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第1話 開幕のベルは虚実の狭間へと響く【後編】


 三年生が引退した今、異世界紀行部は2年生の女子3名が中心となり活動している現状だ。そして彼女達が試行した、異世界に渡る手段『異世界エチュード』こそが、彼女たちの部活内容になる。


 神楽坂ひまりは、剣と魔法の世界で繰り広げられる王道ファンタジーに夢中だ。

 勇者が魔王や強大な敵との手に汗握る戦い、仲間との絆で困難を乗り越える冒険譚に胸を熱くする。最近は現代ダンジョンものにもハマっているらしく、チート能力も大歓迎で、勧善懲悪がはっきりした痛快な展開には目がない。シンプルで分かりやすい物語を好み、難しい設定や不条理な展開はちょっと苦手な、根っからの冒険者気質だ。力強い彼女の瞳には常に、熱い正義感と未来への希望が宿っている。


 星宮きららは、異世界でのんびり過ごすスローライフ、日常系の物語に夢中だ。

 モフモフした可愛い幻獣たちと触れ合ったり、カフェを営んだり、森の中で穏やかに暮らす生産系の物語がお気に入り。殺伐とした戦闘よりも、日々の小さな発見や、心温まる交流が描かれたドラマチックな作品に「ほわっ」と癒される。想像力を刺激するユニークな展開や、コメディ要素のある作品にも目がなくて、常に『楽しい』を追求するタイプだ。そのくるくると変わる表情は、無邪気な猫のようだ。


 そして異世界エチュードを考案した、月夜見みこと。彼女は悪役令嬢もの、異世界転生に留まらず、現代ファンタジー、緻密な世界観を題材としたもの、意外性のある世界の法則性に深く魅入られている。古代文明が滅びた要因を解き明かしたり複雑な政治的謀略や裏工作で物語を動かすような、知的探求型のシミュレーションなどを好む。ご都合主義な超絶チート能力や、論理に破綻をきたす安易な設定には厳しい目を向ける、作り込まれた世界観こそ至高だと考える、論理至上主義者だ。


 三者三様な異世界への憧れを抱きつつも、時折、彼女達の口から漏れる『異世界』そのものに対する純粋な好奇心は、とても深く、そして広大だ。彼女たちの飽くなき探究心は、まるで深海の底に輝く宝石の様に静かに、しかし確かに光を放っている。


「さて、それじゃ今回のシナリオを決めましょうか」


 美琴の端的な言葉に、いつもの「異世界エチュード」が始まる合図だと知る。部室の後ろにある棚には「異世界ノート・シナリオ、プロット」と書かれた創作物が置かれている。それは部員たちが各自持ち寄った、まだ誰も体験していない『異世界』への扉だ。前回は陽葵が持ち寄った、王道ファンタジー冒険譚だった。


 異世界ノート、これは言わば、異世界にいつか行ってみたいと言う願望がカタチになったもの、異世界紀行部の部員達が主に行なっていた活動、つまりは世には出てない小説のアイデアノートのようなものだ。卒業した部員の中には実際にweb投稿して有名になった人も居たりはするのだが、そんな部員たちの血と汗と涙の結晶がこんな無造作に置かれ、今や異世界エチュードのお題になってたりするのだが。


「今回はきららの番よ」


 美琴がきららに視線を向ける。きららは「うーん」と唸りながら棚を眺める。その視線は異世界をテーマにして内容を考えて来た、彼女たちが考案したオリジナルのシナリオのノートでなく、ひっそりと置かれた段ボール箱の山に釘付けになった。


「あのね、前の部長が引退するときに、これ使ってくれていいよって、ダンボールに詰めて置いていったシナリオがあるんだけど……」


 きららは、おもむろに部室の隅、照明機材や小道具が詰め込まれた段ボール箱へと歩み寄る。そこには、普段使われることのない、シナリオ用のバインダーや、書きかけのメモなどが雑多に積み重ねられていた。


「なるほど、周防部長の発案なのね……」


 美琴は何処か懐かしむ様な表情を見せた。それは、先代部長の、どこか掴みどころのない、しかし確かな創造性への敬意の表れの様だった。とも感じたのだが、思い出すと別に敬意ではないかもしれない。あの人の異世界に対する憧れや執着は尋常じゃなかったのだ。「勘違い系最強主人公もの」が好きで、いつも熱く語っては他の部員と口論になっていたし。個人的には別に文句はないのだが、好きなジャンル、苦手なジャンルは人それぞれなので、強要してはいけない。と、何度も当時の副部長にお説教されてたな。


