第38話 最後の戦い
「んじゃ、ラストゲームといこうかあ!」
ヴォルクが神力を爆発的に増幅させる。
今までの比ではない。
圧倒的な存在感だ。
「……!」
対して、オルトは目を見開く。
ヴォルクの姿に合わせて、その力の正体にも気づいたからだ。
(こいつ、邪力を混ぜやがった……!)
──邪力。
人間の神力同様、魔人が扱う生命エネルギーだ。
基本的に、神力と邪力は相反するもの。
神力は邪力を浄化し、邪力は神力を侵食する。
お互いはお互いに弱点であり、有利でもある存在。
両者がぶつかった際には、より力が強い方が勝つ。
しかし、もし融合に成功した暁には──
「ハッハッハ、力が溢れてくるぞ!」
両者が相互に作用し合った、強大な力を手にする。
神力と邪力──白と黒のオーラを浮かばせるヴォルク。
その半人半魔の姿を以て、オルトを上空から睨む。
「怖気づいたか?」
「……っ」
「今更遅いがなあ!?」
「……ッ!」
ヴォルクが人外のスピードでオルトに迫った。
「やっと貴様を葬れる!」
「ぐっ!」
二人の神器が交差し、辺りに衝撃波が走る。
オルトが持つのは、【千の神器】の大剣。
ヴォルクは【覇道の黒剣】だ。
だが、ヴォルクはニヤリと笑みを浮かべた。
「それで対抗できるとでも?」
「……! まさか!」
「ああ、至ってやったよ!」
【覇道の黒剣】から黒色のオーラが溢れ出す。
それが神器を包むと、形を変えていく。
「この極致になあ!?」
やがて発現したのは覚醒した神器。
刀身はさらに大きく、さらに強固になっている。
しかし、特性によりヴォルク側が重く感じることはない。
“相手にのみ重い一撃を与える”特性は残したまま、より制圧力が増している。
覚醒神器──【覇者の黒業物】だ。
「はっは! こりゃあ良い!」
「ぐうっ!」
その力の前に、オルトは徐々に押される。
「貴様もそう思うよなあ!?」
「ぐぅあっ……!」
ヴォルクが声を上げると共に、オルトはそのままぶっ飛ばされた。
正面から力負けした形だ。
だが、それだけでは終わらない。
「【神邪・黒の波動】」
「……ッ!」
ヴォルクの力が、急速に高まる。
まるで魔人のような、ノイズ混じりの声だ。
王都騒動で使っていた、自己強化【黒の波動】の効果をより強力にしている。
神力と邪力の両方を混ぜているのだ。
「ハハハッ!」
「待て、その方向は!」
しかし、ヴォルクは体を横へ向けた。
「どうなっても知らねえぞ!?」
「……!」
「【神邪・破滅の斬撃】」
ヴォルクは巨大な黒の斬撃を放つ。
聖騎士たちが戦う拠点を狙って。
「このっ……!」
目を見開いたオルトは、痛む体で地面を蹴った。
「ぐ、ぐうううううううっ!」
拠点を守る形で、オルト自らが黒の斬撃を受け止める。
縦に何十メートルと伸びる強大すぎる技だ。
それでも、執念で上空へ弾き返す。
「……ハァ、ハァ」
「ヒュー、相変わらずかっこいいねえ」
オルトが拠点を庇うと分かっていたのだろう。
邪悪な笑みを浮かべたヴォルクは、高笑いで続けた。
「ハッハッハ! 騎士様は大変だなあ、守るものが多くてよお!」
「ヴォルク、お前という奴は!」
「俺は面倒な仕事は捨てたからなあ? 好き勝手にやらせてもらうぜ?」
今さらヴォルクに正々堂々など存在しない。
どんな手段を使ってでも、オルトを殺すつもりだ。
対して、オルトは歯を食いしばっていた。
(予想以上に邪力を使いこなしてる!)
神力と邪力は、互いに喰い合う存在だ。
共存させるには繊細すぎる制御が必要になる。
だが、ヴォルクにそれが出来るとは思えない。
(そうかよ、ヴォルク……!)
