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第4話 迷子の三つ星と、導く幻影【後編】


 冒険者グレンの提案に乗り、フェリシア博士の元に向かう道中、森の恵みを堪能して気力も戻り、街道を進んでいたら荷馬車を襲う盗賊達と遭遇した。三匹の魔物は、略奪行為をする連中を懲らしめる為に動き出す。さあ腹拵えの時間だ。


「……な、なんだあのデカいのは!?」


 一人の盗賊が、震える指先で街道の奥を指差した。ガサガサと茂みが揺れ、その中から現れたのは、目を疑うような光景だった。


 巨大なオークキング。


 その図体は、見上げるほど大きく、分厚い皮膚はまるで岩石の鎧のようだ。そして手にしているのは、彼らがこれまで見てきたどんな武器よりも巨大な骨の棍棒。その棍棒が、まるで折った棒切れように軽々と振り回されている。


「スゥ……、ブヒィィィィイイイ!!!」


 一呼吸の後、耳をつんざく咆哮を上げ、オークキングが、ズシンッ、ズシンッ、と一歩ずつ迫ってくる。その圧力は、獲物を前にした飢えた猛獣そのものだ。


 街道で荷馬車を襲い、戦利品を漁っていた悪漢どもは、突然の異変に凍り付く。遠くから聞こえてきたはずの地響きが、次第に身近なものへと変わる。


「うぉ!? な、なんだあの化け物は!?」

「ヤベェ、あのオーク、尋常じゃないくらいデケェ」


「おいおい、冗談だろ!? あんなの聞いてねぇぞ!」

「逃げろ! こんな化け物、相手にできるか!」 


「ヒィ、殺される!?」

 

 突然の来訪者に、街道に緊張が張り詰め、賊徒たちの間に恐怖が広がる。


 御者を抑え、勝利の余韻に浸っていた悪辣な連中は、まさかの事態に度肝を抜かれる。盗賊たちは、荷馬車を襲う事には慣れてはいるが、こんな常識外れの存在と対峙し、敵意を向けられ襲われる経験など皆無に等しかった。


 常に安全圏から己よりも弱い立場の獲物を見定め、甘い汁を啜っていた連中に、自身の命を天秤に掛ける状況が迫って来ている。このまま命運が尽きるのを待つ訳にはいかない。必死に足掻き、生にしがみつく為には、戦うしかない。さあ、覚悟を決める時は今だ。


 などと鼓舞した所で現実はそんなに甘くない。恐怖に駆られた盗賊たちは、荷馬車を放り出して我先にと逃げ出そうとする。しかし、その足はすでに震えていた。


「ブモー! 逃すわけないでしょう!!」

「うわっ!? オークが喋った!?」


 ズドォォォォォォォン!!


 突然、大地を揺るがす轟音が鳴り響いた。逃げようとしてた盗賊たちの眼前で、オークキングがまさに地面を踏み砕くように、豪快にジャンプし、着地したのだ。その衝撃波が大地を駆け巡り、足元から伝わる激しい地響きに、盗賊たちはまるで糸の切れた人形のようにバランスを喪う。


「うわわっ!」

「なんだ、地面が!?」


 盗賊たちの混乱の渦の中を、一つの白い影が稲妻のように駆け抜けた。

 それは、銀色の毛並みを持つ賢狼、フェンリルだった。


「ひぃっ!?」


 フェンリルは、なんとか体勢を保っていた賊の足元を狙い、尻尾を高速で回転させながら次々と足払いをかけていく。そして、不用意に立ち上がった賊の急所に、低い姿勢から鋭く頭突きを喰らわせた。


「あぎャァ……!!!」

「な、なんだこの狼、的確に男の急所を狙って、ヒギィ!?」


「〜〜ッッ……ブクブクブク!」


 その衝撃は見た目以上に深く、賊は声なき悲鳴を上げ、泡を吹いて悶絶する。賊たちは、見たこともない奇襲に、呆然とするばかりだ。それでも何とか逃げ出そうと試みた数名の賊の鼻先に、フワリと瑠璃色の粉が舞った。


