第6話 教授の甘言と奈落への転落【後編】
地下の強固な牢獄に閉じ込められて、空腹によって目覚めた豚と狼と妖精。
博士の語る野望を聞いて反抗したのち、檻の中で豪勢な食事をしつつ、どう脱出するかを悩んでいたところ、陽葵が何か妙案を思い付いたようで提案してきた。
「ふー、取り敢えず落ち着いたね」
「ハァ、本当に食事抜きだったら一日で根を上げていたわ」
「でもどうしよう、これから……」
「あ、それなんだけどさ、私、ちょっと思い付いたんだけどさ」
ひとまず食料の不安が解消されたところで、陽葵が提案してきた。
「ん、なに、何か良いアイデアでもあるの?」
「えっと、もしかしてこれって私なら檻の隙間から抜けられるんじゃないかな? だって私の今の姿はピクシーだから、鉄格子の隙間から抜けられるんじゃない?」
陽葵の言葉に、美琴ときららは顔を見合わせた。
「そうだよ、何度もフェンリルのわたしの背とか、オークキングの肩に留まってたし、それにさっき、みことちゃんが抵抗したおかげで、鉄格子の隙間がほんの少し広がった箇所もあるから、そこからなら抜けられるかも!?」
「確かに、私じゃ腕の一本も通らないけど、今のひまりなら通れそうね」
「うん、やっぱり、そう思うよね? わたし試してみるね!」
陽葵は、えいやっ、とばかりに体を横にして、その隙間を通り抜けようとした。
すると……スルリ、と陽葵はあっけなく檻の外に抜け出る事ができた。
とくに何の苦労も抵抗もなく、そのスリムな身体を横にしただけで。
美琴ときららは、その光景に目を丸くする。
オークキングの力を込めてもびくともしなかった鉄壁を誇るオリハルコン製の牢獄が、ピクシーの小さな体の前には全くの無力だった様だ。
「え、ちょっと待って、ひまりちゃん、それ、どの隙間からでも通れるの? 牢屋の意味がないじゃん!」
「確かに、みことが檻を力任せに広げなくても、普通に抜けれたね」
きららが唖然とした顔で呟き、美琴の額には困惑の色が浮かぶ。せっかく渾身の力で鉄格子の隙間を広げたというのに、ちょっと間が抜けな感じになってしまって、拍子抜けした。
「あの博士は、私たちを此処に連れてきた時に、このオリハルコン製の檻が、ピクシーなら抜けられるとか考えなかったのかしら? だとしたら、おっちょこちょいにも程があるわね」
改めて博士のドジっ子ぶりが露見した。頭が良いのに天然ドジっ子で、自身の夢を追い続ける女性、見た目も何気に可愛いいので、きっと王都で人気なのだろう。
「なんか、あれだけ横暴で憎たらしかった博士が、お茶目な感じに見えてきたね」
「見た感じ、二十代半ばくらいだったし、属性的にはヒロインの素質があるよね」
「ハァ、あんな博士に、いっぱい食わされたと思うと、なんか腹が立ってきたわ」
「あはは……なんか正面の壁にぶら下がってる檻の鍵も、逆に罠なんじゃ? って深読みしちゃう感じだよね、あれも意図せずにやってるならお間抜けすぎるし」
「うん、まあ取り敢えず、取ってくるね」
「ええ、お願いするわ、罠とかはないと思うけど、慎重にね」
……ガチャリ。
陽葵は鍵を取り、鍵穴に差し込むとあっけないほど簡単に、檻の錠は開いた。
「……本当にこれ、罠とかじゃなくて、この檻の鍵なのね」
「貴重なオリハルコンさんは、こんな扱いされて、泣いても良いと思う」
美琴ときららが、あまりの拍子抜けな展開に、ぽかんと口を開けた。慢心なのか油断なのか、博士のドジっ子ぶりは、彼女達の想像をはるかに超えていたようだ。
「ブヒィ、やっぱり身体を思いっきり伸ばせるのって良いわねー」
「みことちゃん、立ち上がると檻の天井に頭がぶつかりそうだったからね」
解放された美琴ときららは、自由になった体を確かめるかのように伸びをした。
「取り敢えずこれで脱出は可能だけど、どうする、すぐに逃げる?」
美琴は少し興奮気味に2人に尋ねた。外に出たら、まずは憎きフェリシア博士の研究所を、徹底的にぶっ壊してやりたい気持ちでいっぱいだ。
「うーん、でも今逃げても、すぐに見つかる可能性が高いと思うよ」
