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最終話 境界の鐘と、虚実の残響【前編】


『夢見ることができれば、それは実現できる』


 ウォルト・ディズニー



 地下室の冷たい檻の中。美琴ときららは、中々戻らない陽葵を案じていた。


「遅いね、ひまりちゃん、何かあったのかな……」

「確かに遅いわね、天井のダクトに飛び込んでから、だいぶ経つわ」


 きららと美琴は、期待と焦燥感が入り混じったような感情を抱きながら、陽葵が飛び込んだ天井の換気ダクトをしきりに見上げていた。

 ただ待ってる時間というのは、いつも以上に時間が経つのが遅く感じる。そして連絡がないと言うのは、とても不安に感じるものだ。


 時刻は既に夕方頃だろうか、壁掛け時計などないはずなのに、チクタクと秒針の音が小刻みに聞こえる様な、嫌な錯覚すら覚える。


「ピュイピュイ!」

「あ、帰って来た! ってあれ、陽葵ちゃんじゃない!?」


 その時、地下の天井の換気ダクトから小さな影が飛び出してきた。

 それは陽葵が研究室の奥の倉庫で助けた、幼いピクシーだった。


「え、どういう事? 陽葵ちゃんはどうなったの!?」

「まさかこの研究所には、陽葵以外のピクシーが既に囚われていた?」


 現れた幼いピクシーは、美琴ときららの周りを必死に飛び回り、陽葵が危ない、と言うことを伝えようとしているかの様だった。


「ピュイピュイ!」

「ええ!? 陽葵ちゃんが見つかって捕えられたの!?」


「きらら、この子が何を言っているの?」

「わ、わかんない、でも、ひまりちゃんがピンチだって言ってる気がする!」


 きららはフェンリルの野生の感性で、このピクシーが何と云ってるのかを感じ取っているのか、必死に状況を読み解こうとしている。


 ピクシーは更に美琴の指を掴み、ひたすらに「ピュイピュイ!」と鳴き続ける。その必死な様子から、陽葵が只事ではない状況にある事を美琴ときららは察した


 もしひまりが博士達に捕まったなら、この檻が既に出られる事も知られているかもしれない。美琴はもし自分が博士の立場なら、催眠ガスか何かで地下室を満たすであろうと予測して、このままここに居たら袋の鼠の様なものだと直感した。


「ひまりが捕まったなら、フェリシア博士が何か罠でも張っていて、それに引っかかったのかもしれないわね、きらら、今すぐここを出ましょう!」


 一刻も早く抜け出して状況を確認しないと、そう美琴は考えた。


「うん、わかった! ピクシーちゃんは逸れない様にわたしの背に乗って!」

「プイ、プイ!」 


 きららに促された幼いピクシーは、言われた通り、フェンリルの背に掴まる。

 陽葵の活躍で既に施錠を解いてあったオリハルコン製の檻は、何の苦もなく開いた。博士が再び来た時に不意打ちして捕えようと思っていたら、まさかこんな事態になるとは。


 先程まで檻の中に留まっていたのがまるで嘘の様に、迷うことなく美琴ときららは行動を開始する。きららが先行して素早く地下施設の薄暗い通路を駆け、美琴もドスドスとオークキングの巨体でそれに続く。


 そして一階へと続く階段を駆け上がり、最初に博士と交渉したエントランスホールへと再び足を踏み入れたが、そこには人っこ1人居なかった。きららはそのまま研究室の方へ駆け寄るも、部屋は既にもぬけの殻だった。


 シンとした静けさが、かえって不気味に感じられた。


「どういう事? てっきり博士のゴーレムの先兵が大量に押し寄せて、妨害でもして来るのかと思ったのに、あの怪しい西洋甲冑はゴーレムじゃなかったの?」

「みことちゃん、研究室の方も誰もいないよー」


 こうなったら博士の研究施設ごと、本能に従って思いっきり破壊して、大暴れするつもりだったのに、静まり返ったこの状況に、2人は呆気に取られる。


 しかし美琴は、直ぐに表情を引き締めた。


「まだ油断はできないわ、フェリシア博士やグレンが絶対この近くにいるはず、不意打ちなんてセコい真似はして来ないと思うけど、この状況から察するに、私達を何処かで待ち構えてる可能性は高いわ」

