第37話 紡いできた力
「今回こそは、超えてみせる」
レイダの神器がまばゆい光を放つ。
これはただの神器具現化ではない。
神力の第三段階、覚醒の光だ。
「あなたとは、わたし自身が決着をつける!」
レイダの【紫桜】が、少し長く、少し湾曲する。
剣というよりは、“刀”の形に近い。
覚醒神器──【紫桜繚乱】だ。
(オルトを想うと力が湧いてくる……)
覚醒へ至るに必要なのは、究極の自己理解。
自分が真に内に秘めた感情を捉え、魂レベルで欲しているものを感じる。
それが鍵となり、神器は覚醒を迎える。
(これもオルトのおかげなのかしら)
レイダの鍵は──人を想うことだった。
しかし、原作では誰とも関わらずに闇墜ちする。
そんな中で覚醒に至るはずもない。
この世界でオルトと出会い、オルトを好きになり、レイダの神器は真の力を呼び覚ます。
「勝負よ、グラウディル!」
【紫桜繚乱】から、艶やかな紫色の光が放たれた。
自然と地面からは、光の蓮が咲いている。
神力の影響が周囲にまで及んでいる証拠だ。
対して、グラウディルは鋭い眼光を浮かばせた。
「……また、私の手から離れるのか」
「!」
「私の知らないところで、別の男とおおお!」
「……っ!」
怒りのグラウディルから、凄まじい威圧感が放たれる。
黒混じりの禍々しいオーラだ。
神力と魔人の力が混ざり合っている様に。
だが、レイダも一歩も怯まない。
「守られるだけのわたしは、今日で終わりよ!」
「お前は守られていればいい、この私になあ!」
結界の中心で、両者が激しくぶつかり合う。
「はあああああッ!」
「ぐおおおおおッ!」
どちらも膨大な神力で形作られた覚醒神器だ。
二つが交わる度、周囲には強大な衝撃波が走る。
中心にいる両者の衝撃など、計り知れたものじゃない。
「口ほどにもないな、レイダ」
「……!」
そんな状況において、ほんの少しの差は形勢を大きく傾ける。
「君は弱いのだから、こちらにおいで」
「ぐうっ……!」
レイダの刀を弾き、グラウディルが不気味に笑う。
腐ってもグラウディルは元聖騎士だ。
レイダが覚醒を遂げたとはいえ、細かな技術、経験の差は簡単には埋まらない。
ならばそこは──仲間が埋める。
「……! なんだ?」
グラウディルに神力弾が飛んできた。
目を覚ましたリベルとミリネだ。
「レイダ!」
「援護します!」
リベルは妨害、ミリネは強化。
戦いに付いていけないながらも、二人はレイダを援護する。
「ただではやられないわよ!」
「そうです!」
「二人とも……!」
直接ぶつかるレイダの邪魔にはならず、それでいて的確な援護だ。
この多彩な戦術は、オルトに授けられたものだろう。
「生憎、小賢しい友達がいるのよ!」
「色々と教えてもらいましたからね!」
再び蘇る親友三人の連携。
レイダが覚醒を果たしたこともあり、グラウディルをとことん追い詰める。
「ぐっ、ガキどもがあ……!」
二人の援護により、レイダとグラウディルの差は限りなく縮まっていた。
レイダの傍にいるのはオルトだけではない。
これも、この世界のレイダが必死に紡いできた絆の証だ。
「はああああああッ!!」
「……ッ!」
差がほとんどない両者の戦い。
その中で、勝敗を決定づける要因は一つ。
気持ちの強さだ。
(わたしは、勝つ!)
「オルトに、胸を張って言えるように!」
「くっ!」
「オルトに教わったものは、最強なんだって!」
姿勢を崩したグラウディルに、レイダが迫る。
同時に、【紫桜繚乱】が鮮やかな紫に輝く。
「【神楽桜吹雪・繚乱】……!!」
「ぐああああああああああっ!!」
刀から放たれた、太き縦の一閃。
そこから無数の斬撃が派生する。
数も威力も、先程のそれとは一線を画す。
木のように伸びた太い斬撃から、満開の細かい斬撃がグラウディルを斬り刻んだ。
まるで、一本の木に咲き誇った桜が、一瞬で舞い散るかのごとく。
正真正銘、レイダの最終奥義だ。
「ぐっ、がはぁ……」
グラウディルは膝をつき、前に倒れる。
神力の結界は消え、威圧感も失せていく。
「レ、レイダ……」
「……」
だが、顔だけは前方に向け、レイダの方に手を伸ばす。
その執念はさすがと言うべきだろう。
対して、レイダはふうと一息ついた。
「聖騎士の仕事は、魔人を斬ること」
「……!」
「これは、わたしの聖騎士としての覚悟よ」
「や、やめろ……!」
レイダが何をするか勘づいたのだろう。
グラウディルは目を見開くが、レイダはすでに動いていた。
「【桔梗一文字・繚乱】」
「……っ!」
レイダは、倒れているグラウディルを横切る。
だが、斬撃は発生していない。
今まで使ってきた、刀を鞘に収めることで斬撃が発動する技だ。
いわば、“決着が予約された状態”で、レイダは口を開く。
「母の最期はどんな感じだったかしら」
「……美しかったよ、君のようにね」
「そう」
聞いた上で、レイダは告げる。
「それを奪ったあなたは、許さない」
母はかえってこない。
それでも、自分のやるべきことは成した。
(仇は取ったよ、お母さん)
その想いをそっと閉じるように、刀を鞘に収めた。
「──散」
「がっ……!」
斬撃が発生すると、グラウディルはパタリと倒れた。
振り返るまでもない。
確実に仕留めた感覚があった。
レイダは“魔人を斬る”という、聖騎士としての仕事を果たしたのだ。
しかし、ガクンと姿勢を落とす。
「くっ……」
「「レイダ!」」
すぐさまリベルとミリネが駆け寄った。
息を切らしながら、レイダは二人に支えられる。
「大丈夫、神力を使い過ぎた、だけ……」
神器もふっと消え、神力もほとんど残っていない。
限界を超えた戦いだったようだ。
そんな状態でも、最後は勝利を収めた。
これは、レイダ自身の力。
そして、仲間との力。
レイダが紡いできた力に他ならない。
「……っ」
すると、レイダはふと遠くに視線を移す。
(わたしにできるのは、ここまでね)
覚醒を遂げて、レイダの探知範囲が研ぎ澄まされている。
その感覚で感じ取っていたのだ。
“さらなる高次元の二人”が、今まさに向かい合っているのを。
「あとは……頼んだわよ」
★
中央拠点近く。
ここは、まさに魔界と人間界の狭間だ。
「やっぱり、お前だったのか」
上空を見上げ、オルトが口を開いた。
その先で嗤うのは──ヴォルクだ。
「ハッ。気づいてやがったか」
「って、その姿……!」
しかし、その様相に目を疑う。
オルトはすぐさま声を上げた。
「魔人と融合したのか……!」
「ご名答」
ヴォルクが魔人の力を得たことに気づいたのだ。
その凶悪さを身を以て知るオルトは、顔をしかめる。
今のヴォルクは“半魔人”と言って良い。
「最終手段だが、仕方ねえ」
「……っ」
「貴様を殺すためだからな」
対して、ヴォルクはニヤアっと口角を上げた。
「んじゃ、ラストゲームといこうかあ!」
ヴォルクが魔人の力を解放する。
その瞬間、神力が爆発するように増幅した──。




