寝坊した
スマホが震える音で目を覚ました。
覚ましてしまった。これは、アラームではなくて電話だ。
なんだか悔しくてしばらく無視して布団の中に丸まってたけど、敵もさるもの、全然諦めずに震え続けている。
観念して出てみると、
「緑…テメェいまどこにいる…」
魔王かな?ってくらい、地を這うような低い声。
まぁ、ゆうだよね。
「ん、おはよう~……なんで怒ってんの?」
欠伸を我慢しながら言うと、ゆうが、いま何時だと思ってんだ、と低い声で言う。
え、とスマホを見てみると、おやおや、11時でした。
入学2日目、俺は早くも派手に遅刻してしまったようです。てへぺろ。
「あは、ゆういま学校?」
「たりめーだろアホ。さっさと来いよ」
言い終わるや否や通話が切れる。なんだよう、どーせゆうだっていま行ったくせに。だからいま電話かけてきたんじゃんね。
俺はスマホに向かって、あっかんべーしてやった。
学校までは、電車乗ったり歩いたりで、40分程かかる。
だりー。
でも反省しているので、粛粛と歩いた。今日は、反省の意を込めて、アクセも少なめだ。髪はバッチリやったけど。
途中、のら猫愛でタイムをとりつつ、12時くらいには学校に着いた。
どうやらいまは昼休み的な時間らしい。昇降口を抜けると、不良みたいのがわらわらと購買に群がっていた。
俺もご飯持って来てないし、買ってくかぁ、と思っていると、
「あ、オイ!」
「あ!」
近くにいた坊主頭の人が、俺を見て、びっくりしたように隣の金髪の肩を叩いた。すると金髪も、目を丸くしてこちらを凝視する。
どっちも知らない人なんだけど。ナニ?
そこからざわめきは広まり、結果的に、購買の前にいた人たちがみんなこちらを見てくる、という異常な光景が現出した。
「…え、いや、ほんとなに?」
とりあえず近くにいる坊主に聞く。
すると、坊主はすうと息を吸い、がばっと腰を直角に折り曲げた。
「伊藤さん、ちーっす!!」
「「ちーっす!!!」」
そして、バカデカい声で、一斉に挨拶してきた。
たくさんのカラフルなつむじがこちらに向いている。そのよく慣れ親しんだ光景を見て、俺は何が起きているのかを理解した。
いや、わかったけど。え?
「……なにー、ゆう、もーこの学校のトップになっちゃった系?」
これは、地元のチームにあったルールだ。
「ゆうと俺に会ったら、でけぇ声で挨拶すること」っていう。
ほとんどヘッドっぽいこと言わないゆうが、仲間に指示した数少ないことの一つ。それが俺らへの挨拶。
この人たちがいま俺にこうしてくるってことは、つまり、ゆうがこの学校のトップに立ったってことを意味している。
…いやいや、早すぎね?昨日とか、花見して昼寝して、そのあとまっすぐ帰ったじゃん。いついろいろやったの?
ちなみに、地元のチームは、俺らがちょい遠い高校に通うことになったから解散しました。みんななんでか泣いててすごかったなー。
その後、金髪くんにパンを三つほど持たされ、屋上に案内された。
「おせーーーよ、アホ」
そこには機嫌悪そーなゆうがおったとさ。
青空をバックに、柵に寄り掛かって座り、こちらを睨み上げてくるゆうは、どう見ても幼気な高校一年生には見えない。顔怖すぎ。
でも、幼稚園からの付き合いの俺から見れば、拗ねてるのが丸わかりだ。
はいはい、遅刻してごめんね。
「めんご。てかゆう、ヘッドの人倒したの?」
「おー、絡まれたからぶっ飛ばした」
「強かった?」
「大したことねーよ。いいから飯食うぞ」
なんだっけ、ここのトップだった人。狂犬みたいなあだ名がついてたと思うんだけど、大したことなかったのね。さすがゆう、規格外だわ。
ゆうの頬に付いてた返り血を拭ってやりつつ、昼飯を食う。うーん、今日はぽかぽか陽気で気持ちいいなー。
「ゆう、あれ飛行機雲」
「マジだ、すげえ」
すっかりご機嫌も治ったみたいで、よかったよかった。
で、ゆうは今日からこの学校のトップに立ったわけなんだけど、当然のように、トップの座は俺と連名になってた。
まーいいけどさぁ。