「どうする? 博士を炙り出すために、取り敢えず研究室でも燃やす?」


「あら、それも良いアイデアね、きららのその自由な発想、嫌いじゃないわ」

「ピュイ、ピュイ!」


 きららがそんな物騒な提案をして美琴もそれに同意すると、同行していたピクシーが案内するかの様に飛び出して、2人を玄関の扉の方に誘導する。

 同じ妖精種である陽葵の魔力を探知して、居場所を知らせてくれているようだ。


 きららはフェンリルの野生の感覚で、外の様子を探る。すると外から複数の気配を感知した。今までも狼の鋭敏な嗅覚と聴覚と併用して自然と使ってた『気配察知』の能力がここに来て開花して、その効果を如何なく発揮したようだ。


 そして外から感じる気配は何と10人以上。その結果にきららは困惑する。


「え、なんか大勢の気配を感じる、みことちゃん、これって、罠かな?」

「ふむ、どうやら今度こそ博士のゴーレム達が外で待ち構えているようね、どのみちひまりが捕まったなら退路はもうないわ、このまま決着を付けましょう!」


「うん、そうだね、わかった!」

「こうなったら派手に扉をぶち壊すわよ!」


 美琴は、今度こそフェリシア博士のゴーレム兵が待ち構えていると予測した。

 そして研究所で暴れられなかった鬱憤を晴らすかの如く、一切の躊躇なく玄関の大きな扉に向けて、思いっきりオークキングの巨腕を振り抜いた。


 ドゴォォーン!!


 轟音と共に玄関の扉は木っ端微塵に砕け散り、夕暮れ時の斜陽が差し込む。

 美琴を先頭に、きららと、幼いピクシーが飛び出し、周囲を警戒する。


 研究所の外には予想通り、フェリシア博士と冒険者グレンが待ち構えていた。


「出たわね悪の科学者、それにグレン、やっぱり貴方もグルだったのね」

「ああ、わたしくの研究所の扉が!? なんで壊したんですか!」


「もちろん、ストレス解消の為よ」

「あ、グレン、この裏切り者ー!」


「……ククッ、裏切り者か、確かにお前達からしたらそうかもしれんが、今さら驚くことでもないだろう?」


 美琴は、疑念が確信に変わったと同時に怒りを露わにする。彼女の心に裏切られたことへの憤りが燃え上がる。

 そして、きららも、グレンの裏切りに胸が締め付けられる。心の奥底では、僅かにでも信じようとしていただけに、深い失望が彼女を襲った。


「信じてたのに、酷いよ! ひまりちゃんはどうしたの!」

「ふふっ、ヒマリさんなら、ここに居ますわ」


「あ、ひまりちゃん!?」


 フェリシア博士が手にしていたのは、ひときわ目を引く鳥籠。その中には憔悴した表情で捕らえられている陽葵の姿があった。そして美琴ときららを見ながら、籠の中の陽葵が、か細い声で呟くように話し始めた。


「みこと、きらら、私、失敗しちゃった……」

「ひまり、一体何があったの!?」


 陽葵の瞳に、悔やしさと悲しみの色が滲んでいた。

 緊迫した状況の中、陽葵は息を整えて、少し前の出来事を語り始める。


     ◆


 研究所の奥にある物置部屋。 そこで布をかけられた真実の鏡を見つけた時。


「この鏡を持って帰って3人で一緒に見れば、きっと元に戻れるはず!」


 これさえあれば、きっと帰れる。この部室に居るいつもの私に戻れる。そう考えて迷うことなく、真実の鏡を空間収納へと収めようとした……その時だった。


「驚いたな、本当にアンタは人間だったんだな」

「……っ!?」


 背後から低い男の声が聞こえ、陽葵は心臓が口から飛び出しそうなほど驚き、ゆっくりと振り返った。


「よお、嬢ちゃん、随分と引っ掻き回してくれたじゃねえか」


 そこに立っていたのはグレンだった。暗がりの中で、その無感情な表情の男の顔が陽葵の目に焼き付いた。


「そ、そんな、見つかった、何で!?」 


 陽葵の小さな体は恐怖で硬直した。ドジな博士を出し抜いて、真実の鏡をやっと見つけたと言うのに、予定調和と言わんばかりに唐突に現れたグレン。まるで最初から仕組まれていたかの様な展開に、陽葵は言いようのない絶望を感じた。


