第22話 彼女の真意
「午後も張り切って行きましょう、オルト様!」
昼休憩が終わり、リベルが元気に声を上げた。
そのまま、いつものスキンシップを図ろうとする。
「抱きっ!」
「ああ、そうだな」
「……オルト様?」
だが、オルトは冷静に対処した。
その態度には、リベルも少し驚いたようだ。
「何か変わられました?」
「ううん、そんなことはないよ」
「そうですか……」
リベルは引き下がるも、やはり違和感を覚える。
同時に、昼休憩に感じた一瞬の気配を思い出す。
(まさか、先ほどの気配は……)
疑念を持ちながらも、リベル達は午後の作業を再開した。
「こちらは終わりましたよ」
夕暮れが近づき、リベルがオルトに声をかけた。
作業は三人で分担しており、リベルは一早く終えたようだ。
「あ、お疲れ様。だったら先に帰っても──」
「手伝いますよ、オルト様っ!」
すると、変わらずリベルはアタックする。
レイダは別室作業のため、やりたい放題だ。
「いや、大丈夫だよ」
「……!」
だが、オルトの方が変わった。
午後からはずっと冷静なのだ。
「……やはりですか」
その態度に、リベルは確信した。
「──昼休憩の話、聞かれてましたね」
「!」
自分の真意がバレていると。
「ほんの一瞬にも満たない瞬間、人の気配がしました。あまりにも些細な気配です。普通ならばありえません」
「……」
「ですが、オルト様ならば可能でしょう?」
リベルは下からオルトを覗き込む。
「どうですか?」
「……ごめん、盗み聞きするつもりはなかった。君が危ない目に遭ってるんじゃないかと思って」
「そうでしたか」
リベルはふうと一息つくと、諦めた顔で話した。
「幻滅したでしょう?」
「……!」
「ワタシはこういう人間なんです。野望のためなら、容姿を使うことも厭わない」
「そ、そんなことは──」
「遠慮は結構ですよ」
オルトが否定しようとするも、リベルは首を横に振る。
冷めた表情からは、いつもの高い声が発せられることも無い。
「疑心から生まれるものは災いのみ。そう知っていますから」
「!」
「では、短い間でしたが、ありがとうございました」
「あ、ちょっ!」
ぺこりと頭を下げると、リベルは背を向ける。
すると、去り際に淡々と言葉を残した。
「良かったですね。もう学校では話しかけることはありません」
「……!」
「これで清々したでしょう。では、ワタシは“修練場”へ行きますので」
「リベル……!」
初めて、リベルからはねのけられたのだ。
オルトもここで追う気にはなれなかった。
「ちょっとー」
「……!」
そんな時、後方の扉から開く。
姿を見せたのはレイダだ。
「作業は終わったわよ。そっちは?」
「うん、俺も。さっきリベルも終わったって」
「……アンタ、どうかした?」
「!」
レイダも普段からよくオルトを見ている。
わずかな変化から、様子がおかしい事に気づいたのだろう。
「……いや、なんでもないよ」
それでも、リベルの事を話さなかった。
「さて、帰るわよ」
最後の後片付けを終え、レイダが口を開いた。
「意外と時間かかったな」
「なによ、わたしのせいだって言いたいの?」
「いやいや、そんなことはないよ!」
「……ったく」
オルトは慌てて否定するが、レイダはボソッとにした。
「こういう細かい作業は苦手なのよ」
「……! ははっ、そっか」
“意外と不器用なところもある”。
レイダの隠れ設定を身を以て体感し、オルトも少し嬉しくなる。
ちなみに、リベルが帰宅したのは十五分前。
後片付けまでを完璧に終えていった。
レイダとは反対に、リベルは“器用”なのだ。
「で、終わったけどどうするんのよ?」
「……!」
とはいえ、予定よりはだいぶ早く終わった。
恥ずかしがりながらも、レイダは口にした。
「ま、街にでも行くかしら」
「……!?」
オルトは目玉が飛び出るぐらい驚く。
(デ、デデ、デート!?)
二人っきりで街を出歩く。
これはデート以外の何者でもない。
しかも推しからの誘いに、断る理由なんて無い。
「い、行きます、行きます!」
「……! ったく、張り切り具合が異常よ」
「あ、あはは……」
若干毒を吐きながらも、レイダもふっと口元を緩める。
硬いはずの表情からも、高揚は隠せていなかった。
だが、歩いている中で、ふと声が聞こえてくる。
隣の魔物室からだ。
「おい、どうすんだよ」
「一応教官に報告するしかないだろ?」
オルトとレイダは顔を見合わせる。
緊急事態ほどではなさそうだが、少し気になったようだ。
オルトは彼らに声をかけた。
「あの、どうかしたんですか」
「ああ、飼育魔物が一匹いないんだよ。『夢喰いチョウ』なんだけど」
「夢喰いチョウ……」
蝶々の形をした、虫系の最下級魔物だ。
危険度は、生徒一人でも何ら問題ないレベルである。
|人の恐怖を喰って増長する《・・・・・・・・・・・・》が、増長する前は小さな虫に過ぎない。
その前に倒してしまえば、全く脅威ではない。
だが、オルトは一応尋ねた。
「どこに行ったか分かりますか?」
「さあ。でもここから行くなら“修練場”かなあ」
「……!」
オルトは目を見開いた。
それには隣のレイダが不思議がる。
「どうしたのよ、そんな顔して」
「修練場は……さっきリベルが行くって言ってた」
「あら、そうなのね」
すると、ほっとした顔を浮かべた。
周りの生徒たちも同じくだ。
「なんだ、リベルさんがいるなら大丈夫か」
「あの人の神力で一瞬だな」
リベルは四新星にして、現四位の超実力者。
それを知るレイダ達は安心したようだ。
リベルなら問題ないだろうと。
「……っ」
しかし、オルトの顔だけは晴れない。
夢喰いチョウは、全く脅威ではない。
放っておけば、十中八九は大丈夫のはずだ。
それに今は、推しのレイダとデートという貴重すぎる機会。
これを逃すオタクはいない。
それでも──
「……レイダ、悪い。埋め合わせは必ずするから」
「え? ちょっと!?」
オルトはその場を駆け出した。
(たしか、たしかリベルは……!)
何か嫌な予感がしたように。