第39話 半魔人VS半魔神
「そ、そんな……」
上空に浮かぶオルトを眺め、レイダはぺたりを座り込む。
その姿が──“半魔神”だったからだ。
すると、オルトは何かを思うように口を開く。
「……人間界で見せる気は無かったんだけどな」
魔人は、等しく聖騎士の敵。
その中で頂点に立つ“魔神”など、もっての他だ。
それゆえの言葉だろう。
それでも、レイダをはじめ、多くの人々を守るには、この魔神形態になるしかなかった。
「こうなったら、一緒に死んでやろうか? 同じ魔人としてな」
もう聖騎士としては生きていけない。
その決意が現れた言葉に対し、ヴォルクも高く嗤う。
「クハハハハ! そんな秘密があったとはなア!?」
邪力に呑まれ、ヴォルクは情緒が不安定になっている。
だが、“オルトを殺す”という強固な意志は残っていた。
「んじゃ、ひとおもいに殺してやるよオ!!」
「ああ、最終決戦といこうか。ヴォルク」
同時刻、西地点。
「な、なんだ、あの少年は!」
「あの子も魔人を取り込んでいるぞ!?」
「敵なのか!?」
こちらでも、ヴォルクの存在は観測していた。
ヴォルクの巨大な邪力に対して防御体制を取った瞬間、オルトが魔神形態を解放したのだ。
ならば、自然とオルトに注目が集まる。
「どうする、あいつも撃退するのか!?」
「待ってくれ!」
だが、オルトも攻撃対象になる所を、ヴァリナが止めた。
「あいつは敵じゃない!」
「ヴァリナ教官! ですが……!」
「私の生徒なんだ! 頼む、この通りだ!」
「……っ」
声を上げながら、ヴァリナは土下座をした。
その胸の内には、オルトへの信頼がある。
(信じているぞ、オルト……!)
たとえ、半魔神だったとしても。
たとえ、それを隠していたとしても。
オルトは学園の生徒を、聖騎士側を裏切らないと。
すると、もう一人の少女が姿を見せる。
「私からもお願いします」
「エ、エリシア様!? いけません、お顔をお上げ下さい!」
王女エリシアだ。
だが、その位を全く厭わず、ヴァリナ同様に頭を下げる。
「いいえ、彼を信じて下さるまで頭は上げません」
「……っ!」
「彼は立派な聖騎士です。きっと──」
再び顔を上げると、エリシアにも信頼の目が浮かんでいた。
「私たちを守ってくれる」
同時刻、中央拠点の近く。
「あ、あの姿……」
「オルト君……!」
二人の少女が声を上げた。
レイダを追い、移動してきたリベルとミリネだ。
しかし、空いた口が塞がらない。
「そういうこと、だったのね……」
「そうですね……」
オルトの異質さに納得がいったようだ。
それでも、決して目を逸らしはしない。
今まで見てきた“オルト”という者を信じているからだ。
「ミリネ」
「もちろんです」
オルトは絶対に味方だと。
「「勝って……!!」」
再び、オルトの戦場。
「どうしたア! 温いんじゃないかア!?」
肥大化したヴォルクが、各地から吸収した邪力を存分に振るう。
先程までとは、比較にならないほど力が増している。
対して、オルトは受けに回っていた。
「生憎、ずっと封印してたんでな!」
久しぶりの魔神形態だ。
オルトにも衰えが見られる。
神力と邪力の制御を思い出しながら、慣らすように戦っているようだ。
だが、使いこなせば──“最強の力”だ。
「弓・銃」
「……ッ!」
「【魔神・豪雨】・【魔神・神力加速圧縮弾】」
「ぐアアアアアアッ!?」
オルトは邪力を混ぜ、【千の神器】を扱う。
覚醒神器という破格の性能に加え、邪力で強化させているのだ。
その威力は、人型の時とは一線を画す。
また、その逆も然りだ。
「ナメるなアアアアアア!」
「……!」
ヴォルクが邪力の散弾を放った。
オルトは回避するが、そのまま追尾するように迫ってくる。
振り切ることは難しいようだ。
「死ねええエエエエ!」
「──じゃあ受けるしかないな」
「ハ?」
邪力の散弾がドドドオッと命中する。
だが、オルトにダメージは無い。
「【魔神の片翼】」
「なんだと……!?」
魔神形態で生えた漆黒の片翼で、自身を包んでいた。
邪力の塊であるそれに加え、神力でさらに強固にしたのだ。
もはや“絶対防御”と言っても過言ではない。
(ああ、こんな感じだったな)
極めた神力と、魔神の邪力。
二つが互いに高め合う時、究極の力が生まれる。
