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第4話 迷子の三つ星と、導く幻影【前半】

 

『あなたの人生の幸福は、あなたの考えの質によって決まる』


   マルクス・アウレリウス・アントニヌス



 ベテラン冒険者のグレンに導かれ、陽葵、きらら、美琴の三人は、森の奥深くへと進んでいた。目的地であるフェリシア博士の研究所には、徒歩で一日は掛かると言っていたが、既に歩き始めて数時間は過ぎようとしていた。


 日差しが木々の葉を縫い、地面には斑模様の光を落とす。広大な森はどこまでも続き果てが見えない。新鮮な土の匂いに、聞き慣れない鳥の囀りが聞こえる。


 まるで、森全体が呼吸をしているかのようだ。


「わふー、なんか色々な音と匂いがして楽しいねー」

「……うん、そうだねー」


「? ひまりちゃん、なんか元気ない?」

「体力には自信あるんだけど、この鬱蒼とした森を延々と進むのは堪えると言うか、休憩は挟んでるけど、人通りの多い街道を避けてたから余計に疲れたかも」


 陽葵は、ピクシーの小さな羽を懸命に羽ばたかせながら、疲労の色を滲ませる。

 彼女は時に先頭に立って周囲を警戒し、上空からの確認も行うため、肉体と精神の両面で消耗が激しかった。普段の明るく活発な性格が、かえって体力を削っているようにも見えた。


「そうね、流石に少し歩き疲れたわ、グレン、本当にこの道で合っているの?」

「ああ、ある程度、人目を避けて移動してはいるが方向はこっちで間違いない」


 美琴は、グレンが示した簡易な地図を改めて確認した。しかしその地図では正確な距離までは掴めない。身バレ防止になると、グレンから手渡された大きな布で作った簡素のフードを深く被り、オークキングの醜悪な顔を隠している美琴にとって、その巨体ゆえに森の道も街道も決して快適とは言えなかった。足の裏には小石がゴリッと食い込み、木の枝はその大きな身体に引っかかる。


 この異世界での生活を通して、ここまで『サイズの合う靴が欲しい』と、本気で願う日が来るとは思わなかった。


 そこから更に二時間、グレンが持っていた弓で空を飛ぶ野鳥を撃ち堕としたり、きららがその自慢の嗅覚で、美味しそうな果物や木の実などを見つけたりと、食糧採集をしながら簡単な昼食を済ませ、現在の時刻は日が昇り切った正午過ぎ。


「ふむ、蛇を仕留めてた時にも見たけど、グレンの弓の腕はなかなかなものね」

「まあ冒険者として生計を立てるなら、このくらいは必須技能だからな」


 美琴はまるで値踏みするかの様にグレンを観察する。冒険者グレンは軽戦士の様な出立ちで、黒い革鎧にグレーのマント、肩掛けのバックパックを担ぎ、背中には弓と矢筒、そして腰にレザー製の鞘を下げ、片手で扱える剣を差していた。


「腰に片手剣を差しているようだけど、そっちの腕も立つのかしら?」

「……ああ、俺はロール的には斥候兼近接アタッカーだからそれなりにはな、そう言うミコトの方も大層な獲物を持っているじゃないか、魔物によっては器用に武器を扱うものも居るが、棍棒が得意なのか?」


「ええ、まあそんなところよ」

「そうか」


 互いに探りを入れて牽制し合っているそんな二人を他所に、フェンリルのきららは純粋に目的地までの旅路を楽しんでいた。


「クンクン、お日様が当たってるからか、色々な自然の匂いして凄いね」

「森全体が光合成して息づいてる感じがして、なんか神秘的だよね」


「ふむ、夜の森も幻想的だったけど、これはこれでまた違った趣があるわね」

「このメメントの森は、浅層、中層、深層と段階的に出てくる魔物の種類も変わるからな、中層以降は未開な場所も多く、警戒エリア区域になっているんだ」


「へー、そうなんだー」


 きららは、フェンリルとしての俊敏さを生かし、森の中を駆け回っては、グレンの足元にまとわりつく。普段から愛らしい姿のきららは、この世界の住人にとっては、危険な魔獣でなく、珍しい愛玩動物のように映るだろう。だが街道に出ればその愛らしい姿は、人々の好奇の目に晒される危険がある。