「な、なんだこの粉? はっ……くしゅん!?」

「へっ、へくしょい!!」


 小さくて可愛らしい妖精、ピクシーが、逃げようとした賊の目の前を高速で飛び回りながら、その微細な羽から燐粉を撒き散らし、まるで『いたずら』でも仕掛けるように、キラキラと輝く粉を浴びせかける。


 賊はくしゃみと共に、ずるずると地面にしゃがみ込む。視界は涙で霞み、鼻水でぐちゃぐちゃだ。


「ヒィ、来るな、来るなぁ!!」


 そして動けなくなった盗賊たちを、再び巨大な影が覆った。オークキングが呻き声を上げる盗賊たちを、その巨大な手で次々と掴み上げていく。まるで獲物を捕らえる猛禽類のようだ。


「うわあああ!? 離せ! 離せえええ!!」

「いやぁ、待ってくれ、投げないでぇ……ぐぇぇ!」


 抵抗する間もなく、オークキングは賊たちをまとめて抱え上げると、まるでゴミを一箇所に集めるかのように、ポイポイと器用に投げ捨てていく。


「ブヒッ!」


 全ての賊徒を投げ終えると、フェンリルが、その周囲をぐるぐると猛スピードで駆け回り始めた。白い残像が何重にも重なり、あっという間に盗賊たちは、頑丈なロープで、胴体を縛り付けられてしまった。完璧な捕縛だ。


 たった数分。まるで突然スコールに見舞われた様な体験だった。圧倒的な力と、想像を絶する連携によって、盗賊たちは為す術もなく束縛された。


 彼らの目前には、巨大なオークキング、白いフェンリル、そして小さな妖精が、息一つ乱すことなく確かな実力と存在感を持って、制圧された賊徒たちを、まるで侮蔑する様に見下ろしていた。


 それは、悪夢以外の何物でもなかった。


 グレンは、その様子を少し離れた場所から見ていた。

 その驚愕な力を目の当たりにして、彼の口元には、薄い笑みが浮かんでいる。


「なるほど、報告以上に破天荒な能力だ、オークの剛力と大地の操作、フェンリルの俊敏性と的確な攻撃、そしてピクシーの攪乱、それに、この見事な連携、まるで厳しく訓練された王国騎士団の精鋭部隊のようだ……全く大したものだ」

 

 彼は、まるで戦場の指揮官が自軍の動きを分析するかのように、三人の動きを冷静に評価していた。それに比べて、賊共の体たらくぶりは酷いものだった。


 賊徒たちは完全に制圧された。それも誰一人として殺されることなく、しかも身動き一つできない状態にされた賊徒たちは、目の前の三匹の『怪物』を前に、泡を吹いて気絶するものまでいた。動きも判断も悪かったし、三流にも程がある。


 グレンは訝しげな面持ちで捕縛された盗賊どもを一瞥した。


「お疲れ様、余裕だったねー」

「グレンの出番なかったね」


「ああ、あまりの手際の良さに見てる事しか出来なかったよ」

「えへへ、すごいでしょ!」


「ふん、食後の腹拵えにもならなかったわね」

「みこと、それを言うなら、腹ごなしだよ」


「!? ブモー、ちょ、ちょっとした勘違いよ!」

「まあ私たち魔物だし、盗賊さん達を食べるなら意味は合ってるね」


「! あら、それは良いアイデアね……じゅるり」

「ヒィ、食べないで下さーい!!」


 美琴がそんな相槌を打つと、捕縛されている賊徒どもは震え上がった。


「ふんっ、ただの冗談よ」

「それにしても手を抜いてこの成果か、もし本気ならどれだけのものなのか」


「あら、貴方だってまだ手の内を見せてはいないじゃない」

「グレンさんの弓の腕も凄かったよねー」


「なに、3人に比べたら大した事はないさ」

「謙遜してる? 能ある鷹は爪を隠す、とも言うからね」

 

