第17話 悪人貴族ヴォルク
「──強かったわね」
中間地点にて、レイダがつぶやく。
同時に、右手の【紫桜】をふっと消した。
これ以上は必要ないからだ。
レイダは、ちらりと下の方に視線を移す。
「正直、予想以上だったわ」
「うぐっ……」
レイダと対照的に、倒れているのはルクス。
複数回の攻防の末、レイダが勝利したようだ。
(彼が付け焼き刃じゃなかったら、危なかったかもしれない)
二人の勝敗を分けたのは、経験値の差。
唯一無二の神器【光の剣】を具現化させたルクスだが、神器を使った戦闘経験は無かった。
加えて、実は勝因はもう一つ。
今のレイダは、原作時点よりも強い。
「……アイツはどうなっているかしら」
原作のレイダは、ずっと一人で剣を磨き続ける。
だが、この世界には追いつきたい人物がいる。
オルトの存在が、レイダの強さを加速させていた。
「信じてるわよ」
と、そんな事は知るはずもないが、レイダは勝利を収めた。
そのまま前方に向かって駆け出す──。
★
レイダが勝利する、少し前。
「お前は“転生者”かって聞いてんだよ」
「……!?」
ここは最終防衛ライン。
旗は目と鼻の先だ。
そんな中で、悪人貴族のヴォルクは突然問いかけた。
さすがのオルトも身構える。
「な、なにを言って……」
「誤魔化しは効かねえ。あー、安心しろ、そこのカメラはぶっ壊してある」
「……っ」
会話の様子は誰にも見聞きされない。
答えさせる準備は万端というわけだ。
むしろヴォルクは、この舞台を用意していたと言う方がふさわしい。
ルクスに神器を教えたのも。
ルクスとレイダが戦うよう仕向けたのも。
全ては、ここでオルトを確かめるためだった。
「驚いたぜ。初日から意味分かんねえムーブをする奴がいると思えば、メインキャラでもねえ」
「……」
「そこで身を潜めていたが、やっと気づいたんだよ。お前も転生者なんだってな」
対して、オルトにも違和感はあった。
まず、入学試験でレイダが首席じゃなかったこと。
それは自分の介入のせいだと思っていたが、他にも転生者がいたなら話は別だ。
それに、タッグ戦の直前でオルトを睨んでいたこと。
あの時すでに、この状況を考えていたのだろう。
「だから入学試験では、お前が首席だったのか」
「ははっ、そうだな。俺も本来通り二位で通過しようと思ったんだが、存外相手が弱くてな。つい一位になっちまった」
物語ではよくある“実力隠し”。
そのメリットは、未来を知っていることだ。
ある程度、原作通りに物語を進めれば「先の展開を知っている」という、未来予知を保持し続けられる。
だが逆に、シナリオを崩壊させてしまえば、先の展開は分からない。
それは、自らゲーム知識という最大の武器を手放すことと同じ。
これを心得ているため、オルトも控えめに立ち回っている。
ヴォルクもそれを理解しているのだろう。
本当は、さらに高得点で試験通過も出来たということだ。
「俺が転生者だとして、どうするつもりだ?」
「あ? そんなもん決まってるだろ」
オルトの問いに、ヴォルクは口角を上げて宣言した。
「“格付け”だよ」
「……!」
ニヤリとした表情のまま、声高らかに続ける。
「俺は“悪役転生”だ。それだけで言いたい事が分かるだろ?」
「……っ!」
──悪役転生。
物語の悪役に転生し、自分の道を突き進む展開である。
多くは“大いなる才能”を持って生まれ、思うがままに覇道を往く。
かくいうヴォルクも、才能という点では飛び抜けている。
その才能と原作知識を使い、ヴォルクも本来より数段強くなっているようだ。
「それに比べてお前は可哀想だなあ? 誰だそのモブは!」
「……」
「よちよち頑張って神器具現化を習得したみてえだが、素のスペックが違えんだよ!」
ヴォルクはこれでもかとオルトを挑発する。
それでも、オルトは冷静に質問を重ねた。
「お前はその悪役転生で何をしたいんだ?」
「ハッ、さあな。この一か月はお前を見極めるために身を潜めてきたが、ここからは好きにやらせてもらう」
すると、ヴォルクは悪い笑みを浮かべる。
「ま、手始めに学園編のボスでも殺そうかなあ?」
「なんだと!」
その言葉にはオルトも目を開く。
学園編のボス──すなわちレイダのことだ。
「お、やっぱ怒ったか! ははっ、マジであれが推しなのかよ! センスねえ!」
「お前……!」
「だってそうだろ? 最後は闇墜ちすんのに何で生かしておくんだよ」
「……っ!」
言っている事は間違っていない。
だが、オルトは自分の考えを示す。
「人は変えられる。レイダは闇墜ちさせない!」
「はあ? どんなルートでもあの女は救えねえだろ」
「ここはゲームじゃないだろ!」
「ゲームだよ」
「!」
すると、ヴォルクは神器具現化した。
その手に現れるのは──漆黒の剣。
神器【覇道の黒剣】だ。
「だから圧倒的才能の前には勝てねえ。俺とオルトのようにな」
「……試してみるか?」
「ハッ! 話になんねえよ、そのしょぼい神器じゃなあ!」
「……!」
ヴォルクは地面を蹴り、オルトに迫る。
オルトも咄嗟に受け止めるが、その速さには驚きを隠せない。
(こいつ、やっぱり……!)
想定していたより、数倍速かったのだ。
現時点の同級生では、明らかにオーバーパワーである。
これも悪役転生の鉄板だ。
「努力してやったよ。この才能が楽しくて楽しくてなあ!」
「……っ!」
「オラどうした! そんなもんか、クソモブ!」
オルトを見下しているのか、ヴォルクはそのまま押し切ろうとする。
何のフェイントも加えず、ただ上から叩き潰すように。
だが──
「ああ、こんなもんだよ」
「……ッ!?」
オルトがガキンっとヴォルクの剣を弾く。
その勢いにヴォルクがぶっ飛ばされた。
「しょぼい神器と言ったか?」
顔をピクピクとひきつらせるヴォルクに、オルトは剣を向けた。
「お前にはこれで十分だ」
「ほお……?」
タッグ戦、残り時間二分──。
多くなってきたので、簡単な神器まとめです(読み飛ばしても問題ありません!)
☆メインキャラの神器
・オルト【???】:何の変哲もない剣。
・レイダ【紫桜】:紫の直剣。一度の振りで、複数の斬撃を飛ばす。持ち手に紫の桜が一輪咲いている。
・ルクス【光の剣】:青白く輝く剣。光は人々に希望を与える。刃物というより、持ち手から太い光が出ている。
・ミリネ【恵みの杖】:周りに強化と回復をもたらす。複数での戦いで真価を発揮する。
・ヴォルク【覇道の黒剣】:太く長めの漆黒の剣。重量は一般的だが、相手に与える攻撃はとても重い。
・ヴァリナ【蛇剣】:湾曲したS字形の剣。持ち手に蛇の彫刻がある。正面から打ち合えば、一方的に相手の懐に入り込む。