 他にも部員のみんなが持ち寄った、異世界に関する雑多な研究レポートや創作物も含めるとその数も膨大な量になり、多種多様で、割と本格的ものも多い。例の異世界への魔法陣が載ってる胡散臭い文献なども、先達の置き土産として積まれてたりする。


「うーん、このシナリオ、なんだか面白そうじゃない?」


 きららが取り出したのは、罫線すら引かれていない大学ノート、つまりは自由帳やスケッチノートに、殴り書きされたようなシナリオだった。

 表紙には『異世界夢想』とだけ書かれている。その簡素なタイトルにも関わらず、どこか不思議な引力があるように感じられた。


「夢想と無双を掛けてるのかな? あの先輩らしい雑な感じだけど、内容はきららが好みそうな、ゆるふわ系とかもある感じ?」


 陽葵がそう言って、きららの手元を覗き込む。


「いや、あの部長が、ゆるふわな系やスローライフ系の話を考える訳がないでしょ、うーん、ちょっと変わった趣向の設定だけど、でも、ちょっと面白いかも? みことちゃんが好きそうな騙し合いみたいな展開もあるみたいだし」


「え、なにこのキャラ設定!?」


 陽葵ときららは、不安げな表情を浮かべながらも、その奇想天外なシナリオに強く惹かれているようだった。美琴はそのノートを受け取り、パラパラとページを捲る。殴り書きされた手書きの文字は、どこか読みづらいが、しかしそこに込められた情報量、と言うよりも熱量は並大抵のものではなかった。緻密とは言い難い安易な設定、心理描写も大したことはない、プロットも正直粗末なものだけど、それでも作り手の思い描いた『異世界』が、確かにそこにはあった。


 高校二年生の彼女たちが異世界紀行部を継いだ時に、部長はこう言っていた。


「異世界に重点を置き、深く没頭する事で自身をも変容させる、異世界エチュードは、まさにその最たるものだ」と。部長のその言葉は、自分達がいつか行ってみたい異世界を模索する部員達にとって、指針でもあり、指南書のようなものだった。この粗末なシナリオは、彼が引退前に残した置き土産であり、ある意味で最後の挑戦状なのかもしれない。


 美琴は、内容の粗さを確認しながら、一瞬だけ怪訝な顔をする。しかし、すぐにその表情は穏やかな笑みに変わった。


「ふっ……悪くないわね、普段とは違う世界を覗いてみるのも、また一興だし、このシナリオにしましょう」


 美琴の言葉に、陽葵ときららは目を輝かせた。


「やったー!」


 と歓声を上げ、二人は喜びを分かち合う。


 シナリオが決まれば、まずその要点と全体プロットを、教室に置いてあるホワイトボードに書き出して部員全員で熟読し精査する。ここでの集中力が異世界エチュードの完成度にも左右されるので、みんな真剣な様子だ。和気藹々と互いの感性で意見を言い合って、内容を擦り合わせる、このセッションを通して今まさに彼女たちの中で共通認識のその向こう側、新たな『異世界』が構築され、創造されていくのだ。


