第30話 この関係のままで
<オルト視点>
「……お、おはよ」
「!」
朝、机に突っ伏していると、頭の上から声がする。
起き上がるまでもなく、声の主は分かった。
バっと顔を上げると、やはりレイダだ。
「お、おはよう、レイダ!」
「……っ!」
「ん?」
俺も嬉しくて、つい声を上げて返してしまう。
すると、レイダは周りをきょろきょろと見渡す。
それから何かを見つけたように口を開いた。
「……い、良い天気ね」
「え? あ、そうだな」
「……」
「……」
しかし、その後は続かず。
「そ、それだけだからっ」
「あ」
レイダは慌てて前の席についた。
以降は一切振り向かない。
ど、どういうことだ?
まさか、もっと俺と話したくて話題を探してくれた?
……いやいや、オタクの妄想もほどほどにしよう。
「……」
ふうと一息つき、窓から空を見上げる。
自然と思い出すのは、ここ数日の出来事だ。
ヴォルクが騒動を起こしてから、数日。
学園には再び日常が戻りつつある。
結果から言えば、ヴォルクは強制退学となった。
今は監獄に幽閉されたそうだ。
だけど、公表はされていない。
聖騎士学園の名誉を著しく落とすことになるし、その他の影響も考えてだとか。
ただし、国王様によって厳しい罰を受けることは確定している。
おそらく爵位剥奪程度じゃ済まされない。
この先は、偉い人達に任せようと思う。
まあ、ヴォルクは派手にやってくれたからな。
ここを現実だと理解して、しっかりと罰を受けてほしい。
──でも、悪いことばかりじゃない。
あの大きな一件でも、死者は出なかった。
怪我人がゼロとはいかないが、それは吉報に違いない。
さらに、あの時の功労者として何人かが名誉を授かった。
たくさんの人々を導いた、ルクス、エリシア。
傭兵相手に奮闘した、レイダ、リベル、ミリネ。
そして、俺だ。
この六人は、昨日学園で受賞された。
これはとても光栄だったな。
そして、何よりもう一つ。
レイダの表情が柔らかくなった気がする。
以前から兆候はあったけど、あの騒動から明らかに。
「「!」」
すると、前の席のレイダと目が合う。
レイダもなぜかこちらを向いていた。
「きゅ、急にこっち向くんじゃないわよ!」
「ええ、ごめん!」
──いや、やっぱり気のせいかも。
俺は真っ直ぐ前を向いただけなのに。
推しとはいえ、中々理不尽だ。
でも可愛いから許す。
なんて考えていると、レイダは口をすぼませながら聞いてくる。
「そ、そういえばなんだけど」
「ん?」
「“埋め合わせ”って、いつしてくれるのよ」
「!」
魔物室清掃の日、リベルを助けに行ってあやふやになっていた件だ。
決して忘れていたわけじゃないけど、タイミングが無かった。
「レ、レイダはいつが良いとかある?」
「……」
すると、レイダは恥ずかしげに口にした。
「……じゃあ今日で」
★
<三人称視点>
放課後。
「今日も賑やかね」
王都を歩きながら、レイダが楽しげに口を開く。
隣に立つのはオルトだ。
「ああ、活気もすぐに戻ったな」
「そうみたい」
先日、ヴォルクの騒動があったばかりだが、王都はすでに賑わっている。
被害が大きくなかったのもだが、人々が協力し合っているようだ。
損壊部分は見当たるものの、光景はほとんど変わらない。
「今日もって、レイダは普段から来るの?」
「……っ! た、たまに、ね」
「そっか」
誤魔化しているが、レイダはよく足を運んでいる。
『家庭科教室』と称して、リベルから色々と教わっているからだ。
女の子っぽい趣味を中心に、ミリネと共に腕を磨いている。
それも、喜んでほしい人がいるから。
「あんまりイメージがなかったよ」
「だから“たまに”って言ってるでしょ!」
「す、すみません」
原作では、レイダは王都をほとんど訪れない。
オルトはそのイメージで話したが、すでに原作は変わっている。
レイダは友達を作り、好きな人がいるのだ。
そんな中、ふと周りから声が聞こえた。
「あの方、レイダリン公爵令嬢様じゃないか?」
「「……!」」
オルトとレイダはすぐに反応を示す。
特に、レイダは分かりやすく動揺した。
「……っ!」
最近の学園ではほとんど聞かなくなったが、本来レイダはひどく嫌われている。
学園以外で注目を受けると、つい昔の記憶がフラッシュバックしてしまう。
『ほら、噂のあの子よ』
『目付き怖いわよね』
『ちゃんとした生まれじゃないものね』
『クスクス、ひそひそ』
散々受けてきた、嫌な記憶だ。
それをまた受けると思うと、レイダの体は自然と強張る。
しかし──
「レイダリン公爵令嬢様!」
「……っ」
そうはならなかった。
「この前はありがとうございました!」
「……え?」
店主の男がレイダの前に立ったかと思うと、急に頭を下げる。
それに続き、人々がわっと集まってきた。
みんな好意的な姿勢で。
「先日、助けていただいた者です!」
「え、あ」
「家を守って下さり、ありがとうございました!」
「……!」
「お姉さん、すごくかっこよかったです!」
「……っ!」
次々かけられる声に、レイダは目元を覆う。
感極まってしまったようだ。
「レイダリン様?」
「いえ、なんでもありません……っ」
顔を誰にも見られないようにしている。
だが、オルトには痛いほど気持ちが分かった。
(レイダ……!)