「それより荷馬車の中にまだ人がいるかもだし、確認しようよー」

「俺は先に馭者と話してくる、被害状況なども確認しないといけないからな」


「わかったわ、横転した荷馬車も起こさないとね」

「馬車を引いてた、馬は無事だったみたい、良かった」


 3人は、状況を整理して横転した荷馬車に駆け寄った。


 車輪の一つが完全に砕け散っており、車軸が折れているのが見て取れる。

 どうやら盗賊達が罠でも張って、走行中の馬車がそれに気が付かずに引っ掛かり、その勢いで横倒しになったのかもしれない。


「あ、見て、なんか網状のロープが巻き付きてる」

「ふむ、狩猟とかにも使えそうな罠網ね」


「タイミングを合わせて、走行中の車輪に投げつけたのかな、小賢しいなぁ」

「もしもーし、誰かいますか、生きてますかー?」


 きららは、身軽に荷馬車の上に乗り上げ、中の様子を覗き込んだ。馬車は完全に横倒しになっていたが、扉は閉まっていて中が無事か見える状況ではなかった。


「ええ、なんとか……わたくしは大丈夫ですわ」

「あ、生存者を確認、平気?」


 荷馬車の奥から聞こえてきたのは、可愛らしい女性の声だった。それでいてどこか落ち着いた響きのその声に、陽葵ときららは、期待に胸を膨らませるような感情を抱いた。まるで目の前で『物語』が新たな局面を迎えたかのような感覚だ。


「扉が開かないから、横転した馬車を立て直すわ、何かに掴まっていて」

「! あ、はい、了解です」


 美琴は、オークキングのたくましい腕で、横倒しになった馬車をゆっくりと持ち上げて元の位置に戻した。少しひしゃげた扉を力任せにこじ開けて、その中を確認すると、乱れた髪を手で整えながら、眼鏡の奥からこちらを観てる女性がいた。


 年の頃なら二十代半ばだろうか。その瞳に宿るのは、驚きと、それに勝る強烈な好奇心の光。しかし、そこに恐怖や畏怖の色は微塵もない。


「えっと、あなたたちが……盗賊を退けてくださったの?」


 女性は、まるで目の前の状況が他人事であるかのように、朗らかな声で状況を尋ねた。彼女の視線は、美琴たち三人の『魔物の姿』を、まるで珍しい宝物を発見したかのように、目を輝かせながら見つめていた。