「うん、見つかる前提で博士と戦うのも選択肢の1つだけど、その場合、まだ手に入れてない『真実の鏡』を、自棄になった博士に割られる可能性もありそうだし」
陽葵ときららの冷静な意見に、美琴は「ぐっ」と喉を詰まらせた。
確かに、衝動的に行動したところで、また捕まっては意味がない。
「ふむ、確かに、相手をコテンパンにするだけなら不可能ではなさそうだけど、私たちの目的は、あくまでも鏡を手に入れて元の姿と記憶を取り戻して、元の世界に戻れるか試行する事だったわね、私とした事が、目的を見失っていたわ」
「何気にみことちゃんが一番、この世界に染まってる感じだからね、オークキングの血と本能が色濃く反映してるみたいだし」
きららの指摘に、美琴は苦笑いを浮かべた。確かに、些細なことで怒鳴ったり、腹を空かせたりと、オークキングとしての振る舞いが板についてきていた。
「そうね、お腹が直ぐに空くから困ったものだわ」
「それに、グレンがまだ味方なのか敵なのかも、明確には分かってないし、まあ敵だとは思うけど」
「ふむ、私の予想でも、間違いなくフェルリア博士と共謀はしてるわね」
「うーん、グレンも敵となると、戦闘になった場合、かなり苦戦しそうだね」
美琴は荒い息を一つ吐き出すと、冷静さを取り戻した。オークキングの本能的な衝動を抑え込み、頭脳がフル回転し始める。
「そうね、まあ思いっきり暴れてやりたい気持ちはあるけど、もし博士が次にここに来たら既に施錠は解いてあるから、不意打ちして拘束する事も可能ね」
「あ、確かに、それは良いアイデアかも、鍵が掛かってるかどうかなんて、傍目には分からないし、元の場所に鍵を吊るせば、案外バレないかも?」
「と言うか、この地下施設って監視とか、盗聴ってされてないのかな?」
「うーん、ここまでドジっ子な事ばかりしてるから、監視してないに一票」
「ふむ、檻の中でがっつり食事をしていても、何も反応がなかったし問題はなさそうだけど、もしこれで私たちの油断を誘って泳がせているなら、大したものだわ」
「まあ、ご都合主義で考えたら、このタイミングで戻ってきたら興醒めだけどね」
「メタ読みも、あまり当てにはならない場合もあるけどねー、既に色々と予想外の展開にはなってるし、これはこれで面白いけど」
「それと、ちょっと提案なんだけど、私が先行して『真実の鏡』を探索してくるってのはどうかな?」
そのような会話をしてると、陽葵が真剣な面持ちで、2人にそんな提案をした。
「え? ひまりちゃんが単独行動するってこと!?」
「うん、私ならピクシーの特性を活かして、見つからずに研究室の内部を色々と探せると思うし、それにあの天井を見て、ここは地下だから換気用の配管ダクトがあるんだよ、その中を辿っていけば、もしかしたらそのまま一階の博士の研究室にも繋がってるかもしれないし!」
「なるほど、スニーキングミッションってやつだね!」
「そうそう、匍匐前進はしないと思うけど、時間も限られている状況だし、割とありかなって……どうかな?」
陽葵の発案した作戦に、美琴ときららは顔を見合わせた。確かに、真実の鏡を博士に見つからずに入手する為には、身体が小さくて、器用に飛び回る事ができるピクシーの陽葵が適任かもしれない。
「ふむ、確かにあまり悠長にしてる時間はなさそうね、私は賛成よ、でも懸念点を挙げるなら博士の動向が気になるところね、研究室に行ったんじゃないかしら?」
「あー、確かにその可能性はあるかも、真実の鏡が置いてありそうな場所って、その研究室の奥のドアの、大事なものをしまってるって言ってた物置だよね?」
「うん、あのタイミングで嘘を吐いてたらどうにもならないけど、あの博士はドジっ子だから、そこまで意地悪な事はしないと思うし」
「ふむ、そうね、それに換気ダクトが部屋ごとに繋がっているなら、上手くルートを辿れば、そのまま研究室の奥の部屋に出れるかもしれないわね」
「そうだよね、ひまりちゃんなら、きっとあっという間に辿り着けるよ!」
「確かにその可能性は高いかも、頑張ってルート開拓してみるね、それにもしかしたら、回収されたみことの武器とかも見つかるかもしれないし!」