「残念だが、俺は気配察知のスキルを使えるのさ」

「何よそれ、ズルい!!」


 グレンはそう言うと同時に、素早く右手を伸ばした。その手は陽葵が鏡を空間収納にしまう合間もなく、彼女の小さな身体を掴もうとした。

 陽葵は咄嗟に身を翻し、グレンの手から逃れようと必死に羽ばたいた。


 しかしグレンの手が、それよりも速くピクシーの小さな体を掴んだ。そしてその衝突と同時に、陽葵の手から『真実の鏡』が滑り落ちて、床へと落下する。


 パリィーン!! と、やけに響く澄んだ音が部屋に反響する。


「えっ、嘘!!?」


 こうして床に落ちた「真実の鏡」は、まるで陽葵の心を映し出すかのように、大きく、不吉な音を立てて砕け散った。銀色の破片がキラキラと光を反射し、薄暗い倉庫の床に散らばる。


 陽葵の口から、か細い声が漏れた。視界の端で砕け散った破片の一つが陽葵の顔を映し出す。そこに映っていたのは、部室に居た『神楽坂 陽葵』の姿ではなく、ただ恐怖に怯える、小さなピクシーの姿だった。


「そんな、真実の鏡が、壊れちゃった……」


 希望の光が目の前で打ち砕かれた。元の姿と記憶を取り戻す唯一の手段だったはずの『真実の鏡』が粉々に砕け散ったのだ。そしてそれは同時に、元の世界に帰還する為の正規ルートが決定的に断ち切られた瞬間でもあった。


