第1話『旅物語~電車VSバスVSヒッチハイク 勝つのは誰だ~』
日々の仕事は拷問の様な物である。
もし、宝くじが当たったのなら、俺は明日にでも仕事を辞めるだろう。
しかし、現実には俺の銀行口座に将来全てを生きていけるだけの金は無いし。
今の仕事を辞めたところで、もっと良い仕事に就く事も困難だろう。
ならば、今の仕事を続けるしか無いわけで。
そうなると、なるべく週末の間に抱えているストレスを解消する方が健全である。
そんな事を考えながら、パソコンを起動させ、実況用の掲示板を開きながら、これから放映される予定の番組をテレビに映した。
テーブルの上には、三本の缶ビールと、ツマミがそれなりに用意されており、これから始まる宴の準備は万端だ。
「録画よし。ビールよし。ツマミよし!」
番組が始まるまで暇を持て余し、指差し確認なぞをしていたが、すぐにアホらしくなり、掲示板へと視線を移した。
【実際、どうなんだ? 三日って可能なのか?】
【電車は余裕。チェックポイント次第だが、そこまで鬼畜な設定はしないだろうし。一日半くらいじゃね?】
【なんだ。余裕やんけ。勝ったな風呂入ってくる】
【しかし電車組は佳織ちゃんがいるという現実】
【いや、立花も居るし。大丈夫だろ】
【まぁイザとなれば立花が佳織ちゃんを背負って電車と同じ速度で走れば良いしな】
【お前は立花を何だと思ってるんだ……?】
【サイボーグか、超人か、悩ましいな】
【否定し難い答え止めろや】
【だって立花だし】
既に始まっている掲示板に俺は笑みをこぼしながら、一本目のビールを開けた。
そして、コップに入れず直接飲みながら掲示板を眺めていたのだが、時間になったらしくテレビから軽快な音楽が流れ始めた。
『旅物語~電車VSバスVSヒッチハイク 勝つのは誰だ~』
ど真ん中にタイトルが表示され、司会者が笑顔で番組の紹介を始める。
田舎のある駅をスタート地点として、三つ離れた県にあるゴール駅に向かい、それぞれ使っても良い乗り物と徒歩だけで辿り着こうという企画の番組だ。
途中にチェックポイントもある為、単純に最短距離を行けば良いという訳ではないのが、多少の難しさを与えている。
番組の面白さを上げればいくつかあるが、やはり最大のポイントは旅先で起こる様々なトラブルだろう。
それは人災であったり、天災であったりと様々だが、台本の無い世界が想像できない面白さを視聴者に与えてくれるのだった。
と、ここまで色々と語ったが、実際の所、俺はこの番組を毎週見ている訳では無い。
むしろ随分と久しぶりに見る様な気すらする。
しかし、ならば何故見ようと思ったかと言えば……。
『では、ヒッチハイクチームのお二人! 意気込みをお願いします!』
『はい! 夢咲陽菜です!! 最初に捕まえた車の人にお願いして、全部の場所を回ります』
『いや、本来の目的地から変えちゃ駄目だからね? 運転手さんの行きたい場所に向かう途中の何処かで降りる。ね? 大丈夫?』
『はい! 大丈夫です!!』
『大丈夫かなぁ。まぁ良いか。では飯塚さんも自己紹介お願いします!』
『はい。飯塚美月です。とりあえず陽菜にルールを叩きこんでおきます』
疲れたように頭を押さえながら、言う美月ちゃんに会場が笑いに包まれる。
そう俺が久しぶりにこの番組を見た目的。
夢咲陽菜ちゃんと飯塚美月ちゃんだ。
アイドルとして活動している二人組だが、この凸凹な感じが面白くてついついハマってしまうのだ。
【いきなりインチキしようとするな】
【飯塚がドヤる暇を与えない程の速度で放たれるポンムーブ! 早すぎるッピ!】
【誰も彼女には追い付けない。ただそれだけさ】
【酷すぎて、もう腹が痛ぇ】
掲示板も良い感じに盛り上がっている。
俺はそちらも確認しつつ、あくまでメインはテレビと視線を戻した。
『では続いてバスチームのお二人。意気込みをお願いします』
