第3話『一方その頃、ヒッチハイクチームでは』
何とか人間としての尊厳を保ち、トイレから帰還した俺は、既に残り一本となっているビールに驚愕しつつ、新たな友人を迎え入れた。
まだ番組は始まったばかりだが、焼酎の投入である。
自宅で飲む様にと買ったアイスペールに氷を投入し、テーブルまで運ぶ。
そして新しいコップを用意しつつ、テレビとPCへ視線を向けるのだった。
『一方その頃、ヒッチハイクチームでは』
「お。来た来た」
早く来て欲しいとは思っていたが、遂に陽菜ちゃん、美月ちゃんペアの登場である。
君達を待っていたのだ。俺は。
『じゃあ行きましょう! 美月さん!』
『少し落ち着きなさいな。とりあえず車を止めないといけないわね』
『どうしましょうか? 歌って踊ります?』
『いや、運転手の集中を削ぐのは良くないわ。普通に止めましょ』
『ではまず一番! ヒナ行きます!』
陽菜ちゃんは手を高く上げ、道路の端で手を振るが、止まらない。
一生懸命跳ねるが、止まらない。
『くっ』
『ま。私に任せておきなさい』
落ち込む陽菜ちゃんの背中を軽く叩き、美月ちゃんはやや格好つけたポーズで車からよく見える様に手を出し親指を立てた。
そしてすぐさま一台の車が停車し、人の良さそうな男が運転席から降りてきた。
『フフン。こんな物よ。分かった? 陽菜』
『むー!』
【ドヤァ】
【ドヤァ】
【良い顔してる】
【今日はこれを見に来た。美月のドヤ顔で飯が旨い】
【車を止めてからが重要なのに、既に誇らし気な飯塚に笑いが止まりませんよ】
【ドヤれる瞬間を飯塚が見逃す訳が無いだろ!!】
【さて、番組終了までに何ドヤ行くのか】
【いつからドヤ顔はカウントされる様になっていたのか】
【美月ファンの中では常識だぞ】
【どういう界隈なんだよ】
【美月が楽しそうに笑ってるのを見るのが楽しいんだぞ】
【楽しそう(ドヤ顔)】
掲示板に流れるコメントに同意しながら俺は、テレビで楽しそうに笑っている美月ちゃんに視線を向けた。
ようやく、少しずつだが笑顔を見せてくれる様になった美月ちゃんを見て、嬉しく思う。
やっぱり美月ちゃんは笑っている姿がよく似合うのだ。
ライブではまだ難しいかもしれないが、いつか。とは思う。
今回の旅番組で色々と気持ちを切り替えられると良いのだけれど。
『あー。やっぱりアイドルだったんだねぇ。どっかで見た事あると思ってたよ』
『そうなんです! へへ。なんか歌いましょうか?』
『お。良いねぇ。じゃあおじさんのお気に入りのナンバーを流しちゃおうかな。古い曲だから、知らないかもだけど』
『ややや。ヒナは知ってますよ。美月さんはどうですか?』
『勿論知ってるわよ。有名な曲だしね』
『じゃあみんなで歌いましょー』
運転手の男が流しているCDの曲に合わせて、男と陽菜ちゃんと美月ちゃんが一緒に声を合わせて歌っていた。
上手く歌うとかではなく、まるで家族のハイキングの様に楽しそうに。
【今年の宇宙一幸せな男が決まったな】
【俺もちょっと今から現地に向かうぞ】
【この番組録画なんだよなぁ】
【こんな娘と奥さんが欲しいだけの人生だった】
【高望みし過ぎだろ】
掲示板もテレビも実に楽しそうである。
酒が旨い。
『いやー。二人とも歌うまいねぇ。驚いちゃったよ』
『これでも日々レッスンしてますからね』
『美月さん。褒められて嬉しそう! 流石! 世界一!』
『そんな、事ないわよ?』
『アハハ。二人は仲いいねぇ』
【分かりますか】
【わからいでか】
そうこうしている間に車は目的地まで到着し、笑顔で見送る二人をそのままに車は走り去っていった。
二人のサインも貰っていたし、実に幸運な男だったと言える。
そのまま国道沿いに走る車に次々と声を掛け、ゆっくりと目的地へ向かってゆくのだった。
実際口にはしていないが、二人は実に堅実な作戦を取っている。
常に国道や大型の道を通り、曲がり路や交差点などを使って、確実に目的地の方面に向かっている車を狙い打っているのだ。
目的地にドンピシャとまでは行かずとも、その方面に向かう事が出来るのだから、大幅なロスは無いだろう。