二人はポジティブ思考で陽葵の提案を受け入れた。しかし本音を言えば、やっぱり危険なんじゃ、と言う不安もあるのか、その表情は少しだけ暗い影を落とす。
「ええ、でも決して無理はしないで、見つかりそうなら直ぐに戻って来るのよ」
「大丈夫、任せて! あんな天然ドジっ子な博士に捕まったりしないから!」
陽葵は、これまでのフェリシア博士の間抜けっぷりに評価がダダ下がりしているのか、妙に自信満々だ。心配無用と言わんばかりに、その表情は明るい。
残された時間があまりない事は、美琴ときららも理解していた。
この状況で唯一希望の光でもある『真実の鏡』を手に入れるチャンスがあるのなら、それに賭けるしかない。
「分かったわ、ひまり、頼んだわよ!」
「頑張って、ひまりちゃん!」
陽葵は、美琴ときららの期待を一身に背負い、天井の換気ダクトへと飛んだ。
ピクシーの小さな体躯は、錆びた金属の四角い管の中にするりと滑り込む。
四角いダクトの中は、暗く、埃っぽく、そして冷たい。陽葵は、自分の体から発せられる微かな魔力の光で、前方を照らしながら進んだ。
「よし、思ったよりも幅は広いし普通に通れるみたい、取り敢えず上に進もう!」
陽葵は小さな羽を懸命に羽ばたかせ、垂直に伸びるダクトを上昇していく。
その間にも、複数の枝分かれしたダクトが左右に伸びていた。どこからともなく聞こえる機械音の反響、微かな振動がピクシーの姿になった陽葵の全身に伝わる。
地下室とは異なる上の階の空気の気配が、潜入の緊張感を高める。じめじめとした空気のせいか、一階のダクトの中は結露していて少し濡れていた。
「地下に比べて一階の方が暖かいから温度差でダクト内が湿ってるのかな? ここが暖炉のあった応接室の辺りだとしたら、研究室はこっちかも」
時折、通気孔の継ぎ目の隙間から光が差し込む、そこから外部の様子を覗き、現在の場所をなんとなく把握しつつ陽葵は懸命に移動した。
暫くすると不意に、話し声が聞こえてきた。陽葵はピタリと動きを止め、ダクトの端に身を寄せ、そっと耳を押し当てて聞き耳を立てた。
「……ですわね」
「……ああ、首尾は上々だ」
かすかに聞こえる声と、この特徴的な喋り方はフェリシア博士のものだ。
そして応対する、もう一人の低い男の声も、聞き覚えもあるものだった。
「この声は、フェリシア博士と……グレン!?」
陽葵の嫌な予想は的中した。もう一つの声の主は、間違いなくグレンだった。
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「……全く、ミコトさんは本当に手が掛かりますわね、まさかあの合成オリハルコン製の檻を、無理矢理こじ開けようとするとは思いませんでしたわ」
「博士、あの3人をあまり侮らない方がいい、奴等はこれまでの魔物とは明らかに違う、常に俺達の想定を上回っている、油断してると足元を救われるぞ」
「ふふっ、問題ありませんわ、それに、いざとなれば契約魔術の盟約書や、隷属の首輪もありますから、なんとでもなりますわ」
「契約魔術の盟約書か、あれは王都では既に一般では手に入らないものだが、確かに効果はあるな、内容次第では一方的な主従契約や奴隷契約も可能だし」
「ええ、その辺は、貴方もその身を持って理解してるでしょう?」
「……だがあれは双方の同意があって成立するものだろう? こんな状況で理不尽な内容の契約書にサインするとは思えんが」
「だってあのまま、契約していたら本当に三日のみ有効なものになっていましたし、それに目敏いミコトさんが居るので、こちらに有利な内容とか見逃さずに指摘してきそうでしたから、そもそも喋る魔物と聞いて、あそこまで理性的な、しかもオークキングだとは思いもしませんでしたわ、なんなんですのあの豚は!?」
「ああ、それは俺もここまでの道中で感じたな、3人の中では常に牽制する様に睨みを効かせて、俺の事も最初から疑ってる感じだったしな」
「それでもグレン、貴方の名演技のおかげで、3人とも見事に安眠ポーション入りの紅茶とクッキーに手を出してくれましたけどね」