 伝承に伝わる『賢狼フェンリル』とは、それだけ希少性の高い魔獣であった。


「きららは、やっぱり森を縄張りにする狼だけあって体力があるなぁ、羨ましい」

「えー、そうかなー?」


 そしてスタミナが切れた陽葵は、きららの背中に掴まり、フェルリルのふわふわとした体毛の背中に乗っていた。


 最初は自力で飛んでいたが、数時間も経つと、やはりピクシーの小さな身体で、追従するのはキツイと判断して、きららが気を利かせて背中に乗せた感じだ。普段の陽葵なら、ちょっとやそっとの事じゃ音を上げたりしないのだか、いかんせん、今の彼女は小さな妖精、体の体積が小さいという事は、移動距離もそれだけ伸びて、負担になるというものだ。


 元々が遠慮する様な仲でもないので、陽葵もその提案にありがたく応じた。長い道のりで同じ様な風景が続くというのは、それだけで精神的にも疲れるものだ。


 そして、ここにも1人、いや1匹、先程までの余裕がなくなり無言でグレン達の後を付いてくる、浮かない顔をしたオークキングの姿があった。


「……ふぅ、ふぅ、ブヒィ」


 その巨大な骨の棍棒は、いまや歩く際の杖がわりだ。

 側から見たら、きっと邪悪なモンスターに追われている構図に見える事だろう。


 ぐきゅるるるぅぅ……


「みことちゃん、大丈夫〜? なんかすごい音が聞こえたけど」

「ふぅ、問題ないわ、ただのお腹の音よ、どうやらこの身体、腕力やスタミナはあるけど、燃費がすこぶる悪いみたいね」


「果物の類はお昼に食べ切っちゃったからね、ファングボアの肉ならまだ少しあるけど、こんな森の中だと火を焚いて調理するのも大変だし、野営も視野に入れるなら、また食材採集する必要もあるかもね」

「生肉は流石に嫌だわ……グレン、目的地にはまだつかないのかしら?」


「ハハ、もう少しの辛抱だ、教授の研究所はこの森の中層の奥深く、人里離れた場所にある、本来なら乗合馬車で街道を進み、ある程度の距離までは行くんだがな」

「ふむ、この姿じゃ乗車拒否されるのがオチね」


「そういう事だ、悪いが移動に関しては我慢してくれ」

「ワフー、そもそも何でそんな辺鄙な場所に研究所があるの?」


「ああ、彼女は優秀な魔道具技師でもあるから簡単に辿り着けるよう場所だと、他の小賢しい研究者がこぞって彼女の成果を盗もうとするらしい」

「ふーん、なるほど、つまり秘密の研究所ってわけね」


「……ん、ああ、まあそういう事だ」


 グレンは背を向けたまま先行して、涼しい顔で会話に応じた。彼の言葉の端々にはどこか相手を自分のペースに引き込もうとするような、熟練した冒険者の余裕が感じられる。3人はグレンの口調に何か隠された意図があるのではと目を凝らすが、彼の表情からは何も読み取れなかった。


「ふむ、これも異世界の冒険の醍醐味ね、楽しい事ばかりじゃないと言う事ね、まあ自然の恵みが豊富だから、食料はなんとかなりそうだけど」

「うん、それに飲み水はひまりちゃんの魔法で、なんとかなってるからね」


 ゲームなら『ファストトラベル』とかの移動手段もあるのだが、この世界には残念ながら、そんな便利な機能はない。


 美琴は自分自身に、そう言い聞かせる。寧ろこの不便さこそが、異世界での生活をより深く感じさせてくれると、彼女はこの状況を受け入れていた。


 しかし納得はしていない、どうせならもっと快適な生活を送りたい。


「ええい、お腹が空いたなら何か探せば良いわ! きらら、あなたの鼻があれば何か見つけてくれるでしょう?」


 美琴は、どっしりとした足取りで、湿った森の地面を注意深く見つめる。オークキングという体が、大地からの恵みを効率よく見つけ出す、豚の本能を芽生えさせていた。彼女の目は、食用となる木の実や果物を無意識のうちに探していた。


「うん! まかせて!」

「お腹が空くとイライラするよね、分かる」


 きららは、ぴんと立てた耳をぴこぴこさせ、その鋭い嗅覚で周囲の匂いを嗅ぎ分ける。彼女の鼻は、湿った土の匂いや、微かな腐葉土の香りの中に混じる、何かの生命の気配を捉えていた。


