第40話 聖騎士学園の転生半魔神
「──出ろ、オルト」
暗闇の中、ヴァリナの声が聞こえる。
オルトはゆっくりと顔を上げた。
「良いんですか?」
「上からの指示だ」
「了解です」
ここは聖騎士学園、“地下牢獄”。
境界線見学から、約二週間。
半魔神の姿を見せたオルトは、ここに投獄されていた。
理由は、“危険因子”だからとのこと。
指示を出したのは、聖騎士を司る上層部だ。
牢獄を出たオルトを案内しながら、ヴァリナが口を開く。
「オルトは久しぶりの地上か」
「そうですね」
手は縛られたまま、オルトは静かに付いて行く。
すると、ヴァリナは背を向けたままに謝った。
「……すまない。こんなことになって」
「いえ、隠してた俺が悪いですから」
オルトを投獄したのは、ヴァリナの意志ではない。
聖騎士として中立の立場に置かれたヴァリナは、上からの指示に逆らえなかった。
本当は一刻も早く出してあげたいのだろう。
そんな思いを分かっているオルトは、話題を切り替えた。
「それより、いきなり出ろってどういうことですか?」
「……フッ」
それには、ヴァリナは笑みを浮かべる。
「地上は今、面白いことになっていてな」
「え?」
「その目で確かめた方が早いだろう」
「……っ!」
地下牢獄の階段を上りきると、明るい場所に出る。
神力でマジックミラーになっているようで、向こう側の様子が覗けた。
見えたのは『会議堂』だ。
そこでは激しい言葉が飛び交っていた。
『オルトは危険ではありません! 私たちは、ずっとこの目で見てきました!』
声を上げていたのは、エリシアだ。
エリシアは、オルトの『生存派』。
カリスマ王女である彼女を筆頭に、学園関係者、王都の者達が同じ意見側として、席についている。
対するは──聖騎士“上層部”。
『バカな! 魔人の最上位である魔神の姿をしていて、安全なはずがない!』
こちらはオルト『処刑派』。
長らく聖騎士に関わってきた者達だ。
ほとんどは年齢で現役を引退し、今は上層部として鎮座している。
その光景には、オルトも呆気に取られていた。
「こ、これは……」
「この様子が二週間続いてる。お前の処刑が決まってからな」
「え、処刑!?」
「今は保留となっているがな。これも生存派による働きだ」
「……!」
オルトが投獄された次の日、処刑が決定した。
だが、それに異を唱えたのが『生存派』である。
王女として権力を持つエリシアが、学園中・王国中の賛成票を集めてきたのだ。
ただ、これは彼女だけの力ではない。
オルトが数々の場面で感謝され、名を轟かせていたからこそだ。
「それからはもう大変だ。ほら、あそこを見ろ」
「あれは……リベル!」
エリシアの後は、リベルも生存派に加わった。
故郷のオリフィア小国全土の賛成を集めて参戦したという。
もちろん、彼女たち以外にも味方がいる。
ルクスやミリネ。
学園の仲間はもちろん、オルトに関わった多くの者が味方に付いていた。
そして、ヴァリナは視線を移す。
「そんな中でも、彼女は一番動いているな」
「……!」
視線の先にいたのは──レイダだ。
机をバンっと叩いたレイダは、立ち上がって声を上げる。
『彼はわたしを何度も救ってくれました!』
「レイダ……!」
だが、処刑派も黙っていない。
『それは学園内部に入り込むためでは?』
『あの力があれば、学園など簡単に潰せたはずでしょう!』
『……ぐっ』
そんな中で、オルトは処刑派に目を向けた。
(って、あいつらは……!)