『水谷心奏です。今回は旅が出来るという事で美味しい店を沢山調べてきました。色々な場所に行きたいと思います』
『心奏くん? 今回の番組の趣旨分かってる? チェックポイントを通過して、目的地を目指すのが目的だからね? 美味しい物を食べるのが目的じゃ無いからね?』
『大丈夫ですよ。何せバスチームには最強のブレインが付いてますからね。ね? 天王寺君』
『まぁ。任せて下さいよ。既にコースは頭に入ってますからね。乗り換え時間も完璧です。まぁ余裕をもってゴールインでしょうね』
俺は自信満々に笑う天王寺颯真を見て、今回のネタ枠はここかぁ。としみじみ思うのだった。
今までもこの手の根拠の薄い自信を溢れさせながら挑んだ人たちは沢山居たが、その殆どが痛い目をみているのだ。
そしてそんな予想を共有したいなと思い、掲示板に視線を移すと俺と同じ様な意見の人が多いようだ。
【もう完全にフラグやん】
【そもそもバスだからな。時間通りに行くとは思えん。果たして渋滞や遅れは考慮されているのか】
【これ、完全に番組がハメに来てんだろ。美月ちゃんは細かい所に気配り出来るし、立花も同じタイプ。しかし天王寺、水谷ペアは……】
【まだだ。まだ天王寺がそういう遅れも考慮している可能性がある!】
【そうだと良いですね】
【祈れ、おそらくその祈りは届かないが】
【無情】
まぁそうだろうなと思いながら、俺はまた視線をテレビに戻す。
既に天王寺颯真の壮大なフラグ建築は終わったらしく、ある意味で大本命のチームへとカメラが移った。
『では最後のチームですね。電車チームのお二方。意気込みをお願いします!!』
『はい! 山瀬佳織です! 今回は電車の旅という事でワクワクしています。ただ、三日以内に到着という目標もありますので! 乗り換えを間違えたりしない様に気を付けて頑張りたいと思います! きっといっぱいご迷惑をかけてしまうと思いますが、よろしくお願いいたします! 光佑さん!』
『大丈夫。気楽に行こう。まぁ乗り遅れてもショートカットして走れば追いつけるし。楽しみながら行こう』
『はい! 心強いです! 私も精一杯頑張ります!』
『意気込みありがとうございました。電車チームのお二人でした!』
『よろしくお願いします!』
『あの、ちなみになんですけど。立花さん』
『はい。なんでしょうか?』
『何か先ほど電車に追い付くと聞こえたんですけど』
『はい。まぁ新幹線とかリニアは無理ですけど。ローカル電車ですからね。遅いですし』
『アッハッハ。そうですよね。ローカル電車は遅いですもんね。なら、まぁ分かるか』
【いや、おかしいやろ】
【冷静になれ】
【最初に極端な物を見せてからちょっと異常な物を見せて、普通だと思わせる手口でしょ? これ】
【やはりサイボーグ】
【いや、でも流石に佳織ちゃんを抱えながらは無理だろ。無理だよな?】
【事故か分からんが四階から落ちそうになっていた佳織ちゃんを立花が抱えて無事一階まで無傷で下ろしたという話を聞いたことがあるし、絶対に不可能とは言い難い所があるな】
【もう電車要らねぇだろ。お前が自分で走れよ立花】
【電車は拘束具だから】
【人間とサイボーグが平等に競争する為に必要なハンデだぞ】
【やはり佳織ちゃんは立花の足かせ……!】
【山瀬佳織が化け物と化した立花を人間のままにしてくれるんや】
【何? 新作映画の話?】
【遂に佳織ちゃんが主役の映画が放映されると聞いて!】
【ラストは涙無しには見れなかったわ】
【もう一度見たい映画】
【なんか強めの幻覚見てる奴が居るな】
【供給が無さ過ぎたんや】
【哀れな】
掲示板はやはりというべきか立花サイボーグ論で盛り上がっているが、番組はいよいよ旅の方を始めるらしい。
三チームはそれぞれ話し合って進んでいくらしい。
俺は続く映像を目で追いながら、まだ一本目のビールを一気に飲み干すのだった。