レイダは嬉しかったのだ。
そこにあった好意的な目が、今までの経験にないものだったから。
今までは向けられてこなかった目。
金輪際は受けると思わなかった目。
それが今、努力によって叶った。
結果──
「うわああああん!」
「「「……!?」」」
オルトが号泣した。
誰もが「なんだこいつ!?」と振り返る。
レイダも思わず笑ってしまった。
「ったく。なに泣いてんのよ、バカ」
「だって……!」
「ほんと、オルトは……」
しかし、その名に周囲は目を見開く。
「「「オルト!?」」」
「え?」
それを聞けば、人々はすぐに姿勢を変えた。
「あのオルトさんですか!?」
「騒動を収めた立役者!」
「お兄ちゃんがそうだったんだ!」
「え、ちょ、え!?」
オルトの名は広く知れ渡っていた。
先日の騒動における“一番”の功労者として。
そうなれば、周りも聞きたいことがある。
「今日はデートですか!?」
「聞かせてくださいよ!」
「とってもお似合いね」
じりじりと寄ってくる王都の人々。
人だかりはどんどん大きくなっている。
対して、オルトとレイダは顔を見合わせた。
「こ、これはちょっとまずいんじゃないか?」
「そ、そうみたいね……」
「……ええい!」
すると、オルトはパッとレイダの手を引く。
「逃げよう、レイダ」
「……! ええ!」
そのまま二人は駆け出しす。
「「「待ってくださーい!」」」
追いかけてくる人々を背にしながら。
「あははっ、なんだか楽しいかも!」
「ああ!」
「はー、走ったわね」
群衆を巻いた二人は、近くのベンチで腰を下ろす。
だが、レイダはまだ笑っていた。
「ふふっ、もうほんとバカみたい。どうしてアンタが泣くのよ」
「だってえ!」
オルトの号泣がよほど面白かったようだ。
人々に初めてお礼をされ、レイダのテンションが高いのもあるだろう。
すると、レイダはちらりとオルトを覗く。
「──ねえ、オルト」
「ん?」
「あの、えっと……」
だが、思い直したのか、首を横に振った。
「いえ、なんでもないわ」
「ええ!?」
聞こうとした事をやめたのだ。
「それは無しだよー!」
「だから、なんでもないってば」
「そんなー!」
オルトはぐぬぬと頭を抱える。
その横で、レイダはふっと口を緩めた。
(ふふっ)
レイダが聞こうとしたのは、「オルトが何者か」ということ。
入学試験の時から違和感を持っていた。
度々おかしな事をするし、明らかに異質な力を持っている。
その疑問から、二人の関係は始まったのだ。
でも、その疑問は胸にしまっておくことにした。
「今はまだ聞きたくないの」
「?」
レイダの頭に過ってしまったのだ。
もしオルトが正体不明の何かだった時、自分はどう受け止めるのかと。
その結果、今の関係が崩れてしまうかもしれないと。
そうなるぐらいなら、今の関係のままでいたい。
この──
(わたしは、アンタが好きみたいね)
隣でずっとドキドキできる関係のままで。