最悪はすぐ降りれば良いのだから。
そして二人は順調にチェックポイントも通過して、途中公園で陽菜ちゃんが遊びすぎるというトラブルもあったものの、近辺で一番発展している駅に到着した二人は駅前で話をしていた。
『という訳で、今日はここ桜坂下駅で泊まりましょう』
『まぁ、良いんじゃない? 一応順調だしね』
【どこかで聞いた事ある名前なんだよなぁ】
【いやー。この地方には行った事が無いのに、不思議だなぁ】
『ホテルがどこかにあれば良いんだけど』
『すぐそこ! 駅前にあるから大丈夫ですよ! それに部屋も空いている筈です! さっき調べました』
『随分と用意周到ね。じゃ、今日はそこに泊まりましょうか』
『はい! 完璧ですね!』
『……ねぇ、陽菜。何か企んでるんじゃないでしょうねぇ?』
【鋭い】
【さす美月】
『そ、そんな訳無いじゃないですか! 全然、何も企んでないですよ!』
『ふぅーん。じゃあ、やっぱりもう少し進みましょうか。この先に温泉街もあるんでしょ? ならそっちの方が良いわよね。私、温泉入りたいし』
『え』
『そうと決まれば、早速車捕まえましょうか。まぁ温泉街に向かいそうな車なら見当がつくし』
『ま、待ってください! 温泉はちょっと、ねぇ、アレじゃ無いですか! 今日はここにしましょう? ね? ね?』
『正直に吐いたら、考えなくも無いわ』
『……実は、お兄ちゃんと佳織ちゃんが多分計算通りだと今日この駅まで来るんですよ。それで、その。出来れば偶然を装って、同じホテルに泊まれたらなぁとか』
【お前もか。ヒナータス】
【まぁ正直想定通りだった】
【公園で時計を見てから、はしゃぎ始める陽菜ちゃんを見て、なんか時間調整してるなとは思ってたけど、まぁそうだよな】
『はぁー。分かったわよ。無理して進むのも微妙だしね。今日はここに泊まるわ』
『ありがとうございます! 流石美月さん!!』
『はいはい。じゃあそうと決まったらさっさとチェックインするわよ』
『りょーかいです!』
そして二人は楽し気に笑いながら、ホテルに入ったのだが、入ってすぐに陽菜ちゃんの顔が凍り付く事になる。
何故なら、ロビーで腕を組みながら天王寺颯真が立っていたからだ。
『げ。天王寺君』
『夢咲……考えている事は同じか』
『はぁー? 何? 待ち伏せ? 止めて欲しいんですけど。いくら私と美月さんの事が気になるからって、ちょっと、ねぇ』
『誰が君を待つか! 僕が待っていたのは光佑さんと佳織だ!』
『名前で呼ぶなって言ってるでしょ!』
『君に言われる筋合いはない!』
まるでハブとマングースの様に出会った瞬間から噛みついて言い争いを始める二人を、テレビは止めるでもなく面白がってそのまま放映していた。
そして、そんな二人を尻目に、美月ちゃんは天王寺の奥に居た水谷に会釈をしつつ、ごく自然に受付でチェックインを始める。
何とも慣れたものである。
『ほら。陽菜。荷物持っていくわよ』
『お願いします!』
『じゃ、鍵渡しておくから。後は明日の朝まで自由行動ね』
『分かりました!!』
陽菜ちゃんは天王寺と睨み合いながら、荷物を美月ちゃんに預け、そのままロビーでバトルを継続する。
そしてこの後はどうなるか。という煽りでテレビはCMに突入した。
【これは酷い】
【自由人しかおらんやん】
【早く来てくれ! 光佑ー!!】
【全部押し付けんなや】
【でも、もとはと言えば立花光佑が原因な訳で】
【ホンマかー?】
【もしこれでここに立花光佑たちが現れなかったら大変な事になるな】
【でも進む速さは分からんし。実際あり得るのでは? 電車だって遅れない訳じゃないだろ】
【いや、今調べたが、ほぼ確実に今日この駅まで電車チームは到達するぞ。最悪佳織ちゃんが電車に乗り遅れても、ここまでは来れるし。この先へ進む選択を二人がするとも思えない】
【なんか遅れる原因が山瀬佳織って言われてて笑うんだけど】
【まぁ、立花光佑は最悪電車に乗り遅れても走れば良いからな】
【人間が決めたルールに従ってくれませんか……?】
【気が向いたらな!】
【これは酷い】