第2話『まずバスチームが向かったのは?』
番組は開始早々にCMへ突入し、俺はこの時間を使って、ツマミの準備をしていた。
とは言ってもだ。
近所のスーパーで買ってきた刺身セットを開けて、箸の準備をするだけである。
実質昼飯も兼任しているが、酒を飲んでいるから殆どツマミだ。
『まずバスチームが向かったのは?』
『九時十五分発の東台町駅行きに乗ります。その後、東台町駅で一時間ほど待ちまして、チェックポイントの万物寺前駅に向かいます』
『おぉ、下調べは完璧だね。天王寺君。じゃあ東台町駅で、美味しい物を食べようか。ちょうど調べてたグルメもあるし』
『時間があったら。ですね。まぁ一時間あるので余裕だとは思いますけど』
水谷心奏と天王寺颯真は天王寺颯真が纏めてきたという手帳を片手に雑談を交えながらバス停に向かって歩いてゆく。
その足取りは迷いもなく、本当に下調べを十分にしてきた事がわかる物だった。
【これは天王寺優秀説。あるのでは?】
【まだ歩いてるだけなんだよなぁ】
【天王寺はボンボンだからクレジットカードでバスに乗ろうとするかもしれない】
【庶民代表の水谷が居るし。大丈夫だろ】
【アイドルやるまでは金無くて、旅行に行った事が殆ど無かったんだっけか?】
【らしいぞ。エレメンタルの追っかけしてる知り合いいるけど。どこに行っても新鮮なのかライブのMCは観光名所とか土産屋とかの話ばっかりしてるって言ってた】
【それは、ファンとしてはどうなんだ……?】
【呟きアプリ見れば分かるだろ。ファンはオススメの店をひたすら紹介してるぞ】
【それでえぇんか】
【自分が勧めた店に推しが行くって考えてみろ。実質デートみたいなもんだろ】
【まぁ、確かに】
【分からんでもない】
【てか、どんなモンだろって水谷の呟き追ってたけど、コイツ、陽菜ちゃん佳織ちゃんと一緒に飯食ってるやんけ。しかもどう見ても仕事じゃ無いし。燃えないの? 燃やす?】
【燃やそうとするな】
【同じ学校の友達だぞ】
【羨ましくて頭おかしくなりそうなんだが。水谷推しは良いのか?】
【心奏単推しだけど、割と見守りモードだよ】
【マジィ? アイドルって異性と一緒に居たら即炎上じゃねぇの?】
【夢咲陽菜が居る時点で立花光佑が、写真には写ってないけどほぼ確実に居るし。そもそも夢咲陽菜と心奏って結構仲悪いから】
【陽菜ちゃん全方位に敵作り過ぎだろ。おじさん心配になっちゃう】
【まぁ自由人だからな。その上、才能と可愛さの暴力で暴れまわってれば、そうなるよ】
【でも、陽菜ちゃんは良いとして、佳織ちゃんはどうなん? 佳織ちゃんが誰かを嫌いになったって話は聞いたこと無いけど】
【山瀬佳織はなぁ。色々と難しい】
【どういうこっちゃ】
【うーん。なんだろう。藪をつついて蛇を出したくないというか。今のままなら互いに良い友達だね。って感じだけど、何かあると一気に燃え上がりそうというか。お姉さん的には、初々しい感じで好きだけど。過激派も居るからなぁ】
【あー。それで山瀬佳織は心奏推しの中で禁句みたいな扱いになってるのかぁ】
【なんか分かる様な、分からん様な】
【アイドルのファンも色々大変って事ね】
何だか知らない世界を見た様な気持ちで、俺もなるほどな。なんて言いながらまたテレビに視線を戻した。
そこでは、殆ど予定通り東台町駅に到着した水谷と天王寺が映っていた。
『ふー。長時間バスに乗ると結構疲れますね』
『天王寺君。俺より若いのに』
『一歳しか違わないでしょ! 普段は車で移動してますからね。慣れてないんですよ』
『あれ? 天王寺君ってまだ十六歳だよね? 無免許運転?』
『マネージャーが運転してるんですよ! 当たり前でしょ! てか水谷さんも同じでしょう!』
『いや、俺は電車で移動してるから』
『えぇ……?』
「えぇ……?」
【えぇ……?】
【水谷……嫌われてんのか?】
【流石に可哀想だろ。ドームにも行ったアイドルなんだから車くらい出してやれよ】
『水谷さん。何か食べたい物はありますか? 奢りますよ』
『いや、後輩に奢ってもらう訳には』
『年齢は僕の方が下ですけど、芸歴は僕の方が上なんで、気にしないで下さい。さ。何が食べたいですか?』
【天王寺急に優しくなってて笑う】
【天王寺にも人の心があったんだなって】
【天王寺の扱い、酷すぎんか?】
【某アイドル「忙しくて、台本が読み切ってないんです」天王寺「へぇ。忙しい? じゃあ役者っていう仕事は、適当でも良いって事ですか? 僕の知ってるアイドルは、貴方より忙しそうですけど、完璧にどちらもこなしてますよ? 何故、出来ないんですか? やる気、あります?」】