「ああ、事前に打ち合わせした通りにはなったな、あの警戒心の強いオークも食欲には抗えなかったようだ、所詮は魔物だと言ったところか」
「寧ろ賢狼と呼ばれるフェンリルのキララさんや、妖精の女王と称されるティターニアのヒマリさんの方が、よっぽど懐柔しやすい雰囲気ですわ、醜悪なオーク面したミコトさんとは違って、どっちもとても可愛いらしいですし、特にキララさんのあの白銀色の綺麗な毛並み、モフモフ愛でたいですわね」
「眠らせた時に、散々モフってたじゃないか、まだ撫で足りないのか」
「わかってないですわね、寝てる時に撫でるのと、普段からの交流で好感度を上げて寧ろ向こうから擦り寄ってきて、モフってあげて双方が悦ぶ、そのやり取りがあってこそのモフモフ魂、ケモナーやモフリストの真髄ですわ」
「好感度どころか、博士は既にあの3人には嫌われてるんじゃないか?」
「ふっ、何も問題ないですわ、それも隷属の首輪があればモフモフは可能ですわ」
「隷属の首輪なんて、使用どころか所有してるだけで国から危険視されそうだが、だがあれは人間サイズだから、どのみちあの3人だと首周りの大きさが合わないから使えないんじゃないか?」
「あ、確かに!? 私とした事がうっかりしてましたわ!」
「フェリシア博士は天才なのに、どこか抜けてるぁ」
「なんですの、わたくしは別にドジっ子じゃないですわよ!」
「それにしても、あのオークキングの巨体を地下まで運ぶのは骨が折れたな」
「ふふっ、そうは言っても貴方は特に何もしてないじゃないですか」
「ああ、俺にもあんたのゴーレムの様に、動かせる手駒がいるからな、それより奴等が交渉の際に提示した金銀財宝の山、あの妖精の収納魔法を解析して中身を取り出せたら、俺があの財宝の所有権を得る、本当にそれでいいんだな?」
「相変わらずお金にガメついですわね」
「おい、はぐらかすな、それでどうなんだ」
「ええ、構いませんわ、ヒマリさんの空間魔法の原理を解き明かす事は、金銭よりもずっと価値のあるものですから、その代わり、しっかり仕事はして下さいね」
「ああ、分かっている」
「ふふっ、結構、それにまさかの竜骨まで手に入りましたし、これは実験と研究のしがいがありますわね、 それにしても間近で体験しましたがオークキングの威圧は想像以上のものでしたわ、あの苛つく雄叫びのメカニズムが解明出来れば、挑発効果を付与した盾なんかも作れそうですし、ヒマリさんの空間魔法も然り、それぞれの能力を解析することで、新たな可能性が……」
「ああ、いつもの博士の研究者モードが発動したか……やれやれだな」
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フェリシア博士の声は好奇心で溢れ、嬉しそうな響きがあった。
それに対して、グレンの声はいつも通りの落ち着いたトーンだ。
そんな会話を聞き耳して、ヒマリは困惑と同時に沸々と怒りが込み上げてきた。
「やっぱり……グレンはフェリシア博士と共謀してたんだ」
陽葵の胸に裏切られたような、やりきれない思いが込み上げた。
「全部芝居だったんだ、グレンも紅茶を先に飲んで油断を誘って、博士の方も私たちの事を本当に研究材料としか見てないんだわ! ムカつく、絶対にあの二人の思い通りになんてさせない!」
陽葵は、2人に対して嫌悪を抱く。しかしこの話し声が聞こえるという事は、博士の研究室に到達したのだろうか、陽葵はさらにダクトの奥へと進む事にした。
暫く進むと目的地らしき場所の換気ダクトの通気口にたどり着いた。
通気口の隙間から光が差し込み、さっき声が聞こえた場所が研究室だとしたら、ここから降りればきっと、博士の研究室の奥にある倉庫の物置部屋のはずだ。
金属製の通気口の格子を音を立てない様に手で押し開けて、陽葵はそっと足を踏み出した。埃の入り混じった独特の古書の匂いが鼻をつく。
「お、やった、本当に換気ダクトがここまで繋がってるとは、ラッキー」