その解決法として、オルトという共通敵を作ることで、両方をうまく制御しているようだ。
憎しみや恨み。
全ての感情という感情を、オルトへ向けている。
その力は、もはや聖騎士をとうに超えていた。
「どんどんいくぞ!」
「ぐっ……!」
宙を蹴り、再びヴォルクから攻める。
その圧倒的な猛攻をなんとか受け止めながら、オルトは思考を巡らせていた。
(あれを出すしかないのか?)
対抗手段がないわけではない。
だが、最初から出せない理由があった。
(でも、まだ完成していない……)
その手段は、未だ上手く制御できない。
ヴォルクという強者を相手に、ぶっつけ本番はリスクが高すぎたのだ。
それでも──。
(ここでやらなければ、いつやるんだ……!)
オルトは決意を固めた。
「どうした!? もう限界かあ!?」
「……っ」
「だったらそのまま死にやがれえ!」
「……!」
オルトの態勢が崩され、ヴォルクの神器が迫る。
オルトが両手に持つ剣は、後方に弾かれている。
もう防ぐ手段はない──はずだった。
「んだと……!?」
だが、ヴォルクの神器が止まる。
目の前にあったのは、オルトを守るように空中から発現した大盾だ。
「先のグラウディルとの戦いで、ヒントを得た」
「……ッ!」
「俺が目指すべきはこれなんだってな」
「ぐあっ……!?」
発現した大盾が、動揺したヴォルクを弾く。
距離を取ったヴォルクは、ぞっと背筋を凍らせた。
「な、なんだそれは……!」
姿勢を起こしたオルトの背後に、浮かんでいたのだ。
手に持つ神器とは、違う神器が。
「なんとか間に合ったか」
オルトは手に大剣を持ったまま、大盾の神器を発現させた。
グラウディル戦の時のような、同じ神器を二つではない。
それぞれを全く違う形に保ち、全く違う神力操作が必要になる。
その難易度は、何倍にも跳ね上がる。
(もって数分だな)
しかし、おそらく長くは持たない。
今この瞬間も、多大な集中力と神力を支払っているからだ。
それを分かっているオルトは、自ら攻めに出た。
「今度はこっちから行くぞ!」
大盾を前に浮かべ、手には大剣を持ってヴォルクに迫る。
ヴォルクからすれば、二人の聖騎士が向かってくる感覚だろう。
「ナ、ナメやがってええええ!」
「……!」
だが、ヴォルクも強者だ。
その大きな刀身を以て、オルトと盾を同時に受け止める。
しかし、オルトはニッと口角を上げた。
「背後にご用心」
「あ? がはッ……!」
(三つ目だと!?)
ヴォルクの背後から、槍の神器が突き刺さる。
オルトが三つ目の神器を発現させたのだ。
すると、もう勢いは止まらない。
「斧、刀、短剣」
「……!?」
「鎌、鞭、ナイフ」
「ぐおお──ぐあっ!」
発現する数々の神器に、ついにヴォルクが押し切られる。
ぶっ飛ばされながら、初めて後ずさった。
だが、オルトの攻撃範囲を逃れていない。
「弓・銃」
「……ッ!」
「【豪雨】・【神力加速圧縮弾】」
「がああああああああっ!」
以前のヴォルク戦で見せた、二種の神器の大技だ。
だが、今回は同時である。
「ぐ、がはっ……」
大ダメージを負いながら、ヴォルクはさらに後退する。
オルトの攻撃範囲から外れると、激しく顔をしかめた。
(バカな、どんな難易度だと……!)