これが“半魔神”の真の力だ。
そんな懐かしい感覚を思い出しながら、オルトはヴォルクに向き直る。
「終わりか? ヴォルク」
「チィッ……!」
オルトは切り返し、再び攻めの姿勢に入った。
「うおおおおおおおっ!」
「ぐオオオオオオオッ!」
両者がぶつかり合う度、周囲に激しい衝撃が伝わる。
もはや聖騎士という次元ではない。
現時点では、二人にしか到達できない領域での戦いが繰り広げられている。
そんな中でも、圧倒するのはオルトだ。
「【魔神・神楽桜吹雪】」
「ぐガアアアアアアアアアッ!」
レイダの【紫桜】を用いた大技だ。
無数の斬撃には邪力が含まれ、より凶悪さを増す。
レイダの覚醒神器【紫桜繚乱】から放たれるそれとは、違う方向に成長した奥義である。
複数の神器を同時に操る中で、オルトは邪力を含んだ奥義クラスの技を放つ。
多大な邪力を吸収したヴォルクに対し、攻防どちらでも押しているのだ。
「……ハァ、ハァ。そろそろ終わりか? ヴォルク」
とはいえ、連戦で神力・体力共に消費し過ぎた。
オルトもとっくに限界を超えた戦いだ。
だが、それはヴォルクも同じ。
「これがラストみてえだなア……!」
ヴォルクは再び、最大級の邪力を溜める。
残りの邪力を全て出すほどに。
ここで決着をつけるつもりだ。
対して、オルトも両手を広げる。
最後の大技対決に、真っ向から受けて立つ構えだ。
「──顕現」
オルトの背後に、円を描くように数々の神器が浮かび上がる。
その数は二十、三十……否、百以上だ。
まさに“千の神器”である。
これは、魔神形態の解放前に放とうとしていた最終奥義だ。
(ここに全てをぶつける)
神器を一つ増やすごとに、神力操作の難易度は何倍にも跳ね上がる。
それを百以上など、もはや想像を絶する。
オルトの一番の武器である“神力操作”。
その力を最大限に発揮した、唯一無二の所業だ。
そんな中で、ついにヴォルクは邪力を放った。
「貴様を殺す、オルトォォォォォォォ!!」
「……ヴォルク」
憎しみに支配されたような、禍々しい声と力だ。
対して、オルトは静かに、そして力強く最後の言葉を口にする。
「今、楽にしてやる」
オルトは両手を前に突き出した。
その瞬間、顕現した数多の神器が動き出す。
「これで終わりだ」
近接武器は前方へ向かい、遠隔武器は背後から攻撃を放つ。
全ての神器の性質を、最大限に生かした大技だ。
その結果、全てが一体となり、やがて一つの奥義と化す。
「【魔神・全てを極めし者】……!!」
神力と邪力──純白と漆黒が混ざり合った、巨大なエネルギーの塊だ。
それがヴォルクの巨大な邪力とぶつかり合う。
しかし、拮抗はしなかった。
「バカな……!」
オルトの奥義は、ヴォルクの奥義を難なく押し戻す。
その勢いは凄まじく、とどまることを知らない。
「グッ!」
オルトの奥義が目の前に迫る。
そこでヴォルクはようやく理解した。
(そうか、これがお前との“差”か)
ヴォルクは、ここをゲームの世界だと見下し続けた。
オルトは、この世界を変えようと必死に生きた。
似た力を手にしても、その差は最後まで埋まらなかった。
二人を分けたのは──守りたい者の差だ。
(完敗だな)
「グアアアアアアアアアアッ……!!」
ヴォルクがオルトの奥義に呑まれる。
やがて奥義が去った後には、ヴォルクは見る影もなく消滅していた。
魔人ヴォルクは、聖騎士オルトに討たれたのだ。
「ハァ、ハァ……俺の勝ちだ」
消滅を確認して、オルトがようやく力を抜いた。
だがその瞬間、体中がズキっと痛む。
「──あぐっ」
さすがに力を使い果たしたようだ。
力尽きたように、オルトは宙から降ってくる。
「オ、オルト……!」
声を上げたのはレイダだ。
一番近くで見守っていたレイダは、バッとオルトを受け止める。
「……もう無茶し過ぎよ、本当に」
オルトの頭を膝枕に乗せたまま、レイダはぎゅっと抱きしめる。
感謝、安堵、色々な感情。
その全てを乗せて。
──しかし、災難は去っていなかった。
「そいつから離れろ!」
「……!?」
レイダの後方から声が聞こえる。
そこには、神器を構えた聖騎士たちが並んでいた。
すると、聖騎士の一人が口にする。
「その魔人をこちらに渡せ」
本日はもう1話更新してます!
次のお話で最終話になります!
ぜひその目で見届けてください!