「クンクン、あっちの方向から、何か芳醇な匂いがする!」


 きららは、グレンと美琴の先を走り、小さな体を茂みの中に滑り込ませた。陽葵も、遅れてその後に続く。


 茂みを抜けると、鮮やかなキノコが群生する異様な光景が広がっていた。芳醇で多様な香りが鼻腔をくすぐる。この森の中でも異彩な存在感を醸し出している。

 この区域だけキノコの胞子に見舞われた、まるで風の谷とでも呼ぶべき情景だ。


「わあ、美味しそう!」

「これ食べられるキノコ? なんか独特な色合いだけど?」


 陽葵はそんな疑問を述べた。きららも、そのキノコをクンクンと嗅ぎつつ、匂いで判断した感じ、危険はないだろうと感じ取った。


「えー、大丈夫だよ、なんか美味しそうな匂いだし」

「ちょっと待て、きらら! そいつは口にするな!」


 きららは、その赤いキノコを前足で一つ摘み、口に運ぼうとする。しかしグレンが鋭い声でそれを制止した。その声に反応して、きららの動きがピタリと止まる。


「え、もしかして危険なキノコ?」

「そいつは『幻惑マタンゴ』そのまま食えば幻覚で意識が飛ぶ、やばい代物だ」


 グレンの言葉に、きららはゾッとした。無意識のうちに、危険な魔物に手を出そうとしていた自分にぞっとする。


「そ、そんなー、芳醇な香りで美味しそうなのに…」

「まあ食べても死ぬ事はないんだが、この森にはマイコニッドと呼ばれる魔物が居てな、その幻惑マタンゴはそいつらの胞子から植生されるんだ」


「え、じゃあこのキノコって魔物なの!?」

「まだ成長してないが、ある程度、育つと動き出すな、俺も詳しい生態までは知らないが、森の奥に居るマイコニッド達は独自のコミュニティを築いているらしい」


「ふーん、つまりマイコニッドの幼体なんだ」

「まあ生体のマイコニッド自体は、適切に処理すれば美味な食材になる、鍋も良いが特にグリルで焼くと芳醇な香りが引き立ち、酒の肴には最高だな」


 グレンは、飄々とそう言い放った。美琴は危険なキノコの話をした直後に、焼いたら美味い、と付け加えるグレンの言葉に、思わず拍子抜けしてしまった。


「キノコ鍋にグリル焼き、美味しそう、じゅるり」

「ふむ、まだ自足が出来ないマタンゴに幻惑作用があるのは、自己防衛の機能なのかもしれないわね、色も鮮やかで毒々しいし」


 美琴はそう言いながらも、オークキングの巨大な手で、拾った木の実をひと掴みにして口に放り込んだ。疲れた美琴の身体は常に大量のエネルギーを欲していた。


「あ、こっちにも違うキノコが生えてる、これもマタンゴ?」

「いや、それは普通に食べられるキノコだな、食用だぞ」


「なんかヒラタケみたいだね、夕飯用に幾つか摘んで行こうか」

「収納なら任せて、他にも果物とかも途中でまた見つけたから食べようよ」


「そうだな、ここいらでちょっと休憩して行くか、マタンゴの群生地には魔物特有のテリトリーがあるから、他の魔物があまり寄り付かないし、この場所なら比較的安全だろう」

「お菓子はないけど、おやつタイムだね」


「……保存食の、干し肉とドライフルーツならあるが、食べるか?」

「ぶもー、有り難く頂戴するわ!」 


「あ、みことちゃんも、ちょっと元気が出たみたいだね」

「ええ、折角だし、さっき採ったキノコと猪肉も少し焼いて食べましょう!」


「賛成!」


 食い意地の張ったオークキングは、むしゃむしゃと焼きキノコを咀嚼する。お腹が空いていたのを相当に我慢していた様だ。こう言う意地っ張りなところは美琴の悪い点でもあるのだが、気を遣われたくないと言う、彼女なりの配慮なのだろう。


 グレンは、そんな三人の様子を、少し離れた場所から静かに見ていた。


 魔物としての本能が、彼女たちの五感を研ぎ澄ませ、この世界の恵みを効率よく摂取している。そして、仲間と共に困難を乗り越えようとする、知性も理性もある存在としての彼女たちの行動。グレンの興味は、ますます深まった。