 まるで珍しい動物を見るような眼差しに、美琴たちは一瞬、警戒を強める。


「ええ、お怪我はありませんでしたか? この荷馬車の状況を見る限り、かなり手荒い真似をされたようですが」


 美琴は、オークキングの姿のまま戸惑いつつも、理性的に問いかけた。言葉遣いは丁寧だし、その落ち着き様は本物だ。一体どういった人物なのだろうか。


「ええ、私は大丈夫ですわ、馬車が横転して驚きましたが、あなた方が、間一髪で助けてくださったお陰で、それに、あなたたち……もしかして言葉を話す魔物?」


 彼女の目の前には、筋骨隆々の巨大なオークキングと、もふもふしたフェンリルの幼体、そして妖精の女王ティターニアが居る。


 それでも女性は3人から視線を外すことなく、さらに身を乗り出してくる。

 その距離感のなさ、純粋すぎるほどの好奇心に、美琴たちは改めて、この人、本当に襲われたばかりなの? と疑問を抱いてしまう程だ。


 警戒心や危機感が欠如している様な女性に困惑していると、背後から少し遅れてきたグレンが、荷馬車の惨状と女性の姿を視認し、焦った様に駆け寄ってきた。


「フェリシア博士!? 何故ここに!?」


 グレンは、仰天したかのような大きな声を上げた。


「あら、グレン! あなたこそどうしてここに? これも運命の導きかしら? それに、どうしてこの子たちと一緒に居るの?」


 グレンは、女性の姿を認めると、いつもと変わらぬ様子に安堵したかのような表情を見せる。しかし、彼女の好奇心は、再び美琴たちへと戻った。

 自身の身に起きた盗賊団の襲撃よりも、そして旧友のグレンとの再会よりも、目の前の魔物たちの方がよっぽど魅力的、とばかりに、目を輝かせている。


「ええ、実は、フェリシア博士を頼って、貴女の研究所へ向かっていたところでした、まさか、このような形で巡り合うとは……とにかくご無事で良かった」

「なるほど、なら依頼内容はこの3体の魔物さん達に関してかしら」


「ええ、察しが良くて助かります」


 その話を聞いていた美琴は、グレンの口から出た『フェリシア博士』という名前にある確信が芽生えた。どうやらこの女性が、森の奥深くに研究所を持つ変わり者の教授らしい。美琴は目の前の展開が、まるで誰かの意志によって「導かれている」かのようだと感じたが、そこに不快感はなかった。


 寧ろ、これも自然の道理、真理なのだと、理性的な好奇心が訴えかける。


「まずは自己紹介てすね、私はフェリシア・ベへモットと申します、さきほどは失礼いたしました、改めて助けていただき感謝しますわ」


 博士は3人の顔を見て、笑顔を振り撒いた。その無邪気さに、美琴は一瞬驚いたが、すぐに冷静を取り戻す。


「私はみこと、と言います、まさか貴女がフェリシア先生でしたとは、これは奇遇ですね、グレン殿の進言を受けて、貴方の研究所に向かっていました」

「あら、ミコトさんと言うのね、素敵な名前ね」


 美琴は、オークキングという巨体から発せられるにはやや不自然だが、堂々とした口調で答えた。きららと陽葵もそれに続いて自己紹介をした。


「私は、きららだよ、今は狼さんだけど」

「私はひまり、よろしくね、フェリシア博士!」


「ええ、よろしくお願いしますわ、賢狼フェルリルのキララちゃんに、妖精、それも上位種のティターニア!? 素敵な羽ね、よろしく、ヒマリさん」


「あ、上位種なんだ? 自分の種族とかよく分かってなかった」

「フェルリルの方は割と有名な感じだよね、最強の狼って感じで」


「それにオークキングまで、なんだか凄い組み合わせですわね」

「ブヒン、まあ気が付いたらこの姿になってたのだが、原因は不明ですね」


「あらあら、そうだったのね、詳しいお話も聞きたいところですが、不思議なご縁が繋がったものね! うふふ、なんだかとてもロマンチックですわ!」


 博士は、両手を胸元で軽く合わせ、純粋な乙女のように喜んだ。その無邪気な様子に、美琴たちは少し面食らう。


 なんだか思った以上に変わった女性だな、と、美琴は改めて感じた。


「あら、いけない、少し興奮して取り乱してしまいましたわ、コホン、少し落ち着かないと、研究者として、冷静さを保たなくては!」


 博士は、ハッと我に返ったように咳払いし、無理やり冷静さを装うが、その顔は依然として好奇心で満ち溢れていた。


「それにしても、荷馬車の中も大変な事になってしまいましたわ、今回のこの経験も、また、研究の糧となるでしょうけれどね」


 博士は、散乱した荷馬車の内部を見ながら、少し困ったようにため息をついた。美琴たちが覗き込んだ荷台の中は、横転の衝撃でトランクが開いたのか、彼女の研究資料や私物などが散乱しており、その中でも目に付くのは半透明なスライムだった。その不思議な物体が横転した衝撃で、ぐにゃ、と形を変えて助手席から滑り落ちていた。