知っている顔ぶれがいたようだ。
レイダの故郷で、彼女を散々蔑んでいた者達である。
原作オタクのオルトは知っている。
レイダが「彼らとは関わりたくない」と思っていることを。
それでも、彼らを前にレイダは強く戦っているのだ。
そうして、レイダは一番の声を上げた。
『彼は、聖騎士界になくてはならない存在です!』
「レ、レイダ……っ」
その光景に、ヴァリナが口を開く。
「レイダは学園で一番変わったな。これもお前のおかげか?」
「いや、そんなことは……」
「フッ、どこまでも謙遜する奴だ」
すると、ヴァリナは少し上を向く。
「お前が連れ去られた時は、もうすごかったというのに」
「え?」
「レイダのプライバシーのために言わないがな」
「ええ!?」
ヴァリナは二週間前の事を思い出す。
────
「その魔人をこちらに渡せ」
力尽きたオルトを抱えるレイダの元に、神器を構えた聖騎士たちが並ぶ。
彼らは、オルトを“敵”として見るような目だ。
対して、レイダはカッとなった。
「なっ、今の戦いを見ていなかったんですか!?」
「どういう意味だ」
「オルトは──彼はわたし達を守ってくれたんです! 魔人かもしれませんが、敵ではありません!」
前に出た聖騎士は答える。
「魔人は魔人だろう?」
「……! なんですって? あなた、もう一回言ってみなさいよ!」
「やめろ!」
すると、駆けつけたヴァリナが間に入った。
「落ち着けレイダ。ここは従うんだ」
「で、でも! ……ッ!」
反抗する中、レイダはヴァリナの震えた手が視界に入る。
怒りを我慢している手だ。
この時すでに、上層部から各聖騎士へ連絡が入っていた。
即刻、オルトを連行するようにと。
「ここでお前が暴れれば、オルトの功績が無かったことになる」
「……っ」
「私も動く。だからここは抑えてくれ」
「そ、そんな……」
歯を食いしばったまま、オルトが聖騎士側に取られる。
一度は従ったが、やはり声を上げずにいられなかった。
「連れていかないで!」
レイダは涙ながらに訴えたのだ。
「わたしはまだ、そいつに好きって言えてない……!」
────
二週間前の回想を終え、ヴァリナは再び口を開く。
「あとはお前次第だ」
ヴァリナやエリシア、リベルにミリネ、学園の仲間達。
そして、レイダ。
みんなの想いが集まり、生存と処刑は五分まできた。
大きな権力を持つ上層部に対しては、異例の事態だ。
「やることがあるだろう」
「──はい」
オルトは強くうなずく。
同時に、マジックミラーを解除した。
「失礼します」
「「「……!!」」」
オルトが姿を見せた瞬間、会議堂が大きくざわつく。
声を上げたのは、生存派の者達。
「オルト!」
「オルト君!」
「無事だったか!」
「アンタ……!」
対して、処刑派は周りの者達と顔をひそめ合う。
「あれが半魔神……」
「まあ、姿を隠してるのね」
「なんって汚らわしい」
「早く消えてくれよ」
ひそひそと話しているとは言え、オルトの耳には届いている。
それでも、オルトは真っ直ぐ前を向き続けた。
議長の方向だ。
「現在、票は半々なんですよね」
「左様」
「だったら──」
オルトは処刑派に顔を向けた。
「こちら側が納得するような成果を残せば、聖騎士として認めてもらえますか」
「「「……ッ!」」」
だが、それには処刑派が黙っていない。
「ふざけんな!」
「誰が認めるか!」
「聖騎士の格を落とすんじゃねえ!」
「汚らわしい魔人めが」
すると、議長はカァンっと鐘を鳴らす。
「──静粛に」
「「「……!」」」
議長はあくまで中立のようだ。
そのままオルトへ問う。
「納得させるとは、どうするつもりか」
「僕は在学しながら、『開拓聖騎士団』へ志願します」
「「「……ッ!」」」
開拓聖騎士団とは、魔界を開拓する聖騎士のこと。
魔界境界線にて、聖騎士が言っていた“化け物”達だ。
