第13話 ミリネ・サフィラス
<三人称視点>
「良い機会だ。ミリネ、君に教えるよ」
「え?」
上級生を前に、オルトは神器を構える。
「神器具現化ってものを」
上級生は不意に神力弾を放った。
オルトが難なく跳ね返したが、何もしなければ確実にミリネに当たっていた。
つまり、一線を越えたのだ。
ここからは正当防衛である。
対して、上級生たちはニヤリとした顔を浮かべた。
「おいおいおい」
「まさかやろうってのか?」
「この人数差でよお」
リーダーの男が指を鳴らすと、続々と人が入ってくる。
「勇敢と無謀を履き違えちゃいけねえぜ? 一年坊」
「……」
入ってきた者を含め、上級生は十人以上。
対するは、新入生のオルト一人のみ。
傍から見れば、オルトに勝ち目はないだろう。
「オ、オルト君……!」
「大丈夫。でもじっくり見てて」
「え?」
だが、そんなことはものともせず、オルトは口にした。
「君の神器について、答えが見つかるはずだ」
「……!」
すると、上級生たちは一斉に向かってくる。
「なにごちゃごちゃ言ってんだ!」
「ご指導してやるよ!」
「ありがたく思いやがれ!」
上級生はすぐにオルトを囲うと、周りから嫌らしく攻撃を始めた。
その内、リーダーの男は神器を持っている。
この戦力差から、全く負けるとは思っていないのだろう。
「オラオラどうした!」
「威勢が良かった割にそれかあ!?」
「かっこいいなあ、落ちこぼれさんよお!」
「……っ」
対して、オルトは完全に受けに回っている。
(オ、オルト君……!)
ミリネからすれば、一方的に押されているように見えた。
それでもオルトは、ミリネに声をかける。
「ミリネ、君は今なにがしたい」
「え?」
「この戦況で何を考える?」
「……!」
パッと思いつくのは、やはり家系の証である“銃”。
もし親族なら、銃の神器で道を拓くだろう。
しかし、オルトの言葉が引っかかった。
(わ、私だったら……!)
ミリネの中に、明確なイメージが浮かぶ。
すると、灯していた神力が集まり、やがて一つの武器を生む。
ミリネの想いに、神力が応えたのだ。
「こ、これは……!」
ミリネの手に収まった武器は──杖。
神器【恵みの杖】だ。
(それだよ、ミリネ)
オルトはフッと笑みを浮かべる。
上級生の攻撃を軽くいなしながら、ミリネへ言葉を付け足した。
「家系は関係ないよ」
「……!」
「自分の想い・自分の信念を貫くのに一番適した武器を具現化させる。それが神器具現化なんだ」
「うん……!」
その言葉を信じ、ミリネは【恵みの杖】に神力を灯す。
杖から放出された神力は、オルトを包んだ。
行ったのは、オルトへの強化である。
「私はオルト君を援護したい!」
「ありがとう、ミリネ」
神器【恵みの杖】は、周りに癒しと活力を与える。
人を守りたい。
人を助けたい。
そんなミリネの優しさを形にした神器だ。
「ふ、ふざけやがって……!」
対して、上級生たちは歯を食いしばる。
一人を除き、彼らは神器具現化を習得していない。
見下していたミリネに先を越されたことが、悔しくて堪らないのだ。
それには、オルトが宣告する。
「悪いけど、お前たちはそれ以前の問題だよ」
「ああ!?」
「そもそも神力が足りていない。努力不足だ」
「……!?」
コオオオと光ったオルトの剣から、神力の斬撃が飛ぶ。
360°に放った斬撃は、上級生たちの急所を確実に捉える。
上級生のほとんどは、即座に気を失った。
「神器持ちは耐えたか。さすがに違うな」
「て、てめえ……!」
残ったのは、リーダーの男一人。
神器具現化を習得しているだけあって、簡単には倒れなかった。
それでも、オルトの脅威ではない。
「じゃあお前には一つ上の指導だ」
「……ッ!?」
フッとオルトが姿を消す。
次にオルトの足音が聞こえてきたのは、上級生の背後。
目で追えない速さで、横を通り過ぎたのだ。
──神器を破壊して。
「扱いがお粗末すぎる」
「じ、“神器破壊”っ……!?」
神器具現化は無限のため、これで神器を失うことはない。
神力を灯せば、再度具現化させることが可能だ。
だが、これはそう簡単な問題ではない。
「神器の硬さは、神力の密度だ」
「ぐっ……!」
「そのスカスカの神器は、木剣か何かか?」
多くの神力を込めるほど、神器は硬くなる。
神器が破壊される程の差があるなら、“神力で圧倒的に負けていた”という事実を叩きつけられるのだ。
つまり“神器破壊”は、肉体というより精神にダメージを与える。
「ば、化け物があ……!」
「逃げ足だけは早いんだな」
決着はあっという間。
リーダーの男は逃げ帰り、他の者は気を失っている。
気がつけば、立っていたのはオルトのみだった。
「ミリネ」
「!」
すうっと神器を解除したオルトは、ミリネに声をかける。
「君は落ちこぼれなんかじゃない」
「え……」
「人一倍、優しかっただけだ」
「!」
サフィラス家は代々、“銃”の神器を貫いてきた名家だ。
いついかなる時も任務を最優先し、己の力のみで道を切り拓くことを教えられた。
だが、ミリネは家系に似合わず、大きな“優しさ”を持つ。
人の上に立つ教育を受けようと、人を思いやる心は忘れなかった。
つまり、家系の信念がミリネに合っていなかっただけだ。
「それだけが原因だったんだよ。神力具現化できるほどの努力は、すでに達成されていた」
「……っ!」
自分が一番欲しい武器種をイメージできなければ、神器は具現化しない。
ミリネに適した神器が“杖”だっただけだ。
重ねた努力は決して無駄ではなかった。
「ありがとう……ありがとう、オルト君!」
「ああ」
感極まったミリネの目は、潤んで見える。
今までの努力が報われた思いなのだろう。
すると、ミリネから言葉にした。
「あの、オルト君を友達って思ってもいいかな!」
「……!」
内向的なミリネにしては、珍しい。
嬉しかったと同時に、彼女は思ったのだろう。
もっと自信を持って良い、もっと自分から前に出ようと。
対して、オルトの答えも決まっている。
「もちろん」
「……! うんっ!」
オルトにまた友達ができたようだ。
原作主人公ルクスに続き、メインキャラでは二人目である。
名前無しのキャラにしては、ありえない事だろう。
「……ふふっ」
そうして、少し頬を赤らめたミリネ。
その表情は、彼女のイベント後半で見られるような、とびっきりの笑顔だった。
★
その日の夜、女子寮。
「今日ね、オルト君と友達になったんだ~」
「へー良かったじゃん!」
廊下でミリネが女友達と話していた。
口ぶりから、以前から友達になりたいと言っていたのだろう。
すると、それに聞き耳を立てている者がいた。
「……!」
レイダである。
だが、なぜかとっさに胸を抑えた。
(なによ、これ……)
クラスメイトとしてミリネは知っている。
ただ、あくまでその程度で、決して恨んでいるわけではない。
そのはずが、ミリネを振り返っている自分がいた。
(なんなのよ、この胸がズキズキする感じは……)
レイダにとって初めての感情だ。
感情の正体が掴めず、会話の核となる部分を探った。
結果、とある単語が気になる。
「……友達、か」
そう呼べる人物は一人もいない。
でも、そう呼びたい人物は一人だけいた。
「……しょうがないわね」
口を尖らせながらも、レイダは何かを決意したようだった。