 陽葵の心は、まるで絶望の淵に突き落とされた様な気分に陥った。


「……残念だったな、こちらが一枚上手だった、ただそれだけさ」


 グレンは砕け散った鏡の破片を一瞥すると、もう片方の手も伸ばしてきた。これには陽葵も、もう逃れる術はなかった。


「あっ、ちょっと離しなさいよ、スケベ、どこ触ってるのよ!」

「おい、暴れるな、大人しくしろ!」


 陽葵は必死に抵抗するものの、グレンの大きな掌に捕らえられ、そのまま空になっていた鳥籠に入れられた。

 そして、その背後から物音に気が付いたフェリシア博士までもが現れる。


「ちょっと、何ですのグレン、今の音は? って、わたくしの真実の鏡が!?」

「……不可抗力だ、俺は悪くない」


 フェリシア博士の叫びが虚しく響き渡る。彼女にとっても『真実の鏡』は研究の際の貴重な実験の道具でもあったのだろう。


「と言うか何でここにヒマリさんが居るんですの!? それにその鳥籠には研究用に捕えていた別のピクシーが入っていた筈ですのに!?」

「そんなのは知らんぞ、ただ近くに置いてあったから使っただけだ」


 陽葵の視線の先には、この様子を見て怯えていた幼いピクシーが居た。陽葵はそれを確認すると、強い眼差しでピクシーに「逃げて!」と促した。


 そしてその様子をダクトの陰から見ていた幼いピクシーは、陽葵の視線の意図を理解したのか、事前に教えられていたルートを通り、美琴ときららの元に向かう。


 それを見て、陽葵は少しだけ安堵した。これであのピクシーは助かる。それにもしかしたら、事態を察して2人が駆けつけてくれるかもしれない。


「え、まさかヒマリさん、あのオリハルコン製の牢を抜け出して、ここまで来たんですの!? 他の2人は!?」

「既に2人とも檻から脱出してると思った方が良いかもな、このままだと報復で、この研究所が破壊されかねんぞ、奴等はそれだけの力を備えている」


「なんて事ですの、それは勘弁してほしいですわ、こうなったら被害を抑える為にも研究所の外で待ち構えますわ、グレン貴方の手駒も配置しなさい」

「……それは構わないが、逃げられるんじゃないか?」


「大丈夫ですわ、この研究所には、強固な結界が張り巡らされていますから、魔物が入ったら最後、二度と出られませんわ」

「変なところで用意周到だな、普段はドジなのに」


「何度も言いますが、わたくしドジっ子じゃありませんわ!」


     ◆


 陽葵の口から事の詳細が、まるで回想シーンの様に語られた。


 鳥籠の中に閉じ込められた陽葵の瞳からは、大粒の涙が溢れ落ちている。彼女たちにとって、真実の鏡の損失は元の世界への希望が絶たれたことを意味していた。


「ごめん2人とも、私の不注意で、真実の鏡が割れちゃったよぉ」

「……そういう事だ、残念だったな」


「ひまりちゃん、大丈夫だから、泣かないで」

「くっ、どこまでも下衆な連中ね、ひまり、割れてしまったものは仕方ないし、落ち込む必要はないわ、こうなったら最後まで精一杯歯向かうだけよ」


 2人は陽葵を慰める様に言葉を掛ける。美琴は、陽葵の悲痛な心境がまるで自分の事のように感じられ、深い悲しみと、グレンに対する怒りが込み上げてくる。

 きららも、陽葵の涙を見るたびに胸が締め付けられ、何とかしてこの状況を打開したいと本能が叫ぶのを感じていた。


「う、うん、でも私こんな状態じゃ戦えないどころか、足手纏いになってるし」

「ふふ、その通りですわ、まさに籠の中の鳥、それにわたくしの作ったオリハルコン製の鳥籠からは決して抜け出すことは出来ませんわ」


「あ、この鳥籠も合成オリハルコン製なんだ……」

「クックック、さあ、人質に危害を加えて欲しくなければ、大人しくするんだな」


 グレンは2人の励ましの言葉を嘲笑うかの様に冷たく言い放つ。その顔は、勝利を確信したかのような醜悪で不穏な笑みが浮かんでいた。


 美琴は豹変したグレンの本性を目の当たりにして一瞬臆するも、すぐさま表情を引き締めて、まるで射殺す様な眼差しで、グレンとフェリシア博士を睨みつけた。


「ひまりのせいじゃないわ、全ては貴方たちが仕組んだことでしょう!」

「そうだよ、すべては交渉を破談にする様な真似をした博士のせいだよ!」


 美琴は、まるでオークキングが怒りの咆哮をあげるかのように、低く唸った。

 裏切りへの怒り、そして捕らわれた仲間への責任感が、彼女の全身を震わせる。

 きららもまた、フェンリルの鋭い牙を剥き出しにし、唸り声を上げた。


 フェリシア博士は、フフフと優雅な笑みを浮かべた。


「あらあら、あまり興奮なさらないで、お二人共、陽葵さんがこのまま無事でいられるかどうかは、わたくしの裁量次第なのをお忘れなく、それに心配なさらずとも貴女たちの態度によっては、傷ひとつなく解放して差し上げますわよ?」


 博士は、至極当然の様に陽葵を人質に交渉を持ちかけようとした。いまだに三人の事を研究対象として諦めていない辺りは、流石は研究者と言ったところか。


「馬鹿を言わないで、そんな魂胆みえ見えよ、ひまりを人質に、私達をおもちゃの様に研究や実験をしようなんて、甘い考えね」

「そーだ、そーだ、ひまりちゃんを解放しろー!」


 だが美琴が、その言葉に耳を貸すはずもなかった。博士とグレンがこれまでに自分たちにしてきた仕打ちを考えれば、今更どんな交渉も無意味だと判断したからだ。

 きららも即座に拒否の意思を表明する。しかし博士は尚も美琴たちの動揺を誘おうと、挑発的な言葉を投げかけた。


「ふっ、ならば陽葵さんが、どうなっても良いのかしら?」


 博士の言葉と共に、傍に居たグレンが鋭利なダガーを取り出して、鳥籠へと伸ばす素振りを見せる。


「……まだ自分たちの立場がわかってない様だな」

「なっ、ちょっと、危ないじゃない!」


 陽葵は恐怖に顔を歪ませたが、美琴は動じることなくその瞳に強い光を宿した。それと同時に、彼女の頭脳は高速で回転していた。これまでの行動から陽葵が囚われている、この現状を打破する妙案を論理的に思考する。


 その威風堂々とした態度に、グレンが不愉快そうに口を開いた。


「流石に肝が据わっているな、それなら歯向かっても無駄だという事を、知らしめておこうじゃないか、お前らはまさか俺がただ博士に雇われた冒険者だと思っている訳じゃないだろうな?」

