あえて別チームの動向を教えてないのは面白いからだろ。絶対】
【番組スタッフに遊ばれてて笑う】
【ちなみに、天王寺が語った巻き返しルートだと、電車チームを追い越して、先にチェックポイントを通過し、さらに電車チームが到着した宿場町を遥かに通過する予定です】
【空回りしてて笑う】
【流石立花だ。たった一打で状況をこうもガラリと変えてしまった。これが伝説のホームランか】
【本人が全く意図してないのがな】
何とも愉快なすれ違いを始めた一行に俺は焼酎のロックを飲みながらツマミを口にする。
始まったな。人災が。
普段の旅物語とは少々種類が違うが、これはこれで面白い。
『という訳でさっさと進みますよ。今日は強行軍です』
『え』
『なんですか』
『いや、あの。途中にほら、行く予定だったこの団子屋は』
『そんなもの、当然スキップですよ』
『そ、そうか……!』
哀れ。水谷心奏。
しかし、テロップで水谷心奏には後でスタッフよりいくつかの土産屋から差し入れされました。の文字が流れる。
【そらまぁ、スタッフは面白いだろうが、水谷は純粋に被害者だしな】
【しかし救済対象に入らない天王寺】
【番組とは関係ない事だからね。しょうがないね】
【天王寺は勘違いで踊り狂ってる方が面白い。番組がそう判断したんだろ】
【鬼畜で笑う】
【哀れクソガキ。ここに眠る】
【まだ死んでないが】
それから天王寺は落ち込む水谷を引きつれてバスからバスへ、時に乗り換えで走り、時にショートカットする為にキロ単位の道を歩いたりして、目標を目指し進み続けた。
道中景色を楽しむ水谷を、流石に天王寺も哀れに感じたのか食事はルートから外れ彼の望む場所へと向かうのだった。
『いやぁ! ありがたい。嬉しいよ天王寺君!』
『そんな感謝されても困りますよ。むしろ我儘言って申し訳ない』
『いやいや。君の気持ちも分かるからね。俺も午後は頑張ろう』
『……いや、やっぱり止めましょうか』
『え? 良いのかい?』
『はい。思えば、今回の相方は水谷さんですしね。光佑さんや佳織の事は忘れて、ゆるりと旅を楽しみましょうか』
『天王寺君……!』
うどんを食べながら、自然な仕草でそういった天王寺に水谷は嬉しそうに笑う。
まるで兄弟の様な姿であるが、この二人もそれなりに苦労を重ね、気持ちを通じ合わせているという事だろうか。
【天王寺の光堕ち】
【元は闇の勢力だったみたいな言いぐさで笑う】
【まぁクソガキは闇属性だから】
【あー。だから陽菜ちゃんと敵対してるのか】
【え? 陽菜ちゃんって闇属性だったん? 自由人だから風属性かと思ったわ】
【闇の風か……古傷が痛むな】
【やめろ……やめろ……】
【我が闇に触れてみるか? ……無事では帰れぬぞ?】
【頭おかしくなるわ】
【今日は風が泣いているな】
【闇はいつだってそこに居るさ】
【俺にとっては光より闇の方が馴染むんでねぇ】
【うごごごご】
【即死級の呪文使いばっかり居るやん】
【どうしたの? 辛い事でもあるの? 話聞くよ?】
【ナンパの常套句がガチで心配してる言葉に聞こえてくる不具合】
【そら、こんな状態なら心配もするわ】
【しかし戯言は良いとして、天王寺がまさかこんな事を言うとは】
【流石にすぐ横に居る人間の楽しみを奪ってまでやる事じゃないっていう事に気づいたのでは】
【そんな殊勝な人間かね】
【言うてネタ的にクソガキ、クソガキ言ってるが、俺らもそんなに天王寺の事詳しい訳じゃないだろ】
【まぁ、確かに】
【じゃあ本当の天王寺は他人に気遣いが出来る佳織ちゃんみたいな優しい子って事ぉ!?】
【それは無いわ】
【いや、アイツの言動振り返ったけど、それは無いわ】
【やっぱりただのクソガキでは】
【俺らの目に間違いは無かったって事だな】
【これは酷い】
俺は掲示板の住民たちの酷いコメントに笑いつつ、テレビに視線を移した。
そこでは、昼食後に近くにある牧場で動物たちと戯れている天王寺と水谷が映し出されていた。
コースは電車チームとは違う為、新鮮な光景である。
そして何の奇跡か、このまま行けばおそらく電車チームが出会った例の心霊現象に当たる事なく、電車チームの後からチェックポイントを通過するような形となった。
『ここが見晴台ですか。確かに良い景色ですね』
『そうだねぇ。写真でも撮るかい』
『いえ、止めておきましょう。ほら、花が供えられてますし。多分何か事件か、事故があったんじゃないですかね』