そこは、陽葵が想像していた以上に雑然とした空間だった。部屋の端には無数の木箱が人の背丈ほどに積み上げられ、棚には用途不明の珍妙な形の魔道具や標本などが所狭しと並べられている。薄暗い部屋の奥には、布がかけられた怪しげなものも多数目に入る。
まるで、ここだけ時間だけが止まったかのような、ひっそりとした雰囲気だ。
「うわ、これは「倉庫」というよりは、本当に「物置」だね、不要になった道具とかも乱雑に積んである感じだし、それに思ったよりも広い」
ピクシーの陽葵は、軽やかに宙を飛びながら部屋の中を確認すると、ひときわ目を引くものがあった。先ほどフェリシア博士とグレンが喋っていた研究室に続くドアの付近にある隅のテーブルに、ドスンと置かれた異様に大きな物体。
「あ、あれは!」
それは美琴がゴブリンキングから鹵獲して、愛用していたあの巨大な骨の棍棒だった。粗野な見た目とは裏腹に、そこからは確かな威圧感が漂っている。
陽葵は、博士が言っていたドラゴンの大腿骨という言葉を思い出して、改めてその棍棒の価値を実感する。
「うーん、でもこのまま持って行ったら博士にすぐバレる可能性があるけど、とは言え戦闘を想定した場合、この武器はあった方が良いよね、やっぱり回収しよう」
陽葵は両手を翳して「竜骨の棍棒」を空間収納に仕舞い込んだ。ずしりとした重さを感じさせる事なく、棍棒は陽葵の作った亜空間へと収納された。
「さーて、お目当ての真実の鏡も、この部屋のどこかにあるかな?」
なるべく音を立てずに部屋を物色していると「ピュイピュイ」と何やら鳴き声の様なものが聞こえてきて、声のした方に注目すると、そこには白い布の掛けられた鳥籠が置いてあり、陽葵は目が釘付けになった。
「え、何、なんの鳴き声? 鳥でも飼っているの?」
恐る恐る、その白い布を捲ってみるとその中には、陽葵と同じ種族、つまりはピクシーが閉じ込められていた。
「えっ!?」
鳥籠の中で、ピクシーは潤んだ瞳で陽葵を見ている。その表情には、明らかな怯えと絶望、そして同胞と会えた事による安堵が含まれており、その目は、助けて欲しい、ここから出して欲しいと如実に訴えかけてきている。
ピュイピュイと、か細いその声を聞いて、陽葵は怒りに震える。
「なんて酷い事を、きっと博士が空間収納バックをとかの魔道具を作る際に、研究対象として捕まってたんだ……」
陽葵は胸が締め付けられるような気持ちになり、再び怒りがこみ上げてくる。同じ種族のピクシーがこんな酷い目に遭っている、博士の自分勝手な「夢」の為ならどんな事をしても許されるとでも言うのか。そんな訳あるか!
同族が理不尽に囚われている姿は、陽葵の心に激しい怒りの炎を宿した。博士に対する、これまでの愛嬌のある「天然ドジっ子ヒロイン属性」という認識は、一瞬にして消え失せた。奴等は私たちの明確な敵だ!
「大丈夫、すぐに出してあげるからね!」
陽葵は迷うことなく、鳥籠の間抜きをずらしてその小さな全身を使って頑丈なケージの扉をこじ開けた。ギィ、と軋んだ音が部屋に響く。
その隙間から抜け出した、幼いピクシーは、解放された途端、陽葵の周りをフヨフヨと飛び回り、まるで「ありがとう!」と言っている様子だ。
「プイ、プイ!」
「……って、え、なに言ってるか分かんない!?」
陽葵は困惑した。同種族なのに、なぜか言葉が聞き取れない。
だが、その仕草から感謝していることは伝わってくる。
「あ、そうか、このピクシーは人語は喋れないのね、でもこっちの言ってる事は分かるみたいだし、取り敢えずここは危険だから、私について来てね!」
「ププイ!」
陽葵は、フヨフヨと飛び回るピクシーにそう告げて、幼いピクシーも、陽葵の意図を察したのか、頷いて陽葵に後をカルガモの子どもの様に付いてくる。
「見つかったらまた捕まっちゃうから、静かにしていてね、あ、そうだ、どの道帰りはまた換気ダクトを通らないといけないし、今のうちに来た時のルートとかもこの子に伝えておこう、もし私に何かあっても、この子だけでも逃したいし、みこと達と合流する事が出来れば、この子が助かる確率も上がるはず」