「……ふむ、それは一体どう言う意味かしら?」


「ふっ、こう言うことさ」


 グレンはそう言うと、手を挙げで悠然と合図を送る。すると研究所の周囲の茂みの奥から、2人を囲う様にぞろぞろと黒い影が現れる。

 きららがフェンリルの鋭い感覚で、その場の異様な気配を敏感に察知する。


「みことちゃん、エントランスホールで感じた大勢の気配はコイツらみたい」

「どうやら博士のゴーレムの兵団は本当に存在しなかった様ね、拍子抜けだわ」


「はっ、言ってろ、昨日はよくもやってくれたな」

「俺たちだって、本気を出せば、獣相手くらい屁でもないぜ」


「あの時はよくも、ロープでグルグル巻きにしてくれたな」

「くそっ、このまま良いとこなしじゃ頭領にまたどやされるぜ」


 それは美琴たちが以前に、荷馬車襲撃の際に蹴散らした盗賊たちだった。


「えっ、あ、この人たち、昨日の荷馬車を襲っていた連中だよ!? しかもあの時、被害に遭ってた御者の2人まで一緒にいる!?」

「あっ、本当だ、なんか見た事ある顔ぶれだと思った」


 その数10数人。まるで罠に掛かった獲物を前にした狩人のように、ギラギラとした視線を美琴たちに向けている。

 そして隊列の中には、きららが言った通り、あの時の御者の姿まであった。


 きららと陽葵が困惑と驚きの声を上げる。


「……そういう事、あの襲撃自体が、すべて貴方達が仕組んだ事だったのね!」


 美琴は、盗賊たちの出現によって全ての点と線が繋がるのを感じた。怒りよりも騙されてそれを見抜けなかった事に対する屈辱が、ずしりと心にのしかかる。


 そしてそれはこのグレンという男は、いざとなれば脅しではなく、本気で人質である陽葵に危害を加える、残虐性を兼ね備えている事に他ならない。

 

 グレンは不敵な笑みを浮かべ、さらに追い打ちをかける。


「クククッ、そういうことだ、お前たちの本来の実力を知りたかったのと、博士がどうしても『非検体』を間近でみたいと駄々を捏ねたのでな、一芝居打ったのさ」

「ふむ、なるほど、つまりはフェリシア博士も、最初からグルだったって事ね」


「まあ手下どもが腑抜け過ぎて、手加減すらされるお粗末な結果だったがな」

「リーダー、そりゃないぜ、俺たちだって頑張ったんだよ」


「そうそう、わざわざ荷馬車を横転させる仕込みまでしたんだぜ」

「御者のフリまでしたのに、邪険に扱われて納得がいかないっス」


「てか、あんな化け物が相手だなんて聞いてねぇよ」

「そうだよリーダー、あんなの俺たちの仕事じゃねえぜ」


「うるせぇ、この役立たず共が!!」

「ちょっとグレン、駄々を捏ねたってなんですの、珍しい魔物が見つかったと貴方が『商談』を持ちかけて来たから、その『商品』の内容を確認したいと要望しただけですわ、これはクライアントとして、当然の権利ですのよ」


 グレン達の言葉は、まるで悪辣な舞台役者が自らの策略を明かすように、わざとらしく語った。美琴ときらら、そして陽葵も、その言葉にはただ呆れるばかりだ。


「いや、非検体や商品って、もう既に誤魔化す事もしてないじゃん、最悪ー!」

「本当だよ、いくらなんでも私達が魔物の姿だからって尊厳を無視し過ぎてるよね、ちゃんと理性があるって分かってる筈なのに、この人でなし!」


 盗賊たちに周囲を囲まれて背後には研究所。目の前には陽葵を人質に取る気狂いな博士と盗賊の頭領グレン。更には周囲には脱出を妨げる結界まで張り巡らされているとの事、まさに四面楚歌、絶体絶命の状況だ。