【このクソガキってぶん殴っても許されるだろ】
【僕の知ってるアイドル=夢咲陽菜】
【陽菜ちゃんと比べるの鬼畜過ぎて。いや、この件に関しては某アイドルさんが全面的に悪いんだけど】
【昔は陽菜ちゃんの事お姉ちゃんって懐いてたのに】
【全部演技ダゾ】
【陽菜ちゃんも演技してたのに、天王寺だけ色々言われてんの、ホンマ笑う】
【天王寺「騙される方もどうかと思いますよ」陽菜ちゃん「ごめんなさい」】
【この差よ】
【そういう所だぞ。天王寺】
【その件以外もなんか腹立つんだよな。天王寺】
【流石に笑う】
【でも、天王寺も佳織ちゃんには優しいじゃん】
【佳織ちゃんに近づくなよクソガキ。潰すぞ】
【お客様ー! お客様の中に天王寺を擁護してくれる方はいらっしゃいませんかー!?】
【はい】
【あぁ、良かった。では天王寺の良い奴エピソードをお願いします】
【天王寺って昔は佳織ちゃんの事嫌ってて、突っかかってたらしいけど、そんな時でも佳織ちゃんは天王寺に優しく接してたらしいぞ。しかも自分だって忙しいのに、天王寺が忙しいからってスケジュールは天王寺を中心にする様にお願いしていたらしい。それに天王寺は何年も気づいてなかったらしい】
【あのあのあの。クソガキエピソード追加されてるんですけど?】
【後ろから刺されてて笑う】
【ただの佳織ちゃん聖人エピソードやんけ!】
俺は掲示板に流れてゆく知らない情報の数々に笑ったり、感心したりしながら同時にテレビを見つつ楽しむ。
ちょうど今はバスに乗り遅れまいと走る水谷と天王寺が映っているが、どうやらこのままバス組の一日目を映し続ける様だ。
『何とかなりましたね』
『いやぁー。ヒヤヒヤしたけど、良かった良かった』
『はい。本当ですね。ではこのまま桜坂下駅まで行って、そこで今日泊る場所を探しましょうか』
『あれ? でも桜坂下駅に着いてもまだ十八時くらいだろ? 行けるところまで行った方が良いんじゃないの?』
『いえ。無理して進んでも、そこまで先に進めないんですよ。山越えするバスは明日の朝まで無いので、結局手前で止まって、最悪宿無しで明日を迎える事になります』
『それは、嫌だね。ならこの辺りで宿を探す方が賢明って事かな』
『そういう事です』
【天王寺やるやん】
【妙だな】
【言ってる事は正しいんじゃねぇの?】
【いや、十九時三分発の温泉街行きのバスがあるんだよ。だからそっちに行ってからの方が明日始発のバスで一気に進めるんだよな。あえて手前で止まる理由がない】
【ほえー】
【バスオタクくん詳しい】
【いや、別に天王寺もバスオタクじゃないから、そんな詳しい事は知らないんじゃないの?】
【まぁ確かに】
俺は掲示板に出てきた情報通の話に頷きながら、何かあんのかなとテレビにまた視線を移した。
そして宿を探しながら歩く二人を追う。
『宿はどうする?』
『駅近くの宿にしましょう。電車でこの駅に着いてから、探した場合、そこのホテルが一番負担も少ないですからね』
『ん? 俺達はバス移動だよね?』
『えぇ。当然でしょう。今日一日バスで移動してましたよね?』
『あー。うん。いや、そうなんだけど? なら、何で電車?』
『あぁ、おそらく今日は電車チームがこの駅で泊るからですね。電車では寄れない場所のお土産を沢山買ってますから、光佑さんと佳織にもあげようかと』
『あー』
【あー】
【すっかり忘れてたけど、天王寺って立花光佑の事好きなんだっけ】
【しかも自称山瀬佳織の一番の親友や】
【なるほどね。だからあえてこの駅で止まったのかー】
【好きすぎやろ。水谷は文句言え!】
【水谷も佳織ちゃんに会えるなら文句なんて言わないんだよなぁ】
【こいつ等競争の意味分かってるのか?】
【天王寺「夢咲陽菜よりも早く電車チームと合流するぞ」陽菜ちゃん「ギリィ」】
【違う。そうじゃない】
【どこで競争してんねん】
【てか電車の移動時間も全て計算してるのか。ガチ勢過ぎる】
【ガチなポイントがズレてるんだよなぁ】
【この待ち伏せは成功なるか……! 答えはCMの後!】
【こんな酷い引きある?】
俺はとりあえずCMに入った事で、急いでトイレに向かった。
思っていたよりも離れるタイミングが少なくて、動く事が出来なかったからだ。
バスチームの第一日目はおそらくこれで終わりだが、かなり楽しめる内容であった。
別チームの活躍にも期待である。
特に、陽菜ちゃん美月ちゃんペアとか。
早く見たいものである。