「これ割と王道展開だよね、案外楽しいかも?」

「それに今回は性格の指定が特にないから、いつもよりも素のままでいけそう」


「でもこの流れだと戦闘ありきで、勝つのが前提になってる感じだよね」

「うん、あの部長の考えたものだし基本的には知恵より脳筋で挑む感じだね」


「……ふむ、世界観の構築は大体こんな感じかな」

「ええ、そうですね、大体把握はしましたよ」


 とは言ってもキャラ設定的には普段よりも難しい気もするのだが、それは3人とも理解はしているようだ。


 そしてそれが終わると次は配役だ。美琴は使い古された木の箱に手を伸ばす。中には役名が書かれた紙が折りたたまれて入っている。

 これは先代部長が部活創設時に用意した、お互いの意見が割れた時とかなどに使用する伝統的な取り決め方法、つまりは、くじ引きだ。


 順番を決めて陽葵ときららは、期待に胸を膨らませて紙を引く。


「えーっ!? 私、この役なの!?」


 陽葵が素っ頓狂な感じで叫んだ。不満げな声が部室に響く。


「また苦手なタイプ引いたの? と言うか私がその役をやりたかったなぁ」


 きららが陽葵にそんな軽口を叩いた。


「ひまり、これもルールなんだから、文句言わない!」

「もう、わかってるよー」


 そして、きららは引いた紙に書かれた文字を見るなり、顔を綻ばせる。


「あ、良かった、私、この役ならまだマシかも! 寧ろ楽しみ!」


 そして美琴は静かに一枚選び、広げる。そこに書かれていたのは、彼女が最も予想していなかった役名だった。美琴の表情筋は、わずかに引きつっただろうか。口元に浮かんでいた笑みが、くっ、と苦いものに変わる。


「くっ、これは……」

「今回は、残り物には福がなかった感じですね」


 不本意な配役ではある。しかし、このギャップこそが、新たな演劇的発見を生み出すのだと美琴は自分に言い聞かせる。ペルソナという仮面を被ることで、普段の美琴とは全く異なる役割を演じる。


 これもまた自己表現の可能性を広げる大切な試み。先代部長が残したこのシナリオは、彼女たちに、より困難な課題を突きつけてきた。


 そして月夜見 美琴は、こちらに再び不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりと椅子から立ち上がり、他のメンバーもそれに続く。そして静かに語り始めた。


 彼女たちの瞳は、未来を見通すかのように澄み切っている。


「さあ、現実と幻想が混じり合う時が来た!」


 美琴が、まるで遥かなる異世界への号令をかけるかのように、右手を高く掲げた。その視線は、遠く、見えない異世界を見つめている様だった。陽葵ときららも、美琴の言葉に合わせるように、それぞれの口上を紡ぎ出す。


「我らが紡ぎし幻想の扉よ、今こそ顕現せよ、虚実の狭間にて、真なる世界への架け橋を!」


 続いて、陽葵が力強く声を張り上げる。その声には、未知の世界への期待と、抑えきれない冒険心が漲っている。


「想いと願い、言葉と形、全てを束ねて演ずる者として誓約せん、 虚構を真と為し真実を虚構と識る、 想像力の篝火よ、境界を焼き穿ち、 異界への路を我らの足下に現ぜしめよ!」


 きららは、全身の喜びと、このエチュードを心から楽しむ無邪気さを込めて、無垢な笑顔で叫んだ。

 

「……ええと、今日のこの時この部室に満ちる、ありとあらゆる異世界への渇望、退屈への反動、そして未知への好奇心が、 偶然が生み出す奇跡の配合となりて、異世界への扉を、えっと、開いちゃいますか? 開いちゃいましょう!」


 三人の視線が一同に向き、そして声を合わせて、それに続く。


「ひらけ、異世界の門!」


 全員の声が重なり、部室の奥深くまで響き渡った。そしてその瞬間、部室の壁面が淡い光を放ち始めた。


 それは、まるで透明なキャンバスに絵を描くかのように光の粒子が集まり、やがて三人の目の前には、純白の巨大な『扉』を形作っていく。

 その扉は、現実には存在し得ないほどに精巧で神秘であり、見る者を吸い込むような魅力を放っていた。表面には、見たこともない術式を描いた紋様が複雑に刻まれ、中央の取っ手は、古代の遺物のような幻想的な光を宿している。

 

 ギィ……と言う軋んだ音と共に、その門が徐々に開き光が溢れ出した。その青白い光がカーテンで遮られた部室の中を照らして、それは部室全体を飲み込む勢いで膨張していく。蛍光灯の明かりは瞬き、やがて光の奔流に飲み込まれていく。しかし彼女たちは一切の動揺を見せない。


 陽葵ときららの顔には、驚きや恐怖は一切ない。寧ろ「いよいよお芝居が始まる」という期待と興奮が満ちている。光の渦が広がり、部室の景色が歪んでいく様子も、彼女たちにとっては『日常の光景』の一部なのだろう。


 次の瞬間、部室の空間は大きく歪んだ。壁に貼られた色褪せた文化祭のポスターや旧演劇部の小道具が、まるで砂で作られた城のように崩れ去り、消失していく。青白い光は、もはや部室全体を覆い尽くし、視界の全てを奪う。


 そして眩い光の幻視の奔流が、彼女たちの体を優しく包み込む。

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