原作では、最終章にて主人公パーティーが志願するところである。
だが、その死亡率を考えると、志願者は限りなく少ない。
処刑を免れるには、自分の聖騎士としての価値を示すしかないと考えたようだ。
「僕自らが道を切り拓き、人間界に平穏をもたらしてみせます」
「「「……っ」」」
その強い意志には、処刑派も黙り込む。
彼らには、誰一人として開拓聖騎士団に所属していた者はいないのだ。
そうして、議長は再び鐘を鳴らした。
「処刑派の異議無し。オルト氏の提言を認める」
「「「……!」」」
「よって、オルト氏の処刑は無効とする」
「「「……ッ!」」」
その瞬間、生存派は一気にオルトになだれ込む。
「「「うわああああ!」」」
「いっ!?」
あまりの多くの人だかりだ。
それでも、これはオルトを信じる者達の一部である。
オルトがよほど信頼を得てきた証だと言えた。
開拓聖騎士団という、危険な道には進む。
それでも今は、無事に帰ってきたことが何より嬉しいようだ。
そうして、複数人が前に出てくる。
まずは、生存派筆頭のエリシア、
「すまない、遅くなったな」
「エリシア……!」
親友のルクス、
「オルト君がいないと、部屋が寂しいよ」
「ああ、悪かった」
それから友達のミリネ、
「オルト君、待ってました」
「ありがとう」
リベルまでもだ。
「待たせてた人、いるんじゃない?」
「そうだな」
そして、最後はもちろん──
「アンタ……」
レイダだ。
「オ、オルト、あのね……」
「うん」
レイダには言いたいことがたくさんあった。
だが、久しぶりの本人を前に、上手く言葉が出てこない。
すると、一番言いたかったことだけを伝えた。
「おかえり」
「……!」
桜が咲いたような、満面の笑みだ。
オルトもうなずきながら応える。
「ただいま」
★
数日後、夜。
「「……」」
ここは学園の端、第三公園。
付近には誰もいない中、二人の男女が無言でベンチに座っている。
オルトとレイダだ。
「「……っ」」
オルトは今日から復学している。
二人は「話したいことがある」とここで待ち合わせたのだ。
だが、何やら既視感のある光景になっていた。
((なんて話しかけよう……))
ここは、お互いに初めてのお友達になった場所。
加えて、二人っきりはかなり久しぶりだ。
話したい内容も相まって、どちらも過度に緊張していた。
それでも、意を決したオルトから口を開く。
「話しても、いいかな」
「……! え、ええ、もちろん!」
どこかぎこちない返事をしながら、レイダが向き直る。
オルトはふっと笑った。
どこか覚悟を決めたように。
「ありがとう。俺の為に尽力してくれて」
「……ううん、わたしがしたくてやったことだから」
「そっか。それは嬉しいな」
すると、レイダをじっと見つめて言葉にする。
「こんなレイダを見られるなんて、思ってもいなかった」
「ど、どういう意味?」
「……魔神形態まで見せたんだ。君にだけは話すよ」
その最後の秘密を。
「俺が違う世界から転生してきたって言ったら、信じる?」
「──え?」
「そこでは、この世界で起きることが分かるんだ。だから、この立ち回りが出来た」
「……っ」
突然の事実に、レイダは衝撃を受ける。
荒唐無稽な話ではある。
しかし、全ての辻褄が合うのもまた事実だ。
息を呑むレイダは、なんとか言葉を絞り出した。
「じゃ、じゃあ、わたしを最初から知って……?」
「そうだ。隠しててごめん」
「…………」
レイダはまた少し黙り込む。
だが、ふっと表情が緩んだ。
「なーんだ」
「え?」
「ふふっ、そういうことだったのね」
「レ、レイダ?」
今の「なーんだ」には、二つの意味がある。
一つは、異質さのからくりを知れたこと。
驚きはあったが、妙に納得できた。
そしてもう一つは、自分の気持ちが揺るがなかったことへの安堵だ。
(オルトは、オルトなのね)
以前、レイダは『オルトが何者か』と尋ねようとしたことがある。