「え? なにこれ? スライム?」

「ええ、これは私が開発した『スライムクッション』と言う魔道具で、この辺の街道は悪路が多いので、腰を痛めない為に使用ものですね、馬車が横転した際にもこのクッションが緩衝材になって助かりましたわ」


「へー、面白そう、触ってみてもいい?」

「ええ、もちろん構いませんわ」 


 きららがそう尋ねると、フェリシア博士はそれを快諾した。


「わー、すごい柔らかーい、マシュマロみたい!」

「ふーん、これなら馬車で長時間移動しても疲れなさそうだね」 


「まさにその通り、このスライムクッションは王都で販売してますが人気の商品で、カラーバリエーションも豊富で、研究に情熱を注いでいると、つい危険な場所に身を投じてしまう事もありますから、私も移動の際には常備してるいんですわ」


 フェリシア博士は、眼鏡の奥の目をキラキラと輝かせ、得意げに説明した。


「あれ、何か落ちてるよ?」

「あら、転倒した時に研究資料など色々と散乱してしまいましたからね」


 陽葵が、荷台の隅に転がっていた小さな銀色の小瓶を指差して尋ねた。


「ああ、これはわたくしの特製『安眠ポーション』ですわ、研究に没頭しすぎて、うっかり徹夜してしまう事もあるので、これを少し摂取すれば、どんな状況でも質の良い睡眠が確保できますのよ」


 博士は、受け取った小瓶を指で撫で回しながら、その効果を滔々と語る。


 彼女いわく、睡眠や食事をしっかり摂り、常に最高のコンディションを整える事が最高の成果とポテンシャルを引き出す事にも繋がる、なので徹夜は2日まで、と決めていると、前半は同意するが、後半は少し非常識な持論を語っていた。


「きららも嗅いでいい? クンクン、なんだか少し甘い匂いがする!」

「あら凄いですわね、密閉された瓶の中の匂いを嗅ぎ分けるなんて!」


 きららが、小瓶に鼻を近づける。純粋な好奇心が匂いに引き寄せられた様だ。


「ふふ、あまり近づきすぎると、このまま深い眠りについてしまいますわよ」

「えー、そんなに凄い効果なの!?」


 博士は、茶目っ気たっぷりに、きららに微笑みかける。美琴は、その博士の言動から、彼女が様々な研究をしているにも関わらず、どこか子供のような無邪気さと遊び心を持っていることを感じた。なんだか、研究者と言うよりも探究者と言うべきか、呆れとも感心ともつかない感情が湧き上がる。


「フェリシア博士は他にも、空間収納の効果があるバックパックなども開発した凄い人なんだよ、俺もその縁で彼女からの依頼なんかも時折、受けている感じだな」

「ふむ、それは凄いわね、冒険者なら誰もが欲しい一品だわ」


「ええ、とは言え、まだまだ改善の余地があるので、完成とは言い難いですけどね、空間容量も限界がありますし」

「ふーん、それならひまりちゃんの方が便利だね」


「便利って言うなし、まあ荷運びなら、空間魔法の方が優秀だけどね」

「あらあら、ヒマリさんは空間魔法が使えるのね、それは素晴らしいですわ!」


「えへへ、そうかな?」

「ああ、俺も彼女達の能力を実際に目の当たりにしたが、3人とも凄い実力を秘めている、さっきの盗賊退治でも大活躍だったしな」


「ブヒン!」


 そんな会話をしつつも、彼女の研究に対する情熱に感化されたのか、三人は記憶が朧げのまま現在の魔物の姿になり、この異世界で目覚めてから、これまでの経緯など、自分たちが覚えてる範囲での事を包み隠さず語った。グレンも真剣な表情で彼女たちの話に耳を傾けている。