『お、おぉ。良く気付いたね。じゃあ俺たちは眠りを邪魔してしまった訪問者になっちゃうし。せめて手を合わせて冥福を祈ろうか』
『そうですね』
天王寺と水谷は自然な仕草で花の前にしゃがみ込むと、手を合わせて目を閉じた。
それはテレビの前だからという訳では無く、ごく自然に、当たり前だからやっているという風であった。
【まさか立花の供えた花がこんな事になるとは】
【いや、マジ心霊スポットで荒らす奴は全員この精神を当たり前に持て】
【それは、そう】
【心霊スポットなんて言うから勘違いしてんのかもしれんが、そこで過去に人が亡くなってるわけだしな】
【でもそんなん言い始めたら、歴史上色々な場所で戦いが起こってる訳で、それこそ大昔はその辺でバタバタ人が死んでる事も当たり前だったんだけど、その全部に敬意を払えってか? 無理だろ】
【いや、別に死んだ人間に敬意を払わなくても良いよ。大事なのは遺族だ遺族。そこで誰かが死んでるって事は、亡くした人が居るんだわ。それを悲しんでいる人が居るの。その気持ちを無視しても良いのかって話だろ】
【そもそも私有地だったり、国有地だったりする場所も多いしな】
【そういう事を考えられる頭が無いから荒らしまわるのでは?】
【そんな事ある? 人様の家に知らない奴が入ってきて、部屋荒らして帰っていくのが普通だと思ってる山賊みたいな奴がいるって事?】
【そもそも誰かの土地とか、そういう認識がない奴も居るぞ。ソースは実家が所有してる山。知らない奴が勝手に入ってきて、ウチが育ててる山菜とかキノコとか勝手に持っていくんだよ。何ならキャンプとかしてる】
【頭おかしいんか? 世界中、誰の土地でもない場所なんて無いぞ? そんな事も知らんのか?】
【まだ原始時代に居る気分なんじゃねぇの?】
【そんな奴と同じ時代に生きてるとか、もはや恐怖でしかねぇんだが】
【それなりに賑わってるコンビニとかスーパーに一、二時間居てみろ。常識じゃあ考えられない化け物みたいな思考の奴がうじゃうじゃ出てくるぞ】
【接客業やってる奴がみんな言う奴じゃん。客が狂ってるシリーズ】
【接客業経験者の俺。赤べこ並みに頷く】
【なに、その……? どういう感じ?】
【緩やかに大仰に頷いてるんだろ】
【どういう心境やねん】
【店員サイドも適度に狂ってて笑う】
【まぁでも、店員やってて思うのは、店で暴言吐いて暴れてる奴は頭悪い奴ばっかりって事よ。頭良い奴は暴言も吐かないし、暴れたりもしない。淡々と事実を言って、どう対応しますか? って聞いてくるだけ】
【それはそれで嫌やな】
【まぁ言うて、こっちが悪いからね。ちなみにただ謝罪しても、こういう奴は「改善策を聞いてます」とか言ってくるぞ】
【だるいー】
【めんどくさい上司かよ】
【とは言っても、社会性のある人なら、謝って何か補填したら終わりだけどな。神クラスの客だと「店員さんも忙しいですもんね。しょうがないですよ」とか言ってくれる】
【そういう奴は大抵接客経験者】
【悲しい】
【まぁ。こうして話してても分かるけど、バカ程社会の仕組みが分かってないから、暴れたりするんだろうなって】
【それはそう】
【何も解決せず、ただ、自分の立場を下げるだけの行為だしな。いつ立場が逆転するかも分からんのに】
【でもこういう事する人って、ジジババとか働いてない奴のが多くない?】
【完全に社会から切り離されて生きている人は居ないし。もし、仮にそいつが真実一人で生きてたとして、そんな周囲に敵ばかり作ってる状況じゃあ、もし万が一の時、誰も助けてくれんぞ】
【それなー】
【まぁ、俺も震災とかでどっちかを助けなきゃってなった時、クソ客と神客なら神を助けるわ】
【人間は感情で動いて、理性で判断する生き物だからね。しょうがないね】
【てか、何の話から、こんな話になったんだっけ?】
【履歴見ろよ】
【ちょっと前の会話見れば良いやん】
【覚えてる奴いなくて笑う。まぁ、俺も覚えてないけど】
【人間は本能だけで生きてるからね。仕方ないね】
【言ってる事無茶苦茶で笑う】
掲示板も謎の盛り上がりを見せていたが、テレビの方でも現在かなりの盛り上がりを見せていた。
泊まる為にと立ち寄った町で、かつてこの場所に撮影で来た事があると天王寺が言い、水谷を案内していたのだが、その先で偶然電車チームと合流したのだ。
喜び飛び上がった天王寺と水谷は、嬉々として合流し、町をゆっくりと見て回るのだった。