その時は、正体不明の何かだった場合、自分がどう受け止めるか分からなかった。
結果、『この関係のままでいたい』と、疑問は胸にしまったのだ。
そして、オルトは実際に正体不明の何かだった。
それでもレイダの気持ちは揺るがなかった。
今まで通り、否、隠し事がなくなり、今まで以上にオルトを好きになった。
「ふふっ」
気持ちの高ぶりを感じながら、レイダは尋ねる。
「その世界のわたしは、碌なことにならなかったでしょ」
「そ、それは……」
「わかるわよ、自分のことぐらい」
レイダは、本来の自分の行く末を知った。
しかし、全く悲観はしていない。
「でも、今は違うの」
「え?」
この世界の自分は、幸せに満ちているからだ。
その気持ちを伝えるよう、ポケットからある物を取り出す。
「これ、受け取って」
「……!」
「わたしからのプレゼント」
オルトがもらったのは、手製のネックレス。
形は綺麗とは言えないが、溢れんばかりの愛情が込められていた。
学園でグラウディルから助けられた後、レイダが作ったものだ。
「レイダが、俺にネックレスを……」
「信じられない?」
「え、いや、そういうわけじゃなくて!」
「思ったんでしょ。本当はそんなことする性格じゃないって」
「……!」
図星だった。
原作のレイダは、プレゼントどころか、人と関わりすらしない。
自分の変化に気づいているレイダは、心の内を言葉にする。
「わたし、学園に来て良かった」
「レイダ……!」
「友達も、力も、プレゼントを作るようになったのも。全部、全部アンタのおかげ」
レイダの目元に涙が浮かぶ。
「全部、アンタがくれたものなの」
「……っ」
「ありがとう」
笑みを浮かべたレイダは、そっとオルトに手を向ける。
その頬は赤く染まっていた。
「え、あの?」
「閉じてて」
「……!?」
レイダは、手でオルトの目元を覆った。
次の瞬間、ふっと唇に柔らかい感触がある。
「大好き」
★
次の日、朝。
「すーーー、はーーー」
学園の校門前で、オルトは深く深~く呼吸をしていた。
昨日の出来事を整理するためだ。
(昨日まじで何があった!?)
レイダの手で、目元を覆われたとこまでは覚えている。
だが、そこからの記憶が一切ない。
おそらく頭が蒸発したのだ。
だが、柔らかい感触だけはなぜか脳裏に焼き付いていた。
(あれって、キスなのか……!?!?)
この世界はおろか、前世でも交際経験は無い。
しかも、その相手が推しなのだ。
オルトは動揺しきっていた。
すると──前からレイダが歩いてくる。
「「あ」」
昨夜の公園ぶりだ。
何を話しかけるか分からない中、オルトの視線は唇に向いた。
(ほ、本当にあの口と……!?)
すると、レイダはその視線に気づく。
ハッと口元を隠し、みるみるうちに顔を赤く染めていく。
「ア、アンタねえ……」
「え、あ、すみませ──!」
そうして、拳を振り上げて迫ってきた。
「もっと配慮ってものがあるでしょうがーーー!」
「すみませーーーん!!」
全力で追いかけるレイダと、全力で逃げるオルト。
朝から騒がしい様子に、周りも呆れながら見つめる。
ヴァリナにエリシア、ルクス。
「ふっ、騒がしい奴らだ」
「また賑やかになったな」
「オルト君らしいや」
ミリネやリベルもふっと笑っていた。
「仲良しですねえ」
「ほんとよ」
様々な騒動を経て学園に帰ってきた、転生半魔神の少年オルト。
オルトとレイダは、こうして学園を賑やかしていくだろう。
二人の物語はこれからも続いていく──。
最後はやっぱりツンデレなレイダでした笑。
半魔神を見せ、聖騎士学園に帰り、転生の話を伝えて、『聖騎士学園の転生半魔神』というタイトル回収をといったところでしょうか!
ということで、これにて完結です。
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