第32話 聖騎士グラウディル
「レイダさん、君を正式な聖騎士に推薦したい」
放課後の特殊修練場にて。
通常は立ち入れないこの場所で、グラウディルが持ち掛けた。
すると、レイダは目を見開く。
「それって……!」
「ああ、“直接推薦”さ」
この世界において、聖騎士になる方法は主に二つ。
一つは聖騎士試験を受け、内定をもらうこと。
学生の場合は、最高学年で試験を受けることが多い。
オルトの前世では、就職ルートなんて呼ばれ方もする。
そしてもう一つが、直接推薦。
権限を持つ者から勧誘されると、試験をパスして直接聖騎士になれる。
これは在学中にも可能で、学校は卒業したと見なされる。
「良い提案だろう?」
多くの学園、中でも特に聖騎士学園は、聖騎士になることが最終目標だ。
そのため、推薦を受けた者はほとんど間違いなく了承する。
そんな事情を当然知っており、グラウディルは手を伸ばす。
さらに、原作のレイダはここで了承するのだ。
しかし──
「結構です」
「……は?」
レイダは手を取らなかった。
首を横に振ると、はっきり答える。
「わたしはまだ学園で学ぶことがありますので」
「なっ、学園はそもそも聖騎士になるための場所で──」
「それでも!」
グラウディルの言葉を遮り、レイダは本心を伝える。
「ここには、何よりも学びたい人がいますので」
「……っ!!」
レイダの頬が赤みを帯びる。
頭に浮かべているのは、きっとオルトだろう。
レイダも最終的には聖騎士になりたいとは考えている。
ただしそれは、結果として得られるものであって目的ではない。
レイダの目的は、“自分の剣を磨くこと”。
そのためには、オルトの近くにいるのが一番だと今は思っているようだ。
対して、グラウディルは拳を震わせる。
「……そうか、お前もなのか」
「え?」
「せっかくこの私が誘ってやったのに!」
「!?」
グラウディルの表情が豹変する。
原作では、レイダはここで了承するため、もっと後でグラウディルの本性が見られるはずだった。
だが、断られたことで、それが早まる。
「いいか、“お前の母”は──」
「やめろ!」
「……ッ!」
その瞬間、レイダの後方から何者かの膝蹴りが飛んでくる。
グラウディルが素早い反応で受け止めると、その姿が見えた。
急に現れたのは、オルトだ。
しかし、オルトに珍しく怒りが見られる。
「それ以上は口にするな、グラウディル!」
「……なんだ貴様は」
「オ、オルト!」
レイダが声を上げると、グラウディルはピンときたようだ。
「オルト? ああ聞いたぞ、先の騒動で活躍したという」
「……」
「貴様のような名も無き平民が、何を知る」
「……答える義理はない」
二人の間にただならぬ気配が漂う。
オルトは何かを知っているように。
グラウディルはオルトを計るように。
その均衡を破ったのは、レイダだ。
「待ってオルト、その人の話を聞かせて」
「レイダ! で、でも!」
「覚悟はできてる」
「……っ」
聞こえかけた言葉が気になったのだろう。
すると、グラウディルはニヤリとして答えた。
「そうか、そんなに聞きたいか!」
今までの爽やかな顔とは真逆。
本性である黒い感情を表に出して。
「お前の母を殺ったのは、私だ」
「……!」
「……くっ」
今は亡きレイダの母、カノア・アルヴィオン。
父である公爵家当主の愛人で、レイダとは五歳まで田舎で二人で暮らしていた。
だが、カノアは突然死する。
その理由は不明のはずだった。
「お前の母は、あの男の元に行くなどと言い出したからなあ!」
レイダが五歳になった頃、カノアは正式に父の側室へ迎えられることになる。
田舎から、都会のアルヴィオン家へ移ることになったのだ。
しかし、当時のグラウディルは、カノアに恋をしていた。
「私のカノアを、奪おうとしやがって……!」
二人は田舎で出会った。
だが、カノアはグラウディルと結ばれる気はなかった。
恋心を抱いていたのは、グラウディルの方だけだった。
それに気づいたグラウディルは、怒り狂う。
怒りと嫉妬が激しく絡み合い、やがてカノアを手にかけた。
側室になる前に、カノアが奪われる前に。
「カノアはあの時のまま、私の中で生き続けている! 誰より優しかった“田舎のカノア”のままで!」
「……っ!」
下劣な顔を浮かべるグラウディルに、レイダは声を上げる。
「そ、そんなの聞いてない……!」
「当たり前だ。私が証拠など残すか。──だからおかしいんだよ」
グラウディルは、オルトに鋭い目を向けた。
「オルトが知った風なのがなあ!」
「……」
対して、オルトは答えない。
だが、グラウディルには答えさせるように挑発する。
「レイダを聖騎士に誘ったのも、そういうことだろ」
「……はっ、そこまで読むか!」
グラウディルがレイダを勧誘したのは、彼女を我がものにするため。
十年前、カノアを殺したグラウディルだが、レイダはあえて放置した。
やがて好みに育った時に、今度は|自分が奪う側になるため《・・・・・・・・・・・》に。
グラウディルは、なめまわすような視線でレイダを見る。
「ちょうど体も成熟してきたようだしなあ」
「……っ」
そして原作では、この一件でレイダは闇墜ちにぐっと近づく。
原作では、聖騎士の推薦を了承したレイダ。
だが、グラウディルは二人になったタイミングでレイダを襲う。
なんとか難は逃れるが、レイダはひどく心を傷つける。
一度信用し始めた相手から、結局裏切られたのだ。
今度こそ人を信じることなく、闇墜ちに直行していく。
「だったら──」
そうして、グラウディルはパチンと指を鳴らした。
「私のレイダにたかるハエは排除しなきゃなあ?」
「!」
「【神力結界】」
特殊修練場に、神力の結界を張ったようだ。
これで周囲からは誰も入れず、音も漏れることはない。
「どうせ今日で講師も最終日だ。ここで貴様を殺し、レイダは未来永劫、私が大切に管理しよう」
「……っ!」
グラウディルはレイダを物色するように眺める。
不快な視線にレイダは体を抑えた。
だが、それを黙って見てられない者がいる。
「できるものならやってみろよ」
「ああ? ……!」
オルトは神器をグラウディルに向けた。
その手に持つは──覚醒神器【千の武器】。
「推しのピンチってのは、ファンが守るものなんだよ」