オルトの背後には、十、二十もの神器が浮かび上がっていた。
その全てが違う神器である。
二つですら、難易度が跳ね上がるであろう違う神器の操作。
そのはずが、どんどんと神器は増えていく。
「俺も【千の神器】の弱点は感じていた」
グラウディルの「いくつ集まってもゴミはゴミ山」という言葉も、あながち間違いではなかった。
事実、有利な神器を変えながらでも、ここまではヴォルクに押されていた。
ならば、数を増やせばいい。
「神力操作にはちょっと自信があるんだ」
「……ッ!」
しかし、これはもはや表しようのない難易度の神力操作だ。
オルトはこの土壇場で、己の限界を超えた。
これも、とあることを感知していたからだ。
(勝ったんだな、レイダ)
優れた探知により、東でレイダが勝利したことを把握していた。
彼女に応えようと、オルトも勇気をもらっていたのだ。
相思相愛の力は、地点を超えて結ばれ合う。
「終わりにしよう。ヴォルク」
「……っ!」
「魔人になったお前に、容赦はしない」
王都での戦いでは、殺しはしなかった。
だが、ここでの聖騎士の仕事は一つ。
魔人を斬ることだ。
「──顕現」
「……ッ!?」
上空に浮かび、オルトが両手を広げる。
すると、彼を囲うようにさらに次々と神器が浮かび上がる。
オルトはこれで勝負を決める気だ。
対して、ヴォルクは目を見開いた。
(ここまでしても、勝てないのか……?)
ヴォルクの心に、ズズズっと絶望が芽生える。
それは邪力を増幅させるものだ。
結果、ヴォルクの憎悪が膨れ上がった。
(だったらもう、知るかあ……!)
「ぐ、ぐおおおおオオオオオオッ!」
「ヴォルク……!?」
ヴォルクは雄叫びを上げ、邪力を増長させた。
ヴォルクは自分の力で勝つことは諦めたようだ。
ならばもう、オルトもろとも全員殺すことを決断する。
「集まりやがれ、駒どもオオオオオ!」
「……!?」
ヴォルクが両手を広げると、各地から邪力が集まってくる。
倒した魔物、倒した魔人。
そして、魔人融合していたグラウディル。
その力が全てヴォルクに結集する。
「グ、グガアアアアアアアアアアッ!」
ヴォルクは最終手段として、あらかじめ仕掛けをしておいたのだ。
配置した魔物たちの力が、全て自分に還元できるように。
これを使う場合、ヴォルクの自我は消え失せるが、この際はどうでもいい。
「貴様もろとも殺せればなあああアアアア!」
「……ッ!」
邪力が集結し、ヴォルクの体がとんでもなく肥大化していく。
もはや人間とは呼べない。
魔物や魔人を無理やり結合させた、“歪な何か”だ。
「死にさらせエエエエエエエエエエエ!」
「こ、これは……!」
ヴォルクは、コオオオオオオと邪力を溜める。
禍々しく巨大な負のエネルギーだ。
あまりのエネルギー量に、オルトは直感した。
これが放出されれば、三拠点もろとも吹き飛ぶだろうと。
その時の被害は計り知れない。
そして、|今から放つ技では押し負ける《・・・・・・・・・・・・・》と。
「オ、オルト……!」
「レイダ!?」
上空にいるオルトの下方に、レイダが現れる。
グラウディルの邪力を追い、ここに着いたのだ。
レイダの姿に、オルトはドクンと察する。
(あれを止めなければ、レイダも死ぬ……?)
それだけはさせるわけにはいかなかった。
たとえ、|今まで積み上げたもの全てを失っても《・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
「消えろオオオオオオオオオオオ!」
「……!」
ヴォルクの邪力が放出された。
カッと黒光りした瞬間、轟音が遅れて辺りに響き渡る。
三拠点を呑み込む尋常じゃない大きさだ。
だがそれは──突然消失した。
「……え?」
レイダも目をつぶっていたのだろう。
再び開けると、それをした少年の姿が視界に入る。
しかし、ハッと口元に手を当てた。
「そ、そんな……」
オルトの背中からは、漆黒の片翼が生えている。
他にも、腕や顔に変化が見られる。
右半身が人間には見えなかったのだ。
宙に浮くオルトは、控えめに口を開く。
「……人間界で見せる気は無かったんだけどな」
「貴様、その姿は!」
「こうなったら、一緒に死んでやろうか?」
その誰にも見せた事のない姿は──
「同じ魔人としてな」
“半魔神”を解放した姿であった。