地縛霊な彼女と僕の、最後の1週間について。
ホラー表現や展開はありません。
幽霊そのものに恐怖感のある方はブラウザバックを。
僕の名前は辻千秋。彼女の名前は美夜子。
「ねぇ、いつになったら一緒にトウキョウランド行ってくれる?」
「さぁ……行けるとしても夏休みかなあ。遠いから」
「夏休みって、いつ来る?」
「さぁ、僕は会社員だから夏休みないよ」
トウキョウランドの話なんて、教えるんじゃなかった。定期的に思い出すのか、いつ行けるのかと催促してくる。どんなとこかも知らないくせに。
「今日は何時に帰るの?」
「あー、今日は割と早い、夕方かな」
「やった!」
セーラーの制服姿でミヤコは後ろ手を組み、ご機嫌にこちらに笑顔を向ける。
「じゃあ、そろそろ大通りにでるから。またな」
「うん、またここで待ってる」
美夜子と出会ったのは半年前、僕がこのちょっとした田舎に移住してきてすぐの事。
――寒い、雪の降る日だった。
「はぁ、ブラック企業引き当てて嫌になって移住したものの、こんな雪すらも辛いなんて、人生舐めてるのかな、僕って」
「ねぇ、ブラック企業ってなに?」
「は……?」
ボブスタイルの似合う、若い女の子がいきなり話しかけてきた。
しかしこの道は新しく建てた僕の家から大通りに出るための、そのためだけの道。
要するに僕以外、誰も通ることは無い。
(しかもセーラー服着てるし、この辺で普通に生活してる学生なら知ってて当然だろ……)
「あの……」
「なに?」
「道、迷ったんですか?」
「迷ってないよ、いつもここにいるの」
すまないが、なんか気味が悪い。
「ごめん、急ぐから!」
言い知れぬ感覚がして怖くなって、駆け足で大通りまで出た。振り返らずに。
振り返ったら、寂しそうな顔を見ることになりそうだった。
気味が悪いと同時に、彼女の透き通った声と茶色の瞳に見つめられ、吸い込まれるような気分だった。なんとなく、純粋で、綺麗だと思った。
帰っても、家から出る時も、毎度道で出会う美夜子が地縛霊だと察するまで、時間はかからなかった。
オカルト耐性が特別ある訳では無いが、ただの少女にしか見えないマイペースな美夜子とは、ほとんど毎日何となく話をしながら過ごしている。
(あの冬の日からあっという間に、来週で半年か)
「あー、辻くん?」
「はい、宮本さん」
もう新人とは呼べないくらいの僕に、面倒見よく話しかけてくれる宮本さんだ。僕よりちょっと年上の綺麗な女性である。
「来週、6月〇日なんだけどさ、19時に時間作れるかな?」
やばい、なんだろうデートか?お叱りか?
しかし僕はと言うと最近どこぞの地縛霊とばかり喋っていて現実を見れていないので、デートだとしてももちろんお叱りだとしても、時間は空けられない。
(もしもデートするなんて聞いたら、美夜子は憤慨しそうだな)
「すみません、その時間はあまり空けられなくて……」
「空けられないか。ごめん、ちょっと大事な用事だから、検討だけしておいて」
……僕は一体、美夜子相手に何を考えているのだろう。
19時あたりは、美夜子が“居なくなる時間”だ。どうもその時間辺りに眠くなるのか、暗闇が怖くでもなるのか、毎日美夜子は姿を消してしまう。
なので用事を作ってそれ以降に帰ると、次の日美夜子は拗ねるのだ。
別に拗ねられたところで今まで害はないというか、そんなことを気にしてなんになるだろうか。
美夜子は見るからに若く、制服を着てることからも学生位の年頃だろう。もちろん恋愛対象にはならなかった。でも、霊として長くこの世にいる美夜子は、いつからか僕を恋しい目で見るようになったと思う。僕も、美夜子の特殊性を分かると同時に、惹かれる気持ちを持つようになった。
「こんなこと……良くないのは分かってる」
会社終わり通る大通りを抜けると、すぐに僕の家に向かう横道に入る。まだ整備を出来ていないので、いつかやらなくては。
「おかえり、千秋」
「ん、ただいま」
大通りから遠ざかり、段々と静かになってくる。虫の音やカエルの合唱が聞こえる中を、美夜子と静かに歩くのは好きだ。最初は騒がしくひょこひょこしていた美夜子も、やはりこの世ですごした年相応というか、落ち着きがある。
「美夜子、トウキョウランド行きたい?」
「ううん、行きたく、ない」
なんだ、機嫌でも損ねたか。
「そうか、じゃあいつかだな」
「いつかは、ないと思う」
美夜子の足どりがとまった。数歩先に進んでしまった僕が振り返ると、俯く美夜子が見えた。
「千秋、もう会いたくない」
「……よく分からないけど、いきなり理由もなしに子供みたいなこと言うなよ、何かしたなら謝るから」
俯く足元に、水滴が落ちるのが見えた気がした、その瞬間。
「わっ、美夜子!?」