 この世界の環境に、適応していく彼女達の様子を、興味深く観察していた。


 そして休憩の後、元気を取り戻した3人は快活に森の中を進んでいった。


「ここから暫くは街道を進む、街から距離があるから、人目には付かないはずだ」

「ハァ、やっと、少しは歩きやすい場所に出たわね」


 森を抜け、踏み固められ舗装された街道に出た一行は、魔物の姿では目立つので、より一層の注意を払って進んでいた。美琴はフードを深く被り、陽葵はきららの背中に隠れるようにして、一応人目を避ける。グレンはこの世界の常識や危険について、まるでかつての自身の経験談であるかのように語りだした。


「この森の街道には、時折、道理を外れた盗賊や粗暴な冒険者崩れどもが潜んでる、奴らは交易用の馬車を走らせる商人や、油断した旅人から金品を奪い、時には女性を狙って酷い目に遭わせることも少なくない」


「へぇー、人間さんにも色々な人種がいるんだね」

「か弱い女性を狙うなんて、最悪だね、許せない」


 きららは、グレンの話に素直に感嘆して、陽葵は生来の正義感からか憤る。


「そうよ、きらら、ひまり、だからこそ私達はどんな状況に陥っても冷静さを保ち臨機応変に対応する事が大切なの」


 美琴は、2人に諭す様な口調で話しつつもグレンの話に耳を傾けていた。彼女は彼の話の節々から、この世界の「リアル」な情報や情勢、そこに潜む危険性を読み取ろうとしていた。


「でも大抵の相手なら、既に私たちの方が強いとは思うけどね!」

「うん、昨日のダンジョン探索で、戦闘での自信もついたよね」


 陽葵が自慢げにそう言うと、きららもそれに同意する。


 そんな他愛もない話をしながら進んでいると、突然、遠くから何かの叫び声と金属がぶつかり合うような鈍い音が聞こえてきた。緊迫した空気が街道に広がる。


「……なんだ、騒がしいな」


 グレンが、ハッとしたように身構える。三人もまた、その音に耳を傾ける。

 きららの鋭い嗅覚と聴覚は、音の発生源を正確に捉えていた。


「あれって、もしかして、荷馬車が襲われてる!?」

「ええ、フラグ回収が速くない!?」


 陽葵は上空からいち早く状況を確認する。その声にはどこか予感めいたものが感じられた。


「……、どうやら盗賊が荷馬車を襲撃している様だな」

「これは、いわゆる異世界テンプレ? お約束な展開だけど、このまま見過ごすわけにはいかないわね」


 美琴は、その大きな唇を引き締める。彼女の胸には、こんな理不尽な状況を前にした時、特有の静かな闘志が湧き上がっていた。


 街道の開けた場所に出ると、そこには一台の荷馬車が横転し、小汚い身なりの男達が荷物を漁っていた。見た目はいかにもな感じの粗暴で悪辣な盗賊だ。荷馬車の御者らしき男が二人、賊に組み伏せられ、抵抗している様子も見える。


「敵は10人くらい居るよ、顔をフードで隠してる感じからすると野盗みたい!」

「わふー、ひどい、罪のない荷馬車を襲うなんて!」


 きららが、ぷんぷんと怒りながら、小さく唸り声を上げた。

 彼女の純粋な心は、目の前の不当な略奪行為に耐えられなかった。


「グレン、私達がいくら魔物の姿だとしても、ここは介入すべきよね?」


 美琴は一応、グレンに確認を求める。とは言え彼女の鋭い眼差しは、すでに助けに向かうことを前提として話をしている。


 グレンは、一瞬、躊躇した表情を見せたが、すぐに決意した。


「ああ、そうだな、冒険者として見過ごす訳にはいかない、相手は多勢だが、お前達なら問題なく倒せるだろう、とは言えなるべく殺さずに捕まえてくれ、捕縛して王都の役人に差し出せば報奨金が出るはずだ、森で獲物を狩る際に使う、捕縛用のロープを持っているから使ってくれ」


「分かったわ、無茶はしない、行くわよみんな、この世界で培った経験の成果を見せて上げましょう!」

「やったるぞー」「おおー!」


 美琴は、オークキングの巨体を揺らし、フードを翻し先陣を切って飛び出した。

 それは惨劇の幕開けを告げるかの様に、静かに、しかし力強く響き渡った。

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