陽葵は、今後の展開をメタ読みするかの如く、念の為にダクトの配管ルートと、地下施設に頼れる仲間がいる事を伝えた。幼いピクシーも、ふむふむと頷き、陽葵の言った言葉を理解したようで、換気ダクトの方へと向かった。
どうやら一刻も早くこんな怖い場所からは逃げたいと、いう意思表示の様だ。
「お、伝わったみたいだね、って先にダクトの方に行っちゃったか、まあ良いか、私はもう少し探し物があるから、ダクトの中で隠れながらちょっと待っててね」
「プイ、プイ!」
そして再び部屋を探索する。色々な魔道具の試作品や、研究資料などが、所々にガラクタの様に積まれてたりする中、奥の壁の棚に黒い布がかかった怪しいものが立てかけられているのを見つけた。
「あ、なんかそれっぽいもの発見したかも、他の無造作に放置されてるものよりも丁重な感じだし、神棚みたいに飾る様に置いてある気がする」
陽葵は、慎重にその黒い布を取り払う。すると鈍色に輝く鏡面が姿を現した。
ひんやりとした鏡の冷たさが指先に伝わってくる。
「……まさか、これが『真実の鏡』?」
陽葵は、おそるおそるその鏡を覗き込んだ。すると鏡面が鈍く光り、見たものの真実の姿を映しだす。それは小さな妖精の姿ではなく、本来の陽葵の素顔。
「え……?」
その鏡面に反射して映ったのは、赤みがかったブラウンの髪を、ポニーテールに束ねた紛れもない自身の素顔だった。そのハニーブラウンの瞳は、エネルギッシュな輝きを宿し、活動的な印象を与える。
そんな『神楽坂 陽葵』の、少し困惑した表情が浮かんでいる。
「ああ、そうだ……これが私の本当の姿、全部、思い出した!」
鏡の中の陽葵は、衣替えしたばかりの制服のブレザーを着て、部室の中央に佇んでいた。そしてその背景には、どこか懐かしい感じもする旧演劇部の部室。
カーテンの掛かった部室の隙間から差し込む夕陽が、部屋の一部を黄金色に染め上げて、まるで陽炎のように揺らめいて見えた。
その部室の傍には、同じ体験をしている副部長である、月夜見 美琴が眼鏡をクイッと上げ、いつものように知的な笑顔を浮かべて、そして星宮 きららは、部室の椅子に座りブランケット膝に掛けて、陽葵の帰りを期待して待っているかの様に、穏やかな表情で頬を緩めていた。
いつもの『異世界紀行部』の光景。いつもの、安心する日常の風景。
その記憶が、陽葵の心の深層に、波のように押し寄せる。安堵と希望、そして元の世界への郷愁。様々な感情が陽葵の心を駆け巡る。
そしてその記憶と同時に、自分たちが『異世界エチュード』と称して、それぞれの配役、オークキングにフェンリル、そしてピクシーになっている現在の、とても奇妙で楽しい時間の記憶も鮮明に蘇る。
「そうだ、私たちは、今回のこの異世界で、魔物になって……」
頭の中で、全てのピースがカチリ、とハマった感覚、と同時に、今はただ、この鏡の中に映る『真実』が、元の日常へと戻れる唯一の手段だと直感した。
美琴ときららも、きっと元の姿を思い出す、自分も、そしてみんなも、この鏡に映る本来の世界に帰れるはず。陽葵は、真実の鏡の持つ力に確信を得た。
「この鏡を持って帰って3人で一緒に見れば、きっと元に戻れるはず!」
これさえあれば、きっと帰れる。この部室に居るいつもの私に戻れる。そう考えて迷うことなく、真実の鏡を空間収納へと収めようとした……その時だった。
鏡の中の自分自身の背後に、不意に男の影が映り込んでいる。まるで、合わせ鏡のように、本来は映るはずのない、深淵をのぞき込むような視線。
制服姿の陽葵自身と、その影の輪郭が、奇妙な対比を描き出している。ひやりとした冷たいものが背筋を駆け上がった。
そして、背後から低い男の声が聞こえた。
「驚いたな、本当にアンタは人間だったんだな」
「……っ!?」
陽葵は心臓が口から飛び出しそうなほど驚き、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、見慣れた男の姿だった。暗がりの中で、その無感情な表情の男の顔が、陽葵の目に焼き付いた。
「よお、嬢ちゃん、随分と引っ掻き回してくれたじゃねえか」
その男の正体は、グレンだった。