「どうする、みことちゃん、研究所に戻って籠城戦でもする!?」

「いえ、ここまで追い詰められたらそんな猶予はもうないわ、それに陽葵を人質に取られてる以上、このまま後退して立てこもるのも愚策だと思うわ」


「うう、私が重荷になってる、ごめん、2人とも」

「ふふっ、そういう事ですわ、もう諦めなさい」


 美琴の心には、これまで経験したことのない焦燥感、それと同時に不思議な高揚感が渦巻いていた。だからこそ彼女の思考は研ぎ澄まされていく。

 そしてその思いはこの場にいた、きららと陽葵にも以心伝心する様に伝播する。


 この状況でも諦めたりしていない3人の瞳には、強い意思が宿った。


「そうだわ、ひまり、空間魔法よ!」

「! その手があったね、ナイスアイデア」


 美琴は平静とした落ち着いた声で助言した。この言葉に、鳥籠の中に囚われていた陽葵が即座にその意味を理解する。そして、きららもそれと同時に動く。


 陽葵は美琴の言葉の真意を瞬時に読み取り、次の瞬間、その手を翳して鳥籠に当てる、すると空間に吸い込まれるように、鳥籠が内部から消失する。


「ええ!? 内側から鳥籠を空間収納した、そんなのありですの!?」

「ひまりちゃーん! 待ってて、今助けるよー!!」


 鳥籠から解放された陽葵が、博士とグレンの目の前に、ふわりと舞う。

 そこにすかさず、きららが救出を試みて、フェルシア博士に迫撃を仕掛ける。


「ヒィッ、きららさん、待って、突進して来ないでください!!」

「……チッ」 


 フェリシア博士は予想外の展開に驚愕の声を上げた。グレンの方も一瞬硬直するも飛び込んできたフェンリルから博士を庇う為に自身の元に引き寄せる。

 そしてピクシーの陽葵はその隙を見逃さず、向かって来たきららの背に捕まる。


「やったぁ! ありがとう、きらら!」

「おい、お前ら、コイツらを逃すな、捕まえろ!」


「へ、へい、親分!」 

「きらら、みこと、残ってたスクロールを使うよ!」


「うん、了解!」

「! わかったわ」


 追撃しようとするグレンや盗賊たちに対して、陽葵はすかさず空間収納から取り出した最後のスクロールに魔力を込める。

 美琴ときららは、陽葵が何をするのか即座に理解していたので瞼を閉じた。


「これでも喰らえ! ライトフラッシュ!」


 ピッカァァァ!!


 その場に強烈な閃光が迸り、盗賊たちの目を眩ませて、その動きを止めた。


「ぐわぁぁあ!」

「目が、目がああぁぁ!」


「今がチャンス!」

「くっ、小癪な!」


 盗賊たちは、突然の閃光に悲鳴を上げ、目を覆いその場にうずくまる。

 ゴブリンの巣窟から手に入れたものだが、最後に残っていた閃光の光魔法が込められたスクロールをこのピンチに活用した感じだ。


 グレンとフェリシア博士も陽葵のセリフの意味を理解してたので、咄嗟に直視するのは防いだものの、追撃の手は止めざるおえなかった。


 そしてこの隙に、きららは陽葵を乗せて、美琴の元へと合流した。

 

「おかえり、ひまりちゃん」

「うん、ただいま」


「プイプイ!」

「妖精ちゃんも、心配してくれたんだね、ありがとう」


「そうね、この子のお陰で事態にいち早く気が付けたんだわ」


 オークキングの背後に隠れていた幼いピクシーも、暇葵が救出された事に、胸を撫で下ろしたのか安堵した様子だ。


 互いの視線が合い三人がついに揃った。そしてしっかりと敵を見据える。

 それぞれ特性を持つ魔物としての力が、再び1つになろうとしていた。


「な、なんて事ですの、まさかあの鳥籠から逃げられるなんて」

「こうなったら、どっちが上か、わからせるしかないようだな」


「ちょっと、それはこっちのセリフだよ!」

「そーだよ、卑劣な手段ばかり使って、狡いんだから!」

「ふっ、さあ、ここからが本番よ、覚悟しなさい!」


 真実の鏡は割れてしまったが、3人の心はまだ砕けてはいない。ここまで紡いできたこの『物語』を最後までやり遂げる。そんな強い意志を瞳に宿していた。


 そして終幕へと向かう最後の戦いの火蓋が切って落とされた。


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