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第1話 少年の決意

 「少しは人間っぽくなったか?」


 自分の顔を触りながら、水面に映った姿を確認する。

 そこには人間のような(・・・・)少年が立っていた。

 所々、明らかにおかしい箇所はあるけど。

 

 と、そんな時──


「グオオ!」

「……!」


 草陰から小さな魔物が現れる。

 だが、とっさに力を込めると、魔物は宙でグシャっと潰れた。


「……力の制御(こっち)もまだまだ苦労しそうだな」


 そう、俺は完全な人間じゃない。

 半分が人間で、半分が魔神(・・)だ。


「原作開始には間に合わせないとな」


 こうなったのは一か月前にさかのぼる──。





 ファンタジーの大作『聖騎士と魔神伝』というゲームがある。

 “セマデン”の愛称で親しまれた、前世で大人気だったゲームだ。


 バトルあり、恋愛あり、やり込み要素あり。

 人間と魔人が争い合う世界で、少年の主人公が世界を変えていく。

 まさに王道を突き詰めたようなゲームだ。


 かくいう俺も、セマデンにのめり込んだ。

 けど、さすがに思いもしなかった。

 俺がそのゲーム世界に転生するなんて。


「しかも、よりによってこんな場所かよ……」


 周りを見渡せば、鬱蒼(うっそう)とした森。


 ここは『魔神の箱庭』。

 魔神が趣味で集めた、植物やら魔物やらがテキトーに放り込まれている。

 ストーリー完全クリア後に出てくる、いわゆる“やり込み要素(エンドコンテンツ)”的な場所だ。


 もちろん魔境で、魔物もアホほど強い。

 すっかり管理に飽きたのか、魔神(当人)は完全に放置しているが。

 

「まじで生きてるの奇跡だろ」


 数日前、気が付けば俺はこの森にいた。

 最初はかなり焦ったけど、今は少し落ち着いている。

 まあ、転生したキャラがキャラだったからな。


「まさか、“魔神の子”に転生するとは……」


 セマデンのラスボスは、魔人の頂点である“魔神”だ。

 そんな魔神が、遊びで人間との間に作った子が俺らしい。

 ちなみに、ゲーム本編には存在しないキャラである。


「本編開始前に死んでるんだろうなあ……」


 子を生んだは良いものの、魔神は育てる気なんて無い。

 自分で殺すのも面倒だし、魔物の(えさ)にでもなれと、この森に捨てたんだろう。

 うん、ちゃんと魔神(ラスボス)しているな。


 そうして、本来なら死んでいるはずのキャラに転生した俺は、今もなんとか生き延びている。

 何度もここを周回して、魔物の動きを覚えていたのも大きかったかな。

 結果的に、ゲーム本編に存在しないキャラが生まれたってわけだ。


 と、そんな半魔神(・・・)の俺にも願いはある。

 むしろ、そのために頑張って生き延びたいと言っても過言ではない。


 それは──


「“推し”を救いたい」


 前世では叶わなかった夢だ。


 ゲーム本編は、三部制に分かれている。

 学園編、人間界編、魔界編だ。

 主人公が成長する中で、スケールが大きくなっていく感じだな。


 その中で、学園編。

 そこには俺の推し──『レイダ』がいる。


「ネットでは嫌われてたけどなあ」


 レイダ(推し)は、学園編のボス(・・)だ。


 公爵令嬢として育った彼女だが、実は不倫から生まれた娘である。

 そんな彼女を利用しようと、近づいて来る者はみな打算的。

 結果、人を信じられなくなったレイダは、己を磨くことに専念し、最後は闇墜ちする。


「ツンが強すぎるんだよな……」


 誰も寄せ付けないキツい態度は、褒められたものではなかった。

 だけど本当は、レイダもずっと待っていたんだ。

 温かい手を差し伸ばしてくれる人を。


 普通に笑って、普通に友達を作って。

 権力なんてなくとも、普通の青春を送りたかった。

 数ヶ月後に出た攻略本ではそう(つづ)られている。


「結局デレも来ないし」


 数多くのルートが存在する中、レイダを救えるルートはない(・・)

 最後は必ず“闇墜ちボス”になってしまう。

 彼女を救えなかった事実が主人公を強くする展開だからか、仕方ないんだろう。


 そして、レイダは最後まで人の温かさを知ることはなかった。

 その事実に何度涙したことか。


「でも、この世界なら救える……!」


 それに気づいたのが、状況を把握した数日前。

 今はその決意のためだけに生き続けている。


 そのためには、“力”が必要だ。

 だから俺は、今日も魔神の箱庭(エンドコンテンツ)で己を鍛え続ける。


「推しを救うために!」


 そうして、一か月が過ぎた──。





「思い出すと、意外とあっという間だったな」


 軽く回想にふけり、もう一度水面を覗く。

 そこに映るのは、若干人間みを帯びた魔神の子だ。


「ちょっとずつ人に近づいてはいるな」

 

 この世界では、魔人は強くなるほど人型に近づく。

 魔神()も力を解放した状態でなければ、ただの超絶イケメンだしな。

 その仕様(?)のおかげで、人間の学園に潜入するのも夢じゃない。


「これなら推しに会えそうだ」


 頑張って情報を集めた結果、現在はまだ本編開始前だと分かっている。

 もしこのまま少年の姿に成長すれば、モブとしてやっていけるだろう。

 

 ──なんて考えている間にも、後ろから気配を察知する。


「……ま、そこまで生き延びられたらの話だけどな」

「ギャオオオオオオオ!」


 ズシン、ズシンと歩いてきたのは、十メートルはありそうな巨大な熊。

 このサイズは、“近辺の(ぬし)”といったところか。


「考え事をする暇もないのかよ、魔神の箱庭(ここ)は」

「ギャオオオオオオオ……!」

「けど、やってやるよ!」


 それでも俺は、臆さずに正面に向き直る。


 前世では、何も成し遂げられなかった人生だった。

 ただ人に(おび)えて、ただ無気力に毎日を過ごして。


 そんな日々に差した唯一の光が、レイダだ。

 だけど彼女は、このままだといずれ闇墜ちしてしまうのが確定している。


 だったら──


「今度は俺が救う番だ!」


 なんとしてもその未来を変えてやる。

 その決意を胸に、俺は今日もここで生き続ける。


「ギャオオオオオオ!」

「いくぞ!」


 原作開始まで、残り二年──。

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