第11話 気の抜けたバカ
<三人称視点>
学園開始から、一週間ほど。
「調子に乗り過ぎじゃねえか?」
昼下がりの校舎裏。
複数の上級生がレイダを囲っていた。
「おい、何とか言えや!」
「その生意気な面をやめろ!」
「無視してんじゃねえぞ!」
彼らは上級生という立場を使い、好き勝手に声を荒げる。
レイダは学園で嫌われている。
だが、彼女を避ける者もいれば、直接手を下す者もいるわけだ。
端的に言えば、レイダは絡まれていた。
「……」
きっかけは、午前の上級生との合同授業。
授業のコンセプトは「上級生から学ぼう」だった。
だが、そこでレイダは上級生をフルボッコにしたのだ。
(そっちが弱いだけじゃない)
相手も神器具現化を習得している手練れだったが、神器での戦闘経験値は天地の差。
レイダに瞬殺されたことを怒った上級生が、仲間を集めて彼女を脅しているようだ。
「さすがのお前でも、この人数相手は無理だろ?」
「……」
上級生に対して、レイダは無視を貫く。
だが、心の中ではしっかりと計算していた。
(──三秒ね)
それは、全員をひれ伏せさせるに要する時間。
レイダの実力を正確に計れていない時点で、力の差は明白だ。
再びボコボコにするのは訳ないだろう。
だが、それよりもレイダが目を向けているのは、周囲に対してだ。
(まあ、当然よね)
上級生に絡まれ始めてから、通行人は少なからずいる。
しかし、彼らは止めようとはせず、目を逸らしていくのだ。
脅されているのがレイダだからか、むしろ「もっとやれ」といった目を向ける者までいる。
(せっかく学園に来たんだもの。危険を冒さないのは間違ってないわ)
ここで止めに入れば、今度は自分が目を向けられるかもしれない。
その恐怖から、誰も仲介できないのだ。
レイダも“所詮は自分が一番大切なのだろう”と、通行人を眺めている。
(こんな面倒事にわざわざ首を突っ込むのは、気の抜けたバカぐらいでしょうね)
レイダは似た経験を嫌というほど味わってきた。
だが、学園でも止めに入る者はいない。
ならば「ここも変わらないか」と諦め、すっと神力を灯そうとする。
──しかし、学園にはそんなバカが存在した。
「てめえらああああああああ!」
「「「……!?」」」
ドドドドと大きな足音を立て、猛スピードで迫ってくる少年がいる。
鬼の形相で近づいてくるのは──オルトだ。
「そこを離れろゴラアアアア!」
「「「なんだあいつ!?」」」
上級生たちが顔をしかめる隙に、オルトはバッと中に割って入る。
オラオラと上級生たちをどかした後、オルトはレイダの手首を取った。
「行こう!」
「は?」
そう言ったオルトは、強引にレイダの手を引く。
何かをするかと思えば、一目散に逃げだしたのだ。
「こっち!」
「いや、ちょっ……!」
それには、呆気に取られていた上級生たちも声を上げる。
「なっ、待てこら!」
「なんだてめえは!」
「話は終わってねえぞ!」
だが、オルトとレイダのスピードには付いて来れない。
「ちっ、あいつら!」
「なんてスピードだ!」
突然の出来事に、レイダも言いたいことはある。
だが、口には出さない。
「……っ」
握られた手首から目を離せなかったからだ。
「はー、走った、走った」
しばらく行った先のベンチで腰を下ろし、オルトが口を開いた。
すると、レイダは訝しげにたずねる。
「……なんで手を出さなかったのよ」
「え?」
「アンタほどの実力なら、三秒もかからないでしょ」
この数日間、二度目の直接対決はなかったものの、レイダはオルトの授業の様子を目で追っていた。
オルトもかなり力を抑えているが、レイダには実力を隠し切れていない。
その真の実力は、レイダも認めていたのだ。
「ああいうのは、二度と逆らわせないに限るわ」
理不尽は力でねじ伏せればいい。
そんな考えを根底に持つレイダは、思いのままを話す。
だが、オルトは首を横に振った。
「あそこで手を出したら、あいつらと同じ土俵だよ」
「は?」
「あんなのは殴る価値もない」
「……!」
その言葉には、レイダは目を見開く。
今までになかった考えだったのだろう。
これには、オルトの想いも含まれている。
(レイダの気持ちも分かる。でも、こんな場面ごとに敵を作っていたらキリがない)
オルトは当然知っている。
レイダが似た場面に何度も遭遇してきたことも。
また、全て力で解決してきたことも。
そして、その度に敵を増やし、最終的に学園編のボスとなることも。
(でも、それじゃダメだ)
だが、その未来を回避できるよう、オルトは導きたい。
あとは単純に、上級生に羨ましい思いをさせないためだ。
(レイダの綺麗な手を触らせてたまるか!)
殴る時には、レイダは知らない奴に触れる。
オルトはそれすらも許せなかったのだ。
厄介すぎるオタクも考えものである。
「……フン」
だが、後半の厄介オタクの思考は伝わっていない。
結果、レイダには少し思うことがあったようだ。
「まさか脅されてた女の子に、追加で説教とはね」
「え、いや、そんなつもりは!」
「……まあいいわ」
レイダも会話が下手なため、相変わらずのツンだ。
しかし、顔を隠すように、オルトから顔を背けて口にした。
「一応、あ、ありがと」
「……ッ!!!!」
オルトの胸がドクンと高鳴る。
それは原作でも聞くことができない言葉だ。
早すぎる鼓動にあわあわしていると、やがてレイダも再び振り返る。
「な、なによ」
「……! い、いえ、こちらこそ出過ぎた真似を! レイダリン公爵れいじょ──」
「レイダよ」
「え?」
位の差から、オルトはまだ表向きは「レイダリン公爵令嬢」と呼んでいた。
だが、レイダは口元に手を添えながらつぶやく。
「レイダで良いって……言ったのよ」
「……!!」
「じゃ、じゃあわたしは行くから!」
「あ」
勢いよく立ち上がったレイダは、逃げるように立ち去っていく。
その姿に、オルトは高揚と動揺が入り混じる。
(ど、どういうつもりなんだろう……!)
名前呼びの許可。
突然の逃げ去り。
一度に多くのことが起こり過ぎて、冷静な判断ができない。
だが、一つだけ確かなことがある。
「レイダって、呼んでいいんだ……」
その顔は幸せに満ちていた。
「……っ」
一方、レイダは離れた所で立ち止まる。
走り出したのは、逃げるためではない。
自分の顔が熱を帯びていることに、自覚があったからだ。
(初めて異性に手を引かれてしまった……)
レイダは人を拒絶してきた。
ゆえに、男性との経験は初心である。
「……ほんと、気の抜けたバカよね」
“手を触れる”。
その体験一つにすら、ドキドキを隠せないほどに──。
★
その日の放課後。
「すごいよね、オルト君は」
「ん?」
オルトとルクスが話している中、ある少女が会話に入ってくる。
対して、オルトは目を見開いた。
(この子は……!)
その姿が、何十回と見てきたものだったからだ。