いきなり走って横の森にガサガサと入っていった美夜子を探すのは、困難だった。また明日の朝、いや数日空いたってまた会える、そう思っていた。
次の日も、その次の日も、美夜子と会うことはなかった。
(あんな去り方されると、2日会わないだけでなんか不安になるな……)
「辻くんごめん、〇日の事なんだけど」
宮本さんだ。どうやら余程大事な用かなにからしい。
「あー、19時からってずらせないんですかね?」
美夜子とこのまま会えないまま、来週の帰りを遅くしたくは無い。
「そうか、そもそも知らないもんね、事情を話すよ」
宮本さんと、小さなうちの会社の社長と一緒に、資料室へ入る。うちの会社は、簡単に言えばイベント開催などをしながらこの地域の盛り上けをしているので、資料室には地域に関する情報が綺麗に整理されている。
「あー、これかなぁ?」
社長が手に取ったのは、1冊のファイル。
それをぱらりとめくった紙に見えたのは、紛うことなき美夜子の写真だった。
「え……」
「うちの大事な話でね。聞いておくれよ」
話を聞けば、美夜子は“よく出る”幽霊なんだそうだ。
生前から良い子で、霊になってからも害はないらしい。森の中で亡くなってしまい、セーラー服は、街中の学生に憧れていた美夜子のために家族が最後に着せた服だった。
その後、山に入るとセーラー服の女性がよく見かけられるようになったという。
写真の美夜子は、ラフなTシャツに思い切りのいい笑顔で、僕の知ってる美夜子とはどこか違くみえた。
「来週の命日の19時に、いつもお見送りをみんなでしてあげるんだ」
落ち込んで帰り道を歩いていると、美夜子が見えた。何かを察したような、優しい眼差しで僕を見ていた。
「ごめんね、急にいなくなって。でも、分かったでしょ?」
「……」
「千秋、一緒には居られないの」
美夜子の声が涙の水感を帯びてくる。
「ほんとはトウキョウランドも行きたいよ、千秋と一緒に居たいよ。なんで、なんで好きにっ……」
泣きながらまくし立てる美夜子を思わず抱きしめた。
――と思ったが、手は、すり抜けてなんの感触も持たなかった。
美夜子はさらに泣きじゃくり、悲しくなって僕も泣いた。
家が近づき、いつも別れる場所で美夜子に話しかける。
「別にこのままでいいよ、僕は」
美夜子がこちらを見上げる。
「誰にもわかって貰えないけどさ、別に、このまま一緒に居たらいいよ」
美夜子の瞳が一瞬キラキラと輝く。
「うん……今日はもう遅いから、また明日会おう、千秋」
さっき、また明日と言ったので美夜子とはきっと明日も会える。そういう子だ。
命日は明後日。もし命日になったら、何か変わるのだろうか?しばらく消えて会えなくなるとか?
いや、まさか、それとも――
「おはよう、千秋」
「ん、おはよう」
今日は仕事が休みだ。美夜子の為に時間を作って出てきた。
昨日、なんとなしに気持ちが通じあった気がして、むず痒いながらに心地のいい空気を感じる。
「わかってると思うけどね、私千秋が好きだよ」
「僕も美夜子が好きだ」
――嗚呼、僕たちに、このまま続きがあればいいのに。
「トウキョウランド行きたいよな」
「行きたいね」
美夜子が、写真で見た時のような心からの笑顔を見せてくれた。やっと本音で通じ合えただけで、こんなに喜んでくれるのか。
「明日は、会えないのかな?」
「会えないよ」
泣きそうだ。1番つらいのは美夜子なのに。
「私ね、こうなってから今までで1番幸せ。だからこのまま私をずっと幸せにして?」
「うん、わかった。ずっと幸せにする。誓うよ」
「泣いちゃダメでしょ!せっかく我慢してたのに」
涙を腕で拭う僕に、ふふっと笑いながら美夜子がポンポンと喋る。
「そうだ、ちゃんと道は塗装してね、それで、会社の人とも仲良くしてくださいっ。いつかちゃんと、千秋も人生で1番幸せになるんだよ」
「今じゃダメなのかよ……っ」
「今は、私だけ!千秋はダメです」
その日の夕方。触れずに、いつも通り別れをした。
触れようとしたら、また美夜子が泣いてしまうから。
美夜子は命日のお見送りの最中、姿を現さなかった。
泣いている僕を会社や地域のみんなが慰めている時、頬に唇の感触を感じてハッと見上げると、浮いた美夜子が微笑んでいた。
そして、見た事もないくらい綺麗な光に包まれて、消えていった。
これが、美夜子と僕の最後の1週間だった。
【完】
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
はじめましてせらうらはです。
投稿が初めてですので短編をまずは書いてみました。
これから長編なども投稿予定です。
作品への反応など頂けるととっても嬉しいです!では!