 元々、研究所で博士に会ったら、相談するつもりだったので、お互いの警戒心を解くためにも、この場で伝えても問題ないと判断した。

 フェリシア博士は3人のその説明に興味を持ったのか食い入る様に聞いている。


「なるほど、その様なことがあったんですのね、理解しましたわ」

「でもまさか、いきなり冒険者と鉢合わせして襲われるとは思わなかったよね」


「ええ、こちらは対話を試みたのに、聞く耳を持たなかったわね」

「あらあら、それは大変でしたねえ」


「まあ魔物の姿が功を奏して危機を切り抜けたって感じだよね」

「思ったよりは便利だよねー」


「ふっ、燃費が悪いのがたまに傷だけどね」

「その辺は魔物の性質にもよりそうですけどね、大変興味深いですわ」


「ふむ、フェリシア博士は生命の根源や、その変異について研究されているのね、私達の様な理性のある喋る『魔物』が、博士にとって理想的な研究対象だというのは理解できます、でも私達はこの姿になった理由を知りたい、それが博士の研究にどう繋がるのか、詳しくお聞かせいただけますか?」


 美琴が、慎重に、そして興味深げに尋ねた。理性的な彼女は、博士の言葉の裏にある『研究対象』としての意図を読み取ろうとしていた。


「そうですね、あなた方のように、突如として別の姿に転生し、自我を保ち、理性的な判断をして、人種族の言葉まで操る魔物はこの世界でも殆ど前例がありません、これは、まさに生命の奇跡、私にとっては、世紀の大発見ですわ」


  博士は身を乗り出し、秘密の宝を明かすように語り始めた。研究への純粋な探求心で輝くその瞳に、美琴は一瞬、畏怖すら覚える。


 その様子を見てフェリシア博士は言葉を付け足す。


「失礼、取り乱しましたわ、それに警戒させてしまった様ですね、でも安心してください、私はこの世界のあらゆる生命の根源と、その変異、そして、生命が持つ未知の可能性について研究しています、特に、環境変化が生物に与える影響や、異なる生命体間の相互作用、そして、魔物がもたらす生態系への影響など、多岐にわたる分野で日々、研究を重ねていますの」


 彼女は、自身の専門分野を簡潔に説明した。美琴はその言葉から、目の前の女性がただの変わり者ではないこと、そしてその知性が並々ならぬものである事を感じ取った。


「そして、あなた方は『異世界からの来訪者』であり、なおかつ『魔物の姿』この二つの要素は、わたくしの研究にとって、まさに理想的なサンプル……コホン、いえ、かけがえのないパートナーとなるでしょう! あなた方の精神構造、肉体の変異のメカニズム、そして、元の世界での知識や記憶が、どのようにこの新しい肉体に影響を与えているのか……ああ! 考えただけで、胸が高鳴りますわ!」


 うん、やっぱり信用は出来ないな。3人はそう感じた。


 もはや隠すつもりのない博士は、興奮して目を閉じ、両手を広げてみせた。

 まるで、そこに広大な研究テーマが見えているかのようだ。その溢れんばかりの熱意は、警戒心を少しずつ解きほぐしていた3人が、このフェリシア博士に対して、やはりコイツは危険人物だ、と警鐘を鳴らす程度には警戒心を引き上げた。とは言え、今の自身らの境遇を考えると、こんなあからさまな『狂気のマッドサイエンティスト』が相手だとしても、現状では頼るしかない状況なのだ。


「是非、私と一緒にわたくしの研究所に参りましょう、どうでしょう? 悪いようには致しませんわ、私の研究の礎に……おっと失礼、来賓として丁重にお迎えしますので!」


 と言うか、怪しすぎて逆に犯人ではない、って印象だ。


 それに、この博士は変人ではあるが、その真剣さに嘘はないとも判断した。これは私達にとっても、悪い話でもない。まだ判断しかねてはいるが、もし騙そうとしているなら、わざとらし過ぎるし、もし騙されていたとしても自分達なら問題なく逃げ切れはず、なんならこの博士の研究所にあると思われる『真実の鏡』を奪取してしまえばいい。


 ベテラン冒険者のグレンから聞いた『真実の鏡』、これがおそらく、今回の異変を解く為の『キーアイテム』になる筈だ。何故か不思議とそう確信していた。


 美琴は、その考察をアイコンタクトで伝え、2人も理解したのかそれに頷いた。こうなれば蛇の道は蛇。虎穴に入らずんば虎子を得ず。当たって砕けろの精神だ。


「ええ、喜んで、私達も、自身の身に起こったことを、ぜひ先生にお伺いしたいと思っていましたので」


 美琴は、そう応じた。彼女の心には、この奇妙な出会いが、再び「物語」を前に進めるための良い「展開」になると確信していた。


「私も、私も! この姿になった理由を知りたいです!」


 陽葵が、やや前のめりになって博士に訴えかける。活発な彼女は、今の自分たちの状況への答えを、この博士が持っているかもしれないと期待していた。


「うん! きららも、元の人間の姿に戻りたい! 博士なら、きっと元に戻る方法も何か知ってるんだよね?」


 きららも、グレンの足元から博士の元へ駆け寄る。その自由奔放で純粋な疑問と願いは、フェリシア博士の興味をさらに刺激したようだった。


「ええ、ええ、もちろんですわ! わたくしの研究室には、この世界でも貴重な資料や、魔法の道具もあります。あなた方のことは、是非わたくしが! このわたくしが、徹底的に調べあげて……いえ、解明させてください!」 


 フェリシア博士は、興奮した様子で熱弁を振るう。彼女の言葉の端々に、研究者としての異常なまでの情熱が滲み出ていた。その情熱は、もはや「面白いものを見つけた子供」のそれに近かった。


「うん、なんだか変な人だけど、悪い人じゃなさそう! みことちゃん、ひまりちゃん、この人なら、私達を、元に戻してくれるかも!」


 きららが、純粋な好奇心と期待の眼差しで博士を見つめる。陽葵も、その言葉に小さく頷いた。


「確かに、ちょっと常識外れな感じだけど、悪気はなさそうかも?」

「そうね、きらら、もしかしたら、この博士なら……ブヒッ」


「〜〜っ!」

「ちょ、みことちゃん、ふふっ」


「コホン、失礼、きっとフェリシア博士なら、この困難な問題を解決してくれるはずだわ!」


 美琴の心の奥底に、一筋の希望の光が灯った。この魔物に厳しい世界にも、冒険者グレンとフェリシア博士と言う頼れる味方がいる様だ。美琴の心には、この奇妙な出会いが、物語の新たな幕開けとなる確信が芽生えていた。


 グレンは、そんな三人と博士のやり取りを少し離れた場所から眺め、満足げに口元に薄い笑みを浮かべていた。まるで舞台の裏側で、全てを操る黒幕のように。


「……という訳なので、フェリシア博士、彼女たちを研究所まで、どうか」


 グレンは、口元に手を当て、博士に嘆願した。その声は、まるで自身が意図した通りに事が進んでいると、確信するかのようだ。


 一見すると笑いを堪えている様にも見えるのだが、きっと彼にとって、この一連の流れは、まるで茶番だな、と、滑稽なお芝居にでも映ったのかもしれない。


「ええ、もちろん! この出会いはきっと、私たち双方にとって、運命的な意味を持つでしょう! さあ、皆さん! わたくしの研究所へ行きましょう!」

「おおー!」


「と言ってもまだ距離はあるけどな、もう数時間は歩く事にはなるぞ」

「ええ〜、まだ歩くの!?」


 フェリシア博士は、満面の笑みで3人を迎え入れた。その輝く瞳は、まるでこれから始まる新たな研究への期待に満ちているようだった。

 こうして、新たな仲間、フェリシア博士も加わり、欺瞞と探究、そして真実への旅路が、繰り広げられる事になる。


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